ACE COMBAT 04 shattered skies
The contrail which drew a blue ribbon.

Mission8

ソラノカケラ

 あれから半月。年が変わろうとしていた。

「これ……レイピア12が……」
 あのあと、一週間ほどで、レイピア6が帰ってきた。あの時、彼が落とした箱を、悩み悩んだ末に彼女に渡した。
 このまま、僕が持っていてはいけないものだと思って。
 中身を見て、蓋をして、その動作に、彼女がどんな感情を込めたのか……後の反応で嫌と言うほど解ってしまった。
「……馬鹿な男よね」
 冷淡な言葉。
「自分も軟派好きで、私が男とっかえひっかえなのは周知の事実じゃないの」
 それと裏腹に濡れる頬。
「貢ぎ物なんて……さっさと小遣い行きになっちゃうかもしれないのに」
 冷淡になりきれぬかすれた声。
 幾度と無く撃墜、脱出を繰り返していたという彼女が、この時ばかりは「死んだ方がマシだったわ」とぼやいた。
 軟派師と悪女。似たもの同士の二人。揃うことは二度と無い……どうしようも無いやり場の無さが、そこにはあった。
 それに耐えきれず、小箱を彼女に押しつけるようにして僕はその場を去った。

 ……戦場を飛ぶ以上は、慣れなければいけないものなのだろうか……

 そんなことを、彼に、メビウスに言ってしまったことがある。
『君でもそう思うことがあるのか』
 ……彼は、正規の軍人ではない。圧倒的劣勢の中、訓練半ばに飛び立つパイロットであるが故なのか?
 そんな僕を、見るにみかねたのか、更に彼は言葉を続ける。
『初陣の時、黙祷を上げた』
 覚えている。戦場だと言ったのは、僕の方だった。
『あれいらい一度も上げていない。そのぐらい、覚悟を決めていた』
 そうだった。彼は正規の軍人なんかじゃない。民間人が、生きるか死ぬかの戦場に飛び込む。
 それに、どれだけの覚悟が必要なことか……。
『ごめん……頭冷やして来るよ』
 彼の言語でそう詫びると、僕は河原へ向かった。彼がいたあの場所は、頭を冷やすには丁度良い場所だった。

 そこに、誰かがいるなんて思いもしなかった。最初は、レイピア12かと思った。恨まれて取り殺されても文句は言えないとさえ思ったけど……違った。
 彼よりずっと体格の小柄な……下手すると僕よりも小柄な……少年……じゃないよな?いや状況が状況だからあり得なくもないけどパイロットの格好してるし。
「あ……」
 気付かれた。その途端……。
「あわ、あわ、あわわわわわ!すすすすすすすいません!!」
 いきなり土下座された。どうやらサボり中だったらしい。
「い、いや、僕も似たようなもんだから……ね?」
「……あ、そう……なんですか」
「しかしなんでまたこんな所に?」
 この子(見た目より大人だろうけど)はやはり最初の印象違わぬ新兵だった。
 その彼の初陣が……あの、前回の作戦で……。
「怖く……なっちゃったんです……あはは……情けないですよね……」
 僕にそんな事は言えない。さっきまでの自分がまさにそうだったから。
 空を、一筋の飛行機雲が流れている。
「……すごい……ですよね。ゼロ1に認められて、才能を発揮して、そして……」
 その機影を目で追いかけながら、彼は続ける。
「……僕の小隊……こないだので全滅しちゃったんです。僕だけ助かりました。彼に、助けられて」
 話の中心にいたのは、メビウスだった。
「あんな風に……なりたかった」
 何か、言いたかった。言わなければと思った。脳裏に蘇ったのは、あの作戦が終わった後のこと。
「案外そうでもないかもよ」
「え?」
 そりゃ、エースの座を駆け上るパイロットに、こんなこと言ったら目を丸くするのが普通。
「あの作戦のあと、言っていたよ。遠くから見ると綺麗なのにって……悔しそうにね」
 どんなに華々しく見えても、その下には人の死がある。怖いと思えるんなら、それが解ってるって事。
「え……ひょっとして、あの人の小隊の人!?」
「ん?」
 今更ながら、ここで僕は初めて自分たちの評価を知った。連戦連勝。そこへメビウスの注目度も相まって……。
 いつの間にかそんな存在に僕らが……いや、メビウスがなっていたということに。
「おーい」
「お、噂をすればなんとやら……」
「えっ?」
 がちがちに固まる新兵君。メビウス本人は全く気付いてない。
『……手紙貰ったんだけどちょっと訳が解らなくて……イーグルに聞いたらなんか殴られた』
「はいはい」
 新兵の方は……どうやらメビウスの言語が解らないらしい。目の前で疑問符を浮かせてやりとりを見ている。
 ……が、手紙を見た瞬間僕は固まった。凍り付いたと言うより、そっちの方が表現としてはただしい。
「どうしたんですか?」
 新兵君も手紙を覗き込み、一緒に固まった。
『どうかしたのか……?』
 この状況でファンレターとは……イーグルにしてみれば嫌味だったんだろうなあ……。
「やっぱ凄い人だ……」
「でも公用語を未だに習得出来てなかったり」

 そして、年の終わりの日、僕らに与えられたミッションは……。
「早い話が、ロケット発射するまでの制空権維持だね」

 大陸での作戦を支援する偵察衛星を打ち上げることになった。
 それを察知したエルジア軍が、打ち上げを阻止するため多数の制空戦闘機を送り込んできている。
 打ち上げのチャンスは今しかない。1機でも多くの戦闘機を撃墜し、ロケット発射基地を防衛しなくてはいけない。
「っかー……まいったね。予測敵機数だけでえらい数だ」
 イーグルが頭を抱えるのも無理はない。場所はコモナ諸島と呼ばれるさほど大きくない島々……そこに敵味方入り乱れての混戦が始まるのだ。
 もの凄いことになるのは、目に見えている。
「まかり間違っても味方を撃っちゃだめよ?」
「あ、レイピア6……」
 そして、この大乱戦が彼女のカムバック戦……。
「そのコールサインとももうお別れね。通訳君ちょっと来てくれる?」
 そして、僕が引きずられた先はというと……。

「うわあ……」
「ふふースーパーフランカーを見るのは初めて?」
 ……いや、僕に戦闘機の機種の事を聞かれても困るんですけど……さっきのコールサインの話を思い出し自然と、垂直尾翼に目が行く。大きく書かれた金色の0の文字。横に少し小さく4と書いてある。
「ゼロ……4?」
「そ。叔父様の奥さんの愛機。ちょーっと無理言っちゃった」
「無理って……」
「何よ?アンタまでアタシが死に急ぎたがってるって思ってるわけ?」
 同じレイピアのコールサインを背負った男がそうだったから、あながち不安が無いわけじゃないけど……。
「私にはね、ポリシーがあるの。一度落ちた機と同じコールサインは使わない。そしてもう一つ……」
 こっちを見る。ごくりと唾を飲む音が聞こえた気がした。
「カムバック戦で撃墜機を撃ち落としてやる事よ!!」
「あの……相手は黄色中隊なんですけど……」
 いくら何でも無茶だろと言う突っ込みはスルーされた……この人……本気だ。
「でさ、コールサインの件なんだけど、メビウス君とこの言葉で0ってなんて言うのか解るかな?」
「それをコールサインにするわけね……」
 もしそれがへっぽこな響きの言葉だったらこの人どうするつもりだったんだろう……まあ、実際はそんなこと無いわけなんだけど。
「……レイ……Ray(光)か……レイ・フォー……いいわね。気に入った」
 あの大混戦こそが、彼女……レイ4のデビュー戦になった。

コモナベースより作戦遂行中の全機へ。
打ち上げのチャンスは今しかない。ロケット発射まで制空権を守ってくれ。

 そして、出撃した僕らを出迎えたのはこれでもかと飛び交う戦闘機の群。まるで鳥か何かの群が飛び交っているようだった。
「凄い……」
「緊張してる余裕は無いぜ。黄色が来てやがる」
 この打ち上げ。どっちにとっても重要な意味を持っている事には変わりないと言う訳か。
 もちろん、僕らは体張ってでもこの打ち上げを成功させないといけないんだけども。
『適当に撃ったら味方落としそうだ……』
「さて……リターンマッチといきましょうかね」
 そう言って二人がさっさと交戦区域に突入……この状態では小隊もへったくれもない。
「ったく……やる気だねえ。俺だって黄色がいなけりゃ入れ食いだーって喜んだんだろけど……と、一機撃墜」
「同感……と、ルーキーは黄色に近寄らないようにね!」
 軽口を叩きながら、僕らも交戦区域に飛び込む。不安は大きい。敵も味方も下手をすれば解らなくなりそうな、群。
 でも、その中で、不思議と、高揚感がある。不安と興奮がない交ぜになる。

「メビウス1、フォックス2」
「レイ4、フォックス2、二機撃墜!今日のエースは譲れないわよ!」
 本当に、イーグルの言うとおりの入れ食い状態だった。特にメビウスとレイにはそうだったろう。
 飛ぶミサイルはまず誰かに当たる。機銃もまたしかり。
 そして何より、彼等が飛んでいる空域には黄色がいる。いや、見えると言ったほうがいい。僕も距離を取っていたはずが視界に入れてしまってミサイル一発撃ってさっさと距離を取ったぐらい。ミサイルは……もちろんはずれ。
「おい!レイ4!!黄色食いついてるぞ!!」
「もとより承知!!と、一機撃墜!!」
 黄色の銃撃を容易く交わし余裕で一機撃ち落としにかかるレイ4。無茶をしてくれる……もちろん、無茶できる根拠もある。
「黄色が煙を噴いている!誰がやったんだ?」
「え……」
 その通信は……一瞬あり得ないと思った。黄色中隊は、百戦錬磨の部隊でもある。それが、被弾。
 間違いなく、誤射とかそんなのではなく……誰かが……ISAFの誰かが当てた。
 この混戦で、果たして確認出来る人間なんているだろうか?」

「くそ、どいつにやられたんだ?今俺を撃ったヤツを確認してくれ」
 次の瞬間、僕の視界に、黄色を引き連れた黒い機体が入る。その黒い垂直尾翼に生える真っ青なエンブレム。
「リボンの、エンブレムだ」
 メビウスだ……彼が、黄色に煙を噴かせた。
『え……黄色?』
「メビウス!バックに黄色二機!!」
「イーグル1フォックス2!!ち、避けられた。メビウス!今のがまぐれ言ったら撃ち落とすぞ!!」
「アタシの獲物に手ぇ出したわねーっ!?」
 被弾した黄色が引き返すのを視認した。驚異を一つ減らして大手柄を上げたはずの彼が、今日は大目玉をくらいそうな雰囲気だ。
『うう……みんな酷い』
 いや、一応その功績を称える声も随分入ってるはずなんだけどね……やっぱ同僚の声が一番聞こえるよなあ……。
 やべ、ミサイルアラート鳴ってる……回避回避!!
「トーテム1一機撃墜ーっ!!」
「弱いやつから狙え!」
 これは敵さんの通信……悪い予感がします。
「トーテム1!3機くっついてるぞ!!」
「やっぱりーっ!!」
「レイ4、フォックス2。通訳君ナイス囮」
「ううう……どうせ僕は下っ端ですよ……」

 さすがに調子とかそう言う問題では無いらしい。かなり被弾していたため一度補給基地に向かう羽目に……。
「そういやロケット基地無事なのかな?」
 遠目に見ると本当に黒い群のように見える戦場を眺めて、ふとゼロ1に問う。これで基地に被弾云々の話が入ってないのがちょっと信じられなかった。
「相手は対空ミサイルしか……ん?こちらスカイアイ。西からB2爆撃機が接近中発射基地へ到達する前に撃墜せよ!!」
 機内のレーダーに目を向ける。
「……映って無い……B2……ステルスか!整備さん急いで!!」
「おっしゃ!いつでもいいぞ!!」
 メビウスやレイは黄色も相手にしてる。そして基地にいる以上ノーマークの僕……やるしかないよね!

「敵の戦闘機がまだいるぞ。どういうことだ」
 敵の通信に、口の端がつり上がるなんてことが今まであったかな?
 ステルス性にあぐらをかいていたのか、青空に黒い機体はよく目立った。
「爆撃機撃墜!!」
「ち、良いとこはお前に譲ってやるよ!!」
『頼むよ……』
「じゃ、こっちは報復戦に集中しようかしらね」

 全部、撃ち落としたと思ったんだけど……。
「メビウス1、一機撃墜。黒くてでかかった」
「……撃ち漏らしね通訳君」
「てめ……まーたあんにゃろーに手柄くれやがったなおいっ!?」
 敵の掃討もうまくいってしまったためかこういう矛先が今度こっちに向くように……やっぱ酷いよぉ……。
 そして、その瞬間がやってきた。

「発射15秒前。すべてのISAF機は安全なエリアへ退避せよ」
 まだしぶとく残っている敵機を掃討しつつ、僕らはその瞬間を見守る。
「……黄色は?」
「メビウスの奴がうまくやってるよ。頭数でなんとかなりそうだ」
「10、9、8、7、6、点火開始」
「撃たせねェっ!!」
「トーテム1フォックス2、撃墜!」
 往生際の悪いエルジア軍の一機にミサイルを撃ち込む。
「緋色7!脱出すル!!」
 傍受した通信は訛のある声だった。
「3、2、1」

「点火」
 炎を上げて、ロケットが空へ飛び立つ。数の不足も手伝い、もう敵にそれを止める余力は無かった。
「ロケットは高度40000フィートに到達した。もう手を出せないだろう。君たちのおかげで発射は無事成功した」
 引き上げる敵軍。沸き上がる歓声。もうロケットの下になってしまったその場所でメビウスが飛行機雲を引くのが見えた。
「おーい。おめでとうって引いてみてくれよ」
「この機体……難しい」
 イーグルがこんなこと言ってるけど、公用語の綴りミスはしょっちゅうだし、彼の母国語でやれなんていったらますますきついだろうなあ……。
「専用機なら……」
 できるんかい。

 もちろん、戻ってきたときのゼロ1も機嫌のよろしいことよろしいこと。
「おー。お前らおかえりー。今回もやっぱり朗報があるぞー。今度から駐留基地がコモナになる。観光には良い土地だ。次の任務まで、しっかり羽を伸ばしておけよ」
 どうやら去年よりは暖かい場所で年を越すことができそうだ。でも、イーグルにとってはもっと重要なことがあったようで……。
「それよりさ、今日の撃墜記録……あんた取ってるんだろ?」
「……イーグル、見たいか?」
 そう言って、ちらりとメモを見せるゼロ1。イーグルの反応は……あ、固まった。
 一体何がと思って僕も見る。そして……同じような反応を返してしまった。
 ぎこちない動きでイーグルと一緒にメビウスの方を見ると……。
「あ〜た〜し〜の〜え〜も〜の〜っ!!」
『た、助けてぇ〜……』
 黄色に手傷を負わせ、敵兵力の4分の3を撃滅したエースパイロットがレイ4に卍固め食らってる最中でしたとさ。

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