砂漠から更に西。しけった沼地にぽっかり穴を開けた洞窟の奥。
 角も尻尾も無事だけど、瀕死の彼がそこにいた。

 白い岩が微かな光を跳ね返す洞窟。
 目の前の壁からせり出す色取り取りで美味しそうな水晶を囓る気力は無い。
 固い地面に耳がべったりついているのは、頭を起こす力もないからだ。

 ドタバタとやかましい足音が岩を通してここまで来る。

 つい先刻、洞窟を覗き込んでいたら後ろから何かに蹴倒された。
 振り返ったら顔面に変な液をかけられ、具合が悪い。
 でっぷり太った変な生き物が二匹、頭チカチカさせて脇目もふらず走ってた。
 五月蠅いったらありゃしない。

 逃げようにも気持ちが悪い。風が言うことを聞いてくれない所へ追い打ち。
 自慢の爪を振るったら脂と一緒に返り血べしゃり、いよいよ立つのも苦しくなった。
 気持ち悪くて苦しくて、とうとう洞窟の中で立てなくなった。

 苦しい。辛い。時々痛くて体が熱い。自分はここで死んでしまうのか?
 あの赤毛でも、大きな龍にでもなく、あんなのの返り血で死んでしまうのか?
 五月蠅い足音が遠のいていく。それとも自分の耳が遠くなってる?

 だからか別の足音が聞こえてきた。鋼の擦れる音が一緒。
 人間は向き合ってみるまで解らない。昔の赤毛みたいだったらどうしよう。

 そう思って起き上がったら、何かをべちゃっと吐きかけられた。


   ――――『はらぺこどらごん』―――
            北の神


 話は最後に赤毛と会ったその後まで巻き戻る。
 赤毛のただならぬ様子に彼はその場を離れ、自分の縄張りを見回った。
 砂の模様がいつもと違う。赤毛に構ってる間に他の龍がやってきた。
 それは前に見逃してくれた大きな鋼。錆まみれだけど間違いない。

 一本角に二本角、角無しピンクも当たり散らされて逃げ出した。鋏と魚は砂の中。
 これは仕方がないと思ったけれど、ここを易々くれてやる気は欠片も無い。
 実は縄張りに興味の無かった大きな鋼、小さな彼に気付いて尋ねた。

 水晶もどきが最近、自分の縄張りにウジャウジャ沸いて来た件について。

 風も凍り付く一拍の沈黙。
 その後世界の果てまで追い回された。
 少なくとも彼はそう思った。

 自慢の爪でなんとかなるかと思ったが、とにかく気迫と気合いが違う。
 森にも逃げた山にも逃げた。こんな時に限って大きな人はいなかった。
 東の島に行こうとしたけどさすがに止めた。
 流石に、ジメジメした沼には来なかったけど……今に至る。

 自分が生きていると気がついたのは、一通りの後悔を済ませた後だった。
 体はまだだるくって、ジメジメが悪かったのかむず痒い。
 場所はあの洞窟の中だけど、乾いた草の匂いとうっすら感じる緑の光。
 翼の裏側、首を動かさないと見えない場所に、確かに感じる緑の光。
 触れた所が気持ちよく、そこからかゆみが取れていくのに気がついた。
 気持ちよくなってうとうとしていたら声がした。

 拾ってやったのに礼も無しか小さいの。

 目の前にぎょろりと動く紫色が現れた。何の前触れもなく、突然に。
 びっくりしたけど動けなかった。正直に跳ね上がったのは尻尾ぐらい。
「きゃっ」
 併せて聞こえた小さな声。けれども彼の視線は紫に釘付け。
 襟の広がった頭の鼻先に太い角一本、ぎょろぎょろ目玉の……たぶん龍。
 この沼地でごろごろ住んでると言う隠者が彼の死角に向かって一声。
 出てきたのは、頭も体も白いヒラヒラを被った人間の女の子。
 隠者がもう一声鳴くと、頭を下げてどこかへ行った。

 アレは何? うん、非常食。

 あまりに即答すぎて疑わしいのは余所に置こう。
 この辺り一帯を縄張りにしていた隠者。ここの生き物の殆どをご飯にしてた。
 人間が見張りを置いて食べ物を置いて行く場所がある。
 見張りは一人だから全部遠慮なくいただいた。

 ある時赤いトカゲが入れ食い状態、いつもの場所に着く前にお腹が一杯。
 それでもアレが食べたくて、いつもの場所へ行ってみたらやっぱいた。
 赤トカゲにくれてやるのも嫌だから、持てるだけ持ち帰った。
 ご飯になかなかありつけず、そろそろ非常食に手をつけようかと思ったある日、美味しそうな匂いが巣からする。

 見てみると趣味で集めたがらくたの横で、あの子が「アレ」を作ってた。
 どうやらアレは焼いた肉。食べない代わりに肉を焼かせた。
 焼いてくれなくなると困るから、人間はなるだけ食べないようにした。
 あの子がアレを焼いてくれるようになってからお腹の調子もいい。
 だから、手を出したらタダじゃおかないのでそのつもりで。

 そう締めくくった隠者の姿は空気に溶けるように消え、朧に見える気配に出かけたと解った。

 実のところ、彼に手を出す気があったとしても不可能だった。
 あの五月蠅い生き物の中でも一際大きな奴の、全ての毒を被ったのだから無理もない。
 甲殻の隙間を縫うように入り込んできた毒の量は致死量ギリギリ。
 あの子に助ける気が無かったら、今ごろ本当に死んでいた。

 大人しいのから凶暴なのから強いのまで、色々な人間を見て来た。
 でも……助けられたのは初めてだった。

 鋼の体が重くて重くて、飛べるようになるまでに長くかかった。
 ヒラヒラは隠者が集めた物からいろんな物を作り出した。
 いつも沢山体に塗られたのは緑の液体。たまに貰った黄色いツブツブ。
 一番気持ちが良かったのは緑に光る白い粉。全身擦って貰えば極楽極楽。

 ヒラヒラが隠者の捕まえた生き物の肉を切り取って、火にかける姿は毎日見た。
 でっかい灰色の生き物が一番好きみたい。一番多いのは苔むした小さいの。
 隠者もヒラヒラも美味しそうに食べるから一口頂いたけど、脂ぎってて美味しくない。
 自分は肉や葉っぱより、白くて大きい水晶の方がいい。昆虫なんて論外。

 隠者は珍しい客人である彼の昔話をしきりに聞きたがった。
 彼も動けない退屈を紛らわすために話した。
 故郷のこと、雪山の大きな人、東の美味しい鋼。
 砂漠の赤毛については食いつきが良かったから請われるままに色々話した。

 楽しい一時だったけど、ヒラヒラがいたから東の娘の事は話さなかった。
 この子の綺麗な瞳はいつも隠者を見てる。
 時々、自分とあの子の姿に重ねてしまう。
 話して思い出してしまったら、胸の棘が体を貫いてしまいそうだったから。

 飛べるようになったらここを去ろうと、早いうちから決めていた。

 ヒラヒラはともかく隠者のぎょろ目で訴えられても逆効果。
 けれど無理にと言わない隠者、飛び立つ前にこう言った。

 ここから西は王の土地。王の機嫌を損ねたら、簡単には許されない。
 あそこの人間は一際凶暴で強力だ、赤い飛竜を殺して鱗を残らず剥いでった。

 隠者には世話になった。だから彼も返した。
 強い彼らはいずれ広まる。何時までも食事を用意してはくれないだろうと。
 だからその子は、大事に大事にしてあげてと。

 ヒラヒラみたいな人間の見張り、食べると毒だという事は言わなかった。
 だって隠者に、その子を食べる気なんて無さそうだったから。

 彼は西に向かって飛んだ。隠者の言葉を信じなかったわけではない。
 王が怖くなかったわけでもない。逃げ足に自信があったのは本当。
 見に行きたくなったのだ。自分たちより大きな竜をも打ち倒す、小さな彼らの姿を。

 隠者の忠告の本当の意味を知ったのは沼地が見えなくなった頃。
 沼地の上を覆う雲を抜け、星と月の眩しい空まで飛んだ時。
 角の先、翼の先で微かに、ピリピリと爆ぜる黒い光。
 視界を遮る物は無いはずなのに、まるで見えない雷雲に埋もれているよう。
 黒い光は角と尻尾の付け根付近で一際強く弾けて、白い傷の存在を知らしめる。

 その場で羽ばたいていた彼の足下、風に巻かれた雲が山になる。
 呼び起こされたのは雪山の記憶。それは彼に引き返せと訴える。
 本能は
好奇心より強い。本能を押し返す別の気持ちを表す言葉は知らない。

 けれども雷雲は晴れ、均衡は破られる。
 その余波に弾かれるよう彼は飛んだ。
 雷雲を晴らした風の中心へ、今も名残のように吹く風の中心へ。

 白い雲が晴れて、眼下に広がるのは緑の平原。
 向かう先に石を真四角に積み上げた物を見つけた。あそこが風の、嵐の中心。
 けれどもそこで不可視の雷雲が、最後の足掻きとばかり渦巻いていて近づけない。

 その場所を伺える場所を探そうと、高く飛び上がった所で嵐が止んだ。
 響いてきたのは断末魔。逃げ出すことも許さぬような声だった。

 石の壁に囲まれた中横たわっていたのは、黒くて長い大きな龍。王だった。
 折れた角、ボロボロの翼、夜を見渡す目は月明かりの力を借りて全てを見た。
 周りに見えた影は三つ。赤い鎧。二本角の鎧。岩の鎧。
 三つ目の影は、もう動かない一人を抱えて嘆く東の鎧。

 その声が一足遅れて彼の耳に届く。立っていた二人の一人が空を見る。
 その視線が彼を見つける前に、沼地から連れてきた水気が集まって雲になり、雨になった。

 小さな人が、王を破った瞬間だった。

 雨は夜中降り続き、残った水気は空に残り、翌朝には光を弾いて虹になった。
 嵐が去って解ったことは、ここはいつも見えない雷雲が立ちこめていると言うこと。
 彼は森の中、鋭く尖った岩山にねぐらを据えた。見えない雷雲が、一番薄い所。

 先客だったのだろう、隠者の言う赤い竜が倒されるのを見た。
 閃光と毒と、何かで足を止められて、殆ど為す術無く倒された。
 ここでは慎重に動いた、人の目に触れず、人を眺められる場所を選んだ。

 どちらかが死ぬまで争うことが普通。
 そう知ったのはこの頃だった。

 山を埋め尽くしたピンクの鳥が、物の数日で方々に散っていった。
 多くの人間を返り討ちにした一本角も、最後には一人の人間に倒された。
 ふらりと沼地に現れた岩のような竜が足をやられ、腹を割かれて倒された。
 彼が背中で寝ころべそうなほど大きな龍に皆でよってたかって、その進路を変えてしまった。

 広い大地に人の住処がぽつぽつと増える度、風が孕む黒い光が強くなる。
 体も少しずつ錆びて来て、そろそろ耐えきれなくなって来た。
 せめて最後にと、夜ごとに辺りの山を点々と巡っている時だった。

 炎の山の麓、無数の光が集まる場所があった。
 色取り取りの光が、色取り取りに飾られた人の住処を照らし出す。
 輪を作って廻る光。心地よく響く不思議な音の群れ。
 一際明るい場所に大きくて、美味しそうな鋼を持っている人がいたけど、我慢。
 ……その鋼に、あの蒼いひび割れ模様を見て食欲はすぐ失せたけど。

 街に溢れた光がやがて山に差し込む。街から山頂まで細い光の道が延びる。
 あの大きな鋼を持った人がその中を進んで暫く、小さな光が山頂付近に集まった。
 やがて山頂の炎が少し強くなったと思うと、あの黒い光が少し弱くなった。
 あそこで何があったか知らないし、彼に知る由も無かった。

 ただ、不思議な音の群れがまた響いて、ここを去るのを一日先延ばしにした。
 上から月明かりが差し込む広々とした洞窟を見つけて、音の群れに促されるまま眠りについた。
 ……錆のことを思い出して目を覚ましたのは、日差しが入る真っ昼間。

 目の前に空が広がったと思った。

「ふむ、祭りの音に惹かれたか?」
 いたのは首から下を、蒼いヒラヒラで覆った人間だった。
 頭に宝石が幾つか飾られた白い鋼を被っていて、奥から覗く目は鋭い。
 彼が錆びた体で身じろぎすると白鋼も動いて、鋼の擦れる音がした。

 錆で上手く動けない。鼻先に突きつけられた物にぎょっとする。
 細長い鋼。その中央から広がる蒼いひび割れ模様。
 引くにも向かうにも、体が思うように動かない。白鋼はただただ見ている。
 本当は今すぐにでも錆を脱ぎ捨てたいけど、そこを蒼いひび割れ模様ので斬られたらひとたまりもない。

 暫く睨み合っていたけど、白鋼は急に踵を返してどこかへ行ってしまった。
 これ幸いにさっさと脱皮。さっさと言う割に手こずったけど、ようやく抜けた。

 抜けたところで鋼を叩く音一つ。見れば白鋼が待っている。
 飛び立ちたいけど真っ昼間。ここの人間とやり合うのは賢くない。
 考えあぐねる彼の前で白鋼が座り込んだ。
 座り込んで、腕で顔を支えて、無防備な姿勢で、それでも油断なくこちらを見てる。
 その視線に既視感を覚える。

 雪山の、あの大きな人の目だ。

 敵意の有無を見定める視線。自分より小さな生き物が自分を見定めている。
 やろうと思えばいつでもやれると言っている。
 それがちょっと癪に障るが、決して不可能でない事を知っている。
 でもやはり癪に障ったので白鋼の目の前まで歩いて行って……。

 ぼふん

 わざと風を吹き上げるように座ってやった。
 白鋼は白鋼で顎を支えるのをやめて足を組んでこっちを睨む。
 ……意味はない。全く無い。お互いあらん限りの自尊心をぶつけ合う。
 日が沈むまでそうしてた。

 勝負は彼の勝ち。先に立ち去ろうとしたのは彼だけど、白鋼は立てずにすっこけた。
 割れんばかりの笑い声に送られて、次は何処へ行こうか考えた。

 西から見た世界は一変してた。

 暫くふらふらして目に付いたのは大きな大樹。でも麓に降りたら酷かった。
 緑のトゲトゲを踏みつけて酷い目にあった。
 でかくて臭い緑が率いるピンクの群れに追い掛けられた。
 逃げ込んだ先で急に眠くなったと思ったら、尻尾を斬られて目が醒めた。
 そんな所にもネコはいたし、もう少し遠くには人間達も暮らしてた。

 昔上を通り過ぎた森の輪郭が変わってた。
 一つの森が二つになり、二つの森が一つになってた。人の住みかが増えていた。
 ある場所は火竜の夫婦に焼き払われた。ある場所は青いトカゲに根こそぎやられた。

 それでも幾つかの住処は残って、少しずつ大きくなっていった。
 森の中に大きな壁を見つけた。その下に転がってるのは大きな龍の頭蓋骨。
 黄色いトカゲの群れが裂けるのを見た。裂け目の先頭にいたのは朱い鎧、朱い二本の剣を振るうの赤毛の娘。
 懐かしい洞窟で、あの蒼い龍が角を折られて拗ねていた。

 鎧に焦げ跡をつけた赤毛の娘にその晩会った。
 勝負をしてみたら誰より手強く、強かった。
 東の鋼に似た朱い剣は、黒い光を宿してた。
 初めて出合ったはずなのに、誰より自分のことを知っていた。
 強かった。彼は初めて小さい人に角を折られた。
 たまらず振るってしまった爪も、朱い鎧の黒い光に弾かれ中を切り裂くには至らない。
 ただ……その時爆ぜた光はこの子にも痛かったらしく、顔をしかめたまま動かない。

 今までの赤毛より小柄で細身の娘。
 自分の油断を知ったのはその時だ。

 微かに砂の崩れる音がした。
 見てみればぽつんと立てられた木の板。
 その後ろでネコが二匹、びくびくしながらこっちを見てる。
 その横に立っていたのは夕焼け色の髪。こっちに来る。歩きが少し変だった。
 最初の赤毛の最期と、同じ匂いがした。

 差し出された銀のナイフは受け取らなかった。
 最初に角を折ったのは、この子の方だったから。

 ゆっくり歩く二人がじれったくて、後ろから、片手でネコごと抱えて砂漠を飛んだ。
 娘が剣を向けた方向は、昔の住処と違う場所。少し遠くで下ろして、住処へ帰るのを見送った。
 ここまでしたのはこれが最後だから。
 彼らは、自分からこの砂漠を勝ち取ったから。

 最後に選んだ場所は、雪山だった。
 あの白鋼のように、あの大きな人を見定める事が出来ないかという淡い期待。
 でも、あの大きな人はいなかった。長生きと言っても限度があった?

 山の麓は、人の住処になっていた。ネコもいっぱいいたけど人もいた。
 その中心にいたのは一組の竜人の男女だった。

 王の剣がどこかにあって、麓には近づけなかった。
 手頃な洞窟を寝床に決めた。大きな鉱脈のあるそこ。
 西日を照り返す壁に、角の折れた自分の姿が映り込んだ。

 最初ここに来て逃げ出した時、本当に恐ろしい場所だと思っていたはずだ。
 故郷いれば、あんな怖い思いはしなかっただろう。
 胸の棘など、知らずに済んだだろう。
 行った者は帰ってこない。そう言われていた外の世界。

 小さな生き物が、龍さえ打ち倒す力を身につけつつあるこの世界は、決して楽園ではない。
 楽園と呼ぶべきは好きに飛び、好きに喰らい、好きに寝る、あの灰色の故郷こそそうだったと知る。

 しかし、自分がその底辺で這い蹲っていたのもまた、事実なのだ。

 ……雪を踏みしめる音が二つ。
 顔を出した彼に飛び退いて驚いたのは二人の竜人。
 一戦交える気満々の女を、男が抱えて逃げ出した。
 色が二つ。どんな彩りを見せてくれる? 受け入れる? 剣を取る? 強い? 弱い?

 二人とは腰が曲がって、山を登れなくなるまで付き合った。
 その頃には王の剣の気配が弱まったのか慣れたのか、少し近くまで来られるようになった。
 風が冷たく、二人が山を登れないその時は彼も世界を巡った。
 世界は少しずつ、それでも確実に変わっていった。

 東の山から響く涼やかな音に惹かれてみれば、鋼の実と刀が置かれていた。
 南の赤毛はある時を境に見かけなくなって、それ以来行方は掴めなかった。
 西は王の気配が強くなったり弱くなったりで、近寄れないままだった。

 多くの人が集まる大きい住処……街には人が沢山いた。
 残念ながら寄り集まったそれらは白い光ではなく、故郷の灰色に近かった。
 それでも、そこからこぼれ落ちた光はどれも鮮やかで、彼を楽しませた。

 出会いが戦いで始まるのが当たり前になってきた。
 彼は人を知ってる。人は彼を知らない。だけどその余裕も束の間だった。
 光を放つ球。雷を落とす針。風に動じない鎧。風を払う音。
 だから彼も学ぶ。光を避ける術。纏う風が消える瞬間。風を払う音を出す人。

 角を折られる事もあった、命の危機を感じた事も何度かあった。
 それでも……人に会うことを止めてしまえば退屈だった。

 そんな人達との戦いを通じて、彼は多彩な音の意味を知った。
 それは主に戦いや、各々の構える武器や、自分の体や風の事。
 ハンター……狩人達の声を知ることで、より一層の強者とまみえることが出来た。

 ただ一つ、意味を知るのが一番難しかった声がある。

 それは人によって違った。土地によって違った。
 時には同じ狩人が二つ以上の声を発した、その正しい意味をわからずにいた。

 ある時、一人の狩人が剣も持たずに歩み寄ってきた。
 彼女は彼の知る中で最も強い人間の一人で、最も気を許した人間の一人だった。
 無防備に、いつもの戦意などまるでみせず。だから人は面白い。
 首を傾げる彼をよそに、彼女は彼の角の、白いヒビを柔らかな指でなぞり、言った。

「……スカー」

 クシャ。クシャル。クシャルダオラ。鋼。鋼龍。風翔龍。縞付き。冠。クラウン。
 風神。雷神。山神。雨神。荒神。主様。主上。御大。泥棒古龍。カラス。ぺこどん。

 スカー。

 余りに沢山あったそれの一つ。正しい意味を理解した一つ。
 それは人に与えられた物。彼はそれを、自分の名に決めた。





 ……と、まあ満ち足りているようで、一つだけ不満があった。
 強い奴ほど鋼を持って来ないのだ。
 竜の鱗で作った武器の方が強いからしょうがない。
 単に恋しいだけなら東の国へ。
 行くたび美味しくなるけれど、微かに芽生えた自尊心がささやいた。
 飯だけ貰いに行っていいのか?
 雨を有り難がっていたけど、あんなのほっといてもやってくる。

 そりゃあね、狩人は背中や腰にに小さな鋼を常備しているんだけど。
 自分を知っている連中は、負けた時に差し出すべき物を心得ているけど。

 少し悩んだ彼は、割り切ることにした。
 そこから、何か拾い上げることを期待して。



 【東の国の童歌】

 嵐の晩は気をつけろ。
 月夜の晩も気をつけろ。

 夜更けに鈴の音鳴らすべからず。
 夜更けに笛の音鳴らすべからず。
 夜更けに剣の音鳴らすべからず。

 はらぺこどらごん狙ってる。武士の魂狙ってる。
 はらぺこどらごん飛んでいく。魂さらって飛んでいく。

 嵐の晩は気をつけろ。
 月夜の晩も気をつけろ。
 曇りの昼間も気をつけろ。

 はらぺこぺこどん、岩場の影から狙ってる。