ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Verzweiflung

1995.6.4

 やって来た先には意外な先客がいた。
 ここ暫く会っていなかった幼なじみだったが、その様子は、バルトの記憶とは大きく食い違っていた。
「……お前、痩せたっつーかやつれたな。もうポップなんて呼べないか」
 口にこそ出さなかったが目つきも悪くなった。
 長期に渡って追いつめられた人間の目だと思った。

バルトの目を見たとき思ったよ。もう覚悟を決めてたんだろう

 頭の中は未だモヤモヤとしているのに、不思議と気分は良かった。
 今の政権に不満を持っているパイロット二人、部下から引き離されて座敷牢のような部屋にいる。
 来るなら来いと。もう心は決まっている。
「どうよ、そっちの戦況は」
「芳しくない……所では無いね。円卓で随分やられてしまったから、しわ寄せがそっちにも来てるはずだが?」
「生憎。ジジイがなんかやらかしたらしくてここ一週間謹慎だった。円卓がそれじゃあ、この戦争の意義もへったくれもないわな」
 元々はそこで発見された豊富な地下資源を得るための戦いだったのだから。
 その背景だけを考えるならベルカだけに非があるとは言い難い。
 だが、ここまでの愚行は決して許されるものでは無かった。
「9割叩いたんじゃなかったっけ?航空勢力」
「残り1割には心当たりがあるんじゃないのかい?」
「……誰に聞いた」
「シュミッド君」
 今生きているのかどうかさえ解らない相手では悪態の付きようも無く、バルトはただ溜息をついた。
 いい加減自分も年だろうか。ここ一番で落とさねばならない相手を落とせなかったのは……。

 二度目だったことを思い出す。

 一人は前回……と言っても相当前の出撃で落とせなかったハート付きの。
 もう一人はウスティオで、撃ち損じた1割の一人。
 どちらにも共通する事はその時、ここで落とさねば後々厄介になると思った事。

「イェーガーを落としたのもそいつらかな?」
「そっちまで届いていたのかい」
「届いてるも何も……」
 その葬儀の現場に居合わせてしまっては。
 あの時落とせなかったから。その瞬間泣きじゃくる少女の顔が脳裏を過ぎり、自責の念に体を白い羽毛布団に深々と沈めてしまう。このまま地の底まで沈んでしまえばいっそ楽だろうか。
「……君は何も言わなかったな」
「了解した覚えも無いがな」
 だが、その命令にすぐに了承の声を上げられる者はそもそも人ではあるまい。

 命じられたのは核攻撃。それも、互いの故郷への。

 あのパイロットはまだ翼を駆っているのだろうか。
 あのパイロットは娘に父の死を報告出来たのだろうか。
 彼等を落とせなかった結果が今なのか?
 なんにせよ、その時落とせなかった彼等が、今は何とかしてくれることを期待する他無いのだが。

−自分が落とせなかったから?思い上がりも良いとこだ−

「……何か企んでるかい?」
「んー、この作戦、連合軍に漏れたらどうなっかなーって」
 間違いなくあらゆる犠牲を支払ってでも阻止にかかるだろう。
 こんな作戦を許したとあっては世論に顔向けが出来ないし、権益目当てにしたって放射能汚染された大地を間近に置きたくはないだろう。

 誰にも望まれない、誰にも謳われない、ただ傷跡だけが残る。

 少し考えたって解るはずだ。それこそ子供にだって。
「少し歩いてくるか」
「なら私も付き合うよ。猛獣が何かしでかさないようにね」
 まあ断ろうにも、少々寂しくなってきた頭を鷲掴みでは断りようも無いのだが。
「言うじゃないか。じゃあカラスの番でもしておこうか?」
「……とりあえず頭放してもらえんかね」
「こりゃつるつるになるのも時間の問題だなー」
「若年寄」
「んだとビア樽。いや、元がつくな」
「馬鹿獅子」
「ハゲ」
「……」
「あ、いや、すまん。言い過ぎた」

 散歩、とは名ばかりも良いところだった。
「うわー……断崖絶壁」
(やっぱそう簡単に逃げられるような場所には寄越さないか)
 その下は入り組んだ崖が続いている。濁流があるわけでも無さそうだが、ここに落ちたらきっと原型を止めぬ程打ち据えられたあげくろくに捜索もして貰えそうにない。
 にも関わらず柵の一つも無く、あるのは忘れられたように佇むラーズグリーズの像だけ。
「と、こりゃ失……」
 気が付くと生身なら半殺しじゃ済まないところに手を当てていたことに気付く。
「何をなさっているのですか?」
「!!……て、お前か」
 いたのは、アシュレイだった。
 この場にいるのが凶鳥であれば眉をしかめたのかもしれないが、バルトにしてみれば手頃な相手。

 純粋で、真っ直ぐで、国の言いなりになる以外を知らない哀れな男。
 少し右翼を装ってやればあっさり信頼を得られる扱いやすい男。

「タダの散歩さ。場違いなところに美人が居たから気になっただけだ」
「そうでしたか」
 揺さぶりをかけるか、このまま放置するか、ここが分かれ目か。
「お前は何しに来たんだ?」
「……あの凶鳥と、随分仲がよろしかったので」
「?」
「危険です。あの男は、いつか国に牙を剥きます」
「そう、か」
 いつか。その言葉に、有るか無しかの笑みが浮かぶ。
 本当に危険なのは、目の前でその国に突き立てるべく爪を研いでいる自分だと言うのに。
 ここまで来て、まだ国にと言える。
 きっともう、本当に他の生き方を知らないのだろう。

 この男とじっくり顔をつきあわせられる期間があれば良かったのだが。

 あれからすぐお互い別々の方向に歩き出した。
 あんな命令の後では、何を話して良いのか互いに解らなかったのだ。
「あれを、どう思う?」
 それからすぐだ、あの男が相当嫌っているらしい凶鳥と合流したのは。
 そしてあの男への評価は、だた一言。
「哀れ、だ」
 ただ一つの生き方しか知らぬ目。それは良く知っている。
 37年前から、ずっと鏡で見てきた目だったから。
「君らしい考え方だ」
 それも、この20年久しく見て居なかったのだが。
「奴に宛当てられた場所。恐らくは故郷だろう……最後の仕上げ、と言うわけだ」
「我々は?」
「ここで反抗したらお望み通りってとこじゃね?」

 そのぐらい知っている。
 きっと何処かで誰かが手ぐすね引いて自分達の首にあてがう大鎌を研いでいるのだろう。

「それでもやるかね?」
「当然。んで、そっちはどうよ?」
「練習機用のハンガーが一つあった。複座のが二つね」
「練習機ねえ……どうするよ?」

 分の悪い戦だ。
 20年も逃げ続けていたツケと言われてしまえばソレまでなのだが。

「まさかここまで来て投げ出すわけにも行くまい。それとも、見張りの連中を殴り倒して愛機で離陸するかね?」
「やっていい?」
「駄目」
「と、冗談はさておき、俺達が脱走した程度なら代わりを立てる。へっぽこが空中で撃墜されたって半径数q汚染だからな。飛ぶ前に阻止できないと」

 −この男なら、本当にやりかねないのが恐いところでね

 そしてそのまま日が暮れて行く。これ以上の散策はかえって周囲に疑われるだけ。
 集めた情報と簡易的ではあるが作った基地内部の地図を並べての二人きりの作戦会議に入る。
「……最低でも二日いる。連合軍のお偉方説得するまでここを足止めするために」
「それだけじゃない。向こうを信用させるだけの証拠もだ」
「その辺は大丈夫だ。専用の情報網がある」
「ステファン君かね?」
「信用できないか?」
 凶鳥が耳打ちをする。
 端の部屋で有るが故にここに聞き耳を立てられるのは隣の部屋にいるステファンのみ。
 しかも上層部をどう言いくるめたのか、もう彼の耳に補聴器と言う名の盗聴器は無い。
「彼が何物なのか知らないのか?」
「ジークベルト……現与党の有力議員だな。ま、その辺は大丈夫。アイツが忠義尽くしたいのは俺じゃないから」
「何?」
「惚れた女に軽蔑されて平気でいられるようなキャラじゃ無いから大丈夫だよ。なぁーステファン?」
 壁の向こうで誰かがビクリとなる気配が露骨に分かる。。
 更に続いて恨みがましく「た〜い〜ちょ〜……」と嘆く涙声が聞こえる。
 確かにコレなら大丈夫そうだ。そんな凶鳥の笑みを確認してバルトが副官を招き入れる。
「ちょっと煙草買ってきてくれよ」
 もちろん、同時に手渡されたメモには物騒な品物が列挙しているのだが。
 人手も手駒も情報も足りない。それでもと知恵を絞った結果。

持てる限りの火薬とエリク達への避難令

 燃料の詰まった機体だけを標的に据える事にした。
 滑走路を狙うとなるとステファンにこっそり調達させるには荷が重すぎる。
「……で、ほんとにタバコ買って来る奴があるか」
「いや、とりあえず名目……なんてね」
 確かに入り口にあったのはタバコ。だが、その奥には小さい信管が敷き詰められている。
「俺が吸う事にしておきました。二人とも吸わないでしょう」
「お前も吸わないだろうに」
「……二人とも、よもや同じ理由でかね?」
 ステファンが禁煙を決意したのは半年前。バルトが決意したのは20年は昔のこと。
 煙草アレルギーだと言うたった一人の女性とそれを引き継いだ子供達の為。
 そして彼女の為に完全禁煙となった基地が二カ所ほどあったとか無かったとか。

1995.6.5

 ブリーフィングは無言だった。静寂とはまた違う沈黙が場を支配していた。
 誰も、何一つ喋らない。バルト達もまた、そうせぬよう勤めた。
 悟られてはならない。自分達がすがろうとしている一縷の希望に。
 そこで解ったことが一つ。例え「彼等」が来たとしても、このまま行けばいくつかの核は落とされる。
 せめて二日。それだけの猶予を作る必要があった。
 機体、滑走路、弾頭……弾頭には迂闊に手が出せない以上最も調達困難なのは言うまでもなくパイロット。
 既にステファン経由で整備班には手を回している。
 整備長は、リストメンバーの息子だった。
 コックピットには既に爆薬がセットされている。
 席についたとたんと言うのも可能だったが、しなかった。

 一人先に付いたときが厄介であったし、何よりもプライドがあった。トラウマがあった。
 無差別に死を与える行為を行うと言うことは、あの日の父と同じ決断だったから。

 ブリーフィングが終わる。機体チェックに向かう隊員を後目に、彼等は廊下の窓を抜けてそこへ向かう。
 誰も気付かない。当然だ。これから、自分達が何を行うのか知っているのだから。
「……さて、どうなるかな」
 壁の向こうのざわめきが聞こえる。ソレが徐々に大きくなる。
 それはそうだろう。大佐二人が突然消えればそうなる。
「よし、行くか」

 ほぼ全ての機体に核が搭載されている。
 格納庫の裏に赤い印が一つ。その主成分は言うまでも無く。
「火種は……こいつでいいか?」
 取り出したのは煙草。手にはマッチ。
 久々に嗅いだ紫煙の香りは酷く鼻についた。
 何故若い頃の自分はこんなものを好んで吸っていたのやら……。
 そんな事を考えつつも足は次の場所へ。コックピットを爆破する程度のものであったが、連続する爆音が妙にリズミカルなのが笑いを誘った。
「はは!懐かしいな。こんな派手な悪戯をやったのは何時以来だ?」
「君の略奪婚」
「一気に萎えるような事言わないでくれ……」
「ほれ、さっさと行くぞ」
 そう。いつもこうだった。事をけしかけて巻き込むのは自分。
 そしていざ実行したとき最も勢い良く走っていく弟分。
 殿を勤めて厄介ごとを一手に引き受けるはずの親友は、ここにはいない。

     っ!!」

 だから、自分がその役割を肩代わりする他無かった。
 銃声。
 突然、久々に呼ばれた本名に反応する間も無いまま背を押された凶鳥は目的の格納庫まで転がり落ちた。
 その横に転がりこむ獅子。岩影に隠れた彼等の耳に聞こえたのは発砲音では無かった。
「やはり貴様か……凶鳥め!」
 声の主は、アシュレイ。
「ポップス、お前、よっぽど嫌われてるのな」
「……君が異様に好かれてるだけだと思うが?」
「お前が不器用すぎるんだよ。かがめば死角だ。先に行きな」
 何より凶鳥が出てくればあの様子だ。間違いなく撃ち殺される。
 だが、手ぶらになった自分が出てくればその注意は逸れる。
 そして何より……。
「何言ってる。二機目の離陸を許すはずは……」
「無理だ」
 目の前に突き出された手。それを見たとき、さしもの凶鳥も生きを飲んだ。
 だが、バルトは笑って言う。

 指、無いし。

「バルト……」
 左中指と薬指の第二関節から上が綺麗に吹き飛んでいた。
「指輪が無事だったのは幸いかな」
 一般多数の人間なら良かった。だが、左手はバルトの利き手だ。
「……あれは複座だ」
「お前、俺が拒否してもこのキズ庇うだろうが。口答えは許さん。さっさと行きな。人差し指が無事なら銃は撃てる。残った機体はやっておけ」
 そう。この重傷で、冷や汗一つ無くデザートイーグルを凶鳥に突き付けられるのだから。

「バルト」
「何だ?」
 不思議と痛みは無かった。
「君は優しすぎたんだよ」
 あるのは、とにかくコイツを飛ばせること。それだけだった。
 そして、願わくば……。
「自分達だけの幸せを願うには、君は優しすぎた」
「……向こうに着いたら、例の件とは別に言伝を頼みたい」
「自分で言いたまえ」
「無理だから言うんだ。オーシアのハート付きと。ウスティオのエース。連中に伝えてやってくれ」

 この空を頼む、と。

 その時の笑みが最後に見た互いの顔。
 自分は恨まれているだろうか?いや、もうそんな事は関係ない。
「良し、行って来な」
 最初は、おののいたはずだ。出てきた男の左手指があったはずの場所から、引き千切れ方によるものか僅かに血を垂らしながら平然とした男の姿に。
「哀れな奴だな、アシュレイ」
「ローランド大佐……奴に何を吹き込まれましたか?」
「お前、俺とアイツの年知ってる?」
「え……」
「知ってるか?」
「大佐が47……奴が42……」
「そ。吹き込んだのは、俺の方だ」
 その言葉に、アシュレイの顔色が失せていく。
 差し出された右手。血に濡れた左手に握られた銃口の先に溜まった血が自重に絶えかね、落ちる。
「お前も来い」
 この男であれば庇う所ではないはずだ。
「駄目です……私は、国に全てを捧げた身です」
 そんな言葉は詭弁だ。復讐に全てを捧げた自分が、あっさり妻に乗り換えられたんだから。
「ならば尚更だ。来い!」
 利き手ではない。だがその握力に銃を取り落とす。
 無理矢理に引き込んで再教育してやる……はずだった。

 膝から力が抜けていく。黙っていたはずの左手が痛みを訴え始める。
 同時に、肩にチクリとした痛みが走る。少し視界をずらす。ぼやけかけた視界に、注射器のようなものが一瞬映って、もう自分の衣服すら判別が付かなくなった。
「麻……酔……銃?」
 後頭部に突き付けられた冷たい感触。

 聞こえて来たのは銃声。
 先に来ていた長身の男の慟哭は聞こえない。
 どうやら父の二の鉄を踏んだわけでは無いようだった。

 戦闘機が高々と鳴らす爆音。機銃掃射の音と爆発音。
 明日に希望が繋がったと同時に、もはや自分の命運が断たれる事を悟った。

 親友の息子。彼等に突き付けられた若い命の無惨な散り様。
 何か言わねば、そう考えて彼を追いかけたが……。
「そうだな。今日は沈むだけ沈んどけ。明日は笑って過ごせるようにな」
 その言葉に、凶鳥はその足を止める。

「獅子狩りには、打って付けだろう」
 その言葉が囁きだったのか、ハッキリ言われたことだったのかすら……もう解らない。

 もう少し、もう少しだけ見守ってみよう。
 ひょっとすると、もう年寄りの出る幕など無いのかもしれないが。