夜も更けた雪山の麓、ポッケ村。
 村の入り口に一番近い家。
 赴任早々風邪で寝込んでしまったリィ。

 戯れに、真上からちょっと傾き書けた三日月を撫でる。
 寝汗で湿った腕に、窓から吹き込む夜風が心地よい。

「いきなり、情けないのぅ……」
 ……リィは病気が嫌いだ。
 医者の子だからとか、両親を奪ったからという訳ではなく。
 自分の体が自分の好きにならない。
 それが物凄く嫌い。
 ハンターになってからは尚更。それは、命の危機に直結するから。

 小さな黒ネコに無理させてしまったのもそう。
 こんな状態で無ければ、大丈夫だと胸を張って言えたのに。
 ジャンボ村に来て早々、強走薬飲んで走り回って筋肉痛とはわけが違う。

 雪山の村は寒くて当然。
 けれども、全身をしっとりと濡らす汗。
 それらに不快感はなく……心地よささえ覚える。
 病み上がる前の感覚、とでも言うべきか。
 明日は、良い気分で起きられそうだ。

「挨拶周り、出来ると良いのぅ……」


   ――――『神とネコと英雄と』―――
        再誕は英雄と共に

 翌朝、リィはキッチンから漂う美味しそうな匂いで目が醒めた。
 ベッドこそ大きいが、内装は簡素な木の家。
 本棚と、アイテムボックスがあるあたりはまあ普通のハンターの家。
 ただ、その片隅にある、灰を敷き詰めた四角い床。
 傍らでレベたんが丸まって寝ている「囲炉裏」だけが、リィには目新しい。
 ……六年ほど前に、弟を追い掛けて来て以来だ。

 ベッドの横のサイドチェスト。看病に使われた洗面器とタオル。
 横には衣類が綺麗に畳まれていた。あの毛皮のマフモフだ。
 着ていたインナーは、案の定汗だくなのでさっさと着替えたい……というか、寒いし。

 キッチンにいたのは黄トラなコックのクリスタル。
 中央の四角いテーブルの向こうで洗い物、匂いはお粥の入ったお釜から。
「その洗い物の量は先客かい?」
「ミストさん達は農場ですニャ、もうちょっと寝てても良かったですのにニャ」
 そんな事を言いながら、リィの分の朝食を手早く装うコックネコ。
 ことんことんと並べられるお皿の上には、サラダもベーコンも何でもござれ。
「こんな旨そうな匂いさせといて、起きるなと言う方が酷だのう」
「ニャハハ。褒めても旨い飯しか出ないニャ」

「時に、ミストさんって誰?」
「ジミー=ミストさん。アンタの前任……って、知らなかったのかニャ!!」
「うん。名前聞いた記憶がないー」

 何はともあれ体が資本。
 全部綺麗に頂きました。

「あ、御主人。お出掛け前に、これを」
 差し出されたのは、以前沼地で拾ったナイフ。
 今は鞘に収まっているが中身は峰がノコギリ状の……いわゆるソードブレイカー。
 下手な片手剣より切れ味が良いので、刃物としても重宝していたりする。
 幸い、これを武器として使ったのはまだ一度だけだが。
「つーか要るのかい、コレ?」
「ハンターたるもの、いつでも武装は怠らずですニャ」
 やんわりと微笑んでいるようで、これが中々に押しが強い。
 だったら弓をと言う事で、アイテムボックス漁ってみれば……。

「中身、こんだけ?」
「はいですニャ」
「……弓は?」

 念の為に言うと、矢筒はある。
 矢筒と、その他最低限の道具類は。

「無かったですニャ」
 そりゃあ、崖から落ちたのだ。
「やっぱり〜……」
 握り続けてる方が奇跡だろう。
 替えの弓は、中継地から遅れて出発してるだろう竜車の中だ。
 あの黄色いのに襲撃されない事を祈るばかりか。

「ま、まぁ、今日中には届くと思いますニャ」
「強化……こないだ終わったばっかだったのに……」
 凹むリィ。その肩に肉球ぽふぽふ当てて慰めるコックネコ。
 ギザミ狩りがどれほど辛いかと……。

 朝からがっくりしつつ、マフモフ着込んで挨拶周り。
 と言っても天気は快晴、フードは不要。
 腰にはソードブレイカー。

 農場も気になるのだけれど、まずは村長さんの所へご挨拶。
 ジャンボ村から雪山の狩場に出向く事もあったし、昔弟追い掛けて来た時も世話になった事もある。気は楽だ。

 村に出てみれば、いつも通りの朝を過ごしているようだった。
 新しいハンターが来たと言っても所詮は一人。
 ギルドの集会助を抱えるこの村で、ハンターは別に珍しくない。

 目指すは、村の象徴とも言える大マカライトの前。
 けれどもその途中、煙突からモクモク煙を上げる家……鍛冶屋だ。
 挨拶とか、弓の替えをと思ったのだけれど……。
「いーまテツのヤツは新しい素材に夢中だよ、ありゃ暫くかじりつきさね」
 カウンターに要るのは竜人族の婆ちゃん一人。
「村長ならいつもの所にいるから、先に挨拶しときんしゃい」
 ……どうやら、武器その他は後回しになりそうだ。

 気を取り直して村長の所。
「赴任早々、御迷惑かけしました」
「いやいや、無事で何より。相変わらずなようで嬉しいよ」
 いたのは二人。
 村長は、何度か雪山の狩りで顔を合わせた事がある。
 ただ……もう一人。
 白いコートの上から赤いケープを羽織ったネコの女の子。

「ああ、こっちは初めてだったね」
 ツンっと澄ました顔の彼女、ちょっと胸を張る。
「ネコートである。話は聞いてるぞリネット=エイン」
 まさかここでリィが、何か悪い事したっけかと考えてたと誰が思うか。
 もちろん、本人だって表には出さない。
「ほむ、ぬこーとたんかい」
「……ネ、コートである」

「ぬこーとたん」
「ネコートである」
「ぬ、こーと」
「ネ、コート」
「ぬ」「ネ」「ぬ」「ネ」「ぬっ」「ネ!」「ぬっ」「ネ!」

「ヌっ」

「ねっ」「ヌ!」「ね」「ヌ」「ねこーとたん」
「ヌコートであ……!?」

 ヌヌネネ合戦、勝者リィ。

「ふほほほほほ村長、ナイスアシスト」
「ホッホッホ……」
 途中で村長の横槍が入ったわけだが。
「ぐむぅ……」
 うっかり口癖まで出てしまったネコート。ちょっと屈辱。

「それで、今日はどうするね?」
「んー……そうだのう。武器も無いし、鍛冶屋はちと開いてないぽいし……」
 もとより病み上がりの身。
 雪山を駆け回ろうとは思わない。

 そんなリィを見てネコート、ニヤリと笑う。
「初日から無様である」
「文句なら黄色いのに言っとくれ……って、見て無いか」

 さっきの仕返しのつもりであろうが、溜飲が下るより村長の言葉が先だった。
「本体は見ていないが、尻尾なら鍛冶屋にあるよ」
「はい?」
 村長曰く、シャーリーの話で竜の痕跡を追う依頼を出すか否かと言う話。
 まず手がかり程度はと思って現場に向かったら、あったとか。
「貴公が落ちた上あたりに転がっていたである……なるほど、心辺りは無いようであるな」
 流石に、初見の相手の尻尾を斬りにかかる度胸は無い。
 シャーリーさんなら出来そうな気もしたが。
 ……何はともあれ、鍛冶屋が開店休業状態なのはそのせいか。

「ま、興味があるなら行ってみるといい」
「んと……時に、肝心の農場ってどこに?」
 あらぁっとズッコケる二人。
 聞けば家の目の前、細いけど降りる道があると言う。
 灯台元暗しだねと言うリィに、ちょっと不安な二人だった。

 鍛冶屋の前をまた通る。
 ちょっと覗き込むと……鍛冶屋のテッちゃんが何やらごそごそ。
 これは、当分出てきてくれそうもないなと足を進める。

 確かに家の前、動かないゴンドラばかりに目がいってたけれど下り坂。
 紐と、そこにぶら下がった桶がちょっと邪魔だなあと思って降りた先には……。

「うわあ……」
 荒涼とした大地が広がっていた。

 何処に畝があったかも解らない程踏み固められた土。
 無惨な姿を晒す水車と桟橋。
 最初に思い浮かんだのは、あの黄色いのの被害か。
 所々でネコ達が、あーでも無いこーでも無いと右往左往。

 奥の方、岩壁にぽっかり口を開けた洞窟の手前、人集りならぬネコ集り。
 その中心に、人影が一つ。
「おや、もう良いのかい?」
 ここの、元ハンター……ジミー=ミストさんがいた。
「まぁのぅ」
 白髪混じりの頭を掻く手にはペン、もう一方にはメモ帳が。

 ペンを握る手、腕にはバンテージ。
 その動きは、お世辞にもサラサラとは言い難い。
「こんなだからね、ここの管理とか出来ないかなと思って」
「あぁ……そうだったね」
 元々ここに来る事を決めたのは、前任者の急な引退。
 なるほど、そう言う事か。

「しかし、痛々しいのぅ……」
「ハンターである以上、仕方が無いさ」

 ……つい、考えてしまう。
 腕の自由が利かない、というのはどういう感じなのだろうか?
 痛むのだろうか、軋むのだろうか。
「日常生活に支障が無いだけでも御の字さ」
 白髪こそ目立つが、あの「オジサン」と同じか少し上か。
 引退を考えるには早く、準備なく他の道に切り替えるには難しいように思う。
 ……そこまで考えて、ようやくそれが非礼だと気付く。

「して、今は何が御入り要かのう?」
 内心を悟られないよう、軽口を叩いてみる。
「そうだなぁ、坂にゴンドラがあっただろ。水車が壊れて動かない」
 ああ、あのゴンドラか。
「……軸の竜骨とかトトスたんの素材かの?」
「そうだな。まぁ外周部分はキレアジのヒレで代用しようと思うがね」
 と、メモ帳を覗き込んで見れば……。

「物資、殆んどゼロじゃないかい?」
 農耕用のポポすらいない有り様。
 ちなみにこの物資、ネコ達が住む小屋も入ってた。
「ブランゴ達に荒らされちゃったんだニャー」
「たまに悪さをしに来るのがいるんだが……一度、この腕を悟られたらあっと言う間だ」
「よく村まで……って、あちらさんにも旨味が無いか」
 ちょっと作物を失敬して帰る。
 やり過ぎれば討伐対象になる事が解っているのだろう。
 生き残り戦略としては賢いか。
 ネコ達の小屋に被害が及んだのは……気が大きくなった結果か。

「所で、武器はどうしたんだい?」
「あー……それが、川に落ちちゃったっぽくって」
 腰には、片手剣より刃渡りの短いナイフ一本。
 こんな話をした後か、持たせてくれたクリスタルに感謝か。
 今ブランゴがやって来ようものなら……。

「あ……噂と別のが来たニャ」
 と、ネコが指差した先は坂の下、登らず進んだ先に白い影。
 毛皮でなく、鱗の方だった。白トカゲのギアノスさん。
「わざわざぐるっと、ご苦労様だのぅ……」
 村は大丈夫かと思って見れば、ゴンドラに邪魔され登れない。

 ギアノスの数は一、二、三、四……。
「鍛冶屋に連絡しくれると、嬉しいかの」
 ニャアと答えたネコが一匹、地面をザカザカ掘って行く。
 ほかのネコ達はミストさんの誘導で洞窟へ。
 リィは一人、四匹のギアノスの前へ。

 雑魚と言えば雑魚。
 けれど囲まれてみれば、一匹一匹が見上げるほどあるのだ。

 ……こんな事なら、弟にナイフ格闘でも教えて貰えば良かったか。
 先々月、弟が炎龍と戦って負傷している間、ジャッシュから手解きは受けた。
 けれど、体はまだそれを覚えているだろうか?
「まぁ、ブランゴよりマシかの」
 コイツら、真正面にしか攻撃出来ないし。

 リィを取り囲むよう広がる四匹。
 ……動きがぎこちなかったり、青痣が見えたのは気のせいだろうか?

 盾は無いが、もとよりガードの習慣など無い。
 ギアノスの動きに目を光らせながら、空いた手の役割を考える。
 牽制の時間を引き延ばしたのは武器待ち。

 ギャアッ、ギャアッ!

 けれどそれも数秒足らず、痺れを切らされる方が先だった。
「やれやれ……おイタの代償は高くつくよ」
 飛び掛って来た一匹を横に紙一重。
 雑魚とは言えリィの背丈を優に上回るソイツ。

 しかしそれ故に、鱗の無い喉がガラ空き……。
「ほいっと」
 ランポス類を散々解体して覚えた鳴き袋の位置。
 そこへ、泥にでも突き立てたように飲み込まれる刃。

 それはリィが第二派を避ける事を優先した為、傷口を抉るよう引き抜かれ……。
「ギッ……グエッ!?」
 飛び込んで来た仲間に首をへし折られた。
 気管を裂かれての窒息死よりは幾らかマシか。

 引き抜いたナイフ、ノコギリ状の峰の間、割れて崩れる赤い氷。
 それでもまだ、急所を捉えれば一撃で絶命させるだけの切れ味はある。
 しかし……。
「あーヤダヤダ、増えて来た」
 最初四匹、二匹倒して今七匹。
 飛んで来たのをザックリやって今十匹。
 気がつけば坂が塞がれ登れない。逆もまたしかり。
「ぇー……」
 これでは、弓は諦めた方がよさそうか。

 ナイフ一本、砥石無しで全部平らげる覚悟を決めたその時……。
「じれったいのニャー!!」
 リィの脇をすり抜ける一陣の風……ならぬ樽。
 見れば大樽持ち上げて走るネコ一匹。
「ちょっ、待ちーっ!!」
 制止何て聞くわきゃねぇ。

 そのまま突っ込んだ大樽、爆ぜる。
 吹っ飛んで動かなくなるギアノス三匹。
 ヒュルルと吹っ飛んで次の爆弾取りに行くネコ一匹。
 呆気に取られる狩人、呆気に取られる白トカゲ。

 ……しかし戦場は止まらない。

「目を伏せて下さいニャー!!」
 続いて背後からネコの声。
 応じるより先、背後から差す強い光、延びる影。
 そのちょっと向こう、ゴンドラの向こう、村へ続く坂の上。
「弓持って来たニャーっ!!」
「矢筒もあるニャー!!」
「おし来たーっ」
 連絡に走ったネコと黒ネコ駆けて来る。
 目を回したギアノス達をすり抜けて。

 すれちがい様に受け取った矢筒はいつもの、弓は深緑。
 握るグリップは、吸い付くように手に馴染む。
 ……間違いない。ジャンボ村の婆っちゃんの作だ。

 けれども……。
「クィーンブラスターとは、のぅ……」
 初めてリオレイアを倒した翌日、喜び勇んで作った物。
 けれども矢の制御が難しく、実戦投入を諦めた曰くつき。

 それでも数本の矢をつがえる手に淀みはない。
「ま、貫通弓よりはマシか」
 数を相手取るなら、矢をばら蒔くコイツはやりやすい。
 今まで扱った事の無いタイプの弓だが、バックアップはある。
 上で騒ぎの気配がないから、村は大丈夫か。

 ……コイツらで慣れておこうか。
 そんな考えで引いた剛弓は……。

「お?」
 今までの弓と、違う感じだった。
 弦が以前より……と言っても作った直後の試し打ちの時より重い。
 けれども良い意味で、いける、と思わせるような。

 弓を引きつつ、足を動かす。
 今やすっかり慣れた動作で、ギアノスの側面へ移動する。
 視野のピントは、鱗の打撃痕らしき物に合わせたまま、周囲を見る。
 奥にトサカの大きな個体、アレが親玉と言う事か。

「んじゃ、いってみ……おっ?」
 弾かれるように放たれた矢。
 射抜かれたギアノスが放物線を描いて地に叩きつけられ、短いうめきを上げて動かなくなる。
「ヒュウ……」
 その威力に、口笛一つ。
 リィの知る、クィーンブラスターのそれでは無い。

 坂の向こうにチラホラと、真剣に村が心配になる数。
 けれども、不安や気負いは無い。
 ……あれらの覗き込む格好に、妙なかわいささえ覚える。
 口の端が吊り上がる。
 緩やかに、キリリと弓を引く。

「のっほっほ……」
 そこにあるのは……。
「こっちが一歩早かったようだのう」
 新しい玩具を与えられた子供の眼。

「お手伝いしますニャ!」
「オイラも頑張るニャー」
 彼女の両サイドに控えるのは、ドングリハンマーと大樽爆弾。
 ん? 大樽爆弾?

「せ、戦闘開始ーっ!!」
「ニャァーっ!!」
 最初の一発で、一匹吹っ飛んだのは言うまでもない。

 ――そこから殲滅まで、数刻と掛からなかった。

 温暖期にあって、なお涼しいポッケ村。
 その清涼な空気に混じる、異臭。

「うー……やっぱりランポスかい」
 小さな個体はあっと言う間に血が淀み崩れていく。
 大型の飛竜に補食されぬ為の知恵と言うが、今度は生き餌にされる悲しさよ。

 と言う訳で、新鮮な内に人ネコ総出で解体解体。
 群れの親玉ドスギアノスは、しっかり血抜きして頂きます。
「それにしても……どいつもコイツも痣だらけだのう」
 至近距離で見て初めて解る鱗のヒビ。
 剥ぎ取って解る内出血の痕。
 特に、親玉のは酷かった。

「何かに襲われて、やむなくって感じだニャ」
 ニャムニャムと合わせお手々はレモン色。
「あ、自己紹介が遅れましたニャ。僕はダインと言いますニャ」
 口周りと手足以外の毛並みは焦げ茶、いわゆる黄メラ。
 腰には樽ポーチとドングリハンマー。

「んで……あっちで焦げてるのがテムジンですニャ」
 岩壁の手前、積み上がった砂利の前で倒れているのは、緑の縮れ毛。
 農地の真ん中に倒れていたら、多分保護色になって解らない。
「採掘場の管理をしてるのニャけど……」
 視線を落としたダインが、大きく溜息を付いて言う。
「爆破マニアなのですニャ……」
 それも、自分が吹っ飛ぶ事に快感を覚えるような。

 気を取り直して、次の子の説明。
「弓を取ってきてくれたのがバレル君ですニャ……と、何処ニャ?」
「アレでね?」
 リィの指さした方向。山積みの白い鱗の山が左右にうろうろ。
 ドサッと転んで出てきたのは全身茶色、ダインに比べて薄いけど。

 一体何枚剥ぎ取ったのか、散らばる鱗を集めながら聞いてみる。
「そういや、バレルたんは鍛冶屋とか見て来たのよな。どうだった?」
「村は竜車に入り口ふさがれて入れなかったみたいニャ」
 となると、自分の荷物も来たか。
 この弓がある事を考えれば当然だが。

 しかし竜車一つで進入を諦めるとは、よほど切羽詰まっていたのだろうか?
「んで、鍛冶屋さんは?」
「……竜車で荷物ごそごそしてましたニャ」
「おやまあ……って……」
 ソレはつまり、あの威力は勝手に漁られた結果と考えるのが妥当であって……。
「ご主人、早く行っといた方が良いニャ……」
 有り難いと言えば有り難いが、怖いっちゃ怖いのでさっさと行く事に。

 坂を登る中程から見下ろせば、ミストさんは流石にテキパキ。
 意外だったのはレベたんが、特に脅えるでなく剥ぎ取りに参加している事。
 そんな視線に気付いたレベたんに、軽く手を振って坂を登ると……。

「よぉっ」
「おや、丁度良いところに」
 竜車の泊まった門の前、挨拶くれたのはマフモフ着込んだガッチリさん。
 突き出た赤鼻の、鍛冶屋のテッちゃんがいた。
 ……右目の痣は、今尋ねる事ではなさそうだ。

「所でリィちゃんよ……」
 それよりも痣の下、目の輝きに感じる不穏な空気。
 気圧されて、がしっと肩を掴む手から逃げられなかった。
「その弓、どうだった?」
 もの凄く、うきうきしてます……。
 というか、段々肩が痛くなって来るのですが。
 顔が、もの凄い近くまで寄っているのですが。

「あー、うん。凄い威力だった、のぅ……」
 答えれば解放してくれるかと、思っていたのが甘かった。
「そうかっ!!」
 更に肩をガッチリ掴まれ、
「いやーちょっと一工夫入れたんだが、そうかそうか!!」
 ばっしんばっしっん叩かれる。
 嬉しいのは解ったけど、マフモフ越しに結構痛い。

 そしてテッちゃんは止まらない。
「所でリィちゃん〜物は相談なんだけどよ……」
「はいぃ〜……?」
 目の輝きは増し、比例して凄みも増している気がする……。
 しかしガタイの良い兄ちゃんに猫なで声されても、気色悪いだけである。
 話したい事があるのは解ったから、ちょっとクールダウンして欲しい。
「ラオ撃退した事あったよな」
「ま、まあ……」

 理屈の通じなさそうな押しと言うのは、ペースを掴まれるとどうにも出来なくなる。
 実のところ、こういう手合いがリィは苦手だ。
 逃げられない意味で。

「そのラオ素材、ちょっと貸してくんねえか?」
 ああ、やっと自分の発言が回ってきた。
「……加工費は?」
「タダ!!」
 まあ、こう言う時は逃げない方が良い事があるもので。
 引きずり込まれる形で鍛冶屋へと……。

 ……鍛冶場は年中灼熱。
 今日も炉の炎で暖かい……を、通り越して熱い。
 それはポッケ村でも変わらない。
「やれやれ、テツにも困ったもんだねえ……」
 つくやいなや炉の前に座り込むテッちゃんに変わって、裁縫婆ちゃんとお茶を一杯。

 お茶請けは、あの黄色い竜の尻尾。
「ついさっきまで、コイツで面白い弓が出来るやもって興奮してたのに」
「面白い……のう」
 よく見れば黄色と青のストライプ。
 そのスパッと斬れた断面は、露店で売られる骨付き肉のようだ
 婆ちゃん曰く、竜の尾をこれほど綺麗に切断出来るのは一人……否、一頭しかいないとか。
 一頭、その言い直しが気にかかったが、笑っているだけだった。

「まーた暴れ馬なもんでもこさえるんじゃろ」
「……テッちゃんのマイブームかい?」
 いわゆる、拡散弓と呼ばれる物の大抵はそうだ。
 剛弓にも色々あるが、ただ単に硬い物から、震えて安定しない物まで。
 拡散弓に分類されるのは主に後者。
 しかし狙いを定めるため、しなやかになるよう加工が施されるのがコレまでだった。

 だから……。
「制御を捨てて、威力のみを磨き上げたというわけかい」
 ジャンボ村の婆っちゃんのクィーンブラスター、弄られていたのは弦だった。
「所でその弓……新品同様だね」
「ご存じの通り扱いにくくてのぅ。まあ、弓で至近戦の発想も無かったが」
 ガンナーが近接戦闘など、自殺行為も良いところ……しかし。

「コイツを、活かさないのは勿体ないの」
「ほっほ……食わず嫌いは良くないのぅ……」
 一応最初の一口目は、フルフル相手に賞味してみた結果のお蔵入りだったが……。
「テッちゃんは、名コックという事かね」

 弓の完成にはもう暫くかかるという。
 コレまでアイテムボックスの底で、埃を被っていた弓。
 それが、ここしばらくの相棒になりそうだった。
「拡散弓、悪く無いかもの」