なんとなーく、ミケ姉に叩き起こされた時点で悪い予感はしてたんだ。
 甘ったるい匂いはこの際いい。ここはそう言う店だから。
 俺も別に嫌いじゃないし。
 ポポミルクのアイスが濃厚で、温暖期の晴天抜きにしても旨い。

「あむあむ……美味しいです」
「でしょ、でしょー♪」
 マイラが同席してるのもまだいい。元々コイツ向けの店だろうから。

 ウェイトレスはもとより、至る所にフリルが揺れてるような店、一人で入る度胸もなし。
 ジーンズとシャツの上からベスト羽織っただけなのに、妙に、浮く。
 んで、これだけなら俺は引きずり込まれたお兄ちゃんで済むと思うんだ。

 たださ……。

「カップル食べ放題だから、じゃんじゃんっ食べていいニャん♪」
「それが何っで俺とマイラなんだよっ!!」
 どう見ても俺がロリコンじゃねーか!
 ……周囲の視線が痛いです。マジで。
 でもよく考えたら十三か。十三と十八っていいのか。でもちょっと勘弁して。

「酷いわ。やっぱり大人の女性の方がいいのね……」
「まてまてまてまてまてーっ!!」
 6:3:1の割合で笑いとジト目とマジもんの殺気向けられる身にもなってくれーっ!!

「でも、ディ君が同い年の人とつるんでるの見た事無いわよ」
「ガフッ……」
 ネコにデリカシーを期待した、俺が、馬鹿だった。

「ディ君〜生きてるかしら〜?」
 く、くたばってまーす……。
 で……ここでこいつらと来たら、反省するどころか……。
 匙でつつくな。ほっぺにカップのせんな。グラスでバランスゲームを始めるな。
 て、乗るのか俺の右頬。いや、その前にそこは火傷の上。
 結露で落ちるような化粧じゃねえけどさ。
 ……視線の質が明らかに変わったんですが。
 つーか倒すなよ、高そうだから。

「あっ……」「あっ!」
 バランスの揺らぎ。いわんこっちゃ無い。

 顔を跳ね上げて全部両手でキャッチ。いつからこんな器用になったんだ俺?
 腕いっぱいにグラスとカップと皿と……。
 何とも間抜けな格好の俺の目の前、首をかしげるミケ姉。
 腕にしがみついてたのは青ざめたマイラ。その視線の方向。

 赤い髪を結い上げたウェイトレスが、驚いたような顔で俺を見て……泣いてた。

 
   ――――『千里眼奇譚再び』――――
           She Again
 

 ……逃げるように店を出るハメになった。それはいい。
 あのまま店にいたら、それこそマイラが倒れちまいそうだったから。
 周囲の視線も別にいい。本当に、マイラの様子が尋常じゃ無かったから。

 午後二時。
 憎らしいぐらい暑い日差しなのに、マイラは震えていた。

 広場の椅子が空いてたから、そこに座らせてやった。
 ……それでも、腕は掴んだまま。

 人間誰しも恐怖体験って言うのはある。
 それこそネタに出来そうな物から、頭で解っていても体が反応しちまうような奴まで。
 マイラにだってもちろんある。その原因も……俺はよく知ってたはずだった。
「あの時の、通り魔さんです……」

 遡る事四年前。
 主にハンターを狙った通り魔。俺も目をつけられた。
 ……と言うか、いたく気に入られた。

 猛り狂う飛竜よりも人の狂気の方がよほど恐ろしいと思い知った。
 双剣相手に素手で戦って何とか勝てちまったってのも、我ながら凄い話だけど。
 同じ事やれって言われたら二度とやらない。

 これだけなら、ただの武勇伝。

 最後の最後に、その後ろにあるものが『視え』たりしなければ。
 彼女が狂った理由を、他人事で無いそれを知ったりしなければ。
 見た限り新聞にも載っていなかった、狂った理由。

 何人かで試したけど、記憶まで『視える』事は無かった。

 未だ震えるマイラを抱きしめてやる。
 畜生、これじゃホントに年の差カップルだ。

「大丈夫だ。怖くない、怖くない」
 ……怖くないわけがない。とばっちりで殺されそうになったんだ。
 絶望とヤケとその他に凝り固まった狂気に晒された。
 俺だって、この子にそれが向けられなかったら逃げ出してた。

 ミケ姉が、なんのかんの理由をつけてあの店のアイスを持ってきた。
 旨いもんなあ、アレ。マイラもなんだかんだでちゃっかり匙つけてるし。
「でもディ君、本当に解らなかったの?」
「あの時は真っ向勝負、生きるか死ぬかでそれどころじゃなかったしな」

 毒々しく色付いてそうな狂気ばかり覚えていた。
 少なくとも、記憶の中のソイツはあんな顔はしていなかった。
 実際俺が覚えているのはレウスSと、長い長い赤い髪。

 でも……。

「震えながらアイス頬張るんなよ」
「だ、だって美味しいです……」
 恐怖より食い意地が勝つならまだいいのか?

「あのな、マイラ。よーく考えてみろ」
「……はひ」
 アイスくわえたまま……心配すんのやめていいか?
 でも、顔色はまだ青い。あ、俺の分溶けてやがる。
「まだ四年しか経ってない」
「はひ……」
「出てこれるわけないだろ?」
 いやそもそも、普通に考えれば……。

 マイラは家に帰した。俺はミケ姉と集会所の入り口にいる。
「ねえ、本当に人違いで済ませちゃうの?」
「ま、確かめようと思って……」
 待ち人は、鋭角パーツの目立つ銀色の鎧を着て出て来……。

 ギラッ

「うわっ」
「ジャッシュさん、照り返しきつーい」
 腰だけシルバーソルかよ。コートの下、絶対飛び道具入ってるぞ。
 うう……モロに反射光見ちまった。
 ゲリョスのそれに比べりゃまだかわいいもんだけどさ。

「む、つや消しを忘れていたか?」
 ギザミUも結構ギラギラしてるのに、照り返す面積をわざわざ……ん?

「それ、何時作ったの?」
「この前の銀レウスからだが」
 ああ……結局剥ぎ取られたのか、ジジ銀。

「て、俺の分は!?」
「お前尻尾飛ばしただろ?」
「あんなヨレヨレからろくに剥ぎ取れるかーっ!!」
 紅玉すら使い物にならねえぐらいのヨレヨレだったんだぞアイツーっ!
「ちなみにリィは実力で倒してないからと辞退したぞ」
 ……さっさと本題に入ろう。

 いかに喧噪の中とはいえ、集会所前も何だから……
 さっきまでマイラを座らせてた場所がまだ空いてた。
 同じ場所に同じように腰を下ろす。うち一人は三十二のおっさんだが。

 事の次第を聞いた先輩の反応は、多少の呆れを含んでいた。
「だったら、人違いの可能性をまず考えるべきだと思うが?」
 やりあった俺が思い出せないなら。
 もっともな大人の正論だけど、相手は子供。
「それでアレなら、俺達が思うより重傷だ」
 怖いのが近くで、自由に動き回ってるっていうのはやっぱり怖い。

 正論なんかで片付けられてたまるか。
 そんな意味も込めて見上げた先輩の顔に、思わずぎょっとした。
「言うようになったな」
「……へ?」
 何ですかその憧憬と悲哀の入り交じったような顔は?

 それも一瞬で元の強面に戻り、そして言う。
「ディ、今家に誰かいるか?」
 ミハイルがいる。そう答える間もなく……。
「それ、答え言ってるのとおんなじ」
 ミケ姉、解ってんなら空気読んでくれ……。

「あ、アタシ、仕事に戻るわね」
 と、逃がすか!

 ぐいっ

「いニャニャニャニャたっ痛いーっ」
 許せ。手頃な突起物が耳しか無かった。(姉貴に知れたら殺されそうだが)
 片手で耳、片手で襟首(つっても皮)を引っ張ってこっちを向かせる。
「マイラちゃんには絶対言わない」
「「話が早くてよろしい」」
 ……先輩とダブった。

 その先輩と一緒に、ミケ姉にガン飛ばしていたはずが……
「先輩」
「何だ?」
「俺は子猫じゃありません」
 どうして俺が襟首掴まれてるんでしょうか?
 身長差約二十。足は宙ぶらりん。頼りのミケ姉は人混みの向こう。
「どちらかと言えば家猫だな」
 じゃあ姉貴は野良猫か。いやむしろドラ猫か化けネコか。

 その前に、勝手に自己完結して背中に担ぐな。
 つか、ギザミ鎧の刃の部分がすっげえ危険。

「俺は何処にドナドナ?」
「そうだな。訓練所でも行くか」
 となるとやることは一つ……て、俺私服、先輩完全武装なんですが。

 引きずられた先は砂で固められた円形闘技場のど真ん中。
 触ったら切れそうなギザミUシリーズの先輩、私服の俺。
 先輩が合わせてくれるか、装備用意してくれると思ったんだ。
「剣だけよこすのは無しっしょ……」
「狩り場に行けぬ格好でも無いだろう?」

 そりゃ確かに、シャツは狩人Tシャツだし。ジーンズはカブラスーツフットとベルト。
 耳には剣聖のピアス。ついでにベストもそれなりに。
 ……上腕を覆ってる雪獅子のリストバンド他、スロット付きの腕輪は、まあ。

「それでも理不尽だろ」
「正々堂々を切り捨てたいか?」
「うわ、趣味悪ぃ」
 剣を構える顔が、ちょっと嬉々と見えたのは絶対気のせいじゃない。

 そう言う連中こそ殴り倒したいのも確かだけど。
 ぜってぇ一発入れて……。

「そらっ!」
 踏み込みで突きと思ったら飛んできたのは蹴り。
 フェイントにひっかかった俺の目の前に剣を振りかぶる先輩がいて……。
「うおっと!?」
 突き早っ! 見えたけど、視えたけどっ!!
 ……あ、火傷の頬切れてる。
 って、突きは刃引きしてもヤバイ気がするんですけどー!?

 長身なのさっ引いても手足が長い。同じ刃渡りなら向こうが有利。
 もちろん本人も承知しているからカウンターもぬかりなし。
 ……最近の敗因九割がそれ。
 入った直後は普通にやられてたからマシにはなったか。

 乱舞よろしく斬りかかってくるのを避けるので精一杯。
 下手に動けば仕掛けられるし、止まっていてもやられるし!
「そこっ!!」
 掠めたのは左肩。
 ベストの袖が軽くずれる。本当に刃引きの意味が無ぇ。

「これで、ワンカウントだな」
 ……実践なら左の首筋。今ので一回死んだ。
 踏み込みはあくまでリーチギリギリ、射程の外周、深く無く、浅く無く。
 ついて行けるようになった実感はあるのに、追いつける気がしねえ。

 でも俺だって、投げられて殴られてばかりでいるわけじゃない。
 特に、ここまで好き勝手された日には。
 試したいこともあったんだけど……弊害だらけだな。

 果たして先輩が納刀の暇をくれるかどうか。
 いやそもそも、触れば切れそうなギザミシリーズに使えるかどうか。
 本っ当に嫌な相手だ。

「来ないのか?」
 おまけに、その先輩がいつでもどうぞと言わんばかり。
 ……蹴倒したいけど二回避けられ、一回投げられてから止めている。
 正直八方塞がり。苛立った拍子に、つい言っちまった。
「先輩、何か、ヤバイ話だったんですか?」

 一瞬、微動だにしない構えが揺らぐ。
 それ以上の効果を確認せず突っ込んだ。
 手首と肘の裏、掴んで持ち上げたときに気がついた。

 俺の肩を掴んだ先輩の目が、一瞬マジになってた。

「い゛っ!」
 それでもかけた技はとめられない。
 予想外の方向にねじり上げた腕。
 ヤバイという理解は一瞬。先輩が不味いと思ったのも多分一瞬。
 このまま叩きつけたら……!
「ぬぉっ……!?」

 折れると思ったその瞬間、本来思い描いていた方向に先輩の体が浮く。
「へ……」
 その一方、宙に飛ばされる俺。半回転ひねりした体が地面と向き合う。
 地面にぶっ倒れてる先輩。俺が本来いるべき場所でそれを踏みつけてるのは……。
「筆頭?」
 そう解った頃には綺麗に両足から着地していた。
 ストン、と。本当に自然に。

 ……目の前で、先輩踏みつけて悠々と立っている黒髪黒コートの男。
 ギルドナイツ=ドンドルマ部隊筆頭が。
「ジャッシュに、キルカウントワン」
 何故か片手にバスケット持って。

 この円形闘技場は、対飛竜訓練にも使うから相当広い。
 そんなのがいることに、二人そろって気付かなかったのも……。
「だがディフィーグ。相手も一応子持ちだ。気は遣ってやれ」
「あ、はい……」

 んでよ、何が悲しくてだ……。

「おっさん二人に挟まれての昼飯か……」
 ミケ姉とマイラに付き合わされた次はこれか。
 本当は今日一日寝てやる予定だったんだけどなあ……。

 ちなみにバスケットの中身はサンドイッチと花柄のシート。
 流石にど真ん中じゃなくて端っこに広げたけどよ。
「私はまだ三十六だぞ」

 先輩が吹いた。
 俺はヘブンブレッドのサンドイッチ詰まらせた。

 ちなみにこのサンドイッチ、やたら可愛く刻まれた具材付き。
 俺の倍生きてる人間のメニューじゃねえだろ……。
 それ以前に、最初から一人で食えるような量じゃないんですが。

 しかも温暖期まっただ中なのに長袖長ズボン。
 ついでに裾も長いし黒い手袋付き。
「……暑く無いんですか?」
「ん? 金獅子の素材でね。寒冷期にはもう一枚着ないと寒いぐらいだよ」
 色からして、気配を押さえる性質もそのままか。

「で、どんなヤバイ話をしていたのかな?」
 俺達が稽古していたのは砂地で固められた円形闘技場のど真ん中。
 ……本当にいつからいたんだこの人。

「私に話すのが憚られるような事かね?」
 ある意味憚られる。ある意味話さないといけない。
「これは、プライベートな話ですので」
 先輩は前者を取った。もう故人だしな……。
 んでさ、ここで「そうか」って引くのが大人だと思うんだ。

「それはますます聞き捨てならんなぁ?」
 にやりと笑って詰め寄るナイツ筆頭。こんなのでもナイツ筆頭。

 んで、案の定根掘り葉掘り(主に俺が)搾り取られまして。

「ふむ。年頃の割に女っ気がないのはそのせいか?」
 ミケ姉の次は筆頭か……。

  そりゃあ母さんはぶっちゃけ最強の化け物だし姉貴はネコマニアの爆弾魔だし初めて組んだ相手は幽霊さんだったしリトの奴はがめつい癖ににトラウマ作って引 退だしマイラはマイラで変なところ腹黒いし女性ナイツなんて俺を着せ替え人形ぐらいにしか考えて無いしアイルー含めればミケ姉なんていつの間にか俺より強 かったりするし。
 あー、俺の近辺まともな女がいた試しが無ぇ。

「おーい、ディフィーグ、ディフィーグー、生きてるかぁー?」
 くたばってまーす……あ゛ー……こん畜生。

「やれやれ……」
 そんな俺をつっついていた筆頭が、姿勢を正すのが気配で解る。
 ……見下ろす視線が突き刺さる。俺も正した方がいいようだ。
 そして、俺が体を起こしたのに合わせて筆頭が言う。
「所でジャッシュ」

 ヒュゴ……ッ

「死人に引きずられるぐらいなら辞めてしまえ」
 言葉と裏拳のコンビネーションで先輩撃沈。
 俺の頭上を通ったと思う腕の気配は、無かった。
 インパクトの瞬間で姿勢を固定してなかったら、多分何が起こったかも解らなかった。
「思いっきり、先輩の顎に入ったんですけど……」
 そしてあぐら組んだまま仰向けにぶっ倒れてるんですが。

 筆頭がこっちを向く。さっきのが来たら多分避けられない。
 こんな所で力の差を感じてしまう自分が嫌だ。
「そう言えば、お前も当事者……って、何故構える?」
「い、いや、その、いえ……」
「だから敬語はいらんと……まったく……ん?」
 でもあんな高速の裏拳なんて喰らいたく無い。
 何より、引きずられているのは俺の方。

 筆頭が微かに笑う。見透かされてると思う。
「ああ。コイツの相方……お前の前任な、その通り魔追ってたんだよ」
 ……へ?
「そのまま、生きて帰って来なかった。初耳か?」
「あ……はい」
 そっか、単独行動は基本禁止なら……。

 そんな俺の反応に、くっくと笑う筆頭。
 反対側を見れば何時意識を取り戻したのか、先輩がぶっ倒れたまま溜息ついて……。
 ドゴッ
 また殴られて気絶した。今度は背中スレスレを何か通ったような……。

 そんな先輩を哀れんでいたら……。

 わしっ
「要領の悪い奴だな」
 いつの間にか、筆頭に頭掴まれてた。
 そのまま頭をわしわしされる。畜生、完全に子供扱いだ。
 延びてきた手に全く対応できなかった時点で仕方ねえけど。
 昼飯なのに、全然ゆっくりできねえ……。

 わしわし、わしわし、わしわし、わし……。
 しばらく無言で続いていたそれが、止まる。
 俺の頭を鷲掴みにしたまま。レウスレイヤーが半端なワイルドハートに。

「所でサー・ディフィーグ」
 あ、嫌な予感。
「小狡く生きるのと要領よく振る舞うことに、何か違いはあるのかな?」
 ……まともな質問だった。簡単なようで、答えにくい。
 考えあぐねて残りのサンドイッチに手を伸ばそうとして……。

 ぐいっ
 ぐきっ

 ……掴んだ手が、頭ごと肩を後ろに引いた。
 無論サンドイッチを取れるわけもなく。
 つーか今グキって言ったぞグキって。
「こういうのは年取ると解らなくなるもんでな。若い感性で、率直に」
「……俺、もう成人してます」
 先々週で、十八歳。

 ぐいっ
 ぐきっ

「筆、頭、命、令」
 ……体が反り返ったまんま動けねえ。
 頭を掴む力が、さっきより、明らかに、強くなってんですが……。
 でもおかげさまで、答えは出たかも。

「……人に責任丸投げしねえ、ことっ」
 同時に頭をふりほどく。放して貰ったって感じはぬぐえないけど。

「じゃあお前は、不要な責まで背負い込んでいるわけだ」
「う……」
 否定はしない。返す言葉も無い。
 結果は当然のことだし、その先は俺の与り知る所じゃない。
 でも、何だこの敗北感。

 わしっ

 ……また頭鷲掴み。俺はあんたの子供じゃねえっての。
 わしわし、わしわし、わしわし、わしわし……
 このおっさん投げて良いか?
「もぐもぐ……やはり旨いのは最後に食べるのがいいな」
 あ、最後の一個、プリンセスポークのカツサンド……。
 ……投げる。ぜってー投げてやる。つーかここ訓練所だし、投げて良いだろ?
 失敗が大前提。やってみることに意義がある。

 未だに髪をもみくちゃにされつつも隙をうかがう。
 相手が相手だ。慎重に慎重を重ね、可能な限り悟られないよう。
 むしろ、仕掛けるなら悟られたその時。
 そして広げられた意識の網の端。

 視線が引っかかった。
 その先にいるのは筆頭。

「危なっ!!」
 筆頭を弾き飛ばす。銃声が響く。食い物の恨みどころじゃ……っ!

 ぼふっ

 丁度突き飛ばした体勢の俺の上に、ネットが覆い被さってきた。
 ……しかも、何か粘っこい。

「うーん。狙撃犯から庇って殉職?」
「いえ、一応射線からは逸れていたので通常弾なら無傷。拡散でも負傷という所かと」

 ……哀れな殉職ナイトの検分してました。先輩まで。
 ううう……ネバネバのネットが絡まって気持ち悪い……。

 て……あれ?
 確かに筆頭を弾き飛ばした感覚があったんだけど……。

「うニャ〜……」
 その方向から、ネコの声がするんですが。
 んでちょっとそっち振り向いてみたんですが。
 ……ギルドガードスーツ【蒼】を着た、アメショ柄がいました。

「もー。ディ邪魔ー」
 同時に狙撃方向から響く間の抜けた声。
 真っ赤なギルドガードスーツ、顔を出したのはラウル。
 ……そういや、筆頭と顔見知りっぽかったけ?

「じゃ、私はそう言う事でーっ」
 そそくさという形容詞そのままに走り去る筆頭。
「あーっ待てーっ!!」
 当然追いかけるラウル。蒼装束のアメショもそれに続く。

 残されたのは先輩と、ネットに絡まった俺。
 チャチャブーかランゴのごとく沸いて出た連中は、あっという間にいなくなった。

「つーか、今の……何?」
 色々と気が抜けて、それこそさっきまで尖らせていた感覚も、何もかも。
 しばらく呆けてた。
 最初の話はなんだっけと思い返す。

「先輩」
「何だ?」
「……すいません」
「もとより知らせていない」
 古傷に、触っちまったんだった。

 アイツのやったことは許される罪じゃない。俺は所詮第三者だ。
 当事者にしてみればたまったもんじゃない。

 だけど……。

「知るという責がある」
 堂々巡りを繰り返す頭に、先輩の声が響いた。
「アイツの口癖でな。千里眼は先天的なものだったらしいが、それで随分苦労したらしい」
 ネットを何とかほどいて、先輩の横に腰を下ろす。
 筆頭、シートは持ち帰らなかったな。

「似た奴を宛てられたって事?」
「そう思われたくないから伏せていた」

 そしてやはり、彼女にはどこか同情の視線を向けていたと言う。
 罪が軽いうちに捕まえたがっていた、とか。
 ディアブロスのマギの前の主人だった、とか。
 仲良かったんだろうなってのは、すぐ解った。

「知ると言う責、か……」
 周辺への意識は、完全に途絶えていた。
 そのおかげで……。

「でも、罰を受けるだけが責任の取り方じゃないんじゃない?」
「ガァ」
 ミケ姉とホムラに気付かなかったのはさすがにヤバイか。
 アイルーはともかく、リオソウルに気付かなかったら……狩り場なら死ぬって。

「と言うわけでディ君も、命を預かる責を果たしてちょーだい」

 ……二時間きっちり追い回されました。

 加減や急ブレーキを覚えたといっても、ハードな追い掛けっこ。
 終わってぶっ倒れた俺を見下ろして、先輩が言った。
「マイラには、俺から話しておいてやろう」
「へ……?」
「父親だからな」