ACE
COMBAT 5
The
Unsung War
~15 years ago in Belka~
白髪混じりの若獅子
Schutz
1995.5.29
悪路を突っ切る戦闘機のような車。上空からそれをみればそう形容する他無いだろう。
だがそんなドライビングではもちろん中も平穏無事に行くはずもなく……。
「あ、兄貴大丈夫なのかよここー!」
揺れる車内で悪態をつく次男に、
「き、気持ち悪いぃ……」
微熱をぶり返し車酔いに苦しむ三男。
「巻き添え食って死ぬよりマシだろーがー!!」
そして対抗して悪態付いてみるものの情報が少々古いため手に汗握りながらハンドルを取る長男。
検問を突っ切るのは容易かった。特に呼び止められたわけでもなく、順調だった。
ただ、父の元へ向かった母のことだけが不安だった。
秘密警察と鉢合わせても返り討ちに出来そうな人だと解っていてもだ。
「こちら空中管制機オーカ・ニェーバ、様子はどうだい?」
「こちらラスターチカ1、哨戒空域、異常なし。こんなとこ哨戒する意味あんのか?」
「リハビリになるような任務をって希望したのは君だろ?ここ最近の亡命者達のルートがこの辺りなんだよ」
「護衛にせよ送還にせよ戦闘機の仕事じゃないだろ。それとも、向こうは亡命者に戦闘機差し向けたりするとでも?」
「……」
「どうした?」
「亡命者に何人か会った。やりかねない、らしい。残念ながらね」
「マジかよ」
「それが全体主義と言うものなのか……それとも、我々がそこまで追いつめたのか」
「……解った。そんな状況になったら全力で援護させてもらう。あんな光景を、まして民間人で見せられるなんてまっぴらだからな」
道がなだらかになってきた。上空を飛行機雲が流れる。もう連合軍の哨戒範囲に入ったのだろうか。
バックミラーには弟二人の後ろ姿が映っている。
「なんか見つけたのか?」
「飛行機雲近寄って来てる」
「……俺達が来た方からって、なんかやばくね?」
前方の飛行機雲が途切れていた。更に頭上を数機戦闘機が通り抜ける。
「こんな所で空戦だあ……?」
背筋を嫌な汗が濡らす。
「勘弁してくれよ!!」
悪態と共にアクセルを踏む。だが戦闘機と乗用車。空と陸。
交戦空域が自分達の頭上に入るのに、そう時間はかからなかった。
子供二人の目が空をうねる飛行機雲を追う。ハンドルを握るサンズの視界にも僅かにそれが入る。
フロントガラス越しに機体が火を噴いて落ちるのを見たときには震えが走った。
「な、なあ、兄貴……あれ……!」
「今度は何だ!?」
バックミラーでは解らなかった。
だが、サイドミラーに映ったものを見た瞬間、大きくハンドル操作を誤る程の衝撃に襲われた。
すぐ後方で立った土煙は機銃掃射によるもの。ベルカの白い戦闘機の機首がこっちを向いていた。
車体を大きく蛇行させながら走ったのは意図したものではなかった。
「……!……!!」
恐怖に身が竦む。弟二人に注意を促す声さえ上がらない。
再び立つ砂煙。後輪を吹き飛ばされドリフトする車体。
横目に「敵機」が追い上げられて急上昇するのが見えた。
今のうちに逃げなくては。だが車は運とも寸とも言わない。まだ続く空戦。絶望感が理性を削ぎ取ろうとする。
ついさっきのドリフトで弟二人が上げた盛大な悲鳴さえ聞こえなかった。
「くそっ……二人とも出ろ!こっから走……」
まだ続く空戦。動けない、ろくな防壁にならないだろう鉄の箱にこもるよりはと車を飛び出し弟二人を引きずり出そうとした。
もっとも、恐怖と先ほどのドリフトに振り回された二人を簡単に引きずり出せるはずも無かった。
その時だ。視界に、ロールしながらこちらへ向かってくる機体が視界に映った。
「危ね!!」
本当に、刹那の判断であった。
冷静に考えれば愚行もいいところだった。
一直線に向かってくる戦闘機。
たかが一人覆い被さった所で仲良く心中は目に見えていた。
…俺、まだ母さんに謝ってない…
気付いたときには全てが酷く緩慢で、きっともう終わりだと。
せめて二人だけでも。
そんな祈りさえ叶うことの無い絶望感。
弟達に覆い被さったまま、サンズは死を覚悟した。
その全てが、一瞬だった。
「……っ!!」
大地を揺らすような轟音。一瞬体を持ち上げる衝撃。
背中に突き刺さる熱。それが死へ一閃だと、薄れ行く意識が、きっと最後だろうと。
だから、未だに続く痛みはきっと地獄のそれなのだろうと。
「……兄貴……」
デイズが藻掻いて体が揺れる。背中が焼けるような痛みを訴える。
「ソル……」
着ていたコートが血で湿っていくのが解る。
デイズがはいずりだした。体ががくりと揺れる。背中がまた痛む。
まだ、生きて、意識を保っていた。
「兄貴!ソ……、……っ!!」
息を飲む次男の声。恐ろしい予感に、腕の下にいる三男の顔を見る。
焦点の定まらない目。
大きく胸が上下するほどに息を上げていたが、少なくとも肩から上は無事らしい。
「あ、兄……兄貴……」
だとすると、ここまで次男を震え上がらせているのは自分か。
背中が焼けるように熱い。だがそれ以上は解らないし確認するのも恐ろしかった。
「……ソルは……?」
「わ、わかんない……目、開いてるけど、何も、反応……」
体を上げようにも力が入らない。血を吸ったコートが重い。
自分一人ここで死ぬのなら、罰だと思って諦めよう。
そんなことさえ考えていた。
「あ、兄貴……?や、やだ、嫌だ!!なあ、ソル!兄貴!嫌だ……嫌だよ、しっかりしてくれよーっ!!」
だが瞼を閉じようとしたら弟が気が狂いそうな声で捲し立てて、情けない声を上げてしゃくり上げるのだ。
「嫌だ……嫌だよ……なあ……頼むよぉ……」
次男も三男も、こんな状態で置いて逝ったらあんまりだ。
次男が自分の背中に手を伸ばす。動いた何かが与える痛みに、自分の状況を理解した。
辛うじて残った力で背中に刺さった「何か」を抜こうとするのを止める。
「失血死させる気かてめーは……つーかうるせーよ……」
「え……あ、そっか……でも……」
こういう非常事態の時は三男の方が余程使える。そんな事を考えたが、視界一杯に呆けた顔をしているのを見るともっと混乱して本当に失血死させられたりとかもとも思ったりもしてみた。
「……デイズ」
「な、何?」
もう危機は去ったのだろうか。
コートが吸いきれなかった血が足下に溜まり始めた。
どのみちさっさと手当をして貰わねば本当にお陀仏してしまいそうだ。
「……カーラジオ、チャンネル9にしてくれ」
「え?」
「ぐだぐだいわねーでさっさとしろ……」
「う。うん……て、兄貴がここいたら……」
「……反対側から行け、馬鹿」
そのまま前のドアを開ければいいのに、ご丁寧に自分が開けたドアまで回り込んでる。
ぎこちない操作でカーラジオをいじる。そこから、オーシア語で軍用語が流れて来た。
それに安堵するように、サンズの意識は微睡みに沈んでいく。
……ここまでやれれば、もう大丈夫だと思いながら。
デイズが最初の衝撃から立ち直ったとき、弟をショック状態にまで追いやった光景は爆炎に焼かれ全てが灰となっていた。だがその代わりに彼が見たのは、長兄の肩に突き刺さる金属片と、その片側を真っ赤に染め上げたコートだった。
混乱し、どうすればいいのか解らない中、兄の意識が残っていた事がどれほど幸いだったか。
言われたとおりのチャンネル。よく解らないけれど、聞こえてきたFOXコールに上の部隊の無線だと気付く。
「ねえ……これで……兄貴?なあ……おい!」
そしたら、後は助けが来るまで待てばいいと。
「おい!下の連中、なんかまずいんじゃないのか?」
「どうかしたのかい?」
「……近くに敵機が落ちた。なんか、赤いのが……」
だが、もうその時兄の意識は無くなっていた。
「兄貴っ!!」
『!?』
『……君は』
その時聞こえてきたオーシア語に気付いてカーラジオの方を見る。
「え……?」
「……コホン。君はこの車に乗ってるのかい?」
聞こえてきたのは少しぎこちないベルカ語。
「オーシアの人?聞いてるの?兄貴が……兄貴が死んじゃう!!早く来て!!」
「待て待て落ち着け。どんな状況なんだい?」
「せ、背中に、肩のあたりに、破片が刺さってて……」
必死だった。ぼんやりと遠くを見てるだけの弟。出血多量で意識不明の兄。
「回線が繋がってるお陰で位置が特定できてる。すぐに救助が来るから、破片は抜かないでとにかく傷口周りを止血していてくれ」
「解った」
冷静に、冷静に、それだけをひたすら頭の中で繰り返した。
救助が来るまで、本当にすぐだった。
「破片を抜かなかったのは偉かったな。これなら大丈夫だ。弟君の方も気を失ってるだけだ」
「良かっ……た」
そして、無事を告げられた瞬間、全身の力が抜けてデイズもまた倒れ込んでしまったのも無理の無い事だった。
「良かった……ほんと……良かった」
「よく頑張った。とにかく街へ、ひょっとしたら、君の友達もいるかもしれない」
1995.5.30
背を焼くような熱は引いていた。その代わりに自分は暗闇の中にいた。
目をやられたのだろうか?どんな罰でも受ける覚悟はもうあったが、弟二人に苦労だけはかけたく無かった。目の前に手をかざして確かめようにも負傷した手は包帯のせいか全く動かない。
仕方なく上げようと思ったもう片方の手には何か重石がのっかっていて上がらない。
夜明けが来たのか、部屋に満ちる微かな明かりに自分に正常な視覚が残されている事を知る。
うっすら差し始めた朝日で重石の正体を知る。
弟が二人、ベッドに寄り添って仲良く寝息を立てていた。
「ああ……神様……」
誰かが言っていた。神とは感謝する為にいるのだと。
所変わってとあるベルカの空軍基地。
「しばらくの謹慎は解る。親が親だ。私に疑いの目が行くのも当然だろう。だがな……」
搭乗員待機室で暇を持て余していたインカンブランスの視線の先にいたのはグラーバク隊の面々。
バルトの姿を見つけて敬礼を返す隊長のアシュレイだったのだが……。
「何でお前がいるんじゃい」
「ローランド大佐お久し……」
が、その横に控えるステファンが何やらニヤニヤしている。
「どうしたステファン?」
関係ないがソファでふんぞり返るバルトの姿は必要以上にふてぶてしい。
「何故貴様がここにいる……」
「何でテメーがここに来るのかなぁ?」
そんなバルトの頭上で火花を散らすステファンとアシュレイ。
「あれ?お前等ダチ?」
「「誰がこんな奴と!!」」
どうやら知り合いだったらしい。
それを良いことにバルトは「ま、仲良くやれや」とステファンを押しつけてしまうものだから……。
どうやら退屈だけはしないで済みそうだとオイゲンはその光景を眺めていた。
その一方で、二人ほど搭乗員待機室から姿を消していたのには、気付いていなかった。
「なんだクルト、先輩の流刑理由知りたくねえのか?」
「クラウス少佐、はぐらかさないでください」
少年と男が二人。この基地はすぐ側にだだっ広い草原があって内緒話や真面目な話をするのに丁度良かった。
とは言っても、上に言わせれば「模範的な」グラーバクやオブニル隊と一緒に自分達をするあたり、ステファン以外にも間者いるだろうと言うことでここでも直接声には出せないのだが。
「……昔、惚れた女が一人いた」
「はい?」
火の手は唐突だった。彼女が最初に庇ったのは、やはり子供達だった。
「何ぼさっとしてる!さっさと子供達連れて外に出ないか!!」
現役時代の口調で叫ぶ彼女。それは戦場に立つ者の目だった。
「ラウラ!お前もだ!!その肩……」
「……馬鹿言え。エリクのガタイでこの奥飛び込んでみろ。間違いなく挟まるぞ」
そう言って、負傷した肩を庇おうともせず炎の海へ飛び込んでいった。
なればこそぼかしを入れるのは当然であったが、あまりに唐突な、しかもエリクには似合わないような切り出し方に思わず妙な返事が出てきてしまう。
「恐ろしく頭の切れる奴でよ、俺達全員彼女にゃまったくかなわなかった。バルトなんかはムキになって空戦で挑んでは撃墜判定貰ってた」
「隊長がですか!?」
その言葉に信じられないだろうと付け加えてエリクは更に続ける。
だがその顔を、こちらに向けようとはしなかった。
「そ、今より若くて全盛期のあんにゃろも赤子同然だったのよ。だからしまいにゃラーズグリーズがいたらきっとあんなだって言われてた」
だとしたらさぞ美人かつ強い人だったのだろう。同時に相当の曲者であることも察しが付いた。
必死だった。とにかく炎の向こうから彼女が引きずり出す子供達を外へ……追い出すように避難させていったが、そのうち瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。
「まさか……」
恐ろしい予感に、腕が焼けこげそうな熱にさえ構わずに飛び込んだ。
確かに狭い。何処かで挟まっても文句の言えないほどに。
エリクの言っていた通り「権謀術数を極めた恐いお嬢さん」だが、そんな彼女を思い出すにしては、エリクの声は望郷の思いに満ちていた。
「それが、突然政治家に転身してよ、上手く行ってたんだ。最初の5年は」
だが、その望郷の思いもその言葉で途絶える。
墓石に刻まれた彼女の没年は、今から10年前だったことだけを辛うじて覚えていた。
「……そして死んだ。子供好きだったアイツは施設のチビ達と一緒に地下鉄に乗っていた。一般人数名と一緒に、あいつも逝っちまった……政治家連中他にもいたのに、あいつだけな」
彼女はいた。崩れ落ちた瓦礫から子供を庇うようにして覆い被さっていた。
だが、あの可愛げの無い声は聞こえてこなかった。
「ラウ……」
掴んだ肩は堅く、冷たかった。
泣きじゃくる子供を引きずり出し、彼女の所へ行こうとした。
「クルト、今は無理かもしんねぇけど、彼女に何かあったら絶対側にいてやれよ」
−辛いぞ、見る影も無くなった恋人の亡骸ってのは−
「……はい。すいません、変なこと聞いてしまって」
無言で、ただ手を振ってエリクはどこかへ歩き出した。
クルトは、追いかけようとはしなかった。
「放せ!放してくれオイゲン!ラウラが、ラウラがまだ中に!!」
「おちつけクラウス!その足で行ったらお前も死ぬぞ!!」
必死だった。ただ助けたかった。
もう冷たくなっていた彼女を、それでも。
「いい。俺が行く」
未だ来ない救助に苛立っていたのは長年の友も同じ。
だが、気付いたら進み出た彼を裏拳で弾き飛ばしていた。
「……お前はダメだ、何かあったら、サンズと……これから生まれる子供達はどうなる……」
それと、ほぼ同時だった。遅すぎる救助と、崩落が同時にやって来たのは。
そして再び、彼女が生まれるのを心待ちにしていた子供達の場所へ。
「……ん?」
再び目を覚ましたときには、もう太陽は真上を通り過ぎていた。
体を持ち上げると飛びかかってくる重量に耐えられずまたベッドに沈む。
「兄貴!!」
「うわっ、まて、デイズ!痛っ、痛ぇっての!!」
引き剥がしてぶん殴ってみれば次男の目はすっかり潤んでいる。
「兄貴、喉、喉平気!?」
「平気だって、ここ潰れたら俺食いっぱぐれて……」
そこまで言いかけて、三男の声が聞こえないことに疑問を抱く。
探せば、すぐ側の椅子に座って……笑っているような、泣いているような、もっと言ってしまえば、無表情。
そんな状態で、こっちを見ていた。
「ソル……どうしたんだ?」
一番大泣きしてそうな子が、どうして?
悪い予感に駆られて、そんな事を口にすることも出来なかった。
ただ表情を変えず三男は喉に手を当てて口を動かす。その顔が、少し寂しげに笑った。
しがみついていた次男も大人しく離れた。
「ソルの声、出なくなっちゃった……精神的なショックだって、恐い物を見たんだろうって」
「そんな……」
逆に、自分の傷は出血量や跡も残るものだった割には軽いものだったと言う。
「ソル……おいで」
肩が痛むのも構わず両手で、二人をしっかりと抱きしめる。
−何でですか神様……何でこの子に−
何故だか、その体温が、酷く冷たく感じられた。
「兄貴……泣いてるの?」
…戦争で、真っ先に割を食うのは他ならぬ子供達さ…