「で、館はあえなく全焼と」
 炎の海のほとりにあって、並んで正座の姉弟二人。
 手前では焼き豚にされかけた男が筆頭に角材でつつかれている。
 自慢のヴァルハラで触れるのも嫌らしい。
 後ろでは弟の愛騎、ホムラが消毒とばかり片足を火で炙っている。
 空の王者の威厳もへったくれも無い。

「捕まった娘その他と証拠資料を確保した姉」
 錬金の書に挟んであった。
 幼い頃、証拠を見せろがいじめっ子の決まり文句だったから。
「活かさず殺さずを弁えている愛騎」
 屋根を突き抜けた時に勢いが死んだから。
 毒線については弟が練習台にされていたから。

 お陰で火傷こそ追加されなかったが、露出部分は傷だらけ。
 姉は完全武装していたので、傷だらけなのは軽装の弟だけだが。
「ま、お前無しに姉の生存も、証拠と首謀者の確保はなかった。それは認めよう」
 だったら女装の意味皆無じゃないですか。
 姉にだけは知られたく無いので言わない。
「嫌がらとしても大成功だったから私個人としては満足している」
 ろくでもない筆頭である。

「所で、潜入に使ったロータス&ローゼスブランドの、オリジナルプライベートシリーズはどうしたのかな?」
「何でそこでバラすんだよーっ!?」

   ――『どうせ癒せぬ傷ならば』――
       それは真を写すと書く

 その翌日に休暇など、嫌がらせ以外の何者でもない。
 這ってでも自宅に帰れば良かったものの、自分もまた睡魔に耐えかね仮眠室へ向かったのが運の尽き。
 夢も見ないほどに深い眠りだったのは幸いだった。
 今夢を見たら、夢枕に何が立っているか解ったもんじゃない。
 父なら問答無用で殴り倒す予定だったが。

 夢も見ないほどに深い眠りだったのが災いした。
「あ、起きた」
「ふにゃ……」
 椅子に縛り付けられてるのにも気付かなかった。
 目の前に並ぶ、姦しナイト三人娘。
「せっかくのドレスを灰にしちゃったんですってねー?」
「筆頭、元老院呼び出されてこーってり絞られたらしいわよー?」
「そ、れ、に、仮眠室で熟睡しちゃうのが間違いよねー?」

 ふと、足下の違和感に気が付く。
 ふと、胸元の違和感に気が付く。

 頭:剣聖のピアス(母の……実は夕べのまま)
 胴:メルホアトロンコ
 腕:メルホアラーマ
 腰:メルホアオッハ
 足:メルホアライース

 但し全て、女物。
 胸には詰め物。足はなんだかスースーする……。
「何やってんだあんたらーっ!?」
「足のスリットまでなら許せるわね……」
「許すなーっ!!」
「まったくもってけしからん体しとるのぉ……」
「何処のエロ親父だーっ!?」
「次はヒーラーUいってみよー」
「嫌ーっ!!」

 ここで、姉は助けに応じてくれる人間ではないので求めない。
 それに何が一番恐いって、その姉が向こうで何かの調合を一心不乱に行っている事。

 静かに、大人しく、黙々と。傍らには、真っ赤な毛玉。
「ミハたん、ちょっとグレッグさん呼んで来て」
「はいニャ」
 彼女の作業する机の上に、何枚かの写真があった。
 つまり、そう言うことである。
「やーめーてーっ!!」
「手を汚す覚悟も無しにナイトになられたのですかニャア?」
「裏切り者ーっ!!」
 ゆるりと立ち上がる姉の姿が黒龍のそれに見えたなら、彼女に従う赤虎はさながら悪魔の使いに見えた。

 血が上っていたのは幸いだった。
 周囲を見渡す冷静さがあったなら、既に試着済みのハイメタヘルムやメイドシリーズが視界に入っていたはずだから。

 街の郊外に程近い宿の二階。
 周辺に木の板を張り巡らせた素朴な一室。
 カメラマンとナイト筆頭が、真っ昼間からグラスを傾けていた。
「あっはっはっは! それはそれで究極の嫌がらせじゃねーか」
「私は姉弟で墓参りする時間をあげようと思っただけだぞー?」
 しょげた顔をしてみせた筆頭が、内心腹を抱えて居ることを知っている。
 明けの明星とは名ばかりか。

「今頃、悪夢再びってか?」
「あの姉のことだから、更に一回り上を期待する」
「鬼ー、悪魔ー、人でなしぃー」
 もっとも、カメラマン……グレッグはグレッグで朝イチで写真が届くようしていたりするから人のことは言えない。
「荷担したグレたんも同罪ー」
「待てー、グレたん言うなー」
「まま、そう固いこと言わずに」
 琥珀色の液体をガラスのカップに注ぐ。
 緑色の瓶から注がれた香りは、決して安酒のそれではない。
 酒の肴は、机に並べられた蒼髪の令嬢を写した写真が数点。

「四十二の彼女を思い出せなくなったな……」
「あー、先生も……生きてっと五十か? 俺らも老けたわけだ」
「いや、老けたの君だけ」
「んだとコノヤロウ」
 揃って笑い転げる三十半ば。
 酔いも手伝ってか暫く笑い転げていた。

 来客を告げるノックは木のドアでなく、窓ガラスの音だった。

「グレッグさん。お客さんですよー?」
 ちらりと見た窓ガラス。
 その外にいたのは十代前半ほどの少年。
 彼に抱えられた赤虎猫が、くるりと宙返りして入ってきた。
 窓の左右には、見間違えようのない独特の「耳」が広がっている。
「お前等……正面から入れよ」
 グレッグが郊外に宿を取っていた理由がこの「耳」の主。
「クェ〜」
 相棒のショウが連れる、イャンクックのククルの為である。
 一人と一匹が、二階の窓まで伸ばされた首の上にいた。

「お嬢様からお写真の依頼ですニャ」
「おっ、待ってました!」
「では、ショータイムといこうか」
 さてここで、酒が入っていなければ気付いたはずである。
 ギルドナイツ=ドンドルマ部隊筆頭なら気付いたはずである。
 後始末を押しつけられ、その無表情に青筋を浮かべている副官の気配に。

「筆頭、書類仕事がたまっております」
 広大な敷地を火の海にして、部下にお咎めがいかないだけで十分奇跡。
「……ダメ?」
「嫌なら別にかまいません」
「へ?」
「コレをばらまきます」
 そう言って彼女の言うコレを取り出す所を、グレッグには視認できなかった。
 が、手に持っているのが写真と言うことは解る。
 一足早くそれを認識した筆頭の顔が見る見るうちに青くなり……。
「ひょっとして、アレですかニャー?」

 赤虎の意地悪な声が何かを切った。

「それだけはやーめーてぇーっ!!」
 本気で副官に追いすがる筆頭。
「でしたら大人しくお戻り下さい」
 その手を涼しい顔でかいくぐる副官。
 グレッグに知覚できたのはそれだけである。
 何せ二人の一挙一動、カメラに収めることすら不可能な速度なのだから。

 とりあえず二人の巻き起こす暴風で荒れた部屋の修理費を請求せねばなるまい。
 今やると巻き添えで死ねるから、後ほど。
 酒の安全だけ確保しようと思う。
「なあ赤いの、お前知ってんのか?」
「ミハイル! 言ったらタ……ぐみゅっ」
 筆頭捕縛成功。酒の匂いを確認され、関節を極められる。

「……んじゃ、俺は依頼主のとこ言ってくら」
「ご案内しますニャ」
 扉に手をかけた段階でもまだむーむー言っている筆頭。
 出る間際、聞いてみた。
「そう言えば先生、名付け親に会わせたがってたぜ?」
 その表情の変化を、グレッグは見逃さない。
「サイに飲ませて、ででで……ザインに殴られたと見た!」
「ま、お好きなように」
 拗ねた子供のような顔。

 なるほど、確かに老けたのは自分だけらしい。

 グレッグは、その二人が姉弟であることを知っている。
「……邪魔したな」
 とはいえその光景を見たときはつい、そう言ってドアを閉めてしまった。
 だって、女が男に馬乗りになっていましたら。
「ちょっと待てぇーっ!!」
「おや、スキャンダラス」
 流石に弟が可哀想なのでノックしてから入る事にした。

 またも椅子に縛り付けられた状態。
 今日は騎士装束でノーメイクだったが。
「ちょっと外で待っててくれるかの? 今化粧済ませちゃうから」
 そこで漸く、女装に至る経緯に合点がついた。
 弟の頬を覆う赤茶けた跡。なるほど。ルシは祟りが確定だ。
 その後は暫く不安を訴える弟となだめる姉の声が聞こえたが、直に静かになった。
 一声だけ「顔寄せんなっ!!」と弟が叫んだが、それっきり。
「はい。これでOK〜」
「もういいぜー」
 弟も先ほどの抵抗の後を全く思わせない声になっていた。

「……嬢ちゃん、結構粋な事やるじゃねーの」
「ぬほほ。アタシがやっちゃいかんかねー?」
「いーからとっとと撮るぞ。ほれ、レフ版」

 そう言って銀色の鱗を手渡す弟の右頬にあったのは赤茶けた跡ではなかった。

「LUMYの見て、自作しちゃいましたー♪」
「人のアイテムボックス、勝手に漁んなよ……」
「じゃあホムラ君から、直に」
「却下っ!!」
「ほーい。表情豊かで結構だが崩れる前に撮っちまうぞー」

 蒼い色で描かれた、ナイトのエンブレムたる飛竜の翼。
 よく見れば、姉の左頬にも緑色のそれ。

 どうやら自分には、魔除けを得る機会が与えられたらしい。

 さて、一方その頃。
「なあイリス……それの出所か、ネガは……」
「さっさと書類仕事、終わらせて下さい」
「はい……」
 副官の手には、瓦礫の前で呆ける医者と胸を張る角竜婦人。
 そしてヒーラーUを纏いヴァルハラを背負った「少年」が、泣きそうな顔をしていた。