ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Katzbalger

1995.5.26

「俺達を駆り出すたぁ、よっぽど重要な物でも運んでんのかい?」
「こちらノルト・リヒター。クラウス少佐、それは機密に関わる発言よ」
 護衛対象……E-767が発するノイズを除けば久々に穏やかな空を飛んでいる。
 奇襲が主となりつつあった彼等にとって作戦開始即戦闘とならないのは稀。
 何事もなければ休暇同然になる……はずであった。
「でも護衛ルートが東じゃなくて良かったです。あっちのパイロットとやり合ったときは生きた心地がしなかったのに護衛しつつなんて考えただけでも」
「ウスティオか……まあ、それを見越してこのルートなのだろう?」
 護衛対象にバルトの父が乗っていなければ。
「……バルト?」
「あ、あの、将軍……それに隊長もなんとか言ってくれよ〜」
 ステファンが同席しているのだがこれではさぞ居心地が悪かろうとバルトは考える。
 恐らく本心では自分も戦闘機にのっての護衛に付きたかったのでは無かろうか。
 だからと言って、我が子を見捨てるような父親と進んで会話したいとは微塵も思わないのだが。
 とは言った物の、すぐ近くの空域ではかの凶鳥殿が哨戒中、あと少々気にくわないが腕の立つグラーバクも飛んでいる。
 ……これでこのクソジジイさえいなければ休暇も同然なのにと溜息を吐く。
 クルトがステファンから話題を引き出そうと必死になっている。
 エリクはE-767に積まれている「何か」に興味を示してはノルト・リヒターに流されているし、オイゲンはそのやりとりに、もしくは自分と父の状況に呆れているのか黙りこくっている。
 話に耳を向けながら、この不愉快な時間がさっさと終わってくれないかとレーダーの範囲を広げる。
 もっとも、ノイズに阻まれろくな役目は果たしていないようだったが。
「管制官殿、護衛に我々を使うのはいいがこのジャミングは何とかならないか?」
「ご安心を、この無駄にでかいレドームでしっかり索敵してるわ」
 やっとのことでバルトが会話を振ったその時だ。
 ノイズの中に、人の声が混じりだしたのは。
『……あ……た。情報……通り』
 聞こえてきたのは敵機の、オーシア語の通信。
「こちらノルト・リヒター。大物がかかったみたい。ここ最近こっちの戦線で暴れてる連中だわ」
「おいおい大物って……釣りか、これ?」
「そうよ。ここから敵味方共に通信ダダ漏れだから私語は慎んでね」
「……地上に降りたら親子水入らずと行こうか、レーヴェ将軍?」
「残念。ここを抜けたらオブニル隊の世話になるからそりゃ無理だ」
 きっと、この瞬間の顔は苦虫を潰したとかそんなレベルの歪み具合ではなかっただろう。
 そう自分を皮肉りながら、バルトは交戦を宣言した。

「意外とあっさり見つかったな」
 サンズがいるのは街の図書館の一室。過去50年の新聞記事が保管されている部屋だった。
 司書を勤めていた友人を駆り出し探していたのは先日、父が自分達に話して聞かせた事件のものだった。
 父がソル達と同程度と言う手がかりしかなかったが、事件その物が大事だったことに加えて、あっさり見つかった理由は他にもあった。
 当時の父が弟そっくりだったのだから。
 父には奇妙な癖がある。彼が語る事柄は新旧を問わず、何処か端折られている事が多かった。
「人質の一人が発砲したことで銃撃戦、およそ半数が死亡……か」
 無論、9歳の弟達の手前こんな状況を事細かに説明できるはずも無かったろうが。
 これでは端折り癖も致し方ないと納得した。
「何でそれで軍人になっちゃうかな」
 更に読み進めると、父の捨てたレーヴェの名が目に付いた。記事の内容は祖父への批判。
 国側の致し方なかったという弁明。音のない静かな資料室で、思考は呟きに変わる。
「んで、見捨てない……か。逆に子供が親を見捨てるのは……」
 いいのかねと呟こうとして、あの時父が囁いた言葉を思い出す。
−上手くやれよ−
 背もたれにふんぞり返って溜息一つ。
「許しちゃうんだろうなぁ〜あの親馬鹿は」
 仰け反って真後ろに回った視線の先には、司書の友人と基地の整備班として働いていた青年の姿があった。
「なんのご用事で?」
「風見鶏がねぐらを変えるって。嵐はなるべく避けて通りたいそうだ」
「希望の場所は?」
「東へ。二羽ほど凄いのがいるからどんな嵐が来ても大丈夫だろうって」
「了解……て、あー……ウスティオ側ね。安全に行きたいなら前線通り過ぎてからの方がいいぞ」
 取り出した地図にびっしりと書かれた天気図。さらに張り付けられた多数のメモ。
 それらを丹念にめくりながら、「風見鶏」が安全に渡れる「天候」の移り変わりを探っている。
「またちょっと、予報屋を頼るか……私も仕事が無いから弟達を連れて近々ここを離れるよ」
−何があってもお前達は見捨てない。例え国に喧嘩売る事になってもだ−
「ヘマをして獅子の足引っ張るわけにいかないからな」
 その言葉を、信じている。

「おーい。ゼファー?生きてるかー?」
「はい……」
 魂が抜けるとはこういう事を言うのだろう。
 襲撃は無事に退けた。ただ一つの失敗は……。
「逃がしてしまったな」
 一機、それも一番の手練れのを。

……娘に絵本届けるんじゃなかったのか!!……

 長い空戦の果て、隊長機対決を制したのはバルトだった。
 次に狙いを定めたのは尚もクルトの背後についていた敵機。
 その引き金を引く指を鈍らせたのは、オーシア語で聞き取れた「娘」と言う単語だった。
 バルトが言う。条件はこちらも同じだと。
 だが隊長機の援護でレティクルに収めた敵機を落とせなかった事をクルトは悔やんでいた。
 長く戦場を飛ぶと自然と解ってくる。相手がどれほどの腕前なのか。
 ハートマークを付けていたそれを思い出して頭の片隅で「ふざけてる」と考えたが、結局恐怖の延長戦にあると気付いてすぐに振り払った。
 次に出会ったら落とされるだろう。そんな漠然とした不安が根付いていた。そして不安は焦燥を産む。
 地上に降りても、それは消えるモノでは無かった。

 そんな雰囲気に居づらさを感じて、エリクは一人星を眺める……はずだった。
「なのに何でお前までこっち来ちまうわけ?」
 バルトがご丁寧にココア持参でやって来なければ。
「いや、私にも心配事があったもんで」
「おいおい。ホームシックか?」
「それは無理だ。もう当分帰れない」
 その言葉にエリクが眉をひそめる。あの街まで前線は届きそうになっていて、特に帰れなく理由は無い。
 表向き、ベルカ側の事情だけを考慮するなら。
「エリクが一番良く知ってるはずだが?」
 冷静に、そうあろうとしたエリクの試みはそれを察したバルトの豪快な笑い声で失敗に終わった。
「お前それでよく情報の横流しができたな」
「……お前、ひょっとしてあの時サンズに……」
「アイツの場合息子の事ぐらい察してやれる親になりたかったから。お前の場合……ラウラ隊長のこと、まだ納得しきって無かったんだろ。オイゲンあたりも少しヒント寄越せばすぐ気付く」
 季節は6月を間近に控えていたが。ここにも前日雨が降ったためか寒かった。
 ベルカの真冬に比べれば、それはどうという事でも無いのだが。
「納得出来るかよ……あんな大事故で軍関係の死亡者が……政治家に転身したばかりのラウラだけだったなんて虫の良い話があるか」
「オマケに同乗者は極右政党の連中だったし、遺体も損壊が激しいんじゃね」
 澄んだ空気が星の光をよく通す。月も真昼のような明るさで輝いている。
「……何も言わないのか?一歩間違えれば息子とグルになってお前を売っていたかもしれねえんだぞ?」
「言えないよ……私は動けなかった。こんなギリギリの状態になるまで。彼女やあの子のように、何かを犠牲にしようなんてできなかった人間には……」
 自虐的な言葉。その裏側では息子の事を誇らしげにしていた。
「あの時クルトがトリガーを引かなくて良かった」
「?」
「あのパイロットの哨戒空域に入ってくれればあの街も安全だ」
 満月にデザートイーグルの銃口を向ける。
 引き金を引くとカチリと覇気の無い音が響いた。
「……ま、後顧の憂いも無し。今更いちパイロットにどれだけ出来るかわからんが、やれるだけやってみるか」

1995.5.28

 結局あの会話の通り、彼等は帰れなくなってしまった。
「……無血開城、ですか」
 帰る家が、自分達の居ない間に対岸に渡ってしまったことによって。
 その判断をクルトはさほど疑問に思っていなかった。
 土地柄だけならベルカの中央にありながら隔離されたような街。
 そこにはここ数年ベルカを蝕んでいた……この戦争の原因ともなっていた経済恐慌の影響からすら隔離されていたのだ。
 前線が近づいてくれば、あの街が搾取の対象になることは目に見えていた。
 何が疑問かと言えば。
「……なんで突然出撃命令がぱったり途絶えたんでしょうか」
 これに尽きる。連日各地を引きずり回されていたのがこれだ。
 二日と言えども悪い予感がして仕方が無かった。
 その答えが今日出されるわけなのだが。

「二日ぶりです。隊長」
 やって来たのは、腕に黒い腕章を付けたステファンだった。
 向き合うバルトの手に握られていたのは新聞と弔報。
−これからの会話は、盗聴されている事を前提にお願いします−
「もうお察し付いてると思いますが……」
「ご託はいい」
 その顔はいつに無く険しかった。内容を思えば、至極当然の事だった。
 何よりも、入るなり全員に提示されたメモを見れば。
「レーヴェ将軍が、亡くなられました」
謀殺です
「知っている。だがその使いの為だけに少佐殿を寄越したわけじゃないだろう?」
「お恥ずかしながら」
親が馬鹿共に与してるお陰で
「俺、耳がこんなですから……この階級章が、あの人の置きみやげになってしまいました」
俺は監視役として寄越されました
「……で、厄介者の所に送り返されたわけだ」
 その後で耳についている補聴器を指さすステファン。
 どうやら盗聴器でもあると言うことらしい。
「なぁ、バルト」
「何だ?」
「……ガキ共にはどうする?」
「無理だろ。伝えるにしたってもう向こうの占領下だ。それとも、何か良い案でもあるのか?」
 そうして視線を向けたエリクの手元に置かれていたメモにはこうあった。
レジスタンスの情報網をなめちゃいけねえ

1995.5.29

 その日はいつもの曇り空だった。ソルの風邪がまだ良くならない為、デイズは一人でお使いに行かされている所だった。天気はいつも通りの曇り空。
「デイズ君!」
「お、カミラじゃん。どうしたよ?」
 見つけたのは幼なじみの姿。
 何故だかしょっちゅう苛められて、その度にソルに慰められたり助けられたりしていた女の子だ。
「えっと……その、えと」
 まあ常時こんな調子では仕方ないのにいじめっ子もソルも良く飽きない。
 それがデイズの考え方であったのだが。
「ソル君……風邪どうなの?」
「おう。家の中うろうろしてるよ」
 ただでさえ広い家で方向感覚の怪しいソルを放し飼いにする事はまず無い。
 今頃お手伝いさん相手に暇とぼやいているか学芸会用の殺陣の練習でもしてるんだろう。

「サンズ。上手くいったみたいじゃないか」
「親父!?一体どうやって……」

「デイズ君、おつかい?」
「うん。ソルががぶ飲みすっからココア切らしちゃってよ」
「一緒に行っていい?」
「はぁっ?……て、まて!泣くな泣くな!!」
 幾ら何でも女の子にいきなり同行願われて喜ぶには、まだデイズは幼すぎだ。
「ご、ごめん。んっとね……渡したい物があるの……それで……」
 その彼女が手渡したのは細い鎖に繋がれた十字架のペンダント。
 中心にはめられた青い石が綺麗だがよく見ると造形とかは結構雑だった。
 ひょっとしたら手製のそれにメッキか何かでも塗ったものなのかもしれない。
 もっとも、9歳の少年にそこまで気付と言うのは無理な話でもあったが。

「種明かししてる暇は無いんだ。それより、早いうちに街離れてくれ」
「親父、何かやらかしたんだ?」

「ソルにか?」
「う……ううん!デイズ君に!」
「へ?」
「ずっと、前から渡したかったんだけど、その……」
「俺にって……ずっとお前の世話焼いてたのはソルだぜ?」
 勿論その時にはたいていの場合デイズも側にいたのだが。
「ソル君優しいけど……えっと、その……」
 まあいかに鈍い男でも、アクセサリを異性に手渡すのに顔を真っ赤にされればその胸の内は察しが……実際にそうでなかったとしてもそう邪推しまうだろう。
「……優しい人止まり?」
「う……うん」
「なるほど。でもよ、お前ソルが風邪引かなかったらどうする気だったんだ?」
 そこまで言うと顔を真っ赤にしてしまうカミラ。

「残念、やらかしたのは爺さんの方」
「……珍しい、親父が爺さんの話出すなんて」

「たぶん……渡してた」
「お。お前はいい人止まりにならなかったな」
 その言葉にますます顔が赤くなるカミラ。
 こりゃ面白い……と、思っていると、今度は涙目になりはじめる。
「あ、あれ?」
「ひょっとして悪いオンナの方が好き?」
 でも上げた顔は笑っていて、それでも声は涙混じりで。
 デイズの返答もまたず「じゃあね」の一言と一緒に彼女は街道の向こうへ消えてしまった。
「……一体何なんだ……」
 告られた事よりも、彼女の態度への疑問の方が頭を支配していた。

「さすがに……故人にゃ文句言えないからな」
「え……?」

 そんな彼女を見送ったデイズの背後に人影があった。
「なあ、ローランドさんのお宅を知らないか?」
 その時、素直に自分がそうだと言わなかった。
 全身黒づくめの男。どことなく父と似た気配は、軍人なのではと思わせるのに十分だった。
 ベルカであれオーシアであれ、軍人が自宅を探していると言うのがただごとでは無い。
 10歳の少年がそこまで気付いたかは定かではない。
 だが、少年は頭でなく、勘を信じた。
「俺、急ぎの用だから!!」
 数分後ちょっとした喧嘩が起こっていたなど、その判断が自分、ひいては家族を救った事になったなど、デイズが知る由も無く。

「じゃ、そう言うこと。これ、大佐命令だからな。母さんにも伝えろよ」

「親父!!一体どういう……あー、切れちまった」
 突然の祖父の訃報。父の下した「命令」。それらに困惑の色を隠すことも出来ないサンズが帰って来た弟の息が上がっている事にも気づけなかったのは致し方の無い事であった。
 苛立ち髪を掻く長男。その様子をまじまじと見ている三男の手には学芸会用の模擬剣が握られている。
「どうしたんだソル?」
「……お父さんから、電話だって」
 そんな双子を余所に、母の部屋へ駆け込む長男。
 報道班員でなかった母はここ数日暇だった書斎で本を読んでいた。
「今の電話、誰から?」
 落ち着き払った母。息子もそれにならおうとしたが、どうしても声がどもる。
「それが、親父が、街を離れろって……大佐命令って……それと、爺さんが亡くなった」
 後半の言葉に、母の目が鋭くなる。
「大佐命令……そう言ったのね」
「う、うん……」
 真顔の母はかなり恐い。と言うよりローランド家一の実力者故でもあったが。
「で、義父様が亡くなった……かなりやばいわね」
 おもむろに立ち上がった母が投げて寄越したのは車のキー。
 戸惑うサンズだったが、すぐに意図を理解した。
「街、離れないとダメか」
「明日にでも出るわ。必要なもの詰め込んでおきなさい」

 直後にまた電話がかかってきた。
 サンズは一瞬父の声を期待していたが、出てきたのは馴染みの友人。
 一緒に「悪巧み」に荷担した仲の男だった。
 その内容は、彼を戦慄させるのに十分な内容だった。
 弟がもし判断を誤っていたら。それを考えただけでも震え上がるほどに。
「……母さん、明日じゃ遅すぎる!今すぐだ!!」

 当初弟達は何事か解らなかった。突然自室に放り込まれたかと思うと必要だと思う物だけガレージに持って来いではそれが当然だった。ただ一言。
「親父が国に喧嘩売った」
 その言葉に目を輝かせゲーム機なぞ詰め込もうとして「重いわ!!」と、長兄に殴られるのはまた別な話。
 車のトランクには結局兄が選んだ日用品と着替えの類が、双子の両手には学芸会用の模擬剣と二冊の絵本と携帯ゲーム機が握られている。
「そう言えば学芸会どうなっちゃうのかな。僕はともかく兄さん主役……」
「開演直前に主役が謎の失踪。いいんじゃね?」
 これから亡命と言うのに暢気な弟二人。
 一瞬呆れはしたがこれでいい。子供達は暢気なままでいい。
 使用人に事の次第を伝え、他の物を探しに行った母も戻ってきた。
「母さん!準備でき……て、何でバイクスーツ着てるの?」
「はいこれ持って」
 渡されたのは預金通帳に始まり貸金庫の鍵に貴金属の類……少なくとも家にある一切の財産の使用権利と最後に渡された一冊のアルバム。。
「母さん……?」
「私はあの人の所へ殴り込んでくるわ」
 その一方、母の荷物はいつもの取材道具といつもより膨らんだ財布。
 あとは珍しく貴金属で着飾っているぐらい……使用用途は、言うまでも無く。
「ヒルデスブルグにいる友人を尋ねて、それからね。あの人近くにいるのが部下だけじゃ、何しでかすか解ったもんじゃないわ!!」
「ヒルデスブルグって……ちょっと、待って、待ってくれ母さん!!」
 長男の制止も聞かず、母は行ってしまった。
「そんな……」
 覚悟していた。
 していたはずだった。軍人の子でありながらレジスタンスに荷担していたことを、力一杯に叱られる事ぐらいは。自分のコートの中に詰め込まれた地図。この街からヒルデスブルグへの道には、雷雨のマークが書かれている。
「お母さんは?」
 だが、車内から不安げに見上げる弟二人にそんな素振りを見せてはならない。
「父さんの喧嘩に付き合いに行くってよ。ったく飛んでもない夫婦だよ」

「ここからだと……ハイエルラークか」
 ……Nie Das Tor……ニーダストール。
 おとぎ話に語られる、永遠の少年が住まう地の名を付けられた門の出口へ向けて、アクセルを踏む。

 ……もう二度と潜ることの無い門を抜ける。