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『一対一ならともかく、数に押しつぶされた竜は無念だろうな』
 叔父のそんな言葉に、それも人の力の一つだと返した事がある。
 それもまた、自然の摂理だと言われたけれど……。

 その無念を今、ボクは肌身に感じている。

 背後にあるのはマカライト鉱石を含んでほんのり青い岩壁。
 前はに真っ青なランポスの大群。黒山の人集りならぬ青山のトカゲ集り。
 いや、コイツら一応鳥竜種だし……やっぱり、トサカつき二本足のトカゲ?

 防具は肩や胸当てどころか、本来緑のインナーにまで赤が染みこんでくる。
 鎧中を巡る弾丸入れのベルトに詰め込んでいた瓶は全部割れた。
 肩で揃えた髪もバサバサ、体と似たような色かな……。

 ……どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
 ただのランポス退治だった。片手間な仕事のはずだった。
 途中で何か強い衝撃を受た。空を飛んだ。そして、ここに放り込まれた。
 ソレが何だったのか、理解できないまま。

 背中に下げた矢筒は中程から折れていた、中で置き去りの鏃がしゃらと鳴る。
 どこからか吹き込んだ風が、切れた弓の弦を揺らす。

 青い世界に時折混じる赤。ランポスの口と、誰の物と知れぬ血と。
 見知らぬ場所。獣の群れ。ボクは抵抗する術さえ奪われている。

 一際トサカの大きな、体の小さな一匹が宙を飛んだ。


   ――――『一寸の虫にも』―――

「かっ……はっ……!!」
 岩壁に打ち据えられた。顔面に迫る牙を籠手の測量板が受け止める。
 でも、細い手足に備え付けられた爪が、盾代わりの板を剥ぎ取った。
「いっ……」

 悲鳴が上がるかどうかで、そこに不似合いな、勇壮な笛の音が響く。

 ボクの目の前で、頭の向きを変えるランポス。
 何が起こったのか解らないまま、白い光がパッと咲いた。

「わっ……!?」
 視界を埋め尽くす白。焼け付いて暗転する視界。
 襟を掴まれ、もの凄い力で引っ張られる。首が絞まって息が詰まる。
「ひっ、やっ!?」
 投げ込まれた先は暗闇。体に刻まれた細かい傷が悲鳴を上げる。
 噎せ返るような異臭。目が慣れて来ると同時に聞こえるのは、ギャアギャア喚くランポスの声。

 目の前の闇に浮かぶ二つの光。

「うわああああっ!?」
「助けてやったのにそりゃねーニャ」
 ボクの悲鳴を打ち消した声は、怖いぐらい冷静だった。

 ……目が慣れてきても、濃紺の穴蔵はまだ暗い。
 ボクが放り込まれたのは、本当に小さな穴だったらしい。
 入り込めないランポス達。
 入り口で健気に頑張ってるのか、ガリガリ岩を引っ掻く音がする。
「ま、安全地帯はここぐらいだニャ。臭うのは勘弁ニャ」
 助けてくれたのは黒猫だった。
 本当に真っ黒だった。所謂メラルー柄とかでなく、本当に。
「ちょっと待ってニャ。ポーチ探してくるニャ」

 そう言って奥に消えたと思ったら、あの異臭がまたムワッと。
「ね、ねえ、この臭い、何……?」
「んニャ。持ち主が真っ二つだったからしゃーねえニャ。ちょっと中適当使えニャ」
 真っ二つ。この異臭。投げて寄越されたポーチのベルトに絡まっていた何か……。
 ぐにっとした、ピンク色の……。
「ひぃっ!?」
「わっニャッ! ととと……キャッチ」
 う……は、吐きそう。と言うか喉元まで来て、うん、我慢。
 ここで吐いたら、余計、悲惨な……。

 口元に当てた手の平から血の、ぬるりとした感触。
 小さな入り口の向こう、ランポスの足の隙間の向こう。
 ……人の手らしき物が見えた。体や腕は見えない。
 視線をずらせばボクと同じバトルシリーズの……上半身だけ見えた。

「どうしたニャ?」
 まともに使える武器も無しにランポスの群れ、百は下らないんじゃないかな……。
「ボク達……どうなっちゃうんだろう……」
「良くて病死。悪くて玩具ってとこだろうニャア」
 玩具? と聞こうとした時、外の鳴き声がピタリと止む。

 入り口から風が吹き込んで、顔を庇う。羽音。けたたましいランポスの悲鳴。
 小さな穴の向こうに見えた、緑色の逞しい足。力強い翼。リオレイア?
 ばらまかれたランポスが立ち上がって戸惑い、群れに加わる。
「ここは、アイツのおもちゃ箱ニャ」

 ……聞いたことがある。
 雌火竜リオレイアは、ある程度雛が成長すると生き餌を与える。
 狩りの練習をさせるためだ。
「保管庫を作る知恵がついてやがるんだろうニャア」
 ボクは、その生き餌としてここに連れてこられたって事?

 また異臭……おそらくは屍臭が強くなる。
「ある程度減った所で、生きの良い奴を巣に持ってくみたいだニャ」

「君も……攫われて来たの?」
「いや、アイツの討伐に、出たんだけどニャア……」

 そうしてる間にも何を漁っているのか、黒猫の手はポーチの中に。
 こんがり魚を取り出して、食えと言わんばかりに差し出すんだけど……。
 さっき見た物と、異臭で、正直……だけど……。
「ご主人のポーチだニャ。汚くねーニャ」
 それを知ってしまったら、邪険には出来ない。

 外でランポス達が喚いてる。異臭にはまだ慣れない。
 少しお腹が膨らむと、逃げる算段を組み立てたくなる現金なボク。
「360度切り立った岩壁。這い出すのはちょっと無理ニャ」
「モドリ玉は?」
「持ってきてないニャ」
「君はアイルーでしょ、穴は?」
「マカライトの壁掘れってニャ?」
 ……差し出された手には擦り切れた肉球、ボロボロの爪。
 微かな希望も立たれて、後は救助を待つしかなくて、どこか諦めきれなくて……。

 嫌だ。嫌だよ。死にたくない。こんな所で死にたくない。
 叔父さんと同じ狩り場に行きたい。母さんより強くなりたい。
 目から零れる熱。
喚かない程度に落ちている自分が恨めしい。
 いっそ、恐怖に脅えて狂い死んでしまえれば楽なのに……。

 再びかじりついた魚には、塩味が付いてた。

「頼むから、ヤケ起こして群れに突っ込むだけは止めてくれニャ」
 頭を過ぎったのは外の死体。そんな度胸もボクにはないよ。
 そのくせ、魚は平らげちゃった……。
「オレサマの焼いたこんがり魚Gニャ。元気出たニャ?」
 もの凄く、美味しかったです。

 そんな匂いに惹かれたのか……
「ギャアッ!」
 ボクの顔の横から突き出た細いクチバシが、魚の尻尾ぱくって……!
「でえええっ!?」
「反応遅えニャーっ!!」
 穴から頭を上手く突っ込んだランポスが入り込んで、一心不乱に魚の骨を……。
「ギャッ」
 あ、骨刺さった。
 痛さで顔を上げたソイツの視線が黒猫に向く。
 一瞬過ぎる嫌な予感。一瞬後にはホントになる。

 その一瞬が、凄く長かった。全てがゆっくりに見えた。

 奥へ飛び込むランポス。黒猫の悲鳴。爪に裂かれた黒い毛並みから染みる赤。
 ランポスの口がガパッと開く。気付いたら、ボクが飛びかかっていた。
 横倒しにされた青トカゲ、ここなら狭くて動けない。
「え、ちょ、ど、ど、どうしようーっ!?」
 だけどボクも動けない。動いたらボクが食われるっ!?

「あーっもうっ、このアホニャ! 剥ぎ取りナイフ使えニャーっ!!」
 言われるまま腰に手を当てる……あった!
 仕留めるなら一発。散々解体したランポスの内臓組織が視えた。
 東方の刀を模した蒼いナイフは過たず喉元に、鳴き袋に突き立った。

 キンッと高い音を立てて強ばった体、そこから太い血管へ刃を滑らせる。
 ボクとも黒猫とも違う方向に血が吹き出して、ランポスは動かなくなった。
「そ、蒼穹双刃ニャ……?」
「うん。マカライトの模造品」
 ハンターの登竜門、イャンクックを倒した時、叔父さんに貰ったお祝い。
 
本場シキ国で作られた切れ味は伊達じゃなかった。
 綺麗に裂けた頸動脈から流れ出る、腐食性の強い血液。
 黒猫はさっさと自分の傷に回復薬擦り込んでる。ボクには使わなかった癖に。

 ボクの物欲しげな目と、黒猫の物言いたげな目が合う。
「……何?」
「お前、ここから出たくねーニャ?」
 な、何となく嫌な予感が……猫の笑みって、怖いんだね。

「その剣、下手な片手剣より使えるニャ」
 ボクと彼とで、ランポス掃討作戦になってしまいました。
 剣を押しつけようとして差し出されたのは、ボロボロの爪と肉球……。
「あんだけ見事な手並み、披露してそりゃねーニャ」
 はい、ボクが戦います。

「ま、フォローはしてやるから安心するニャ」
 黒猫のポーチには結構いろんな物が入ってた。
 罠や麻酔。回復薬は殆ど空になってた。閃光玉は材料込みで10個分。

 中でも特筆すべきは……。
「ねえ、何でキレアジが丸のままあるの?」
 さっきのこんがり魚Gはコレらしい。
 剣士なら名前の由来にもなった硬いヒレ、ガンナーなら冷やした内臓を取り出す。
「この味が解る奴は少数派かニャ……」
 そりゃ、非常食に持ってくのもいるけどさ。

 矢筒をひったくられた。中身抜かれて返された。
「お前はこの中にアジの脂入れとけニャ」
 キレアジの脂にも刃の状態を保つ作用がある。
 射出の勢いで殆ど散ってしまうけど、効果は抜群。
 弓使いが近接戦闘用に塗りつけて使う接撃瓶。
 脂の入った矢筒。折れた矢の芯一本一本に、布を巻き付けた物が突っ込まれた。
 つまり……最悪コレで戦えと言うことか……。

 片手剣は一応使ったことがある。盾の代わりは折りたたんだ弓。
 黒猫はオトリ。注意を逸らした所で閃光玉。効いてる間に外の犠牲者のポーチの回収。
 その間にボクは剣を研ぐ。そうしてランポスの数を減らしていく。
 やって来るだろう女王様に、生き餌として選んで貰う為に。
 その後、トンズラする計画。

 穴の外、ちらほら見えるランポスの足。けたたましく鳴くランポスの声。
 それと向き合う、ボクと猫。
「どうした。怖じ気づいたニャア?」
「正直メッチャ怖いです」
 だって百匹近くいるんじゃないかって群れにボク一人だよ?
「じゃ、お先に失礼ニャ」
「え……?」

 そう言って出て行った黒猫。次の瞬間……。
「ウミャギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 絶叫が響いた。ランポスの喚く声が変わる。
 悲鳴は段々混ざり合って、ただの獣のうなり声になって……。
「フギャアッ! グニャッ! グルニャーァッ!!」
 何やってんだ……何やってんだボク!!

 穴を這い出す。無数のランポスが一カ所に集って、尻尾のお化けが出たみたいだ。
 ボクの方なんて見ちゃいない。大丈夫、大丈夫、さっきの一撃を思い出せ……。
「あああああああっ!!」
 叫んだ。一秒でも、一瞬でも、ボクに注意を向けさせる為に。
 不用意に振り向いた一匹の喉に、蒼いナイフを突き立てる。
「キュアッ!?」
 鳴き袋を潰されたそれが甲高い悲鳴を上げる。群れに走る緊張。
 構わず二匹目の喉を切り裂く。目的は黒猫の……!

「ニャんだ。やれば出来るじゃニャいか」
 ズコーっ。

 ……いや、ホントそんな感じでずっこけました。
 地面しか見えてないボクの視界に濃い影が落ちる……閃光玉使ったな。
「今までの、悲鳴は……?」
「ふぎゃー、ふみゃー、ぐるにゃー」
 ……コノヤロウ。
「ほーれ、早く片付けないと奴らが視力取り戻すぞー」
 一気にモチベーションが下がった……下がったけれども、ここでやらなきゃ生き延びられない。
 辺り一面、目をやられてフラフラしているランポス達。
 微妙に申し訳ない気持ちと一緒に、1.5秒に一匹ぐらいのペースで葬っていった。

 一カ所に、あり得ない密度で集まったランポス達。
 その異常性に気付いたのは、閃光の効果が切れた時だ。

 ギャア!

 その一声。こっちに寄って集って来るだろう覚悟を裏切って、余所を向く群れ。
 まるで角笛の音でも聞いたように、黒猫の方へ。ボクは……無視?
「ニャギャアーッ!?」
 正真正銘の悲鳴だった。一斉に飛びかかる群れ。
 その身軽さで抜ける黒猫、背中が赤く染まってた。

 ギャアッ!

 それでも群れは追い掛ける。ボクを無視して。
 サポートだけじゃない、喉元を狙う戦術まで潰された!
「黒猫ーっ!!」
「オリバーニャーッ!!」
 まだ大丈夫。でも群れはボクの声に無関心。脇腹や尻尾じゃ効果が薄い。
 黒猫……オリバーは逃げるので精一杯。

 どうしよう。どうしよう、どうする、どうする。
 目は群を追う、オリバーを追う、気味が悪いほど一心不乱に猫を追う群。
 青い岩、青い群。その片隅に一つ、赤があった。血の色と違う赤。動かない赤。
 群が通り過ぎた。

 トサカの立派な一匹が、群を目で追っていた。小さなソイツと目が合う。

 小さいけど、立派なドスランポスだ。
「そうか、お前が頭か」

 ギャア!

 一声吼える。群が向きを変える。ボクの方に来る。手に負える数じゃない。
 
だけど、迫る群は無視して突っ走った。目論見が外れて強ばったソイツ。
 弓のグリップ上下から突き出たバランサーを前に付き出す。狙うは一カ所!!
「ハッ!!」
 振り下ろされた爪。遮る弓。バランサーが細い首を捉える。牙が迫る、剣で防ぐ。
「お前、さっきボクを食おうとしたろ」
 剣を手放す。弓に両手を添える。全体重を乗せて、回す。

 ゴリッと鈍い音を立て、首があり得ない方向に曲がった。

 その瞬間、その一瞬、確かにあった沈黙。
 コイツが群の長だった。何があったかは知らない。でも、戦略に長けた個体。
 従った奴は生き延びた。他のモンスターも、恐らくはハンターさえも下して。
 正規の依頼なら金冠確実のチビは、ここで勝利を得ていた。
「頭が下がるよ……」
 取り囲むのは茫然自失の群。一瞬で戦況はひっくり返ってしまう。
 統率を無くす群。ボクよりオリバーに集る方が圧倒的に多い。

 ボクの中で、何かが切れた。

 弓は捨てた。重い。鏃を取り出す。浸していた脂を拾った剣に滑らせる。
 双剣の構え。乱舞? 鬼人化? どっちも無理。無理というより……。
「要らないよな……お前らなんかに!」
 見よう見まねの切り払いで、二匹絶命させた手応え。いける。
 ただ従っていただけの烏合の衆は、あっさり道を空けた。

 まったく……現金なことこの上ない。

「オリバー、行くよ!!」
「へっ。良い面構えになりやがったニャ」
 青い包囲網が薄っぺらく見える。もう叫びも雑音にしか聞こえない。
 自分の口元が、嫌な形に吊り上がった気がした。

 ギョロリとボクらを睨み、殺到する青い群。
 掴みかかる爪、食らいつく牙、全部切り捨てた。

 ボクに、戦う以上の事を考える余裕がなかった。
「うああああああああっ!!」
 砥石を使った記憶はないし、その余裕も無かった。
 剣はキレアジの脂で誤魔化し続けた。鏃はとっくに使い切った。
 気がついたら誰かのナイフを拾って、ホントに双剣やってた。

 オリバーのサポートはあった。葬る時間も半分になった。
 ボクの視界から動く物がいなくなるのに、さほど時間はかからなかった。
 ボクの耳から音が消えるのに、さほど時間はかからなかった。

 ソレが解った途端、膝から崩れ落ちた。

 腕で勢いを殺すことも出来ず、赤茶に腐敗しつつある青の上に倒れ伏した。
 そこから見える景色が、また酷かったんだあ……血の海?
 頸動脈かっさばいてるんだもん。所々鏃が突き立ってるしさ。
 噎せ返るような臭いには……もう慣れた。それより、指一本動かないんだ。
 ……風の音がする。オリバーはどうしたんだろう。ボクの視界には見えないんだ。

 でも背の高いのが全部倒れて、先客達の姿はちらほら見えた。
 ボクと同じぐらいか、もうちょっと下ぐらいのハンター達。
 お猿に、ヤドカリに、イノシシに……本当に色々。猫もいた。
 さっきのチビ、凄かったんだなあって、素直に思った。

 風の音が変わる。羽の音。ああ……緑の女王様のお出ましだ。
 鋭角に尖った口元、顎から生える鋭い棘、アレで雛に餌をやるんだってさ。
 風を、臭いを、巻き上げていく大きな翼。どっしり地面に立つ足。
 あんな生き物にだって、人は立ち向かえるんだ。

 動け……動けボクの体。腕一本、指一本でもいい。
 今なら、今なら戦える気がするんだ。
 お前なんか怖くないって、真っ向から挑めるんだ。

 なのに……瞼がどんどん重くなっていくんだよ……。

 その瞬間が、もの凄ーく心地よかった事だけ覚えてる。

 腐肉のベッド。女王様の子守歌。案内人は、その子供達。
 そんな皮肉を考えられるのは、ボクが助かったからに他ならない。

 ふわふわのベッド。目覚ましは外のどんちゃん騒ぎ。横に見えた赤いコート。
「……叔父さん……」
「よく、頑張った」
 G級ハンターと名高い、ボクの叔父さん。

 女王様が選んだのはオリバーだった。
 その三日後、脱出したオリバーは女王様を狩りに来た叔父さんと鉢合わせ。
 ……三日の間に食べられずに済んでラッキーかって聞いてみた。
「酷い状態だったからなあ……」
 きっと、生き餌にもならないと捨て置かれるぐら……。
「アレはババコンガも裸足で逃げ出す臭いだった」
「クサヲかいっ!!」
 ……食えたもんじゃなかったって事か。

 その後、ボクの所に新しくオトモが来た。
 お近づきにと貰ったキレアジのフライが絶品だったのは、また別な話。