ACE COMBAT 04 shattered skies
The contrail which drew a blue ribbon.

Mission18

メガリス

 戦争は終わった。数え切れない傷跡と、一人の英雄を残して。
 その英雄は今、僕のベッドの下。
『もういいよ』
『……行った?』
「行った行った。まったくなんで俺達まで協力せなならんのか」
 ヒーローインタビューに乗り込んできた記者達から必死になって身を隠していた。
「ばれたら俺と司令官の責任問題だからな。ほとぼり冷めるまで意地でも隠し通すぞ」
 と、ゼロ1がのたまうのには理由があった。
 彼がISAFに来た経歴、元民間人。これだけならまだ良い。
「これ……見る人が見たら解っちゃいますよね……」
 オメガ13が持っているのは1998年の新聞。
 そこにはかつての……まだあどけなさの残る曲芸飛行士、未来の英雄がいた。
「あーこの記事知ってるー。ひーちゃん有名人だったのね」

 元をたどれば……ある種の自暴自棄こそが彼の理由だった。
 ISAFのパイロット……ゼロ1を助けたのも何かの縁と思ったと言う。
 無理にでも頼み込んで(それこそ銃口突き付けて)空戦のイロハを学んだのだ。
 ちなみにあの司令官殿、グルだったらしい。
 精鋭が殆どやられたのだ。藁をもすがる思いだったのかもしれない。
 それがノースポイントで爆撃機を追い返せるとさえ思っていなかったのだろう。
 だから未だ、ISAF軍籍にメビウス1の名は無い。
 そういった部分が余計に取材陣をヒートアップさせているのはいわずもがな。

『全てが終わって生きていたら……曲芸飛行の世界に戻るつもりだった』
 あれから、五日。いつものように記者達から隠れ通した彼は基地の屋上にいた。
 結局、曲芸飛行士に戻る機会を彼はことごとく逃していた。
 それでも少しずつ、笑みを浮かべるようになってきた彼は戻りつつあった。
 ISAFのエース・メビウス1から、若き曲芸飛行士・早乙女 氷雨へと。
『でもそうなると……一人で出発する事になる』
 彼は確かにエースであり、英雄だ。でもそれ以前に、僕等の良き友人だった。
 背中を押してやるべきだったろうに、僕は彼が踏み止まっていたことを嬉しい、と思ってしまっていた。
『居心地がいい……離れるのは辛い』
『でも、このままここにいて、みんな一緒にいられる保証はないよ』
 道は二通り。全員がバラバラに、他の中隊のトップに立つか、それとも、僕等を中心に、新たに編成されるか。
『やっぱそうだよな』
 そう言って振り返った彼の目元に……青あざがあった。いい男が台無しである。
 英雄殿にこんな暴挙を働ける人間を僕等は一人しか知らないし、ISAFに一人しかいない。
『整備士さんにも同じ話したの?』
『その他弱音もプラスαして』
 あー。そりゃあ殴られるわ。しかし顔に残すのが紅葉じゃなく青あざというのが彼女らしい。
『ホントいつの間にそう言う間柄になったんですかアンタ方は?』
 ……聞いたら耳まで真っ赤に。
 なるほど、引き留めてる理由はそれもあるわけだ。
 まだ機嫌の悪い整備士さんにはにかんだ笑みを浮かべたのを確認して、僕等は床についた。
 明日には、おそらく答えを出すのだろう。そんな予感を抱いて。
 その予感は見事に外れた。
 翌朝僕が見たのは、その日の朝刊を睨み据える「メビウス1」の姿だった。

 彼が投げて寄越した記事にはこうあった。

 エルジア軍残党、最終兵器メガリスを占拠。
 メガリス……人為的に、未だ軌道上に浮かぶユリシーズの破片を落下させる兵器。

 そして……。
『……え?』
 ゼロ1の言葉に、やや裏返った返事をする……一応英雄殿がそこにいた。
 もうこれは仕方がない。地上にいる限りは英雄も周りからいじられる役回りなわけだ。
『あー大丈夫大丈夫。形だけでお前は指揮なんてせんでいいから』
 鼓舞に置いて天性の才能の持ち主だった司令官殿が、また飛んでもない事を言ってくれたのだ。
 格納庫には、リボンのエンブレムが描かれた機体が12機。つまり、一個中隊分がある。
 メビウス中隊。
 味方を鼓舞する才能の持ち主は同時に、敵の士気をうち砕く手腕にも恵まれていた。
 メビウス1から4は僕等。以下、各中隊からのエースパイロットを選んでいると言う。
 その通達を受け取った後、僕を見据え、開口一番にこう言った。
『二番機頼む』
「……はい?」
 と、言うわけで、僕は本作戦に限りメビウス2のコールサインを頂くことになりました……て、マジっすか?
「お前以上の適任おらんわな。俺3でいい?」
 対抗意識を燃やしてそうだったイーグルにあっさり譲られ、
「歯痒いなあ……待つしかないのが少し悔しいですね」
 オメガ13はそもそも飛ぶことが出来ないし、
「んじゃ補欠ってことでメビウス13ね。アタシ4貰うから、頑張ってねメビウス2」
 レイ4にこう言われては返す言葉も無いわ、
『一蓮托生ってことで』
 当人にここまで言われてしまっては引き下がりようがない。

この件には情報提供者がいてな。ある条件と引き替えに得た情報なんだ。もっとも、マジになったのは予想外だったし、向こうもガセで終われば良いっつってたがな」
「条件って何だ?やばいもんじゃねーよな?」
「阿呆。ただの伝言だよ。ヒサ……メビウス、お前宛だ。あの人の子供達にキツイ灸を据えてやってくれだとよ」
 あの人……あの、黄色のエースのことか。
 その言葉に、彼は少し安心したらしい。
「それともう一つ、飛べない鳥によろしくだと。こっちは訳わからんな」
 オメガ13が顔を上げた。ゼロ1が一瞬ニヤリと笑ったが、それ以上は問われなかった。

 夜空をメガリスに撃ち落とされた星が翔る。
 一筋の流星。それは吉兆か、凶兆か……。

 そして、出撃一時間前にあの司令官に激励の言葉を貰って、出撃した。
 砕けたソラノカケラを取り戻そうって、磨き抜かれたセンスには頭が下がる。
 相変わらず無茶な作戦立ててくれるわけなんだけど。

 僕等が飛び立った空には、メガリスの影響か、既に小さな星が大気摩擦で燃え尽きながら落ちていた。
「こちらメビウス3。ったくよー。トンネルくぐりなんて戦闘機のする事じゃないぜ?」
「こちらメビウス4。しょうがないでしょ。他の案模索してる間にクレーター増やすよりはマシ」
 メガリスは巨大な要塞。破壊するには内側からダメージを与えるほか無い。
 本命の隕石を落とすために発射されるミサイル破壊のために廃熱高へ潜り込むと言うのが大まかな内容。
 そしてその廃熱口を開くために二つのジェネレーターを壊さなければいけないんだけど……これまたトンネルの奥。
 潜入部隊がいるならその人達にさせればいいのかもしれないが……最後のミサイルは戦闘機でなければどうにもならず、そこに突っ込んだ機を生還させる為に出口を開く潜入部隊がいるということらしい。
「どうよ隊長殿。今のご気分は?」
 イーグル、メビウス3がからかうように聞いた。
「公用語で表す術を知らない」
「じゃ、おたくの母言語でどうぞ」
 その時の声は、本当にはらわた煮えくり返っているでは済まないことを示すに十分なものだった。
『ここまで神経逆撫でしてくれるシチュエーションも珍しい』
 ……メガリスが見えてきた。
 ゼロ1の乗るAWACSが速度を落として後方に待機する。

「メビウス中隊、状況を報告せよ」
 スカイアイからの声。
「メビウス1、スタンバイ」
「こちらメビウス2、スタンバイ」
 メビウスの言葉に僕が続き、
「メビウス3からメビウス7、スタンバイ」
「メビウス8スタンバイ」
 更に残り全員がそれに習う。
「攻撃準備完了。攻撃を開始する。全機メビウス1に続け!」
「行くぞ!!」
 珍しく、気合いの入ったメビウス1の号令に、了解の代わりにかけ声がかかる。

「メビウス1、エンゲージ」
 早速の歓迎部隊、その戦闘機の翼の端を、見落とせるはずが無かった。
「……全部黄色いんですけど……」
「安心しろメビウス2。向こうも同じ心境だ」
「しかもこっちは本物入り。と、メビウス4エンゲージ!!」
 メビウスが最初に撃ち落とした一機。
「ああ!ジャン・ルイがやられた!」
 それを合図に、リボンと黄色の……いや、亡霊の討伐戦が始まる。
「ト……メビウス2、敵機撃墜!!」
 次々と撃ち落とされていく黄色達に、もうかつての面影は無かった。
『その程度で黄色を語るな……!』
 当人には、それこそ鬼神の如き勢いがあった。
 星の欠片によって掛け替えのない物を失った彼が、あんな物を許しておけるはずがない。

「やはりサブコントロールルームが開かない。電子ロックだ。」
 地上部隊からの連絡。だが……向こうの数に圧倒されなかなか思うように動けない。
 そのなかで、一機無防備に背を向ける機があった。向かう先は……ジェネレーターの眠るトンネル内部。
『後ろを頼む』
 ここぞとばかりに……隊長機に食らいつこうとするのが4機。
 マルチロック式のミサイルがそれら全てを撃ち落とした。
 そして、ジェネレーター一つ目を破壊。さらに二つ目のあるトンネルへ潜り込み……これも破壊。
『よしっ……』
 でも、隊長機の不在は思いの外大きかった。
「メビウス12が撃墜された!」
 その後聞こえた3番機の声は、隊長機の反応より遙かに早かった。
「お前は続けろ!!中の連中を死なせるな!!」
 間違いなく、援護に飛んでくると思ったから、メビウス3の対応の早さには舌を巻いた。
「そいつは死んでる!おいていけ!」
 地上からの悲痛な声。舌打ちもせず、彼はミサイルサイロの連なるトンネルへ飛ぶ。

「全部が強いわけじゃない!」
(僕の背後に3機もぴったりついてくるんですかい)
 案の定と言うかお約束と言うか、メビウス3がああ言った後に二番機が弱音吐くわけにもいかず。
 かと言ってみすみす殺されるつもりもなく、脱出レバーに手を伸ばそうとした。
「メビウス4、3機撃墜。坊やもおじ様方も無理と思ったら脱出なさいね。彼は誰にも落とせっこ無いんだから」
「お嬢さんのメビウス6はどうすんだ?」
「好きになさい」
 こっちのパイロットが少し潔くなったものの、3機撃墜が効いたのか制空権はこっちに回ってきた。
 そんな中、黄色が一機、的外れの方向へ飛んで行くのが見えた。
「……逃げた?」
「いや、違う」
 真意を察するのに時間はいらなかった。
 その時になって僕は、会戦前のメビウスの気持ちが、少し分かった気がした。
「13はもっと、誇り高い人だった」
 少なくとも、トンネル出た所を狙うなんてこそくな真似はしなかった。
 ミサイルを撃つのももったいなく、エンジンを狙って機銃を撃ち込んでやった。
 それすら避けられないのでは、彼をしとめるなんて夢のまた夢。
 もっとも、ターゲット本人はこんなとこから出られたのかと言うほどに的外れな場所からでてきたのだが。
 唖然としていパイロットを吊すパラシュートを少し煽って、メビウスの横についた。

 気が付いたら、こっちも随分やられてた。
 結局残ったのは口喧嘩しつつ最後の獲物を撃ち落としている4番と6番。
 僕とメビウスを除くと、それだけだった。
『イーグ……メビウス3は?』
「大丈夫よ。下見なさい」
 海の上に浮かぶ8つのゴムボート。最初に撃墜されたメビウス12も無事脱出できたようだ。
「こちらメビウス3……早く終わらせて救助よこしてくれぇ……」
 で、そこから聞こえてくる嫌に覇気のない声……どうやら船酔いらしい。
 それを見て安堵したのか、口を開けた廃熱口へ機首を向ける隊長は、小用でも済ませに行くように言う。
「じゃあ、空を取り戻しに行って来ます」
「メビウス中隊全員生還と、デブリーフィングで報告させてくれ」
「了解」
 そのまま、最後の災厄を止めるために彼はそこへ向かう。

 地上からの通信が聞こえる。
 サブコントロールルームを制圧したとの知らせ。
 パイロットを死なせまいとする意気込みを告げる声。
 気が付けば、後方待機すべきAWACSまでその場に来ていた。
 無理を言われたのだろう、操縦担当がひぃひぃ言っていた。
 そして、長い長い沈黙がその空を支配した。
 開かれた脱出口から、爆音、次いで炎があがる。
 最後に……綺麗に飛行機雲を引く機体が天へ駆け上っていった……。

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