〜ゆーきや、こんこ♪あーられーやこんこ♪〜

 ドンドルマの街に雪が降った。
 それも近年稀にみる豪雪だ。

〜降っても降ってもまーだ降ーり、やーまぬ♪〜

 さて、ここは大通りに程近い闘技場。
 モンスターの咆吼、響きわたる角笛、地を揺るがす歓声。
 それらも全て、今は白い静寂に。

〜クーシャル喜び、街駆け回り、テーオは火山で、まーるくなるー♪〜

「おいラウル、洒落になんねーぞその歌」
 今は、調子外れの歌声だけが響いている。


   ――――『自然の摂理のその外で』――――

「実際元気そうじゃんこの時期」
 ラウルと呼ばれた歌の主は、赤い羽帽子に燕尾服。
 真紅の燕尾服はハンターの中でも一握りの物が選ばれるナイツの証。
 ソレが暢気に雪玉ごろごろ。
 羽帽子の下で、にぱっと笑う金髪の……少年と言いたいがコレは今年で二十六。
 付き従うのは白い白い一モノブロス。
 大きな翼に雪を踏みしめる逞しい二本の足。
 首周りに広がる襟と鼻先からすらりと立つ一本角。
 けれど、その目はつぶらであどけない。

「じゃあ真夏はテオか、ん?」
 ヤジの主は観客席の縁に頬杖付いてぶーたれる。
 それに頬を押しつけていなければ整った顔立ちが解るだろう蒼髪紫眼の少年。
 ややツリ目ながちな彼は正真正銘の少年、今年で十八。
 纏うのは赤い皮鎧。左胸と肩を固める黒い装甲。
 ……名を、ディフィーグ=エイン、通称ディと言う。

 観客席の下、彼の傍らに立つのは蒼火竜。
 首から背を覆う宵色の甲殻。広がる翼に張られた皮膜は翠。
 主を覗き込むように伸ばした首の先にある尖った口元。
 くりっとした目のその子が咥える翡翠色の帽子は……主、ディの物だ。
 引っ張って取り返しても、ちぎれない辺りは流石ハンターの防具。

「やっぱスコール降ってクシャじゃない?」
 ラウルの暢気な一言に、ディはあきれかえって天仰ぐ。
 我ら気高きギルドナイト。何が悲しくて闘技場の雪かきなぞせなならんのか。

「手伝って貰うって言いつつ遊びたかっただけだろお前?」
「えへへへーばれた?」
 飛竜を駆る。聞こえはいい。でも現実なんてこんなもん。
 モノブロスは雪像作りのお手伝い。雪の冷たさにおたおたしていたのが嘘のよう。
 その一方、自分の吐息で次々雪が溶けていく、自分の愛騎がちと哀れ。
 雪像の方は実に順調。小さめのモノデビルに本物はいたくご満悦。

「カァ〜……ぼっ」

 飛び出す火炎。避ける一角。ブチ当たる赤服。
 じんわり溶けてく雪ブロス。

「ガァ♪」
 嫌がらせか空気が読めないだけなのか、犯人誰か言わずもがな。
 対戦相手と間違えたということはまずあるまい。
 当然理不尽なこの行為に、相手が黙っているはずもなく……。

「グルルルルルル……」
 こっちを振り向いた白い顔には、真っ赤な模様が浮いていた。
 モロに喰らって雪に飛び込んだご主人は無視。薄情モノ。
「クケェ〜♪」
 クックの鳴き真似をしている自分の愛騎。
 唖然とする間も無く、舞い上がる。つまりは攻撃態勢。

「ちょっと待てーっ!!」
「ガルルルル〜」
「ガルルじゃねーよお前が悪いんだろうがー!!」
 一方モノブロスも迎撃体制。白銀の角が獲物を狙う。
「じゃ、僕笛取りに行くから」
「待てコラァーッ!!」
 一触即発、孤立無援。馬鹿をシメに行くにもまず何とかするのはコイツらだ。
 いよいよ旋回を始める空の王。迎え撃つ気満々砂漠の王。
 手は無いかとポーチを探る。
 先日の狩りはディアブロス。ポーチの整理なんてしたこと無い。
 素材玉10個に光蟲10匹。調合書は無し、いざ勝負。

 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……もえないゴミができました。
 ……萌えないゴミができました。

「厄日……」
 彼は稀代の調合オンチ。わかっちゃいたけどちと切ない。
 最後の一匹。このまま調合して上手く行くとは思えない。
 そろそろ自分の愛騎が急降下を開始する。
 キチキチ言っていたそれがふとディの手をすり抜け……
「ちょ、待ってー!!」
 瞬間、雪よりも尚、白い光が場を支配した。

 ……それから、1時間23分24秒後。

「あの……俺は何時まで正座ですか?」
「あと36分26秒」
 あわや逃げようとしたのを慌てて飛びついたのが運の尽き。
 力の加減を間違え握りつぶした光蟲、見事二匹の目を奪う。
 が、愛騎の墜ちた先は貴賓室。誰もいなかったから良かったようなものの。
 ラウルはといえば、また降りだした雪で改めての雪像作り。今度はちびっ子達も見物中。

 教官の説教が聞こえなくなった頃、掌にこべり付いたほのかな光に気付く。
 不意に感じた胸の痛みを、蒼い鼻先がそっと撫でた。