ACE COMBAT 04 shattered skies
The contrail which drew a blue ribbon.

Epilog

終わり無き飛翔

 その後、彼の行動は早かった。
 飛行場の隅っこにあった小型機用の滑走路に一機民間機があった。(出力は民間機では最大級らしいが)
 最初に出迎えたのは、彼の荷物入りの旅行鞄を持った整備士さん。
 それを見て、メビウス4……レイ4が一歩後に引く。
 不謹慎かも知れないが、他の中隊メンバーがまだ救助待ちだったのは幸いだった。
『……もう、行っちゃうの?』
「うん。決心が鈍らないうちにね」
 公用語で返された。お別れの時間がやって来た。
「上手くなったね」
「何とかやっていけそうだ。辞書は手放せないけど。イーグル怒るかな?」
 後ろで複雑な顔している整備士さんにはあえて触れない。
 それこそホントに、決心が崩れてしまいそうだったから。
 彼女の通信機が鳴って、そのまま彼に手渡された。
「救助ヘリから通信入ってきたぞ」
『良かった。間に合った』
 通信機越しに退役の旨を伝えると……案の定決着つけるだのどうだの騒ぎ出したのが聞こえたが、それもひとしきり済ませると途端に静かになった。
「大丈夫。落ち着いたら連絡するよ」
 そして、彼女から旅行鞄を受け取るとそのまま、こっちに手を振りながら走り出した。

 彼は飛び立っていった。
 彼自身の未来へ。

 この後「メビウス1」については失踪という処置が取られた。
 軍籍無き軍の英雄。全てを終わらせて、何も残さず旅立っていく。
 ベタ過ぎるまでに英雄らしい去り際は、確かにエンターテイナーだと苦笑せずにはいられなかった。

 それから半年、色々あった。
 メビウス中隊は解体。それぞれが別々の中隊に配属されることとなった。
 ただ、制服の肩に縫いつけられた、青いリボンをベースにした階級章だけを残して。
 万一の時には集まれって事だ。
 幸い、メガリス陥落が効いたのかエルジア軍残党に関してめぼしい話も無いまま時間は過ぎていった。
 オメガ13も行く宛があると言ってそのまま退役。何日か置きに手紙を寄越してくれている。
 整備士さんはお姉さんが結婚退職するらしく、ついでと言ってそのまま辞めて行った。
 彼女に関してはどこに向かったのか予想が付く。多分彼も教えてるだろうし。
 イーグル1は帰還直後の昇進を蹴って一個中隊の隊長に収まっている。
 おこぼれなんかに預かれるか、だそうだ。
 僕は情報部に転属した。自分に何が出来るか、少なくとも、あんな戦争を繰り返さない為に。
 思いの外適正があったのか恩赦との相乗効果でかなり順調。

 そしてメビウス1は、約束通り連絡先を寄越してきた。
 まず誰にもメビウスと悟られない、それでいて大胆な方法で。
「中佐、珍しいですね仕事中に新聞を読まれるなんて」
 その記事の冒頭にはこうあった。

『銀翼は蘇る。ユリシーズと戦争、二つの悲劇を乗り越えて』

 アクロバットチーム「シルバーホーク」の宣伝記事。
 そこにはノースポイントにいたころに比べると随分穏やかな笑みを浮かべる若いリーダー。
 気の強そうな整備士。その後ろにいるのは彼女の姉夫婦だろうか?
 生真面目そうな童顔のマネージャーと仲の良さそうな元エルジア兵というもう一人のメンバー。
 ユリシーズによる壊滅。長い放蕩。
 メビウス1でなくとも、祭り上げる要素の多い彼の軌跡に食いついた記者がいたと言うことだ。
 その後、ゼロ1経由で僕等の所にチケットナンバーの入った手紙が寄越された。
 ナンバーだけ。何も知らずに見たら何か重要な暗号と勘違いされそうな簡素な手紙。
 時期の指定はないが、一回限りのタダ券だそうな。
 見に行ったし挨拶もした。お互いがお互い順調で何よりと笑いあった。

 更に半年が過ぎようとしていた。終戦からあと半月で一年を迎えるだろう頃だった。
 僕は自室で、厄介な問題と向き合っていた。
 そうそう、レイ4は僕と一緒にいる。
 もっとも、退役する気配なんて微塵も見せていないが。
「で、どうなのよ。中佐殿?」
 まったく、いつの世も男と女は解らないって言うけど……ねえ?
 まあ、今抱えている問題は、そんな暢気なこと言ってられる状況でも無いんだけど。
「迅速かつ騒がれないよう……か。出来る人間がいると解っているのがこんなにきついなんてね」

 今になって「自由エルジア」と名乗る連中が旧軍事工廠を襲撃。
 視察に来ていた何人かの将校を人質に取りながら、徹底抗戦を呼びかけているらしい。
 判明している向こうの戦力に目を通す度に、他に何とか出来る人材が見あたらない。
「悩む時間も惜しいと思うわよ。アイツの事だから、今頃武装グループ呆れさせてるんじゃない?」
 その将校の一人になんでイーグルがいるんだか。
 やっと少佐なったと思ったら彼もついてないよなあ。
「皮肉なもんだね。彼が平和に飛べるよう。そう思ってこの仕事に就いたのに」
 一機で一個飛行体に相当する戦果を上げてくれていたんじゃ誤魔化しようも無いが。

 それでも、彼が滞在しているホテルの部屋の前に立つとノックする事さえ躊躇ってしまう。
 多分事情を話せば、二つ返事でOKを出しそうな事も知っている。
 悩んでいる間に、ドアが開いた。
 気付いても良かった。
 シルバーホークが急遽休みを取った理由に。
「遅かったじゃないか」
 出てきたのは、あれからだいぶ流暢に公用語を話せるようになった彼だった。
 手元には、僕の頭を悩ませている事件の記事が握られていた。
 扉の向こうには、やはり不服そうな顔をしている整備士さんがいる。
「……今度来たときタダじゃすまないからな」
「覚悟しとくよ」
 すぐ近くに姉夫婦がいる手前、多くを語る事が出来ないのも原因だった。
 そのまま僕等はホテルを出る……はずだった。
「氷雨!!」
 呼び止められた。彼が少し困った顔をする。
「何でそう簡単に……ほいほい戦場に行けるんだよ!!」
 泣いてた。
 でも、彼は笑って言うのだ。
 守りたい人達がいるからだと。

 それが片づいても、彼は飛び続ける。

 ユリシーズの残した傷跡、戦争が残した傷跡。

 その全てを、曲芸飛行士としてのやり方で拭い去る為に。

Fin