それは、その少年が騎士に名を連ねてから程ない頃だった。
「どうした?」
「あ、いや、何でも、無い……」
 言いよどむ後輩。
 反らしたアメジストの瞳が不規則に揺れる。
 後輩が何を問おうとしたかには気付いていた。

 騎士に推すには……人狩りの業を背負うには若かっただろうか?
 それだけが騎士ではないと自分に言い聞かせる。

 しかし、何故問おうとしたか。
 その事には、全く気付いていなかった。

   ――『狩人の定義』――
     時には良くある話を

「そらっ!!」
 全体重を乗せた踏み込み。構えた盾の向こう、小さな体が吹き飛ぶのが解る。
「まだまだっ!!」
(……まだやる気か)
 手加減をしつつと言うのは、全力でぶつかるのとは違う意味で疲れる。
 そして、その辞書に手加減の文字がある希少な人物という理由で新米を押しつけられる。

 五年前には二人同時に押しつけられた。
 もっとも、当時は相棒もいたが。

 相手が子供故に、強く当てすぎるわけにもいかない。
 相手が子供故に、時折見せる急成長に対応せねばならない。
 相手が子供故に、若さに裏付けられたスタミナと付き合わねばならない。

(俺も老けたか……)
 ジャッシュ=グローリー三十一歳。むしろこれからだと思いたい。

「はっ!」
 鋭い突き。続く切り払いを叩き落とす。
「あっ……」
 十七歳という若さを差し引いても腕は良い。
 しかし、あくまで飛竜と戦うにしては。
「ほれ」
「ぶっ!」
 なので不本意ながら足引っかけて終了。
「少し休むぞ」
「ぇー……」

 今日は戦い方と言う以前に、あの質問から切っ先が鈍い。

「ひょっとしてー、年?」
「んなわけ……あるかっ」
 最後のシメにゲンコツをお見舞いしておく。

 よもや、昨日人を斬ったばかりと悟られたか?
 まあ、それは関係無い。切っ先を鈍らせている物は解る。

 ……新米騎士によくある、来る日への不安だ。

 壁に背を預けた後輩の顔には、疲労の色が見えた。
「がむしゃらに振るえばいいものでも無いぞ」
「……」
 その横に腰掛ける。
 ふてくされたような視線による一瞥を受けたが、それだけ。

 さて、どうしたものかな。

「なあ、ディ」
「……なんすか」
 自分で尋ねようとしておいて、やめてくれとその目が言う。
 そうは行かない。
 若さと、才と、上昇志向。不安程度で頭打ちにできるか。

「最初の狩人はなんの為に狩りに出向いたか、知ってるか?」
「……モノブロス討伐、だったっけ?」
 だったもなにも、その当人は今もココット村の村長としてそこにいる。
「何の為だと思う?」
 後輩の顔を覗き込む。
「守る為だ」

 溜息を吐かれた。ありふれた話では、こんなものか。

 後輩が、返すように言葉を繋ぐ。
「獣から守る」
「シキ国の表意文字だな」
 壁に預けた背が、ぴくりと動く。
「……うー」
 自信満々の表情が崩れるのも、しっかり確認させてもらった。
 語学で説き伏せようなど十年早い。
「医学書だけじゃなかったか」
 そういえばあのリオソウルの名も、シキの言葉だったか。
「ぶー」
 拗ねられるぐらいなら可愛い物。
 可愛い物なのだが……。

「……」
「……」

 会話が無い。

 その日、その時、沈黙ほど恐い物は無い。
(騎士が狩るのは、獣か?)
 考えたくない方向に、思考が転がってしまうから。

 全ての根幹にあるのは「守る」と言うこと。
 富、名誉、力。全ては副産物でしかない。
 罪、汚名、死。全ては副産物でしかない。
 しかし、それでも必要悪だと言わせてくれない。

「……先輩?」
 目の前にいる、まだ名ばかりの騎士がそれを許してくれない。
 何もしらない、やはり若すぎた後輩が。

 手を額に添え、天井を仰ぐ。
 説き伏せる側が揺らいでどうするんだ。

「いや、何でもない……」

 今度は、自分が目を泳がせる番だった。