ドンドルマの集会所の片隅に。
無造作に置かれた樽に腰掛ける者ありて。
砂色のコートを纏ったその男。
抱くは行く年奏でたリュートとなれば、その生業は明らかに。
その傍らにほんのりと、輝くような白ネコを。
男はリュートの弦弾き、振り向いた観衆を鳶色の瞳で一巡り。
響く弦の音、手にした料理をおっとっと。
ギルドに勤続一年の、おぼつかぬ足取りハッカ柄。
響く弦の音、癖の悪い手ちょっと待て。
どこからか迷い込んだ、ちびっ子ボサボサ灰青トラ。
響く弦の音、威厳たっぷりフサフサ尻尾。
メラルー柄の長毛種、木剣背負って雪山からご足労。
響く弦の音、キラキラ輝く幼い瞳。
赤虎ネコに連れられた、蒼髪紫眼のご姉弟。
詩人はリュートを携え足を組み、裾から覗く真紅の衣装。
「さてさて今宵私が謳うのは、良き友身近な、彼らの唄を」
伝説の語り部も、今宵は肩の力を抜いて。
――――『赤衣の詩人は謡う』――――
♪
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
果てなーく、広ーい、このー世界。
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
気張ーってばかーりじゃ、身がもたない。
尻尾を振るのはハッカ柄。
手にしたお料理、受付嬢に取り上げられた。
♪
走りーたい方、お好きどうぞ。
僕らーは、ここーで、ひとー休み。
蹴躓いたーら、そのー時は。
僕達、すぐーに駆けつけます。
鳶色に見つめられた蒼髪紫眼。
顔を見合わせそのリズムを口ずさむ。
♪
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
色とーり、どりーの、このー世界。
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
仕事ーの、合ー間に、一休み。
姉弟の方に足を進める灰青トラが赤虎ネコに睨まれる。
蒼髪紫眼の姉の方、真っ赤な足を踏んづけた。
♪
走りーたい方、お好きどうぞ。
僕らーは、ここーで、待っーてます。
お腹ーすいたーら、声をかけて。
美味しーい、ご飯、いかーがかな。
フサフサ黒猫それ見て笑う。
机の上には、即席物の歌詞カード。
♪
のんびーりごろーごろ、生きたいよ。
あなたーと、生きーる、このー世界。
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
宝、探しーも、乙ーな物。
渋々灰青トラを側に寄せる赤虎ネコ。
蒼髪紫眼の弟が、少し拭うと銀の毛並み。
♪
悲しーい時は、声をかけて。
僕も、いーっしょに、泣きーましょう。
寂しーい時ーは、声をかけて。
一人、ぼっちは、寂ーしいよ。
……ポロンと響くしばしの間奏。
リュートの音色はそうして終わる。
さてさてお次は?
そんなことを言おうとするより先に、声を上げる者がいた。
「もう終わっちゃうの?」
蒼髪紫眼の姉が、弟伴い詩人の前へ。
「うん、そうだよ。この歌はここで終わるんだ」
詩人の返事に、姉の言葉を継いだのは弟。
「それじゃあ、寂しいまんまだよ」
その瞳は訴える。悲しい歌なのと訴える。
……そう。実際悲しい歌だ。
それは帰ってこない人への鎮魂歌。
共に生きた「かった」と願う歌。
最初は悲しみを軸に生きる事を訴える古歌だった。
そこに後生のヒトとネコが、様々な思いを足した歌。
けれど、それはもう昔の話。
その意味を悟った子供らに、賛辞を込めて詩人は歌う。
傍らの白猫、おたまを取り出し指揮棒に。
観客達の視線は釘付け、詩人は唱う来るべき明日。
♪
のんびーりごろーごろ、生きたいよ。
あなたーと、生きーる、このー世界。
走りーたいとき、声をかけて。
僕達、どこーでも、オトモします。
少し調子の外れた声で歌うはハッカ柄。
意外と上手いのは灰青改め銀青トラ。
リュートに合わせ、ポロロと深い音鳴り響く。
フサフサ黒猫奏でるは、木剣に見えた弦楽器。
♪
のんびーりごろーごろ、生きていこう。
みんなーと、生きーる、このー世界。
のんきーな人ーも、せぇーっかちも、
自分ーの歩幅で歩いてく。
小さな古歌。古い古い童歌。
ネコが奏でて子供が歌い、一つの楽曲昇華する。
想いと即興織り交ぜて、軽さも深さも織り交ぜて、生まれた一つの大楽章。
♪
走りーたい方、お好きどうぞ。
僕らーも、後ーから、追いかける。
疲れーた、時ーは声をかけて。
一緒ーに走ーれば、楽しいよ。
鼻歌楽曲童歌。歌い明かして過ぎる夜。
子供達は夢の中。両親に背負われ帰ってく。
ポロリポロリと鳴るリュート。今宵は静かにお開きに。
――ポロリポロリと鳴るリュート。今は西への旅路へと……。
温暖期の蒼い月。それでも風は冷たくて。
「紅い龍の歌、歌わなくてよかったニャ?」
輝くような白い毛並みは、見ている分には涼しげで。
「ご当人の前ってどんだけ羞恥プレイですか」
「何だ、まだレパートリーがあったのか?」
旅は道連れ世は情け。
風の冷たいこんな夜、フサフサ黒猫ありがたや。
「子供達には、聞かせてみたかったんだけどね」
「それ教えてくれ。とって返して歌いに行ってやるから」
「あ、それグッドですニャ」
詩人は思う。ネコという奴はどいつもこいつも。
「……マカ漬けにしていいかな?」
「その時は溜3振り下ろしをお見舞いしてやろう」
「ピッシャーンお見舞いするニャ」
詩人は思う。今のあなたは、可愛い白猫じゃなかったっけ?
「そう言えば自己紹介がまだニャ。アタシはソアって言うニャ」
「レーヴェンバルト。見ての通り雪山の出だ」
「私は、ヨハン=アルトゥールと言います」
神とネコと英雄と、三者そろって西の地へ。
それは黒龍伝説が塗り代わる、少し前の物語。