サイラスは探そうとした。
 このどこかにいるだろう妻の姿を。
 その妻が追いかけて行った、黒子の少女の姿を。

 その全てが、ただ一つの視線に遮られる。

 目の前の災禍から目が離せない。
 こちらを見据える、一対の金色から目を反らせない。
 知らず後退る足。手が、腕が、強ばって思うように動かない。

 動かす事すらままならない視界の中央。
 龍が体を低く屈める。
 来る。理解しているのに動けない。
 四肢が地を蹴ったと思った瞬間襟首を引かれ、投げられた。

 回る視界、その端に見えたひとひらの蒼。
 その名を叫ぶまもなく地面に叩きつけられた。
「サイ、立って!!」
 叩きつけてくれた彼女の声に応えて体を起す。
 龍の目がこちらを見据えていた。

 人間とは、その存在の次元が違う。
 全身の筋肉が強ばる。手がボウガンに添えられたまま動かない。
 ハンターとしてならしてきたはず体が、圧倒的な摂理の前に硬直する。

 目の前の地面が爆ぜる。再び叩きつけられる衝撃。
 それが、ガンナーとしての視野を、かろうじて取り戻す。
 顔を上げる。自身の火炎で飛び退いた龍。
 それが、首を大きくのけぞらせる。
 口腔に覗く、朱。

 彼我の中間、黒子の少女を抱えて走るルシフェン。
 彼らの元へ駆ける妻。脳裏に過ぎったのは助けられなかった男。
 ボウガンが目の前に転がっていたのは幸いか。

 スコープ越しに見た。
 ルシフェンとすれ違いざま、太刀を振り上げる妻。
「ザイン、避け……っ!!」
 脳裏を過ぎるのは、自分が救えなかった男。
 その時の無力、絶望。

「っらあああああああああああああああああっ!!」
 それらは、火球の両断という形で否定された。

   ――――『紅蓮の彼は恋をする』――――
           第二幕:ネコの村

 ルシフェンは、両脇を駆け抜けた熱波の意味を理解しきれずにいた。

 龍の、滑空にも近い突進をかわしたとき、足下にいた小さな少女。
 無我夢中だった。例えそれが、この上ない屈辱をくれた相手でも。
 叩きつけるような風圧。顔を上げれば鎌首をもたげた龍。
 背を向けるのは愚の骨頂と解っていながら駆けた。
 背負った盾で、自分の背で、受け止められれば御の字という打算が無くも無かった。

 再び両脇を駆ける熱波。
 認めざるを得ない。
 頭上を弾丸が横切る。
 さすがに夫は認めるのが早い。

 振り向いたその時、十字に裂かれた火球を見る。
 龍の胸殻が弾けるのを見る。
 打ち込まれた拡散弾が、翼を弾き飛ばすのを見る。
 悲鳴を上げ倒れ伏す龍を見る。

(色々本気でありえねえ……)
 否定の言葉を口にしようとした瞬間、何かに足下をすくわれた。

 にゃーにゃー
 がらがらがらがら……
 にゃーにゃー……

 今、自分たちがいるのは火山の中腹。
 そこに止まった、お世辞にも乗り心地の良いと言えない手押し車の上。
 腕の中には黒子の少女。
 隣の手押し車……アイルーの押すネコタクの上にザインとサイラス。

 ルシフェン=フォン=ファザード十六歳、思う。
 とりあえず、この状況をご説明いただきたいと。

「ぼ、僕ら、ギルドで働くのが、夢、だったのニャ……」
 だからといって恐縮しながら人の心を読まれても、困る。
 アレを目の前にして駆けつけた勇気は、賞賛に値するのだろうが。

「そういえば、スーちゃんは大丈夫?」
「スーちゃん?」
 その問いにザインが指さしたのは、ルシフェンの腕の中。
 未だ目を覚まさぬ黒子の少女。

 言い出せなかった。
 この子とその兄が、大老殿に忍び込んだ、自分の追っていた賊だったなど。

「そ。スジャタちゃん。どうなの?」
「多分……失神してるだけだと思うけど……」
 サイラスに看て貰えばいいと思ったが、顔面蒼白、汗だく。
 ネコタクの上に大の字。どうやら相当おっかなかったらしい。
 それでも、アイルー達を見つけて運ばせたのはこの人だった。

「えーと、その……このまま村に戻るニャ?」
「そうね。行き当たりばったりじゃちと荷が重いわ」
 ちょうどその時スジャタが目覚め、軽い衝撃と共に自分が意識を失った。

 顎を殴られたと気付いたのは、白いベッドの中だった。

「あ。気がついた」
 目の前にあったのはザインの顔。
 場所は質素な、木でできた個室のようだった。
 いったいどれだけの時が経ったのか、どれだけの力で殴られたのやら……。

 壁によりかかるように腕を組む黒子の、スジャタという少女。
 何となく、視線が痛い。互いの立場の問題かもしれないが。
「お前よ、俺、結構必死で重い荷物と一緒に運んだんだけど?」
「年頃のレディを抱いて良いのは、ステキな王子様だけよ?」
 人様の顎を殴っておいて舌まで出される始末。
 悪びれたと言うか反省のそぶりは、皆無。
(今この場で、テメェの素性バラしてやろうかい……)
 無論、思うだけできるはずもなく、なのに睨み返された。
 互いに、非常事態であるとことは承知の上ということか。

 そのやりとりをよそに、サイラスとアイルー達。
「そういえば、報酬の三分の一はどうなるニャ?」
「ゼロには何をかけてもゼロ」
「うニャ……じゃあこの翼膜貰っちゃうニャ!」
「で、それはどこで換金するんだい?」
「ニャ〜怖い思いしてただ働きニャ〜」
 金勘定をしていた。

 そして話は本題に入る。
 すなわち、あの「龍」の事。
 グラビモスの群れは、十中八九アレから逃げて来たのだろう。
「一応、勝てないことも無さそうよね」
 しかし何が恐ろしかったと言えば、狩る気満々の角竜婦人だろうか。

 話についていけないアイルー、マタタビ貰ってご満悦。

「ギルドには、期待しない方がいいかもな……」
 そう零したルシフェンに疑問の視線を向けるのはアイルーと角竜婦人。
(ネコと同レベル……)
 無論、口にしたら命はないが。

 代わるように口を開いたのはスジャタ。
「街はともかく、村は守ってくれないってことね」
 吐き捨てるような言葉は、ナイトにとっては耳の痛い、しかし現実。
 そうでなければ過去、サイラスがこの村を訪れる必要も無かったろう。
 表沙汰にならぬ腐敗。伝説の黒龍、おそらくはその亜種だろうけれど。
(……英雄? いや、まさかね)

 若き騎士の心に過ぎり、すぐに否定された暗い野心。
 部屋の空気を固めたのは、決してその不穏な笑みではなく。

 それは、扉の向こうにいた。
「ねえサイ、ちょっとドア開けてみてくれる?」
 妻に言われるまま、サイラスがアノブに手をかける。

 サイラス、悲鳴を上げる間も無く猫雪崩。

「あー、サイばっかずるーい」
 妻、鎧を着たままダイビング。
 しかし、湯煙の届かない室内。そこでアレルゲンにつっこめば……。
「は……は……はっくっしゅ! くしゅんっ!!」
 猫山の上でくしゃみを連発する角竜婦人。
 必死に床を叩く、夫の手には気付かない。

 少年少女は、思う。
 この夫婦大丈夫なんだろうか。

 猫雪崩に埋もれたサイラスを救助するさい、中から老医師一名も救助。
「やっぱルシ君を重体患者にするのは無理があったかな」
「ちょっと待て」
 結果、火山の奥に住まう龍……伝承にてミラバルカンと呼ばれるそれの存在は、あっという間に知れる事となってしまった。

「僕たち、これでも口は堅いニャ」
 村中のアイルー達に、だけ。

 そして再び部屋は四人だけ。
 ネコタクを押してくれたアイルー達もいないので、本当に四人だけ。
「ちょっと、行きたい所があるんです……」
 最初に席を立ったのは、スジャタだった。
 自分と夫妻に対してその対応の違いは何と言いたい。

 スジャタは兄の墓前へ。サイラスは薬の調合に。
 残ったのはベッドから蹴落とされたルシフェンと、蹴落としたザイン。
「ひ……酷い……」
「男の子がいつまでもベッドにいるもんじゃないわよ〜」
 だからって蹴落とさなくてもいいだろうに。それも、何となくだるいという理由で。
 アレルゲンに飛び込んだせいじゃないのかと言いたい。
 いっそ蹴落とし返したい所だが、聞こえてきたのは鎧をガチャガチャ外す音。
 うっかり布団でも引っぺがそう物なら……サイラスに手を下されるかもしれない。

(ほんとにシュレイド名家の令嬢ですか?)
 それは当のザインも忘れている。

 とにもかくにも、インナー姿で布団にくるまっている妙齢の女性、しかも人妻と同席など危険以外の何物でもなく、このままそそくさと退散しようと思ったのだが……。
「ルシ君」
「は、はいっ!?」
 呼び止められる。正直ミラバルカンより恐ろしい。
 幸い、振り返っても既に布団から出ているのは顔だけ。
 まじめな表情が、実に似合わない。
「スーちゃんに、きついこと言っちゃダメよ?」
 その顔色は、確かに優れていると言い難かった。

 ギルドに期待できないと自分で言った。
 それでも何も言わないよりはマシと思い、有事の際にはと思い、集会所を通して連絡をつけて貰った。
 もちろんスジャタの事は伏せて、追っていた賊の行方は、もう解らなくなったと。
 帰ってこいと言われたら、聞かなかったことにして。

 その上で改めて彼女と話をしようと思って外へ出た時だった。
 白い花の固まり……もとい、花束を抱えたアイルーが一匹とことこ歩いて来る。
「何だよ、それは?」
「持って行ってやるニャ」
 何故アイルーという奴は、こうも色恋沙汰が好きなのかと。
 しかし相手の瞳は至って真剣。
「あの子、泣く間も無かったのニャ」
 そういわれてしまえば、邪険にできるはずもなく。

 黒鎧の若武者。左手に白い花束を。
(これは、普通、絶対に、誤解を招くよなあ……)
 それを肩に担ぐ。見せる前に頼まれたと言えばいい。
 変な誤解をされてはたまったものじゃない。

 そして、この打算がやはり災難を呼ぶのである。

 陰鬱な沼地のほとりとは思えない、木漏れ日の差す森。
 そこが墓所だった。
 体は森へ返され、死者を思うときは森へ大地へと思いを馳せるのが村の習わし。
 戻ったとき、スジャタの希望でさらに奥へと弔われたと言う。

 幸か不幸か、スジャタは墓前に座り込んだまま。
 こちらを向いてくれない代わりに、刺々しい気配を纏っていた。
「……お仕事でも思い出して、ナイトさん?」
 掠れた声で解る。こちらを向けるような顔ではないのだと。

 しかしすっと立ち上がる後ろ姿は、一分の隙もない。
(可愛くねえ……)
 話を振る前から、既に喧嘩腰。
 振り向いた目は、腫れていた。
 こちらをにらみ据えた瞳に籠もっているのは、殺気だろうか?

 まだ十六の少年に、それを受け流せという方が無理があったのか……。
「あの鎧だけどよ」
 こんな事を言いに来たはずではないのに。
「掘り起こしてみる?」
 挑発めいた笑みも、腫れた目では意味をなさない。
 かえって哀れだと思う間に、スジャタの姿が消えた。

「でも私に負けたの、忘れたわけじゃないわよね?」
 彼女が目の前に現れる。
 視界の左側を遮る白。
「いっ……」
 肩に担いだ物と頬の間を寸分の狂いもなく遮った一本の大剣。

 あの日飛びかかった彼を組み伏せ捕らえ、あげく蹴倒したのは他ならぬ彼女だった。

「アレは、元々アタシ達の物だからね」
「いや、そうじゃ、なくて……」
 ルシフェンの首筋、正しくは左肩から一センチほど浮いている白。
 自分一度持ったからその重量は解る。握りがついて初めて大剣だと解った。
 スジャタが僅かでも力加減を変えれば、左腕が落ちる。
 返答を一つ間違えれば、ここで利き腕を失いかねない。

「今は、そんどころじゃねえって……」
「諦めるって?」
 横の白が、ずいっと迫る。
 不信を浮かべる銀の瞳に映った自分の顔。
 一度負けた。その力量差を思い知っている顔。

「封龍槍持って、そんな鎧まで着て? あっさり?」
 かえって深まる不信。ぶれる事のない切っ先。
 銀色の瞳は揺るがない。肩の上にある剣も、また。
「どう考えたって優先順位が違うだろ!!」
 完全に気圧された結果としては、いささか情けない叫びだった。

 それに答える声は、あまりに冷ややかな物だった。
「……ホントに、何も知らなかったわけ?」
 ルシフェンの背丈ほどある大剣を軽々持ち上げて肩を叩く少女。
 あの時殺そうとなったら、自分はここにはいなかっただろうか?

「所で、ルシ君つったっけ?」
「んだよ?」
「ソレ、何?」
 彼女は警戒故に、ソレが武器か何かと思っていた。
 ソレを持つ手さえ微動だにできなかった彼。

 ソレすなわち、ここに来る前にアイルーの持ってきた花束である。

「……」
「……」

 場を支配する沈黙。
 スジャタの呆れた顔が、徐々に引きつりはじめる。
 ルシフェンもまた、徐々に後退りはじめ……。

 べっきょん

 白い大剣の腹に脳天を捉えられ、本日二度目の失神と相成った。
 重量武器で殴打しておいて、失神に留めるコントロールは神業だが。
(……あ……あんまりだ……)

 足下で目を回す少年騎士。
 白い大剣を担いで見下ろす少女は、深く、深くため息をついた。

 とりあえず花は墓前に添える。少年騎士は適当に転がしておく。
 墓前に腰を下ろす、というより殆どへたり込む形で座る。
「結局、お兄ちゃんが正しかったよ……」

 いないはずの見張り。滅龍の装備一式での追跡。
 あの鎧の意味を知らぬ誰かの差し金だと思っていた。
 口封じをしなかったのは、まだ子供だという兄の一言。
 もっとも、からかおうなどと言い出すのはどうかと思ったが。

 柔らかな土の地面、それが確かな揺れを伝える。
 ここを墓所に選んだ、もう一つの理由がそこにいる。
 森のさらに奥、茂みの奥で、それは息を潜めているはずだった。
 それが、いつの間に少年騎士を転がしている方の茂みの方。
「何、ソイツが気に入ったワケ?」
 茂みからはみ出ているのは白い鼻先と白い棘。
 それが大きく頷いた。

 その二日後、炎の山のその奥。

 人の足では辿り着けず、人の身では立つこともままならぬ灼熱の石窟。
 紅蓮の彼は、そこにいた。

 この山は彼の居城。
 先の戦場が庭であるなら、ここは寝所であり食卓。
 彼の足下に横たわる、紅蓮と対を成すような宵闇の甲殻。
 かつてこの地を治めていたのは堅牢な重鎮でなく、気高き空の王だった。

 注意深く見る者がいれば気付いただろう。
 肥大化が彼の左角のみならず、翼にまで至っていたことに。
 今や彼の晩餐となった王の翼が、食い破られていたことに。

 臓物は真っ先に食い尽くされ、残る肉はその巨体故、未だ食いきれていない。
 恐らく、あと数日は食いつなげるだろう。

 炎の山のその奥、大地から吹き上げた風が吹く。
 吹き上げた風は石窟の壁を這い、彼の翼をすり抜けていく。
 例え飛べぬ翼でも、風をつかめない事に空しさを感じる。
 安住の地と思った大地の熱が、胸殻のヒビから染みて痛む。

 龍の傷は癒えにくい。尋常ならざる生命力と引き替えに。
 再生には糧もさることながら、時もまた必要とした。

 彼は思う。あの生き物は何だったのだろう?
 小さく、枯れ枝のように脆く、しかし、この翼と胸の傷は確かにアレによるもの。
 怒る前に面食らった彼の頭に、追いかけるという考えは無かった。

 アレは、今まで見てきたどんな生き物とも違った。
 とりわけその一つ、炎の中にあってなお蒼い蒼穹が。
 一切の怯みも怯えもなく、己に立ち向かう者が。

 噴煙の向こうに広がる色、飛べぬ龍である彼には知り得ない色。

 遙か彼方の生命を視る眼を持っても、立ちこめる噴煙が彼の天井だった。
 そこから見下ろす意識が、炎の山の麓に立つ生き物を視つける。
 彼女らを迎えるべく、彼は寝所を降りた。

 一番しなやかな尻尾は、最後に食べることにしてある。

 再戦が二日後になったのは、スジャタの背負った大剣でひっぱたかれたと知ったサイラスが大事をとれと譲らなかった為。。
 その間に山を下りて来ていたらと思うと……。
 殴られたルシフェンにしてみれば、情けないことこの上ない話だった。

「見た目のわりに素早いから、気をつけてください。あと、上から色々落としてくるからそれも」
 スジャタは、その一挙一動を事細かに把握していた。
 それこそ、既に知っていた何かの亜種でも語るように。
 間近で太刀を振るっていたザインよりも、だ。
 猫を被っているような気がするのにはあえて何も言わない。

「そういえばあの子、飛ばなかったわね」
「多分飛べないと思います。羽があんなだから」
 たどり着いた直後のアレが跳躍なら、その脚力は侮れない。
 軽量武器に分類される太刀とライトボウガンを持ったエイン夫妻。
 持っているのは重い大剣だが、並外れた腕力を誇るスジャタ。
 重い封龍槍を背負う自分はその爪を、体を、かわしきる事が出来るだろうか?

 火口の手前で、途端に重くなる足に活を入れる。
 これは武者震いだ。そう、言い聞かせて。

「ルシ君、大丈夫かい?」
「尻尾長いから足下すくわれないようにね」
「怖いんなら帰ってもいいのよ?」
「んなわけあるかっ!!」

 紅蓮の龍は、マグマの中からその首をもたげていた。
 こちらを、四人を、なめるように眺める金色の瞳。
 全身を縛るような、押しつぶすような圧力。
「来るよっ!!」
 それを弾き飛ばすよう、角竜婦人が吼えた。

 開幕の出迎えは先日と同じ。すなわち、強靱な脚力を生かした跳躍。
 抜刀の間もない。飛び散る溶岩の避けるので精一杯。
 振り向き封龍槍【刹那】を構えた時だった。

 ドガシャッ!

 ザインの一番槍。着地点で脳天を「殴られた」龍が吼える。
 構た盾が音の固まりに弾かれる。強すぎる衝撃で体が軽く浮く。
「ザインさん!?」
 盾から覗いた先に、ザインはいない。
 その巨体の向こうで舞う蒼い太刀。

 負けてはいられなかった。

「一枚貰ってくぜ!」
 貫通弾の通り抜けた翼。その穴を狙う。
 四方に三日月の刃を備えた方天戟は、そこから翼膜を引き裂く。
 ただでさえボロボロになった翼を裂かれた龍が、悲鳴にも近い咆吼をあげる。
 その隙を逃さない。

 しかしそれは、ただの悲鳴ではなかった。

「ルシ君、逃げて!!」
「へ?」
 横に飛んだのは殆ど反射。直後、自分の立っていた場所に落ちる巨大な質量。
 飛び散る熱、爆風、音。最後に灼熱色の認識。
「え、わっ!?」
 周囲に降り注ぐ爆風に身動きも取れなくなる。
 盾で、腕で、全身をかばう。幸い直撃は無かった。
「色々って何これーっ!?」

 二度目の咆吼と共に距離を置いていたサイラスを狙うソレは、燃えさかる流星のようだった。

 龍は背を向けている。
 無防備な腹を、よりによって角竜婦人に向けている。
 鋭い太刀筋が龍の鱗を削ぎ、巨大な白がその腕に、足に打ち付ける。
 時折打ち込まれる弾丸が、龍の神経を逆撫でしているのは明白。
 この隙を逃す手はない。

 ねじ込もうとした槍は穂先で終わった。
「……硬っ!」
 ならば数を振るうのみ。
 人間を狙う前提で研ぎ澄まされた技。
 それが今、きめ細かい龍鱗に絶大な効果を上げている。

 先の醜態を返上すべく降り注ぐ繚乱の弾丸。
 目の前にいながらその爪を牙を、全身をかいくぐる角竜婦人。
 その横から、巨大な翼に打ち付けられる白い大剣。
 しなる尾を大盾で受け、的確な一撃をねじ込む破龍の槍。

 世界を揺らすような咆吼はしかし、皮肉にも巨大な翼が遮ってくれる。
 最初に気付いたのはザイン。
 紅龍の目は、ただ一人しか映していない。
 他の誰一人、眼中にないかのように。

 それぞれが致命の一撃を、致命の隙を生む攻撃の回避を確固たるものにした頃。
 互いの役割が確立し、それぞれの動きがルーチンワークのようになった頃。

 ガキッ……!

 それまで鱗の間を切り裂いていた槍が、甲高い音と共に弾かれる。
 本来貫くべき衝撃にはじき返され、槍を構える腕が跳ね上がる。
「え……っ?」

 何とか足を踏ん張る。

 自分の名を叫ぶ声。
 目の前に立つ赤熱色の龍。
 しなる尾になぎ払われる白。
 打ち付けられた蒼穹が甲高い音を立てる。
 見上げれば、振り上げられた巨大な腕。
 睨み据える金色の瞳。
「っ……!」
 避けられない。

 そう悟った瞬間、ただひたすらに、ただがむしゃらに、
「ウアアアアアアアアァァァーっ!!」

 手にした槍を突き出していた。