「……塞がってるな」
「……塞がってるね」
 洞窟の出口、真っ白。
 心当たり、二つ。
「誰かさんの轟音のせーじゃねーの?」
「どっかのエロガキの雄叫びでしょー?」
 他にもあると探してみた出口は、何処も同じ有様だった。
 剣で掘れないかと思ったが細身のそれはとても適していると言えない。
「何で雪山にオーダーレイピアなのよーっ!!」
「作れるのが他に無かったんだよ!!」
 洞窟の中央には吹き抜けのような穴が通っているが、この先から帰れる保証はない。
 つまり、閉じこめられた。
「そ、そうだ! さっきドキドキノコ拾ったよな!?」
 見よう見まね、姉が作っているを見たことがあるし自分だってハンターだ。
 材料の石ころ、粘着草、ドキドキノコはある。あとはうまく……

 燃えないゴミができました。
 燃えないゴミができました。
 燃えないゴミができました。
 燃えないゴミができました。
 燃えないゴミができました。
 燃えないゴ

「いい、アタシがやるわ」
 肝心の第一段階でここまでコケれば仕方がない。

 素材玉ができました。
 燃えないゴミができました。

   ――『銀鎖の記憶』――
    白雪の姫と零下の檻で

 戻り玉もネコタクがたどり着けない状況で在れば致し方無いのだが……。
 そんなの使わねば解らないわけで。
「どーっすんだよオイッ!?」
「うっさいわね! アンタがド下手なのが悪いんじゃない!!」
「カフッ……」
 レタの一言、ディの胸を抉る。
 そのままぱったりと冷たい岩肌に倒れ込む。
「どーせ……どーせ、俺なんか姉貴のようには……」
 幸か不幸か、冷たい岩に張り付きかけた氷を溶かすぐらいの温度が涙にはあったが。

 見かねたレタが揺り起こそうとした頃だった。
 辛うじて『視えて』いた『視界』に、何かを捉えた。
「……!」
 飛び起きた拍子にレタの手を弾き飛ばす。
「な、何す……もごっ!?」
「黙って!」
 抗議の声を手で黙らせる。押し返されそうになってそのまま縺れるように倒れ込んだ。

 意識を傾ける。居場所は、真上から少し――と言っても距離を考えると相当に――ずれた位置。
 丁度飛竜の巣の真上だろうか。
「何か、来たみたい……」
「アンタ、何時までレディの上に馬乗りなわけ?」
「悪態付いてる場合じゃ無」
 最後まで言う前に、視界に星が散る。
 エロガキの一言が微かに聞こえたような気がした。

 幸い一時的に頭がクラクラとしただけで大事には至らず。
 こわごわと向かったのは飛竜の巣。
 つい先ほどレタをかつぎ込んだ場所に、それはいた。
 ……もしクラクラしている間に居なくなっていたら命がなかったであろう。
「フルフルだな……」
「フルフルだね……」
 白い羽つき饅頭のような体躯に伸びた首。
 それがあからさまな肉質を感じさせる皮に被われてなんとも言えない姿である。
 ディの顔面にも青あざが出来ていて何とも言えない状態である。
「アンタもまだフルフルかな」
 レタの台詞の意味には、あえて気付かない事にした。
(どっちがエロガキだ……)
 幸い、二人が覗き込んだ場所をその巨体は通れない為、わざわざ踏み込む必要は無かった。

「……救助、何時来るかなあ……」
 とりあえず巣の手前、体育座りでぐっすり寝てくれるのを待っていた。
 きっかけは、何気ない一言だった。
「そういや、レタの救助は?」
「……来ないの」
「へ……?」

 唐突な気弱さに、レタを見る。並べた膝に顔を埋めていた。
「全然来ないの。随分長い事ここにいるのに、全然来ない」
 その姿に、さっき程までの気丈さは無い。
「そんな、だって、ここからそんなに遠く……」
「なのに……来ないのよ……何でかな……」
 震えていた。確かにそんな酷い話はない。

 自分より年上のはずの彼女が、酷く小さく見えた。
「大丈夫だよ」
「……何で?」
「うちは両親揃って親バカだから」
 正直な所を言えば、自分だって恐い。
 冷え切った薄暗い洞窟、少し抜けると気味の悪い飛竜がいる。
「あれ……きっと雪崩の後よ。掘り起こすのにどれだけ……」
「あー、固まってたら拳で粉砕してそーだ」
 不安を押さえ込んで明るく振る舞っていたのは確かだ。
「親父は親父で、吹っ切れると結構派手にやるしなあ……一応繚乱持ってるし」
 だが、予想される両親の行動に、何一つ誇張がない事に気付く。
 我が親ながら恐ろしい。

「だからよ、俺達は持ちこたえてりゃいいって……あれ?」
 そう言って笑いかけた先に、レタの顔は無い。
 そして視界を下にずらすと……倒れていた。
 防寒具の切れ目から見える肌。
 それが青白かったのは気のせいではあるまい。
「寒く、なってきてる……?」
 ホットドリンクは何とか飲んでくれたが、まだ意識朦朧。
 外には出られない。
 なけなしの暖が期待できそうな場所に肉饅頭が陣取っている。
 裂けた防寒具は、彼女を守ってはくれそうもない。
「……他に、無いか」

 悩み悩んだ末に彼が見つけた手段は確かに彼女を守った。

 そして殴られた。

「テメエの腰巻きなんぞの世話になるかぁーっ!!」
 防寒具の裂け目を覆えそうで、尚かつ毛皮だったので選んだのだが。
 ちなみに正しくはハンターフォールドと言う歴とした腰鎧。
 もはや言い返す気力もない……はずだった。
「……?」
 遠くから聞こえるのは、空気が細かく爆せる音。
 そして二人はハンター。
「!」

 切磋の判断でその場を飛び退いた。
 直後、青白い光が空気を裂いて行く。
 気付かれないわけがない。
「……おい、誰のせーだ?」
「デリカシーの、無い、エロガキの、せい……」
 ここでもう一度、叫ぶぐらいの勢いで悪態をついてほしかった。
 結局それは叶わず、倒れ込みそうになった彼女の手を取って引き込む。
 フルフルの吐く電撃は暫く続いた。
 けれど獲物の不在に、もしくは仕留めてもありつけない事に気付いたのか、ぱたりと止む。

 肩に寄りかかる形になったレタが身をよじる。
 抑えるのは、訳もなかった。
「あそこ、キノコあったろ?」
 それほどまでに、衰弱は激しい。
「木が生えてたよな?」
「とっとと……放せ、この、エロガキ……」
 その体は、先ほどホットドリンクを飲ませたのにも関わらず、余りにも冷たい。
「アイツには悪いけど、ちょっと退いて貰うわ」
 猶予があるとは、思えなかった。

 温熱効果のある物は押しつける。万一の時の為に剥ぎ取りナイフも渡しておく。
 ……それすら持っていなかったと知ったときは驚いたが。
「ここで待ってろ」
「……その剣で挑むの、どんだけ無謀か解ってる?」
「一緒に帰るからな」
「ったく……死んでこい、この、クソガキ……」
 目を閉じたのにぞっとするが、まだ意識を保とうとしていた。
 嫌がるのに構わずハンターフォールドを下に敷いてやる。
 殴られるのは、後でも出来る。
「おい、クソガキ、ちょっと……待て」

 ポーチの中には強走薬が一個、砥石が四個。
 帰り用かそれとも、本当に全てお見通しだったのか。
「姉貴、感謝するぜ……」
 そして、先ほどレタから渡された回復薬が何個か。
 ……勝手にポーチの中身を使われたのはこの際不問にする。

 最後にフルフルを相手取ったのはいつだったか。
 母と一緒に居たときは採掘に勤しんでいてろくに戦っていない。
 訓練所で戦ったのとはサイズに雲泥の差がある。

 あの大口なら自分ぐらい容易く一飲みにできるだろう。
 恐い。それが正直な感想だった。
「大丈夫……でかいだけでかいだけ……」
 でかい、それが大問題。
 でも隙間の向こうに更なる大問題。
「行くぜっ!!」
 ぶつけた覇気に、フルフルの口元が吊り上がった気がした。

―頭がぼんやりするの。私の体、こんなに軽かったっけ?
―こんなに冷たかったっけ? こんなに頼りなかったっけ?

 訓練所でもそうだったが、ハッキリ言って嫌いな手合いだった。
 盲竜とか稀白竜とか呼ばれているがその実、ここではとても言えない物が一番しっくりくる外見。
 しかし、それ以上に厄介なのはその性質だった。

「またか……」
 とにかくよく放電する。
 ガンナーにとっては決定的な隙が、剣士にとっては致命の危険。
(焦るな……焦るな……)
 ただ狩るだけならいい。隙が何処かは知っている。
 それを待って切り込めばいい。
 だが時間に追われる身にとって、これほどもどかしい相手もいない。

 飛びかかる巨体。
 小さな体には着地の風圧さえ驚異になる。
「くっそ……!」
 幸いだったのは、尻尾の薙ぎ払いがまったく当たらなかった事。
「っらああああああああああっ!!」
 ひたすらに、がむしゃらに、ただ斬る、斬る、斬る、斬る。
 今日初めて握った双剣のそれは、乱舞と呼ぶのもおこがましい。
 それでも、今は、ただ、そうする他に無く。
 白い丸太のような足に細い傷が残るだけ。
 空気の爆せる音がする。

 小さなディと大きなフルフル。
 意図していたかは定かで無いが、その翼で退路を断つのは造作もなかった。

「え……っ」
 退路を覆う影。一瞬の逡巡。一瞬の停滞。
 それは、致命の一瞬。
 走る。抜けろ! 間に合え!
「――――ッ!!」
 瞬間、全身を貫くと思った衝撃は、腰の辺りから「何か」を伝って逸れた。
「えでっ!!」
 だがその全てを殺しきれるはずもなく氷壁に叩きつけられる小さな体。
 それだけならなんともない。アイテムポーチの中身は無事。
 留め具か何かだったのだろうか。

 回復薬を頭からぶちまける。
 染み込む痛みが生きてる実感をくれる。
 感覚の戻らない片足が窮地を告げる。
「痛〜……っ!」
 飛びかかる影を、片足の力だけで避けるのは予想外に難儀だった。
「っと、まだ第一ラウンドだぜ!」
 その覇気は、まだ欠片も削がれていない。
 ……切っ先に、微かに赤い光が灯った。

―ディフィ君の声が聞こえる。血が騒ぐ……ああ、やっぱり私ハンターなのね。
―大丈夫、その覇気はちゃんと届いてる。私を繋いでくれている。

 刃の通りが良くなったと思ったのはいつ頃だろう。
 どのぐらい戦っていたのだろう。レタラはまだ無事だろうか。
 ぷっつりと消えた時間の概念。
 がむしゃらに切り刻む刃が、とうとう支える力を奪う。
 倒れる巨体をするりとかわす。
 無防備な首をただ、ただ切り刻む。
 刻まれる無数の傷。だぼだぼのそれにどれだけ効果があるかは解らない。
 フルフルが耐えかね起きあがり様に稲光を放つ。
 その時には、既に彼方で機を伺っている。

 放電が終わる。駆ける。巨体が微かに震え、吼えた。
「っ!!」
 脳髄を揺さぶる震動。逃れようと耳を塞ぐ。
 それでも空気の壁が押し寄せる。頭の揺れが収まらない。
 空気の爆せる音がする。白い巨体が持ち上がる。巨体が、体をうねらせる。
 よろける足は動かない。
―バッカだねホント―
 巨体が跳ぶ。冷たい手に突き飛ばされるのは、殆ど同時だった。
(え……?)

 突き飛ばされた先で視た。
 自分がさっきまでいた場所で、放電するフルフル。
 頭を過ぎる、最悪の事態。
「レタ……ラ?」
 他に、誰がいると言うのか。
 フルフルがこちらを向く。歩き方が、不自然だった。
 足下を、見る勇気は無かった。
「あ……あ……」
 丸い口から空気が爆せる。待ち侘びた瞬間。駆けた。
「うあああああああああああああっ!!」
 その一撃で、口元の雷光は霧散した。

 ただひたすらに、がむしゃらに、突き立てた細剣が、白い皮に突き刺さる。

 ひたすらに刺した。何か、訳の分からないことを口走りながら。
 ……それは、ひょっとしたらただの嗚咽だったのかもしれない。
 空気が爆せる。その音は、あまりに小さく頼りない。
「……のっ! このっ!!」
 更にもう一本を突き刺す。腕に痛みが走る。耐えられない痛みじゃない。
 大きく振られた首に投げ飛ばされ壁に叩きつけられる。
 その場に「落ちていた」細剣を手に再び斬りかかる。

 小さなディと大きなフルフル。
 掴むところさえあれば、その首に馬乗りになるのは簡単だった。

 いつ動かなくなったのかは定かではない。
 ただ、四本目の剣を刺して、ようやく気が付いた。
 肺が痛い。心臓が痛い。腕が痛い。
 確かめなければ。
 助けなければ。

「一緒に……帰……」

 そのどちらも叶わず、長い首の上から転げ落ちた。