俺の両親はハンターだった。母は生粋の、父は副業の。
 父の本職は医師、辺境に出向く派遣医師って所か。
「あなたぁ〜音爆弾、よ・ろ・し・く♪」
「……最近気性が移ったんじゃないのか……?」
 それは互いの、職業に求められる気性の違いだろうか。

 そして母は……。
「なぁに?」
「すいませんごめんなさいお願いだからエビ固めは……ギャーッ!」
 いわゆる鬼嫁。いわゆるカカア天下。ディアブロスも裸足で逃げ出す。
 基本お上品な癖に狩り場に出ると人が変わる。
 ちなみに、この日から数日はトトスづくしだった。
 ……おやつまで刺身なのは勘弁してほしい。腐るほど切り取ってくんなと。

「弟や、ちょっとそこの刺身とっとくれ」
「へいへい……て、何切れ目だよ!?」
 我が家は両親と、姉貴と、俺を含めた四人家族だった。
 俺も姉貴も、母から蒼い髪を、父から紫の瞳を継いでいた。
 何処にでもあるような青い眼と、赤茶の髪の方が良かったとたまに思う。

 家は小さな診療所。小さいけれどそこそこ裕福。
 そこそこなのは出費が父の研究費と……母の調合下手に起因するものだった。
 どうせなら失敗作に問答無用の発火性を持たせるとこまで継ぎたかった。
 燃えないゴミはただのゴミ……とほほ。

   ――――『ある家族の肖像』――――

 気弱な父。家族唯一の汚点だろうと思う。
 想い出になっても、何処か頼りない姿は記憶から消えるものじゃない。
 ま親父は親父で、息子までそうなるのは問題と考えたんだろう。
 物心ついた頃から模造刀の素振りと対飛竜の動きを教え込まれていた。
 飛竜役はフルフルフルセットの父。あの頭は怪しすぎる。
 対誘拐犯の技術という嫌な副産物がのちのちまで関わるなんてなあ……。

 ちなみに始めてフルフルの実物を見た俺は、それから数日父と口をきかなかった。

 まあそんなこんなで、そこらの新米よりずっと小さい頃からハンターをやってきた。
 手頃な獲物がいないときは、訓練所に通いもした。

 そんな日常の話を聞く姉貴の目線に、俺はまだ気付いていなかった。

 家庭菜園の唐辛子と気が付いたら生えてくる粘着草を、パツパツのマカルパシリーズを着て売り物に変えるのは姉貴の仕事だった。
 材料調達、俺。作成時の採寸、母。
 横幅は当時の姉貴が……と、これ以上言うと矢が飛んでくるな。
 ……姉貴のボディライン見て凹んだ父がハンマーよろしく吹っ飛ばされてたっけか。
 ちなみに、安価故に当初着ていたボーンシリーズはあっという間にサイズが合わなくなった。
 それを指摘した後の記憶が、無い。

 ……その主原因になった栄養剤グレートが、姉貴の命を救うなんて夢にも思わなかったけど。

 俺と母が狩り、姉貴と父で家を支える。
 少しドタゴタとしていて、でもバランスの取れた生活。
 壊したのは、飛竜でも、悪人でもなく、病だった。

 遙か辺境へ父達は出向いた。当然だ、それが本職だったんだから。
 それでも病は容赦なく広がりを見せた。徐々に、徐々に。
 症状はそこそこ。ある時期を境に悪化する。決定的な治療法は無し。
 初期を潰すのに失敗したら最後。
 そこからはどんなに持ちこたえても最終的に死に到る。
 小さな村なら簡単に潰せる、厄介な病。
 そっちに無知な俺でもそれについてだけはいっぱしの知識がついてしまった。

 でも、父は見つけた。まだ研究途上で、流通させるのはあまりに難儀だったけど。
 それでも見つけた。家の蓄えは削れていったけど、元々腐るほどだったから。
 気付けば街まで広がっていた病は、街を中心に、徐々に駆逐されていった。
 街が中心だったのはしょうがない。精製の機器が揃っていたのは街だったから。
 そして……二人は物言わぬ躯で帰ってきた。

 ……実のところ、棺の中すら見ていない。

 医者の不養生。洒落にもなんにもならねえ。
 研究疲れと思っていたもんは、立派な初期症状。全部自分で纏めた事だろうが。
 二人して、命を賭して、その村以外の、全てが助かった。
 ……ぞっとしたのは姉貴もやられてた事。
 葬儀の時に倒れた時は本当に怖かった。
 月にいっぺんだるいと言いながら栄養剤グビ飲みする週があったからそれだと思ってた。
 でもなんか最近痩せたなあと思っていたらそうだった。

 病に飽きられたのか父と母の思いからか。
 暫く経つと何事も無い日常が戻ってきた。そのはずだった。

 相手が病じゃ悲劇の復讐者、なんてもんにはなれなかった。
 現実を直視できなかっただけかもしれない。
 俺が狩り、姉貴が家を支える。バランスはそのままだと信じていた。

 ただ、姉貴は違った。

 確かに病は両親を奪った。

 でも、バランスを崩したのは姉だった。

 辟易していたんだろう。

 平穏な生活の裏で、俺が狩りに出ている裏で、帰って熟睡している裏で。

 笑顔の裏で、父の名誉と財産の分け前を口にする親類に。

 その笑顔は姉貴もしっかり継いでたと思う。いや、どうだろうな。
 言わせるだけ言わせておけ。
 暴力母の子と言っていた連中も、病気持ちと言っていた連中も、そうやって受け流していたから。
 父が英雄になり、掌を返した男連は笑顔のままボコられた。
 それが鬼人薬込みだったもんだから女連中も陰口をやめた。
 護符と爪が移送の際に行方不明になってて良かったと思った。
 ……素材玉の在庫が目に見えて減ってたのは見なかった事にしている。

 遠投狙撃できるだけの筋肉が姉貴に付いてることに、俺は半年近く気付かなかった。

 やはり削れていく財産。父の名誉目当てに俺達を引き取ろうとしている親戚連中。
 気付かなかった。
 削れていく財産が予定調和だなんて。
 姉貴が笑顔の裏で策を練っていただなんて。
 ベッドの下に、弓と矢筒が転がっていたなんて。

 流石に経済難に危機感を覚えて怒鳴り込んだ俺は、親類達が同じように怒鳴り込んでくるまでの数日間、姉貴の策に乗った。
 俺経由で狩りの知識は十分過ぎるほどあった。
 傷でばれるとまずいんでって、闘技訓練を受けない姉貴に教官が嘆いていたっけか。
 ……どうせなので俺も装備一式出来うる限りまで強化したけど。

 金で買えそうな姉貴の装備一揃いの値段と、いよいよ残った財産が同額と少しになるころ、やっと気付いた連中に俺達二人で言ってやった。

「お前等には、ビタ一文くれてやらん」
 その時の呆然とした顔は覚えてない。
 完全武装の俺達を見てそのまま逃げ出したから。

 ……ただ、一緒にとはいかなかった。
 唐突に、小さな村付きのハンターになるって言い出してさ。
 完全武装して、髪まで緑に染めてさ。
 俺には、当時仲間がいた。
「別れたくはなかろう?」
 ……否定出来なかった。

 で、その姉貴なんだが、上手くやっているらしい。
 拓かれて間もない小さな村の立役者として、それなりに名を上げているらしい。
 街に寄りつこうとしなかったんだけどさ、行く機会が合った時に聞いたんだ。
 村のために粉骨砕身、当時では考えられないほど泥まみれ汗まみれになって奔走する姉貴。
 でも血まみれ煤まみれは避けたいから弓って、どんだけハンターナメてやがったんだよ。

 俺は……ギルドナイツに入った。
 いや、病の原因が乱獲で生態系がどうだったとかそんなんじゃない。
 強くなりたかった。ソレが一番の理由。

 ……俺の名はディフィーグ=エイン。
 ナイツになって、もうすぐ一年目の新米さ。