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  俺がアイツに出会ったのは、雨の降る密林だった。

 とんでもない暴風雨の日でさ、その時は本当についてなかったね。
 しかも受けたクエストが運搬だぜ? 色々呪う前に泣いたね。うん。
 それだけならまだ良いんだよ。
 いや、飛びかかるランポスやら虫の居所が悪いモスなんかは相棒が片付けてくれたんだ。

 ……そう。ランポスやファンゴその他に絡まれつつなんてよくある事だった。
 俺と相棒が交代で運び役と掃除役。いつも通り上手く行ってたんだ。
 で、あと一個納品すればノルマ達成って所だ。
 だから、油断していたんだろうなあ。

 俺も。
 アイツも。


   ――――『ある狩人の回顧録』――――
            

 いつもならランポス共が巣を作ってる洞窟。
 踏み込んだとき、右後方に違和感を感じて振り向いたら鋼色の丘があった。
 麓で揺れる尻尾。斜面の先にある肩胛骨でそれが翼膜と解った。
 小さな棘の並んだ頭が持ち上がる。
 それはレウスレイアで言えば耳に当たる部分の手前で終わっていて、その上に角があった。
 棘とは明らかに違う二本の角。そこに幾重にも絡む白いヒビが印象的だった。
 だから、目が青いってのは後で知った話。

 ……ころころ、こつん。

 真横から見るとすらっと伸びた鼻先。同じだけの幅に牙が並んでいる。
 いや、俺が回り込んだんじゃないんだ。

 ころころころ……がりっ。
 じゃりじゃり。ごっくん。

 古龍。
 鋼龍クシャルダオラ。

 それが、口の中で石ころ転がしながらこっちを向いたから。

 当時の俺にその名前や知識がなまじあるのが災いした。
 そう。今ならアイツが平均より遙かに小さいことも解る。
 ナメてかかって痛い目見るってケースになってたんだろう。
 それでも、やっぱり龍だった。
 俺が今まで出会ったどんな奴より大きく見えて、あの時より大きく見えた奴はまだいない。

 この頃の俺達は駆け出しもいいとこだったんだ。
 更に悪いことにその日の装備は採集特化のレザーライトシリーズ。
 背負ってる得物だって見かけた奴が異様にキメてたって理由で作ったエストック。

 さあ笑え、ほら笑え。
 うん。軽くどころかマジ絶望。
 相棒? 海岸の蟹掃除いってんよ。

 うーん。まあ、普通は逃げてアイツが余所行くの待つのが普通だよな。
 当時どうしようと思ったかは忘れた。
 ただ、相棒と合流する事だけ考えてたんだと思う。
 ……Uターンすりゃいいのに、洞窟突っ切って行く辺りバカだと思うよ、うん。
 アイツが追い掛けてきたんだよ。
 もう全力疾走、俺が。頭真っ白になっちまったんだもん。

 そう。あの時は踏みしめる一歩一歩が、その一挙一動が怖かった。

 大雨の中、メルホアとチェーンシリーズと言う妙な組み合わせはすぐ見つかった。
「どっせぇーっい!!」
 ……女と思えない声でヤオザミ潰してりゃそりゃすぐ解りますわな。
 俺も豪雨と轟音に負けない勢いで叫んだのが不味かったんだと思う。

「キッシャアアアアアアアアアアアアッ!!」

 真後ろから返事がきやがりましたよ。
 そっからの数分間、実は全くもって覚えてないんだわ。
 相棒曰く「お前じゃねえええええっ!!」って泣き叫んだらしいけど。

 覚えてる事?
 そうだなあ……飛び交う暴風、ブチ切れた相棒の怒号、空気を読めないランゴ。
 時々俺の真横を掠める相棒のアイアンストライク。
 それらを奇跡のような体裁きでかわす俺。いや、当たってたら死んでたと思うから多分。
 マグレにマグレを重ねたような奇跡、そう長くは続かなかった。

 気がついたら体が浮いてた。いよいよ天に召されたかと思ったがそうじゃねえ。
 相棒のホームランをくらったとも思ったがまた違う。
 ブレスでぶっ飛ばされてたんだなあこれが……うん。生きてて良かった。
 肩から落ちたときは死んだ方がマシかと思ったけどな。
 そうも言ってられなかった。だってそうだろう?

「イヤァァァアーッ!!」
 相棒の悲鳴なんぞ聞いちまったらよ。

 悲鳴の方向、俺に背を向け首を下ろすアイツ。頭に浮かんだ最悪の光景。
 走った。走れた。全身悲鳴上げるのも構わず一撃突き立ててやろうって。
「人の女に何さらすかぁーっ!!」
 穂先がアイツのケツに食い込む位置で踏み込んで、コレまでの加速全てを叩きつけようって時さ。
 ぶちって何かがちぎれる音がして……。

 渾身の一撃は、見事に空を切りました。

 バックジャンプで後ろを取られた。突進、ブレス。どのみち死ぬと思った。
 それでも、目の前で横たわってる相棒だけでも守ろうって心に決めた時だ。
「……あれ?」
 視線をそっちに向けるとさ、相棒、胸当て剥ぎ取られてて……
 えーっと、その、一言で説明するなら、ポロリ?
 いや、うん。俺も一応男ですから、そりゃちょっとは動揺もしますて。
 それが結構良い形してたもんだから……て。
 あああああ!? 女性ハンターの皆様、武器下ろして下ろして!
 ていうか弓は死ねますからほんとにっ!!

 さ、さて、話を戻すぞ。

 その後何かにエストックを引っ張られて後ろに引き倒された。
 うん。戦場でそんな事に目を奪われてる場合じゃなかったんだな。
 俺の顔に打ち付ける雨。それを遮るように視界を横切るのはエストック。
 咥えているのは……アイツだった。

 ひょいっと視界を横切る尻尾。
 羽音と共に遠のいていく雨。
 暫く呆けていた俺は、雨が上がった頃ようやく相棒を起こそうとして……

 あー、彼女持ち、もしくは女の仲間がいる男性ハンター諸君。
 体を覆えるような、上着代わりになるサイズの布の携帯を推奨する。
 結婚が五年は早まるぞ。
 俺か?
 おう、十年遠のいた。

 帰った後がまた色々災難だった。まあ早い話が……その、あれだ。
 堅物そーなナイトのおっちゃんがこっち睨んでんだよ。
 ここでそんな真似できねえ。てか人間として、男としてやっちゃダメだろ。
 一番きつかったのは、そこにお子様がいた事。
 純真無垢な瞳が刺すようだったぜ……。

 と、ここまで散々な目にあって黙ってる俺達じゃなかったさ。
 相棒に至っては操の仇とまで良いやがったんだぜ?
 ……ま、その責任を後々俺が取らされるわけなんだけどな。あははははー。
 え、ノロケはいい? そりゃ失敬。

 まあ人生最大の屈辱だ。
 運搬採集の比率の方が高かったまったりライフとはおさらば御免。
 それまでの蓄えもあった。狩るときはきっちり部位破壊してた。
 おかげさまで装備はあっという間に様変わりしていったよ。
 その時の勢いは今でも自慢の種さ。古龍なんて、夢のまた夢と思ってたからな。

 実際、ちょっとしたもんだったんだぜ。鋼狩りの二人って言えば。
 ……でも、どんなに暴れてもアイツにだけはあえなくてな。
 狩れども狩れども別物。どう見てもアイツじゃなかった。

 アイツはもっと強かった。
 アイツはもっと早かった。
 アイツはもっと巧だった。
 アイツはもっと……小さかったなあ。

 うん、初めてクシャルダオラ撃退依頼を受けたとき怖かったもん。でかくて。
 構えに構えていたのが嘘見たく、あっさり撃退したときは拍子抜けしたね。
 ……ん、ああ。もちろん上位クラスのだぜ?
 そう。技を磨き抜き、資料を漁って知識を得て、武器も道具も厳選して挑んだのさ。
 怖いぐらいに一方的だった。
 ご自慢の風圧が通用しないことに戸惑う相手が可哀想に思えたぐらいさ。
 ま、当時は仇敵への第一歩ってんで張り切ってたけど。
 今思うと、おっかなかったのは俺達だったんだろうな。

 ……龍に同族意識を期待する方が間違ってるのかもしれない。
 これだけ暴れれば、一体ぐらい俺達恨んでるのがいるんじゃねえのってぐらい狩った。
 それとも、プライドだのそんな事の為に追いすがるのは人間だけか?
 連中が人を襲うのは単なる危機意識なんじゃないか?
 クシャルに会ったらまず角を見る。忘れようもない、冠のようなヒビ。

 実際、アイツを知っている連中はあれを普通に「冠」と呼ぶそうだ。
 その話を聞いてからアイツは特別……いや、変な奴だって解ってきた。
 狙うのはもっぱらハンター。
 だからあえて人里付近に居着く。
 が、一般人は狙わない。アイツが欲しいのはあくまで「鍛えた」金属。
 哀しいかな、それ故ほぼ無害と判断されて、少なくとも街のギルドに依頼は来ない。
 向こうから来なくなった結果、俺らみたいな善良な採集ハンターが絡まれるわけだ。

 そこのレイアシリーズの嬢ちゃんも胸当ては金属だろ?
 気をつけねえとべりっとやられてポ……ごめんなさい。

 でもまあ、街に無いんならしょうがねえ。
 村付きハンターに志願した。雪山や密林の側でも良かったが、砂漠にした。
 あそこは人の足でネコの集落に入れる。
 野に生きる者の事は野に生きる者に聞く。行ったらネコなんつったと思う?
「風神様も懲りないですニャア」
 微妙に愛されてませんか?

 でもよ、再戦の機会はすぐに来た。その集落のネコのお陰さ。
 風で出来る砂の模様……風紋がどうとか。
 だからといってすぐには挑まなかった。あの時みたいなのは御免だったからな。
 俺も相棒も黒角竜の装備一式。得物はそれぞれ老山龍の角と甲殻から削りだした物。
 お前に食わせるもんは何一つ無ぇってな。

 砂漠の岩場の中程。川のお陰で熱波も寒気もそう強くないそこ。
 中央の、岩の台座の上。アイツは、そこに腰を下ろしてた。
 待ちくたびれたとでも言いたげに。

 その時思ったよ。ああ、コイツは特別なんだなって。
 少なくとも、他の連中よりは人間を高く買ってれてる。光栄じゃないか。
 俺らも武器を構える。上等、ご期待に添えてやろうじゃねえのってな。

 風が集まる。集まった風が高台の砂を軽く払ってまた纏う。
 うっすら纏ったそれが舞い降りると同時に渦を描いて散っていく。
 なんの事はない、戦い前の一礼だ。
 だから俺も槍を振るう。相棒も槌を正面に構え手を添える。これが俺らの礼。

 睨み合う一時、羽ばたきとも風鎧とも違う風が頬を撫でる。
 そして……

――古龍は呆れて飛び去ったようだ――

 おおいっ! ちょっとマテ!?
 今さっきの緊張感はどこよ!?
 アレか、餌か、餌が欲しいのか!?

 相棒が閃光玉を投げても知らん顔で悠々飛び去るそいつ。
 俺は無駄だと思って持ってこなかった。うん、正解。
 でもどうしたもんか。
 鎧を外して金属部分を提供するわけにもいかねえしよぉ。

 やっとこ剥ぎ取りナイフを見つけたときには、アイツの姿は彼方でしたとも。

 その時思ったよ。
 アイツにとって人間ってのは、菓子持って遊びに来る存在だってなー。

 所で御者のミカン色、街まで後どんぐらい? 二日ァ?
 おいおーい……まだ暇が続くのかよぅ。
 おっし、次はザザミヘルムの嬢ちゃん。何か面白い話ねーか?

 ――……。

 ドンドルマへ向かう馬車の中。ハンターで賑わった今日の便。
 それぞれが自身の活躍や失敗談を、おもしろおかしく語りながら夜は更ける。
 見張りに選ばれたのは最初に始めたその男。早い話が貧乏くじ。
 もう一人の見張りは御者に覆い被さり、よだれを垂らして寝てしまった。

 籠手と兜は元々千里眼の力を与えるそれと千里珠のはめ込まれたそれ。
 手に握っている借り物のヴァルハラにも千里珠入り。
 それも、今宵は不要かもしれない。

「お前、自マキも通用しねえのな」
 蒼い月明かりに照らされた草原で、勝手知ったる友が遠目にこちらをみていたから。
 他の個体よりいくらか深い鋼の色に、白い「冠」が良く映える。
 こうして出会ったのは、何時以来だろう。
 男に戦意が無いと解ると龍は静かに腰を下ろした。
 昔、バサルモスの素材を偽装した嫌がらせはもう時効らしい。

 そして龍はきょろきょろと視線を巡らせる。探しているのだ、相棒を。
 彼もしっかりと覚えていた。自分達と同じように、自分達のことを。
「アイツは、もう居ないんだ」
 逝ってしまった。
 四年前の火怨病蔓延の時、竜のナミダ集めの時に新米を庇ってあっけなく。

 男の独白を、様々な神の名で呼ばれる龍はただ黙って聞いていた。
 あの悪戯の後、集落のネコに呆れられ、村の長老には罰当たりと怒鳴られた事。
 魚竜のキモ集めに勤しんでいたら相棒のつわりで危うくクエスト失敗しかけた事。
 いけ好かない地方領主に金で買われそうになって啖呵切って出てった事。

 男は思う。年月は本当に容赦ないと。
 ……十年遠のいたというのは話のノリ。誠実を貫けば五年早まる。

 龍は黙って男の独白を聞いている。
 まるで、男の言葉を理解しているかのように。
 鋼の甲殻に一瞬自嘲めいた顔が映って男は、自分が「らしくない」事に気がついた。

「何か湿っぽい話しちまったな」
 多少無理があると解りつつ男は話を打ち切った。
 龍はいつもの調子に戻った男に気をよくしたのか、ころころと喉を鳴らす。
 それが、口に含んだ鉱石の音だと知っている。

「お前も、年がら年中食ってると太るぞ?」
「……」
「……アレ?」

 翌日、ランポス一匹出てこられないような豪雨に見舞われたのはまた別な話。