道標の焔

 薄暗い密室に二人きり。これが異性、それも意中の相手であったなら嬉し半分恥ずかし半分と言った所だろうか。
 それこそ意識しすぎと言われても互いの距離を縮めるチャンスと思ってしまうかもしれない。
「何でハミルトン大尉がいるんですか……」
 だが相手は男である。
 それで何をこれ以上接近すると言うのか。
 まして友人以上等と言ってしまうと……互いにそんな趣味は持ち合わせていない。
 と、信じたい。
「ナガセ大尉が体調チェックに向かうので遅くなると言伝を預かったのだが……」
「呼ばれたの、俺の方なんですが……」
 場所は格納庫。日中の為入ってくる日差しがまだ明るいが、閉め切ったシャッターが閉塞感を醸し出す。
「第一救助されて間もない人間がいきなりハンガーに呼び出すという時点で疑問は無かったのかね?」
「いやだってここにあるの彼女の機体ですし……」
 ナガセはブレイズに、ブレイズはナガセに、それぞれ呼び出されたと言う。
 双方共に嘘を付くようなタイプでなく、心当たりもある以上思いつくのは一つ。
 誰かが二人の名を出して呼びだしたに他ならない。
 まして、代理でやって来た人物が人物なのだから。
「ダヴェンポート大尉辺りならやりかねないと言う予測は?」
 考えもしなかった。
 そんな表情で首を横に振る男が、今やラーズグリーズと称されているようにはとても見えない。
 シャッターとドアを開けようと四苦八苦する男の肩を叩く。
 振り向き際に銃口を突き付けられてさえ、一瞬驚きはしたものの、すぐいつもの顔に戻ってしまう。
「少しは人を疑うことも覚えたらどうだ?」
−でないと、死ぬぞ?−
 初対面の時に感じた、他者を寄せ付けないオーラは所詮仮初めだったと実感する。
 疑うことを知らない……従順で扱いやすい駒だ。
「ライター向けて言われましても」
「……この暗がりでよく解ったな」
「サイズの割に径行が小さいです」
「このガンマニアめ」
「どうも」
 結局扉を開けることを諦め、事情を知ったナガセでも待つことにしたのかその場に腰を下ろすブレイズ。ハミルトンもそれに倣って彼の横へ。
「君は、本当に人をあっさり信用するな」
 希望を託した大統領には裏切られ、首都では尽力していたはずの相手に罵られ、そして……この後にも大きな裏切りを用意してあるというのに。
「……いけませんか?」
「辛くはならないのか?」
「え?」
 疑問剥き出しの顔……随分とおめでたい思考の持ち主なのか、それとも……。
 そんなことを考えている間に何か納得したような顔でブレイズが口を開く。
「空に居るときは、別なことを考えてますから」
「ほう?」
「……仲間を守る。それだけです」
 それだけが、彼を支えるもの。だが、ふと思い出す。
−先日、みすみすナガセを落としてしまったばっかだったじゃないか自分……−
 自分の犯したヘマに気付いてしまった心境が露骨に表情に出る。
 すぐ顔を背けたのだが、それでも情けない表情はしっかりハミルトンの目に焼き付いていた。
「はっはっは。空戦の覇者も形無しだな」
「……はい?」
「少し前までの、お前個人に対する評価だよ。シーゴブリンの連中に到っては覇王通り越して魔王だとまで言っていたな」
「そ、そこまで言いますか?」
「あれだけ豪快な飛び方をしていれば仕方ないと思うがね」
 にも関わらず撃墜の9割は正確無比な銃弾の一撃。
 すれ違いざまに敵機を邪魔だと言わんばかりに叩き落とす様は正に覇王か。
「でもそれは、やはり仲間が居なければできない。過大評価ですよ」
−後ろに彼女が居ないだけであんなに焦っていたんだから−
 もちろん、彼女を救うべく飛ぶその様こそ悪魔であり覇者の様相に相応しいものだったなど、彼が自覚するはずも無く。
「だが無理も無い。目立つんだよ、君は」
「……それ、誉めてますか?」
「ああ。Blazeは、先を照らす火だからな。目立って悪くはあるまい」
「そんなものでしょうか」

 場所は変わって搭乗員待機室。

「……あの、チョッパー大尉?」
「どうしたグリム?」
 ソファに陣取っているのは今回の一件における黒幕二人である。
 ふんぞり返るチョッパーの姿は正に悪の親玉。
「ナガセ大尉、外に……て、どうしたんすかその青あざ」
「おー知ってる知ってる。つか今さっきぶん殴られたばっか」
 もっとも、つい先ほど制裁を食らってしまった模様。
 右頬の青あざがなんとも痛々しい。
「じゃあ今隊長と一緒にいるのって……」
「おう。ハミルトン」
「い、いいんすか?」
「いいんじゃね?ほれ、嫉妬ってのもこういう時は重要なファクターって事で」
「大尉、相手男っすよ」
 言いたい放題言う彼等の背後に忍び寄る、髪が擦れ合う音と握り拳の音。
「どっちも見てくれ良いからこのさ……どうしたグリ……いや、言わなくていい」
 硬直したグリム。こころなしか背後に刺す影。
 背後から聞こえる拳の鳴る音に硬質の髪が擦れる音が混じる。
 そしてたぎるような殺気とあっては振り向く事すら恐ろしい。
「よ、よ、よぉブービー……」
 それでもさびたハンドルのぎちぎちと言う音が聞こえそうな動きで振り向いたアルヴィン・H・ダヴェンポート大尉を、勇敢と呼ぶか無謀と呼ぶかは個々の判断に委ねるが。
「お、お早いお帰りで……」
「おやじさんのおかげでな」
「あ、あはははははー……」

「待てこるぁーっ!!」
「嫌だー!!お前の服座乗ったら死ぬー!!死んぢまうー!!」
 と、言うわけで、サンド島数周ランニングする隊長と三番機。
 何を勘違いしたのかカークがその二人について回っている。
 そんな光景を眺める2番機、4番機、整備兵。
「楽しそうね」
「なんつーか、隊長随分キャラ変わりましたよね。こう、騒ぐタイプじゃないっていうか……」
「祭りを一歩外から眺めてるだけじゃ満足できなくなった、と言った所か……おや?」
「うわっカーク!まって、じゃれてるんじゃな……て、何タキシングしてんだオイ!!」
 そして青空には飛行機雲が一筋。
 追いかけるようにもう一筋。
 黒いレトリバーを一匹加えてそれを眺める傍観者達。

 そんな空の……随分と過激なじゃれあいも終わって芝生に転がる二名と一匹。
 それを見下ろすおやじさん。

「ぶ、ブービーよぉ……ちったぁ手加減してくれよぉ……」
 するわけない。
「わんっ」
 転がると言っても、チョッパーが行きも絶え絶えなのに対してブレイズはまだ余裕がある。
「若いというのは良いことだね」
「おやじさんよぉ。それはオイラに対する皮肉かよぉー」
 ひとしきり笑って、おやじさんも芝生に腰を下ろす。
 日差しが暖かい。風が気持ち良い。横に擦り寄ってくるカークの毛皮が気持ち良い。
 時間がこのままゆっくり流れてくれればいいと思う。このまま、何事も無いように。
 その継続を望む。その問いは、一見場違いな物に見えた。
「おやじさん……」
「何だね?」
「……人を信じるって、辛い事なんでしょうか?」
「信じることはそうでもない。だが、裏切られた瞬間を考えると恐い物なのかもしれないな」
 望んでいるから、失う事が恐い。
「……疑うって、そう言う事なんでしょうか」
「人によるね」
「ブービーにゃ無縁だろー。今日だって……いて!いててて!カカトで踏むなぁー!」
「俺だってあるよ、そのぐらい」
 その言葉に、カークが意味を知ってか知らずか首を持ち上げる。
 おやじさんやチョッパーまで意外だと言わんばかりにこっちを見ている。
「戦争だったから仕方なかったし……人疑って丸損した人もいたし、何より辛かったから……やめた」
「あー……悪いこと聞いちまった?」
「いや、機会があったら、いつか話そうか。人を信じて丸儲けした話」
「お、いいねー」
 そこまで話したところでおやじさんが腰を上げる。
 その時呟いた言葉に、返答は求められなかった。
「強いな、君は」
「そんなのじゃありませんよ」
−人を疑うことを止めた代わりに、自分を信じる事をやめた−

 だが、望みは叶わず。
 灯火は黄昏の空に消える。
 それでも、舞台を去る事は許されない。

−まして主役がリタイヤしちゃやばいだろ?−

−!−

 3機のまま飛ぶ彼等。
「顔色はいいようだな」
「飛んでもない冷や水が降ってきまして」
 ハミルトンの呼びかけに、彼等を率いる隊長は笑って答えた。
「……なあ、先日の件なのだが……」
 何を言い出そうとしているのか、ここで彼等にそれを告げることは「こちら」を不利にする事になりかねない。
 通信記録は知っている。だが、気付いて居なければそれでよいではないかと。
「これだけやったんだ、目の敵にする連中がいたって不思議じゃ無い」
「……今一度聞く。君は、何を考えて飛んでいる?」
「変わりませんよ。仲間を守る、それだけです。この戦争も、終わらせる」
 一度途絶えた望み。
 絶望を否定した力強い声。
 あの薄暗いハンガーでは見る事の出来なかった、覇者の影。

「立ちはだかるなら、叩き落とすまでです」

 そう言った彼を見送った時、ハミルトンははじき出されたようにに通信室へ向かった。
 その場にいた者達に適当な理由をつけて席をはずさせ、電文を打つ。
《猟犬ハ予想外ニ鼻ガ利ク、注意サレタシ》
 たった一文、息をあげ、肩を上下させる自分の姿に気付き、滑稽だと笑ってみたが、焦りは消えなかった。

−あの灯火は、私には眩しすぎる−

 その日の事だ。
 その言葉通りに、立ちはだかる者達全てを叩き落として帰って来たのは。


主成分。
サンド島の日常に幸せを感じるブレのお話。4割。
人間不信のハミと人をほいほい信じるブレのお話。4割。
空戦の覇者さんなお話。1割。
腐女子。1割。