ACE COMBAT 04 shattered skies
The contrail which
drew a blue ribbon.
Mission5
百万バレルの生命線
その日は随分と早く目が覚めた。
寝直すには遅すぎて、ふらふらと訓練場を散歩をしていたんだったと思う。
虚ろな耳に心地よく響くジェット音に、思わず空を見上げた。
一機、流麗な線を描いて上空を舞っていた。
エンブレムは確認できなかったが、そのシルエットは間違いなくメビウス1のものだ。
そして向こうに、僕と同じように惚けている整備士さんの姿が見えた。
「さっすがその道のプロだよなぁ……魅せる飛び方を心得てやがる」
時折、朝日に照らされて翼が光る。
長い長い飛行機雲がまるで帯のようにその背後を流れていく。
そんな僕等の背後に……。
「お早いですねぇ。お嬢さん方?」
レイピア12がいた。
「お前も起きたのか?」
「おはよう。レイピア12」
でも、ちょっと様子がおかしい。
「あれ……その声……通訳君?」
いつの間にかこれが基地内での僕の呼び名になっていた。
「誰だと思ったんだよ」
「あ〜……今コンタクトレンズ付けてませんから……見ませんでした?」
この人近眼だったんかい。
「まあ、魅せる飛び方と実戦の飛び方はまた違うがな」
ゼロ1も起きてた。後ろでレイピア6もあくびをしている。
「おっはよー♪」
で、飛ぶ気満々のイーグル1もやって来た。
「お、随分ご機嫌だな。良いことあったか」
「昨日新しい戦闘機購入したぜー今日はテスト飛行だ〜♪」
いいなぁ……僕はこないだの機銃&土手っ腹の大穴の修理費で……とほほい。
「お、新型!どんなのどんなの!?」
で、嬉しそうな整備士さんだったんだけど……。
「おう。俺のコールサインと同じイーグル!!」
「なーんだ……それか」
一気に冷めちゃった……お気に入り以外はどうでもいいんかい。
「いいじゃんよぉ……憧れの機体買って喜んで悪いかよぉ……」
イーグル……君も凹み過ぎだってば……。
「いいですねぇ……私ももうちょっと予算があったらなぁ……」
そう言いながら財布と睨めっこしているレイピア12。
「そう思うんならレイピア6に貢ぐのやめたらどうだ?」
うわー……貢ぐ余裕あるんだー……いいねぇ。こちとら首が回らないってのに……って?
「えー。そんなおじさまつれなーい」
「つれないじゃねぇっ!お前そうやって何人の男食い物にした〜っ!」
うわー……悪女〜……。
「えと……ゼロ1と……知り合いですか?」
「知り合いも何も姪だよ腐れ縁だよ……ったくよぉ……」
そ、そりゃあ難儀な身内さんで。
このやりとりの間中、メビウス1がこの周りをぐるぐる回っていることに気付いたのが何人いるかねぇ……。
『楽しそうだなぁ……』
今回の任務は、前回同様エイギル艦の戦力を削ぐことが目的。
「作戦開始。二手に分かれ、目標を攻撃せよ。可能なかぎりダメージを与え、施設の機能を低下させろ」
エイギル艦隊が停泊する港は、燃料の補給を1つの石油化学コンビナートに頼っている。
このコンビナートは沿岸の石油精製・備蓄施設と、洋上の油田採掘施設によって構成されている。
どちらか、あるいは両方を攻撃して、生産能力を20%以下に低下させることが作戦の目的。
空は……まだ夜明けを迎えていない。日が昇るまでに任務を遂行しないといけない。
「暗いですねぇ……暗視ゴーグルの方が良かったかな?」
「近眼が何行ってるのよ……ったく。終わったらゆっくり休ませて貰うからね!」
「ちっくしょー……解ってはいたけど流石にきついぞこの時間」
はは……レイピア12と6、あとイーグル1がだべってるよ……。
「お前ら……そんな理由で機体に傷つけたらどうなるか解っているよな?」
了解の声がだぶった。だべっていなかった僚機の声も入っているところを見ると被害者は僕等だけじゃないみたいだ。
二手に別れての作戦。僕はイーグルとメビウスと同じ方向に飛んだ。レイピア6と12は別方向。
「調子はどう?メビウス」
『朝日はゆっくりと拝みたいな』
うーん流石にこっちは大丈夫そうだ。
「長期戦が予想される。弾が尽きそうなら無理せず補給に来いよ」
海上油田が見えてきた……。
「こんなのどうやって海の上に建てたんだろう……」
「敵の支配地域だ。油断するなよ」
まあ、油田は動かないから大丈……。
「わわっ」
はい。敵も対空砲付けないほどバカじゃありませんでした。
「ほー。早速の歓迎だな」
「くぅ〜……思ったより弾幕厚いなぁ……」
メビウスはスイスイかわして一個沈めちゃってるっていうのに……ん?
『後ろ、頼む』
後ろに一機くっついてる。そっか確かに前後をかわすのは疲れるよね。
「トーテム1フォックス2。後ろは任せて」
「イーグル1一機撃墜。じゃあその後ろは俺か?どこぞのカブの話じゃあるまいに」
うう……飛行技術とか……今後の課題だよなぁ……。
「レイピア12、一機撃墜」
「目標ロック、投下」
「向こうも順調そうだね」
「ああ。終わったらゆっくり寝るからな」
「デブリーフィング(戦果報告)で?」
あ、メビウス1が笑った。
そんなだから……敵側の通信なんて耳に入っていなかった。
「援軍はまだか」
「既に基地を飛び立ったそうです」
最近の勝利に……奢っていた。そのことを、僕等は思い知らされる事になる。
「これだけの備蓄を失えば、敵も大打撃ね」
「確か500万バレルでしたっけ……こちらレイピア12。トドメ指す前に補給に行ってきます」
「メビウス1。同じく補給に向かう」
戦線からレイピア12とメビウス1が去った。
「さぁ!二人が戻ってくる前に片づけるわよ!!」
いい加減敵空軍も虫の息。楽な戦いだ。そう思っていた……。
「……やば」
「イーグル?」
「……ミサイルが……後ろ取ってくれ!!」
うーん……世の中絶望的に朝が駄目な人間っているもんなんだね……。
「メビウス1、戦線復帰。フォックス2」
「えー。もう戦線復帰ですかぁ?」
流石というか……飛ぶ早さがレイピア12とは桁外れって事か……。
「海上油田は機能を停止。引きつづき、残った施設を攻撃せよ」
『イーグル1。補給に向かった方が良い』
「ん?メビウス何て言った?おい、トーテム1通訳頼む」
「無理するなって。補給行ってきなよ」
「……しゃーないか。今回のは借りにしとくぜ」
楽と言えば楽だった。広さと施設の多さだけが厄介だったわけだけど。
「トーテム1、補給に……」
「コンビナートは活動を停止。作戦は成功した」
うう……基地まで後一歩の所で……どうしてこうなるかなぁ……。
「ちぇ〜……やっと戦線復帰と思ったのに。こりゃあ俺達いいとこ無しだな」
先に戻っていたイーグルと、メビウスや皆をのんびり待つことに……。
そんなときだった……僕等が、初めて彼等を目の当たりにしたのは。
「警告。国籍不明機が5機接近中」
「援軍とやらか。一歩及ばずだったみたいだな」
だけどそんな風に鼻で笑えるのは……今の内だけだった。
「敵機視認、黄色い機体が5機……」
通信機越しのレイピア6の声に……動揺があった。
「黄色中隊!!」
「全機、会敵せず帰還せよ。全速で南へ向かえ!!」
彼女の悲鳴に近い声と同時に、ゼロ1からも焦りを含んだ怒声が飛ぶ。
黄色……それは、ISAFにとって……どれほど恐ろしい物か……知らないのはそうはいない。
かつてゼロ1を含めた精鋭がストーンヘンジに迫ったとき、それら全て撃ち落としたとか……。
そして、そんなことに想いを馳せることなど出来なくなった。
「高度を捨ててスピードを稼げ!なんとか離れるんだ!
「食いつかれた、逃げられん!脱出する!」
「動きまわれ、止まるんじゃない!」
「こいつらにわが軍は何機やられてるんだ?!」
「ミサイルは全部捨てろ。機体を軽くすれば逃げられる!」
メビウスは?メビウス1やレイピア6は?
普段無口な彼はともかく彼女は?
僕はまだ機体の中にいて、通信機越しから次々と聞こえてくる悲痛な声から聞き覚えのある声を探した……そして……。
「レイピア6が撃墜された!」
そう……最初に視認できる位置にいた彼女は……逃げ切れなかったんだ……。
「嘘……」
今までの作戦で……誰も犠牲にならなかったわけじゃない……だけど……。
僕と、メビウスと、イーグルと、レイピア12と、レイピア6。
何となくだけど、気が付いたら僕等は一つのグループになっていた。
そのうちの……一人が居なくなった……。
声が……たくさんする。悲痛な声、逃げ切れて安堵する声……でも、知人の声は無い。
「黄色に食いつかれた!」
また一人……墜ちるんだろうか……?
「メビウス1、フォックス2」
「!?」
通信機越しに、聞こえてきた声は……。
「交戦は不許可、交戦は不許可!」
「メビウス1、戦闘を中止し、作戦空域を離脱せよ!!」
二度三度、交戦不許可の声が響く中……何機か帰ってきた……。
「メイデイメイデイメイデイ!こちらヘイロー11、やられた、操縦不能!」
『くそっ!!』
彼の舌打ちする声が聞こえた……メビウスが何故まだ戻ってこないのか、解った。
そしてその頃、基地もまた、平穏で居られるはずもなくて……。
「放せ!畜生行かせろーっ!!」
「え……?」
イーグルが数人に押さえつけられながら大暴れしていた。
「アイツは一人で戦ってんだ!全員生かして返すためにっ!!お前らそれでいいのかよーっ!!」
そう……解ってる。初陣の日、敵に黙祷を捧げる彼がいたことを覚えている。
そんな彼が……仲間を放って帰ってくるんだろうか……。
「おいっ!お前は何とも思わないのか!都合の良いときだけついてく金魚のフンかっ!?」
行きたい……僕も行きたい……何とかなるものなら僕だって行きたい……。
でも、今飛べと言われたら……多分無理。
足がガクガクいって……戦闘機からだって降りられないんだから……。
「メビウス1!もういい!!」
「無茶をするな!!」
周りが、それに気付いた。だけど……彼は止められないんじゃないだろうか……?
帰ってくる寮機の垂直尾翼を見張る……青いリボン付きを探して……。
だけど……。
「通訳君、彼を助けたくは無いのですか?」
「!?」
振り向いたら……ゴーグルをかけたレイピア12がいた。
「出来るものならそうしたいよ……だけど……僕に何が出来るの?」
「ありますよ。君の射撃技術、今必要なんです」
そう言って、一枚のメモを渡された。
指定された戦闘機は複座機、指定された弾は一発撃ったら即Uターン。
でも、そこには一筋の光明があった。
「了解!!」
その時僕は気付いて無かった……レイピア12の声が、酷く、掠れていたことに。
「おいっ!」
「あれ……まさか!!」
誰もが……ISAFにいる誰もが声を上げた。僕自身、ここに乗っているのが不思議だった。
エンブレムの……ZERO……それは、かつてゼロ1が乗っていた……。
「流石に早い……っ!頼みますよ通訳君!」
目標まで……夜明けまで……カウントダウン……5……4……3……2……1……。
『照明弾!!』
まとまっていた黄色中隊のど真ん中に打ち込んでやった。
まだ夜が明けない暗闇に慣れきった目に、これがどれだけの威力かは言うに及ばず。
「うわっ!」
「くぅっ、目が慣れねぇっ」
「今のうちだ!!」
「オメガ3離脱成功!礼を言う!!」
黄色の声に、仲間の声に、僅かに笑みが浮かぶ。だけど……。
「彼は……と言うより我々も駄目かもしれません……」
「え……」
レーダーマップ。そこには、黄色の一機と横並びにメビウスがいた。
照明弾の光が消える。バックミラーに、メビウスが確認出来るほど近く。
ただ……妙だなと思った。
二機は、コックピット上部のガラスが向き合っていた。
まるで……互いの顔を確認するように……いや、確認していたのだろう。
ヘルメットの向こう側で、何を思っていたのだろうか。
「無謀だが……大したものだ……」
その言葉を最後に、黄色中隊は引き上げていった……。
『あの時の……パイロット』
そうして僕等は帰還した。
誰の顔にも、笑みは無い。
作戦は成功。しかし、その代償はあまりにも大きすぎた……。
メビウス1に礼を言っておけ。その後にでたゼロ1の行動も、何となく予測がついていた。
整ってたはずの顔に大きくできた青あざ。
一瞬はメビウス1を庇ったと思われたレイピア12の行動。
彼に思いっきり殴られてメビウスが吹き飛ばされたのを見てゼロ1さえ呆然とした。
この時……何となく気付いたんだ。
僕に同乗を依頼したときから、今の今まで、彼がゴーグルを外さなかった理由に……。
去り際にレイピア12はこう言った。
「誰かに死なれることが、どれだけのストレスになるか解っていますか?」
公用語で綴られたその言葉に、メビウスは母国語で返した。
『解っていたさ……』
同じ理由。同じ思い。それ故にとった行動。
この日以降に、僕等5人が、また集う事は無かった……。