ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Wunsch

1995.6.1

 ベルカを脱出して二日。
 周囲には多くの亡命者達がいた。すぐ近くには空軍基地があった。
 異国の地ではあったが、仕事柄家を離れて活動することも多かったサンズにしてみれば故国と変わりなかった。今や故国の現状を思えば、ここは今まで以上に安全な場所だと言える。
 と、これは自分に限った事である。
 弟二人にとってみればここは敵地。ベルカが異常な状態と気付きつつもやはりストレスになる。
 デイズに関しては一見その通りに見える。あの場に居合わせたパイロットに謝られてしまった。彼等が居なければ今頃命がなかったのはこっちの方だと言うのに。やはり目の前で弟が無言でうなされ無言で飛び起き、無言で泣きついてきて声が出なくなった状況に気付いてパニックになられては仕方がなかったのかもしれない。
 その話を聞いたとき、自分が目覚めたときのデイズの喜びように納得が行くと同時に、あの時あっさり意識を手放した自分を酷く責めた。
 それでも恨み言一つ言わないのは、解っているからなんだろう。色々と。
 ソルは馴染んでいるように見える。
 そう見えるだけ。声を失ったこの子の心境を察する術は無い。あの時のパイロットが一度様子を見に来たときに一礼を返して、特に嫌がる様子も無かった。異国の地にあって、声が出ないことをハンデとは思わなかったのかもしれない。

 オーシア側にこれだけ余裕があるのでは、戦争の終わりも近いなと。

 その時、三男の興味は見知らぬ街よりも、兄の胸元に不似合いな青い光だった。
「何だよソル……ん?このペンダント?」
 頷く三男。少なくともオシャレと称してアクセサリを身につけるようではなかったから。
「……お、親父の部屋にあったんだよ。ほれ、なんか昔モテてたらしいじゃん?」
 サンズにはすぐ嘘だと解った。照れ隠しの様子から見るに相手は女の子だろうか。
 一方のソルはもう興味を示さない所を見ると本気でそう信じたらしい。
 まさかそれが本当に、20年近くばれずに済むなんて思ってさえいなかった。

 肩の傷が治りかけた所で大事をとらず積極的に活動しようと思ったのは、もう故郷に帰ることは無いと思ったからだ。何より二人にも早いとこ今の環境に慣れて貰おうと言う意図もあった。
 運良く仕事仲間に出会えたことも後押しした。
 そんな意図と裏腹に、辺りをキョロキョロと眺める弟二人。
 この様子なら慣れるのもそうかからないのかもしれない。

 最初、それはただの黒い塊だった。生き物と気付かせたのはカラスの鳴き声だった。
 まばらになった雑踏の隙間を縫うように黒い塊にちょっかいを出すカラス。
 足下までやってきたそれの正体は小さな黒ウサギだった。
 ソルの足下までやってきたそれはやはりカラスに追われながら路地裏へ逃げ込んでいく。
 異国の地で、うっかり兄の手を離してそれを追いかける事がどれだけ迂闊なことなのか、解らない年では無かったはずだ。
(あれ?)
 気が付けばウサギは建物の隙間へ逃げ込み、追いかけていたカラスも追撃出来ないと解るとすぐ側にいた似たような子供、つまりソルに標的を変えた。
(……マジ?)
 兄たちが自分を捜す声が聞こえる。でもそっちの方へ行くと間違いなくつつかれる。
 まだ肩の完治していない長兄にカラスの相手をさせるわけにはいかない。
 考える。
 結果。
 逃げるしか無い。
 更に機嫌悪そうなのが二羽ほど追加された時点で幼い思考はそう決断した。

−キラービーと呼ばれる程の戦果を上げ続けていた父を誇りに思う気持ちの大きさがそのまま異国の−

 その結果迷子になるのはもはや自明の理。
 言葉は通じない。声も出せない。プライドをかなぐり捨てて泣き叫んだって兄達は見つけてくれない。

−それも敵国に一人で立つ事への恐怖の大きさ変わった−

 滴の形を取った重圧が瞳から零れるかどうかのタイミングで、その人はやって来た。
 その時少年を怯えさせたのは、彼女の背後に立っている男の襟に光る空軍のワッペンだった。
 父の戦果を知っていたから、この戦争が、どうして起きたのか、端的に知っていたから。
『え、あら、どうしたの?』
『中尉、ひょっとしてこの子、亡命者の子じゃ……』
 だから伸ばされた手は、恐怖以外の何物でも無くて。
『嫌われてんの俺ですか』
『しょうがないわね』

−父の戦果は、そのまま悲しむ誰かを産むことになることぐらいは解っていたから。だから……−

「坊や、迷子?」

−少し困った顔で言われたその言葉が、どれほどの救いだったか−

 必死で頷いた。精一杯のジェスチャーで何とか兄達の事を伝えようとした。
 結局埒があかなくなったので肩車して貰って探す事になった。
「坊主。振り落としたりしねーからんな必死にしがみつくなっての。つか痛ーよ」
(もうすぐ10歳だってのに肩車……恥ずかしいって)
『エーリッヒ少尉、ベルカ語が上手ね』
『俺がガキんちょの頃は故郷がまだ公国領でしたか……いでててててて』
「駄目よ髪の毛掴んじゃったら。後退したらどうするの」
『いやそりゃ無いっすよ中……いーっでててててててててっ!』
 そんなこんな、(少なくともソルにとっては)じゃれ合っているうちにすぐに兄達の姿は見つかった。
 タダでさえ背の高いパイロットの肩に9歳が乗っているのだ。目立たないハズがない。
「……ソル、何やってんだ?」
「坊主……いい加減しがみつくの止めてくれ」
『すいません。弟がご迷惑を』
「そんなにそこが気に入ったのかしらね」
 流暢にオーシア語を話す長男に少し違和感を覚える。
 次男はと言えば距離を取り、すぐ側にいる兄の仕事仲間、マイクと名乗った男の後ろにいる。
「なあデイズ君、んな露骨に嫌ってても良いこと無いんじゃないかい?」
「……ふん」
 顔を向けようともしない次男だったが、やはり気になるのかちらちらとこっちを見ている。

−解ってはいたんだ。この人達に八つ当たりしたってどうにもなんねーことは−

「ま、いいか」
 すっかり周辺の人の注目を浴びてしまっていたことに気付いたサンズが次男を壁際に立たせて一歩前に出る。三男はエーリッヒ少尉には少々申し訳ないとおもいつつ肩車のままそこにいて貰うはめになるかと思ったが……。
『このマセガキ……』
 さっさと少尉から離れると今度は近くにいた女性中尉に標的を変えた模様。
 真横に陣取って動く気配がない。

−だけどさ、一言も何にも言わねえソル見てると、そうでもしないとやってられなかったんだよ−

 静かに鳴らされるギター。兄が響かせる女性と間違うような歌声に一瞬だけ周囲がどよめく。
 それもやがて、静かな旋律に沈んでいく。

−お陰で、今思うと大損したような気もするけど−

 暫くすると、何人かが歌に加わり始めた。
 それに参加できないはずの三男が口をぱくつかせて自分も歌の列に加わるよう促す。
 次男が三男と自分達を交互に見て自分と目があった瞬間に顔を赤らめてそっぽを向く。
 その時、彼女は彼等と前線に飛び立った恋人を引き合わせてみたい思った。
 だから歌う。戦地へ旅立った人々の無事の帰りを願う歌を。
 「JourneyHome」を。

−俺がお兄ちゃんだからってことにしとくよ−

 声を発することが出来ないストレス。それを、ステファンは骨身に染みて感じていた。
 自分と距離さえ取ればいいエリク達と違い、常時上層部から盗聴されているも同然のステファンに気を休める時はない。
 気になるという口実の元、寝言で迂闊なことを言わない為に盗聴器のスイッチを切る事は出来たが、起きている間は少なくとも迂闊に声を発することは出来なかった。
 ヘタに寝ていると嘘の報告をしてもそれが癖になると取り返しが付かなくなりそうだった。
どうせ暇ならちょっとコレ調べといて
 そう言って渡されたリストのタイトルにはこうある。「昔一緒に馬鹿やった連中と俺の丁稚」
 あまりに直球なそれに笑いを堪えるのが大変だった。まあ、補聴器などでたらめも良い所で、既に欠損同然な耳の外側に設置されたそれが横隔膜の震えまで拾う事は無いのだが。
「た、大佐!わ、私が何をしたとーっ!?」
「うるせい!こちとら欲求不満なんじゃーっ!!」
 仮に拾えたとして、こんなのが聞こえてはそれもあっさり掻き消されるハメになるのだが。
 ここ数日飛ぶことを許されないバルトの欲求不満の捌け口にされるアシュレイの悲鳴が今日も響く。
 犬猿の仲。不倶戴天の敵。そんな事を考えていたステファンだったが……。
「た、大佐!ギブ!ギ……明日も出撃がー……」
「とーばーせーろーっ!」
 流石に同情を禁じ得ない。
「俺だって飛びてぇっすよ……」

 その一言だけは、押し殺すことが出来なかった。

1995.6.2

「暇だー」
 今日も彼等は地上待機。それどころか基地からだって出られない。
 アシュレイも居ないため暇つぶしの玩具も無い若獅子はソファの上でふて寝を決め込んでいる。
 とはいえ……個々人の実力だけでも高い水準でまとまっているこの部隊を動かそうとしないのは素人ですら疑問に思う所であろう。
「バルト隊長、ちょっと良いっすか?」
「あー?何ー?」
 くるりとうつぶせになってソファの肘掛けにアゴだけ乗っけて応えるバルト。
 同じポーズを子猫がしたらさぞかわいげもあるだろうが50手前の獅子にやられては愛くるしさなど欠片もない。
「……隊長、少しはしゃきっとしましょうよ」
「いいよクルト。この人がしゃきっとしたらよけいおっかねえや。と、向こういる時に聞いたんすけど、結婚前はすげー勢いで出世街道突っ走ってたそうっすね。少佐の階級なんてその時の余波って聞きましたよ」
「何、未だにんな話がお前の耳に入るわけ?」
 それはもう、20年以上も昔の話になると言うのに。
 何かメモを書いていると言うことは、この話に被せて何か伝える事があるのだろう。
「当時の事、気になって調べましたけど上官の嫁かっさらった騒ぎ差し引いたって、まだいけたんじゃないっすか?……知ってる人は惜しがってましたよ」
 メモは書き上がったようだが、まだ見せない。
 ステファンはただバルトの返答を待つ。
 何も知らないクルトもそれを見守る。当時の事を知らないオイゲンもしかり。
 エリクだけが、何度も聞き飽きた話であるかのように無関心でいる。

「飽きたから」

「は?」
 固まる空気、固まる時間。ついでにくっくと笑うエリク。
「お願いですからまともに答えて下さいよ……」
 そして、うなだれながらステファンが差し出したメモにはこうあった。
未だに上層部、特に極右政党の連中は警戒してる
 実質この基地に監禁同然の状態でいるのだってその一環だ。
 子供達がベルカを脱出したという知らせは、より一掃の拍車を掛ける、何かするつもりだと。
「そんなに気になる?」
「ええそらすっごく」
これじゃ何時謀殺されたって文句言えませんよ
 投げて寄越されたリスト、それに目を通せば顔を曇らせないわけにはいかなかった。
 いつの間にやらオイゲンが入れてきたココアをそれぞれに渡す。
 エリクはと言えば、壁にもたれて若人二人の反応を観察するつもりらしい。
 全部吐いてしまえと身振りで示されては、溜息と共に何か言うしかなかった。
「25そこらで大尉だったからな。それこそあの頃は手段を選ばなかったよ。だけど、ジジイへの復讐と女、お前等ならどっち取る?」
 案の定呆けた顔をする若者二人。思わず吹き出した中年二人。
 若人が睨み付けるものの二人とも心当たりがあるのか赤面したままの為迫力は皆無。
「でなきゃお前等もうちには来なかったよな」
 クルトは上官が目を付けた女性とくっついてしまったが為。
 そしてステファンは……。
「隊長、俺がアシュレイぶん殴ったのは女絡みじゃねえんですけど」
「ん?”義理”のお姉さん絡みつってなかったか?」
「いや、俺の彼女は……じゃなくて、いやいやいや」
 ステファン。補聴器越しからすら耳まで真っ赤になるのが見て取れる。
 散々笑い飛ばされこれ以上からかうと再起不能になりそうな所で続きに入る。
「まあ、ただ一つ後悔する事があるとすれば、今まで引っ張るだけ引っ張っておいてリタイアした俺を、笑って見送ってくれた連中と疎遠になっちまったって事か」
 最後の一言に、憂いを含めて締めくくると、一文メモに書いて提示した。
 ステファンに渡されたリスト。軍や政治の有力者達も決して少なくないそのリストには「死」を意味する「Tod」の文字が半分以上を占めていた。
 それを免れた者達の行き場は、エリクの知る所。
「あいつら、今も頑張っているのかね」

今だって何でもできる。家族を守る為ならね

1995.6.3

「なんか、えらい中尉を気に入ったみたいですね、あの子達」
「すいません、お邪魔してしまって」
「いやいや。俺、子供は好きだよあいつらくらいの従妹もいるからさ」
 あれから数日。中尉とパイロットと兄弟三人は会うようになっていた。
 これから必要になるだろオーシア語を学ぶため……というのは、勿論表向きの理由。
 本当のお目当てが、美しい女性中尉であることは目に見えていた。
 でなければエーリッヒ少尉が殆ど相手にされない理由が無いのだから。

「……こりゃあアイツが帰ってきたらどうなるかねえ」
「アイツ?」
「ああ、あの人彼氏いんのよ。帰って紹介されたらチビ共凹……て、オイ」
 気が付けば、三人肩を並べて中尉さんを見上げている。
(ちなみにサンズは弟二人と目線の高さを合わせているが、全然可愛くない事を追記しておく)
「中尉さん彼氏いんの!?」
「ん?そうだけど?」
 長いからと言う理由で未だに本名を教えて貰えない時点で思うところは無かったのだろうか。
 ユーク系の名前は殆どが長いのだがそれならば愛称などもちゃんとあると言うのに。
 そして彼女がオーシア語堪能なお陰で長男は解らないが、双子は未だに彼女がオーシア人だと思っている。
「ちびっ子はともかく兄ちゃんまで狙ってたのかよ」
「いや……その……あははははははは」
 そしてハートブレイクしてなお中尉に寄りかかって撫でて貰っている三男はダメージが少なかったのか単に要領が良いだけなのか、特に笑うでも落ち込むでもない、いつもどこか宙をさ彷徨うような視線を浮かべる表情から察することは出来ない。
 上二人と全く対応の違う少年を見て、ホムラ・エーリッヒ中尉はは考える。
 これが戦争の現実なのだと。
 苦痛を強いられるのはいつも子供達なのだと。
 心を凍らせなくては耐えられない現実を突き付けられているのだと。
 未だに凹む上二人を慰めながら考える。

 こんな日々が、途切れる事の無いようにと。
 僅かに3日後に立たれるその希望を、胸の奥底で祈っていた。

−こんないい人達がいるのに、何故戦争なんて起きるんだろうって考えてた−

1995.6.4

「……召集?」
「よりによってお前一人な」
 中央からの、緊急と銘打った呼び出し。
 何より疑問を駆り立てたのは、それがアシュレイと、その相棒と、そしてバルトだけあると言うことだろうか。
「ま、確かにお前誰かとつるませたら上の連中気が気じゃ無いだろうしな」
それとも、本格的に潰しにかかってきたか?
 ステファンが副官であることを理由に同行に押し切った。
「隊長を頼みますよ、ジークベルト少佐」
「おう。任せとけ。お前も年寄り二人面倒見てやれよ」
万一何かあったら西へ行きな。俺の実家があるから
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

−国に喧嘩を売りにな−