ACE COMBAT 04 shattered skies
The contrail which
drew a blue ribbon.
Mission17
ファーバンティ包囲戦
焼けるような痛みが全身を支配していた。
「はぁ……はぁ……は……ぐっ……う……」
拷問にも近い激痛。僅かでも動けば歪んだ骨が軋み捻れた間接が悲鳴を上げる。
所々内出血もしているだろうし、折れた肋骨が肺に刺ささってそうな気もする。
生命維持に必要だろう機能の殆どが悲鳴を上げている状態。
だが苦痛に歪む、しかしあどけない表情には笑みがあった。
生きてる。激痛の中、生への実感は歓喜を奮い起こすに十分だった。
無事基地の滑走路に降り立つ度に思っていたことを、敵地のど真ん中でこれほどまでに実感するとは思わなかった。
最後の最後まで、仲間は諦めなかった。それが、自分の生存という奇跡に繋がった。
後ろにいた敵機を落としてくれた先輩達。
不時着滑走路を切り開いたエース。
「帰ったら……お礼言わなきゃ……」
砂山が戦闘機の腹を撫でたことでその速度は減速し、更に着地点にあった大きな砂山は音速に届かん勢いで突っ込んだ機を受け止めてくれていた。
それでもいつ爆発するか解らない。
キャノピーを開けようにも電気系統は全滅、こじ開ける力も無かった。
ポケットに銃が入っている。これがなければその周囲にめり込むような痛みは無かったかも知れない。
発砲。反動が全身を揺さぶるがそれに悲鳴を上げる力もない。
破片で切り傷を負いながらも這い出せたはいいが、そこから立ち上がることが出来ない。
まだ死ぬな。まだ諦めるな。このまま眠れば砂に埋もれて死ぬだけだ。
遠くで、砲撃音が聞こえる。地上兵器を撃ち落とすのを視認していたはずなのにとの疑問が、彼の体を起こす。
地上兵器でないなら人が、それでいて航空機に対抗しうるのはミサイルランチャー……スティンガー。
銃を構えて、砂山に背を預けながら距離を詰める。
疲弊しきっていた。生死の縁だった。
そんな中ここで出てきて発砲すれば自分が銃殺される事にまで意識が回らない事は責められない。
幸い、そうはならなかった。
目の前にいたエルジア兵に、引き金を引く前にそれを取り上げられてしまったから。
取り戻そうと前のめりに倒れ込んだ所で彼……オメガ13の意識は途絶えた。
それからどのぐらい経ったのか、彼が目を覚ましたのは収容所ではなく、柔らかいベッドの上だった。
でも窓とか、部屋の様子を見る限りマンションの一室のようで……窓からジョンソン記念橋見えた。
ここはエルジアの首都、ファーバンティのどこからしい。
すぐ横に立っている点滴や机の上に散らばった(多分自分の)レントゲン写真がこの部屋には不似合いだった。
とりあえず自分は相当やばい状態だったらしい。
拾ってくれた人がいたとして、下手したら医師にかかる前に死にそうだったのではないのか?
そう思うと捕虜でも何でもいい。生きていて良かったと言う気になれる。
壁のカレンダーに目を向ける。もう月が変わってしまったらしい。
「……半月近く寝てたのか」
扉の向こうから会話が聞こえる。公用語ではない。メビウスが話していた言葉でもない。
エルジア語の会話。
ここで出てくるのが若い娘だったら恋いでも始まるのだろうかと考えたが、すぐにやめた。
入ってきたのは最後に見たエルジア兵と白衣を着た老人だった。
『オ、気が付いたみたイ』
兵士の方は随分と訛が印象に残る男で、白衣を着た老人の方は……。
よぼよぼ。何となく指先とかぷるぷる震えていそう。だが格好を見る限り医者だ。
(医療ミスで死ぬのだけは勘弁願いたいかも)
そう思っても、バチなど当たるはずもない。
『よぼよぼだけど腕はたしかって公用語でどう言えばいい?』
『ワシ、そっち全然』
ここで幸いだったのは……。
『あ、大丈夫です』
彼もエルジア語を話せたと言うこと。
『そか。俺っちの事は7でいいよ。それ以外のコールサインが一月と続いたこと無いんで』
『で、ワシはこの脱出常習者の面倒見させられてるヤブ医者じゃ』
最初に尋ねたのは自分の状況。突然戦闘想定区域外の陣地真横に突っ込んできた戦闘機に何人かが様子を見に出てきた、「7」も何人かの一人だった。
怪我の状況を見かねた彼は他の兵士内緒でオメガ13に応急処置を施し、そのままこの医者にかけあったそうだ。
『そうだったんですか……ありがとうございます』
『いーヨいーヨ。かしこまらなくたっテ。もう終わっちまう戦争だ。死んだら損じゃないノ』
『まあ、ある意味お前さんかなり大損しとるかもしれんがの』
次に知ったのは自分の体の状態だった。
『残念じゃが、日常生活に支障がないレベルに回復出来るだけでも儲け物じゃな』
自分は、もう飛べない。
少なくとも戦闘機に乗って音速の世界に飛び立つことはまず不可能との事だった。
『7に感謝しとけ。そいつが応急処置の手順を忘れておったらお前さん一生動けなくなってたかもしれん』
そして、今の戦況を、少々出過ぎたと思いつつも尋ねてしまう。
医者が入れてきたココアを啜りながら、7は嫌な顔一つせずに答えた。
『ウイスキー回廊完全に制圧。近々ここに来るだろうけド、多分落ちるネ』
『……言い切りますね』
自分たちの敗北ってことになるじゃないですかとは言えなかった。
『イヤー、サンサルで会戦早々撃墜されちゃってネー。後ろかわしたと思ったらリボン付きがイルんだもんビビッタビビッタ。脱出した後逃亡がてラに13の旦那……ア、うちのリーダーなんだけどネ、彼との戦いっぷり見る限り旦那つきっきりなりそだシ、その間に他が何とかしちゃいそーだシ』
『黄色の7も形無しじゃな』
ぶッ!
黄色。その言葉にココアが気管支へ迷い込んだ。咳き込む。そうするとまだ治ってない傷がもの凄く痛む。
『コイツ、コモナで落とされてからがケチのつきはじめでな』
『アレなー……ヤーっぱその日の飯とボート代狙って財布ぶん取ったバチかネエ……』
はて、どこかで聞いたような話と、首を傾げるオメガ13を横目に話を続ける医者。
『その次なんて早々落とされおったし、そのまた次は民間機攻撃拒否してあわや銃殺ってところで13の旦那に拾われて、サンサルで落とされて、ついでにウィスキーじゃ暴発したあんたの銃にやられて次まず飛べない』
『オイオイ、先生……』
もの凄く申し訳ない気持ちになったオメガ13を見かねて7が笑って言う。
『旦那の最後の晴舞台を空から見れないのは残念だけど、そのお陰で俺の生存率上がったんだしOKOKヨ。ナ?』
更に数日が経った。
松葉杖を付きながらではあるが歩けるほどに回復し、ある程度自由に動き回れるようになった。
もう吹き出して咳き込んでも激痛に悩まされることはない。
自分がいたのはマンションの一室で7が開戦前に使っていた。
その屋上からは、おそらく戦場になるだろう埋め立て地とユリシーズの破片によって水没した首都の一部を眺めることができた。
『多分ココマデ戦火は来なイ。デモ、ここからは戦場が一望できル。特等席だロ?』
そして、とうとう始まった。ファーバンティ包囲戦が。
『しかし君完璧なエルジア語だネ。俺は一際訛が酷いだけだけド』
『……父はこっちの将校だったんです。何かやらかしたらしくて、幼い頃サンサルバシオンに引っ越して、そのままISAFに入りましたけど』
例の特等席。そこから7は13の旦那とリボン付きとの戦いを見届けると言う。
戦火が届く可能性は低いと言うが、それでも危ないから避難するようオメガ13は進められたが断った。
最後になるだろう戦いを、危険を承知で見届ける事にした。
『ついでにこんなもんもあったりして』
渡されたのは手製だという通信傍受装置。
もう既に作戦が始まっているので、そこに飛び交う殆どの会話を拾うことができた。
灯火管制が敷かれ、街を照らす明かりは戦火のみだった。
だから、その進軍状況が見下ろすだけである程度掴み取れる。
『スゴイね彼等……リボン付きだけが驚異ってわけじゃないのネ。それとモ、彼がイルってだけで士気に多大な影響を及ぼすせいカナ?』
敵軍の見地から、ISAFの戦いを見る事になるとは思いもしなかった。
上空では何機もの戦闘機が撃墜され、地上でも時折炎が上がる。
敵の見地ですらない。戦争に巻き込まれる、民間人の目だと、彼はそう思った。
遠くに見えたジョンソン記念橋。サーチライトに照らされ、二機の戦闘機が見えた。
『あ……先輩!』
『リボン付き?それとももう一機?』
『もう一機……何かと面倒を見てくれた人だったんです』
二機がかりで橋を落とす。こうなるともう、エルジアの援軍は望めない。
司令部があると言われた方向では、ヘリが何機か撃ち落とされていた。
『ヤレヤレ……下っ端に戦わせておいテ、自分たちだけとんずらですカ』
7が見下げ果てたと言うように言ったが、オメガ13が家族もいただろうにと呟くとばつが悪そうな顔をした。
『戦争なんざ、さっさと終わらせればいいのサ。彼なラ、彼等なラできル。俺は元より、旦那も信じてるらしイ』
『それって……』
驚いた顔をしたオメガ13を見て、7はにんまりと笑った。
『負けるつもりは無いらしいけどネ』
空を見る。望遠鏡を借りて暗い夜空の中を見る。
そこに、あの黄色の姿は無かった。
『もう、旦那の望みを叶えてやる。それしか考えて無いのさ』
そんな彼等の上空を5機の機影が横切る。その羽の先端に、確かに見えた黄色のマーキング。
散開する。うち1機が水没した都市の上へ動く。リボン付きがそれを追う。
残る4機。そのうち一つをトーテム1が撃ち落としたのを確認した。
後の3機も、イーグル1とレイ4が見事なチームワークで落とすのが見えた。
『……みんなちゃっかり脱出してら……ま、機体は空中で粉々だし街に被害無しと』
そして、13とリボン付き。
その二人の戦場へ目を向けた。
「ケリをつけよう」
サンサルバシオンで一度だけ聞いたその声が、傍受機から入ってきた。
朝日が、戦火が二つの機体を照らす。
長い飛行機雲が絡み合うその戦いを、地上も、空も、全てが見守っていた。
誰も一言も発しない。
戦う二人が体にかかるGに微かにうめく声が時折はいるが、それ以上は何も無い。
一機、オメガ13の上を見覚えのあるエンブレムが横切った。
傍受機からは、ノイズしか聞こえてこないような気さえした。
戦争には決着が付いた。
しかし、彼等の決着が付くまで、戦いは終わらない。
どちらかの機銃が当たったのか時折金属音が聞こえる。
それでもまだ、二機は跳び続けた。
そして……。
『あ、今旦那もろに被弾しタ!』
先に煙を噴いたのは黄色の13。リボン付きは、それ以上追撃をかけようとはしなかった。
「まだまだ!」
だが、13は違った。
最後の最後まで、戦うつもりでいた。
傍受機の向こうからリボン付きが僅かに戸惑ったのが解った。
『そんな、いくら何でも……』
7にくってかかる。彼は、静かにかぶりを振った。
『無理……不器用で、頑固なんだヨ。あの人。生きていれば万全の状態で雌雄を決する機会もあるだろうニ……あくまでもこだわったのサ』
被弾した機で、いつまでも持つことは無かったのか、リボン付きが彼に答えたのか……。
一人、どこまでも頑固で不器用だった一人の軍人が、空に散った。
ノイズに混じって、静かな嗚咽が聞こえたような気がした。
エルジア軍はその日のうちに降伏勧告を受諾。
長かった戦争は、やっと幕を閉じた。
どうやら誰かが自分達の姿を発見したらしく、ISAFの兵士がマンションの屋上に上がってきた。
7は長時間悩んだ末逃亡。
追いかけようとした将校もいたが、それはオメガ13が早く仲間に会いに生きたいとゴネる事で引き留めた。
再会はその日のうちにかなった。
「親切な人に助けてもらっちゃいました……ただ、もう戦闘機には乗れないみたいです」
「そっか……でもまあ、もう、乗る必要も無い世の中になるから、ね?」
「あー……終わった終わったー……なんかもう眠ぃーよー」
「じゃあさっさとオネンネなさい」
「やだ。もったいねえ」
終戦の知らせに沸き上がる歓声。
ただ、その英雄たるリボン付きは一人、さっきまで自分が飛んでいた空を見ていた。
時折涙を拭っているらしい、その姿しか解らなかった。