シーン1:ネコの人権問題

「ディフィーグさんは名前で呼んでくれるから好きニャ」
「知ってるニャ? 名前は世界一短い祈りなんだニャ」
「ディさんなら最短ニャー」
「そうそう。オイラなんてオレンジで珍しいっていうからニャ、名前がオーランド=フェルガモット=フィルラン=メルクリウス……」
「いや長ぇよ」

 ディフィーグは思う。
 ……何故、こんな事になってしまったのだろうかと。

「これでも、結構苦労したのニャよ」
 黒鎧竜を狩った帰り道、苦労を語るのは鎧兜のメラルー柄。
「ご主人が亡くなってから色々たらい回しにされましてニャア……」
「さぞ苦労なさったのでしょうニャア……」
 同調するのはオレンジ色の御者。
「里に帰っても良かったんニャけど、ハンターさん見るとついつい」
「そりゃあかんニャ」

 まあ確かに、泥棒ネコのイメージが強いメラルーではあるが……。
「病気のせいで人手は足りないはずニャのに、ギルドが拾ってくれニャかったら妹ともども……」
 ディとて、ザイン=エインの子でなかったら普通に殴り倒していたかもしれない。
 ……母に知れたら半殺しで済まないのでやらなかったが。

「いつかはメラルーニャんて言葉、ただの柄名にしてやるのニャ!!」
「おうニャー!」
 人間の身は肩身が狭い。
 が、姉が同席していたらと思えば遙かにマシだった。

「そのうち古い文献には、注釈が入るようにしちゃうのニャーっ!」
 何その生々しい目標。

   ――――『ネコのいる街並み』――――
     キエナイユメ:カットシーン集+α

シーン2:古き良き悪習

 アイルーは小さい分人間より足下に目がいく。
 というのは結構な偏見である。
 少なくとも街育ちのハッカ柄、ホリーさんはそう思っていた。

「そう言えば珍しいですね。黒グラさん相手なんて」
「メルトウォーリアでも作ろうかなって」
 またハンターが一人戻ってきた。その度視線は上を向く。
 手は箒、顔は天井。それがいつものスタイルだった。

 すっころぶのが可愛いなんて言う奴は足踏んでやる。

 そして、荒くれハンターの集う街の酒場は、基本五月蠅い。
 どれだけ五月蠅いかと言えば、
「でも頭骨は今回報酬に無いですねぇ」
 一年で喧噪の中、人の声を正確に拾えるようになってしまうぐらい。
 言葉ならなんでもござれ。何だろうと思って耳を澄ませたら異国語だったこともある。

 ……ハンターなんて、飛竜が吼える中でも聞き分けられるらしい。

「そりゃ、二枚も剥いじまえばね」
 特に、レア素材など、欲にからんだ話は、なお。

 直後、酒場の空気が色めきだった。

シーン3:剥ぎ取り上手の災難

「ディくーん?」
「う〜……」
 受付が受付の顔をしていない。
 うっかり口を滑らせた新米を窘めるナイトの顔だ。
 筋繊維とか骨格とか本で読んだだけだと言ったら逆にやっかまれた。
 なら一体どうしろと言うのか。

「尻尾から紅玉と逆鱗同時に取ったなんて話もあったな」
 それ、無い奴には無いので本気で運。
 狩人は基本地獄耳。いや、それらを聞き分けるディもだが。

「リトちゃんの為に紫鱗剥いでやってたよなー」
 その一角を、反射的に睨んでいた。
 さらりと聞き流す方が賢いと解ってはいる。
 お互いしまったと思った時には、もう遅い。

「おう、何だァ?」
 向こう側の酔っぱらいに睨み返されてしまった。

 ハンターと言う人種には色々いる。
 しかし、全体的に見るなら祭り好きが多い。喧嘩好きもまたしかり。
 まして彼らは狩人。

 逃げる獲物がいたら追いかけたくなるものである。

「おい、そっち行ったぞ!」
「何でこうなんだよーっ!!」
「大人しく捕まっときゃ良かったんだよ!!」
 報酬。お好きなモンスターのレア素材と言うことに、勝手にされた。

 少年が数チームの連携をことごとくすり抜けていく。
 お世辞にも身軽そうに見えない装備で。
 悪戯心の芽生えた誰かが冷たい、しかし良く通る声で告げる。
「ディフィーグ、反撃を許可します」

 その刹那、時が止まった。
 誰もがその意図を理解するのに一拍の間を要し……
 次の瞬間、酒場はさらなる混沌に包まれた。

「さあ盛り上がって参りました」
 まったくの無表情無感情で響くその声に受付のシャーリーさんは思う。
 絶対に異動願い出してやると。

シーン4:攻防戦の足下

「掃除するのは誰だと思ってるニャ……」
 散らばった皿を片付け、ぶっ飛んだ料理を受け止めるのはホリーさんの仕事である。
 古き悪習にぶつくさしつつ、見物に興じるのは悪くない。
 ついでに、料理を零される前に食ってしまうのも半ば黙認。
 と言うか、シャーリーさんから食って良しサイン出ちゃったしニャ。

 その前に「善良な」ハンターの為に誘導路でも造ろうと思った頃、声をかけられた。
「何かありましたニャ?」
 振り向けば赤虎と、その後ろにもう一人。

 男は見上げるような長身に真っ直ぐな黒髪、整ってはいるがどちらかと言えば強面。
 ヒラヒラとした服と羽帽子。メルホアシリーズ一式が、悲しいぐらい似合わない。
 ナイツの中でも生真面目と評判の、ジャッシュ=グローリーと解るのに時間がかかった。
「毎度、ご苦労だな」
「まったくですニャ……」

 そしてさすがはベテランナイト。
 勝手知ったる後輩を捕獲するのに、さほど時間はかからなかった。
 無論、報酬もジャッシュの物になるということで。

「じゃ、稼ぎ行こうか」
「俺……さっき黒グラから帰って来たところで……」
 お構いなし。

「マイラもそれなり稼ぐようにはなったんじゃ……」
「父の沽券に関わる」
 往生際が悪い。

「そ、そうだ! 図書館で借りた本! アレ、明日返却日!!」
「でしたら私めが代わりに返しておきますニャ」
「ミハイルーっ!?」
 お掃除ネコのホリーさんは見た。
 忠義に篤い赤虎の手に、マタタビ五本握られているのを。

「クエストはゲリョス二頭でいいですね?」
 そしてテキパキ用紙に判を押す受付。

 今日は偉く気が利いているなと思ったジャッシュが見たのは……。
「イリスさん……何をしておいでですか?」
 無表情でカウンターに立つ筆頭副官だった。
「あの方が珍しく、真面目に、仕事をされてまして、暇を」

 引きずられるディ。引きずっていくジャッシュ。
 しみじみと見送ると思っていた赤虎が、ホリーさんに声をかけた。
「所でリトさんとは、どなたニャ?」
 ものすごくプライベートな質問。
 しかし、住み込みで働いているわけで……。
「ディさんがナイトにニャッた理由は、有り体なものだったという事ですニャ」
「……。そうニャか」
 悩んだ末の答えに、忠義篤い赤虎は顔を伏せた。

シーン5:ロスト・パートナー

 地味だったけれども、決して悪い子じゃなかった。
 もっとも、地味なのは見た目だけだったが。
 光り物には目の色変えてつっこむし、相手が強かろうがお構いなし。
 冷や冷やさせてはくれたけど、悪い気はしなかった。
 つきあってからどれだけ経っただろう。
 やっと肩を並べられる。そう、笑っていた。

 ……その彼女が今、生皮を剥がれた姿で横たわっている。

「そりゃゲリョスでも怒るわぁーっ!!」
 小さな蒼と巨大な紫が駆け抜ける密林。
 響くのは若人の悲鳴、老山龍二倍速のごとき轟音。

 夫たる紫毒怪鳥が、蒼火竜の鎧を纏った彼こそ仇するのも無理からぬ事だった。
 しかも、水晶の双剣がその刀身と雨粒とで月明かりを照り返すから、尚目立つ。
 いや彼、ディも擬死中の剥ぎ取りには参加したので全くの無実でもないが。

「ディー。卵も納品しに行くからー。しばらくひきつけといてくれー」
 悲しいかな、真の仇たる男は、身に纏う翡翠色が保護色に。
「だっからアンタとゲリョス行きたくねぇーんだぁーっ!!」

 こうして哀れな新郎は、その忘れ形見すら奪われてしまうわけである。

「獲物に同情していて狩りは出来んぞ」
「うるへー……」
 不幸な誤解で走らされた少年、帰りの竜車でグロッキー。

 飛竜の再生能力も間に合わぬペースで、生皮から生き血からナミダの一滴まで剥ぎ取られたゲリョス原種には同情を禁じ得ない。
 さらに二匹いるとなれば、大抵の場合つがいである。

 なら一思いにやれば良いという話でもないが。

シーン6:人間の勘

 銀青虎のケインは、司書になってから一切の値引き交渉を許したことがない。
 いやディとて、十八になって上目遣いでねだろうとは思わないらしいが。
「それにしても、先生は誰を投げ飛ばす気だったんでしょうミャー?」

 サイラス医師が寄贈してくれたのが、主に武芸書の類なのは意外と知られていない。
 医学書の類は彼が独自に内容を纏めた、その後にくれることもあったが。
 ……どちらかと言えば、彼の手帳の方を見たがってるのもいた。
 今となっては良い思い出である。

「順当に考えると母さんだけどなー……」
「あのベタベタ夫婦にそりゃないミャ」
 むしろ姉の悪知恵防止の方が濃厚。
 ……調合書をうっかり読ませた翌日、小樽投げ騒ぎ。
 人間の前任司書が、カウンター下で頭抱えて悔いていた。

 さてこの蒼髪の少年、上客ではあるのだが、少々厄介な性質がある。
「何か借りてきますミャ?」
「いや……今日はいいや」
「そうミャか」

 そびえる本棚の前に立つ度思う。
(最近首が痛くなってきたミャ……)
 何でか高いところにある本ばっかり借りるのだ。
 ……幼少から通っていて、低い段は殆ど読んでしまったらしい。
(どう見ても本の虫ってキャラじゃねえはずなのにミャ)
 ちょっと信じがたい話ではある。

 最近凝ってきた肩をコキコキ鳴らす。
 前任の働きかけのおかげで、下がやや広くなった本棚はよじ登るのに都合が良い。

 その翌年、前任は火怨病であっさり逝ってしまった。
 思えばサイラスが息子でなく、自分の手で本を返しに来たのもその少し前だった。
「人間の勘も、侮れないミャね……さてさて」

 よじ登ってしまえば後は楽なもの。
 本棚と本棚の間には橋までかかるサービスぶり。
 重い本でも安全にわたれるよう手すりまで……。
 と言っても、本当に多いときは大人しく端まで歩いていくのだが。
「えーっと……柔極活法:治の書、著者、フジカワ……」

 銀青虎の司書ネコ、ケインは思う。
 何で今日に限って最下段の本を借りてやが……。

 つるっ

「ほみゃぎゃああああああああーっ!!」
「ケイン! ……ってうぉっ!?」
 持っていた本と、落ちてきた本に埋もれてしまったケイン。
 早速活法の世話になってしまった。

 肩凝りのツボが、死ぬほど痛かった事を追記しておく。

シーン7:オトモアイルー

「にゃははー。今回儲けさせてもらったニャー」
 と、上機嫌なのはメラルー柄のジンジャー君。
 ディから調合代をいただいてほくほく。

「お……オイラは死ぬところだったニャ……」
 アイルー柄のこちらはコタロー君。ラウル君と同行した結果が、これである。
 大丈夫大丈夫。当てないからー、などと笑いながらヘビィボウガンをスレスレでぶっ放す、真紅の悪魔が忘れられない模様。

「フンフンニャ〜ン♪」
 鼻歌ばかりでまったく報告にならない黄色い虎縞が、ハナウタ君。
 まあ同行者もいい顔をしていたし、本人もこれなら悪い結果では無いと、思う。

「ま、最終確認だしなぁ〜。ほぼ決定と言うところだろうなぁ〜」
 彼らを抱きかかえて、だらしなーくにやける黒髪の男……。
 ギルドナイツ=ドンドルマ部隊筆頭、ルシフェン=フォン=ファザードである。
 こんな仕事ばかりだったら、いくらだって真面目に(?)仕事するのに。

 しかし彼は気付いていない。
 いや、考えが及んでいないと言うべきか。

 一応ご多忙な彼に、オトモの恩恵を受ける暇は無い。

 そんな所に所々包帯を巻いたメラルー柄の……
 ジンジャーの妹、エールがやってきた。

シーン8:アイルー地位向上委員会

「ニャ……そんニャことが……」
 事の顛末を聞いて青ざめ、そして安堵するジンジャー。
 筆頭の腕に抱かれたまま、険しい顔のコタロー。
 すっかり静かになってしまったハナウタ。
 そして……。

「で、その若ーいナイトさんは通報だけですませたと言うわけかね?」
 いや、ハンターは全く絡んでいないのでソレが正しいはずなのだが。
 なんだかどす黒いオーラを放出しつつコタローを下ろして立ち上がるナイツ筆頭。
 それはもう、古代宗教の魔王の名に恥じないどす黒さ。
「あの……筆頭さんどちらに?」
「ふふふふふ……うん。さんぽぉ」
 恐らく今の目は、黒龍のそれと別な意味で正視できまい。

 裏口から抜け出そうとする魔王。
 ドアノブに手をかけた瞬間……。
「何考えてますニャかルシしゃまーっ!!」
 飛び出した小さな青に蹴倒される魔王。

 魔王を蹴倒した状態からくるりと宙返りで着地したのは、青い羽帽子に青いギルドナイトスーツを着た……ネコ。
 中年と老年の境ほどの、アメショ柄の女性である。
「まったく。ナイトの本分を正そうというお方が、職権乱用とは何事ですニャ」
 当の魔王、打ち所が悪かったのか、失神。

 呆ける鎧兜のネコ三名とその身内一名。
 視線に気付いた彼女は帽子を脱ぎ、軽く会釈する。
「アテクシ、代々ファザード家に仕えさせていただいてますカッツェという者ですニャ」

 今、そのファザード家当主を足蹴にしているわけだが。
 その当主がさらに踏んづけられて「ふぐぉっ!?」とか言ってるわけだが。

「さーさ。私達はこれからお仕事がありますニャよ」
 はいニャ? と、首をかしげる四人。
「竜人、人間、獣人の三種平等の叫ばれるこの時代にゆゆしき事件!」
 当主を壇上代わりに胸を張る老猫。
「放置はできませんニャァ」
 その悪戯っぽい顔は、年のせいもあって、むしろ化け猫。
 ……同族の目から見れば、であるが。

「あの……ナイツは首つっこんだらいかんのでは……?」
 おずおずと声をかけるジンジャーに、壇上……もとい当主の上から降りた老猫、やはりニヤリと笑い。
「ゆくゆくは、ですニャ。アテクシ、今はただの召使いですニャよ」
 そしてその言葉にすっかりノリノリになったのが被害者の兄ジンジャーでなく……。
「ニャるほど。オイラ達もまだ、ゆくゆくニャー」
 コタロー君。
「フンフンニャ〜ん……ニャシシシシ……」
 ハナウタもやる気のようで、うきうきアイテム整理する姿が、怖い。

 実はこのカッツェ、狙うのはアイルーの地位向上、引いてはナイツの肩書き。
 ギルドニャイツ設立こそが最終目標と、主人に似て結構な野心家。
(あんなどこの出も知れぬ山娘に、これ以上デカイ面させないのニャア)
 ついでに言うとプライドも人一倍。獣「人」だから、「人」一倍。

 まあその後ろで、当の山娘が筆頭を担ぎ上げているのであるが。
「さて、話も纏まったようですので先に連れて帰っておきますね」
「ニャーっ! イリスーっ、きしゃま何時の間やって来たニャか!?」
「つい先ほど」
 老猫の怒りなどどこ吹く風の筆頭副官。
「ルシしゃまの事ならアテクシが!!」
「エールちゃんの暴行犯を捕らえるのでは?」
「うニャ……ムキニャーっ!!」

 副官に担がれ連れて行かれるナイト筆頭。地団駄を踏む老猫。
 妹の怪我を気遣いつつも、ジンジャーは思う。
 ギルドの上層部がこれなら、アイルーの未来も明るかろうと。
「次ディフィーグさんと組むときは、調合代サービスニャね」
「ディさんあの時、すっごく怖い顔で怒ってくれたの。嬉しかったニャ」

 ホント、お伽噺の紅い龍みたいだったニャ。