ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Gerechtigkeit

 その時、意識は空戦のただ中にあった。
 背後から確実に己を追いつめていくオーシア軍機。
「ゼファー、急旋回しろ、後背に敵機!!」
 機体を右へ捻る。だが、背後の敵にその機動を見破られ、機銃の雨が降り注ぐ。
 コックピットが揺れる、エンジンと尾翼が吹き飛ばされたのが解る。
「どうしたゼファー、ベイルアウトだ、その機体はもうもたない!!」
 後席がベイルアウトする。言われずともイジェクションレバーを引こうとする。だが、その手は空しく宙をすり抜ける。手があったはずの場所には、暗闇が口を開いていた。
(目をやられた……?)
 声も出ない。帰りたかった。あのやんちゃな子供達の所へ、何より約束した彼女の所へ。
 開けと念じた両の目は、次の瞬間望み通り現実を映し出した。

1995.5.10

 そこまで来てやっと夢の矛盾に気付いた。自分の乗っている機は単座で、後席なんてあるはずもない。何より自分はベイルアウトするような状況に等陥ってはいなかったことを、エリクのアゴと蛍光灯の映る視界が証明していた。
「……夢?」
「おー、新入り気がついたか?気付いて早々悪いが、どけ」
「はい?」
 撤退作戦の支援のために飛んだ。帰ってきて、ソファに座ったとたんそのまま眠ってしまったのだった。
 何故か今頭が乗っているのはよりによってエリクの膝の上。
「バルトに待て言われてずっとそのままだったお前もどうかと思うが」
「しゃーねえだろぐっすり寝てやがったんだしよぉ」
「いや思いっきりうなされてた」
「そういえば、隊長は?」
 二人の促した方向では、バルトが若い将校と睨み合っていた。
 若いと言ってもバルトに比べればであって、クルトよりは年上のようだったが。
「今大切なのは量よりも質を削ぐ事だ、解るか?」
「……肝に銘じます」
 話はバルトが押し切った形で終わったのか、その将校は苦虫を噛み潰したような顔できびすを返す所であったのだが。その原因は今から数十分前に遡る。
 フッケパインまで投入された今回の作戦、余程温存しておきたい戦力であることは明らかであった。
 だが幾分過剰過ぎた。このまま攻め返せるような勢いに連合軍は早々と撤退を始める。
 それに追撃をかけたのがあの将校……アシュレイだった。
 徹底的に殲滅せよという上層部の方針と無為に敵兵を殺したところで復讐心に燃える者達が代わりに入ってくるだけだというバルトの主張。最終的に、バルトが大佐権限で黙らせたのだが……。
「アイツ階級笠に着るの嫌ってっからな。今日は声かけねえ方がいいぞ」
「りょ、了解……」
 余談だが彼等は二日前にそれぞれ一階級ずつ昇進している。
 無言でこちらにやってきたバルト、ソファの端を掴んだかと思うと……。
「うりゃっ」
「どわっ」
「うわわっ」
 そのままひっくり返す。二人が投げ出されたのを確認して元に戻すと……
「機嫌悪ぃから寝る」
 と言って占拠する。周囲にいた誰もが反応できないような早業である。
 もちろん、投げ出された方、特にエリクが黙っているはずもなく……。
「何しやがるかテメーはーっ!!」
 今度はエリクがちゃぶ台よろしくソファをひっくり返す事に。
 そこからはもはや子供の喧嘩。誰かが笑い出したのを皮切りに待機室が爆笑の渦に包まれた。
「子供ですよねー」
「やめておけ。今聞かれると……ほれ来た」
 クルトの失言のお陰でお祭り騒ぎに拍車がかかったのは言うまでも無い。

1995.5.14

 オーシア軍による反攻、大国の参戦、その結果、ベルカが取り戻したと主張する領土は再び解放される事となった。バルトライヒ山脈を挟んだ南北ベルカ、それが今ある領土であった。
「それでも……戦争は終わりませんか」
 それだけで連合軍は満足しなかった。また、ベルカもこの結果を受け入れようとはしなかった。
「まあ、案の定と言う所だろう」
「どうしたよ。臆病風にでも吹かれたか?」
 前線に立つ者達なら僅かながらに期待があった。あとは政治の問題になってくれるのではないかと。
 それはクルトも同様であり、周りも表にこそ出してはいないがそうであっただろう。
 久方ぶりに待機する事になった彼等の基地に、冷たい雨が降り注ぐ。これがまた気を滅入らせてくれるのだ。そして彼等がここにいると言うことは、次は何処から攻められるか解らないと言う四面楚歌の証拠でもあった。
「政治家連中にもリベンジ野郎が出て来たんだろう」
 国境の近いハイエルラークに別れた妻子がいるというオイゲンはその方向を見つめ呟いた。
 バルトに到っては殆どふて寝状態でソファを占拠している。
 いや、もはやそれは彼が来たときの日常風景と化しているのか誰も気に留めない。
 湿り気に助長された気怠さは睡魔を呼び、クルトの意識は飲まれかけていた
 見計らうように起きあがったバルトが肩を鳴らす。50を前に、流石の若獅子も老けたものだと思う。
「……寝たか?」
「おー。気持ちよさそーに寝息……あ、うなされてら」
「アレは相当堪……ん、どうしたバルト?」
「いや……俺もちょっとアレは、思い出したく、無い……」
 見ればその若獅子も青ざめた顔で数日前の事を思い返していた。
 対空砲を失い、撤退するベルカ軍を追撃する力も失った連合軍の兵士達に浴びせられた鉛の雨。
 上空からにも関わらず地上で土砂降りを見るかのようなその光景はまだ二十歳を向かえて間もない、どちらかと言えば気弱な少年の心に耐え難いトラウマを刻みつけるのには十分であった。
「あーあー。天下のキラービーが何をおっしゃいますか」
 そして思い返すだけで血の気が引く……バルトにも似通った傷があることをエリクは知っている。
 地上砲台への機銃掃射、敵護衛のエースであっただろう機のキャノピーを打ち抜く。
 標的の死を確約するような戦ぶりは敵の士気を減退させ、恐怖で敵陣を覆い尽くす。
 オイゲンは思う。それこそが本来の戦の在り方だと。
 最低限の犠牲と消耗でいかに相手の戦意を削ぎ落とすかを試行錯誤してこそ真の勝利があるのだと。
 無為に数を減らし敵軍の士気の純度を上げるよりも、多くの兵士の戦意を削ぐ方が余程効率的だと。
 が、当の本人はと言えば、嫌な光景を思い返してソファに沈み込み、似たような理由でうなされている4番機に同情の目を向けている。とても死と恐怖とを確約させるような男には似合わぬ状態であることだけは確かだった。
「そう言えば、今日何日だ」
 その状態に呆れるのにいい加減飽きたオイゲンが雨の湿気にやられたカレンダーを見る。
「14日……明日は隊長の命日だな」
 答えたのはバルトだった。
「明日いきなりお呼びがかかる可能性は?」
「……俺は行かないぞ」
 そう言われた途端寝ころんでソファの背もたれに顔を埋めてしまう隊長。
「あのよ、チビ共が墓地に行く理由が出来てたら、真っ先お前に連絡行くと思うんだが?」
「……」
「こんなご時世だ。ラーズグリーズに祈る価値はあると思うがな」

1995.5.15

 久々に(クルトにとってはほぼ初めて)街に繰り出して見れば、行き先が墓場では気晴らしにもなんもならないのではと溜息をつくエリクを余所に、墓地へ続く細い路地を歩く。壮年も過ぎた男三人と少年一人が黒い軍用のコートを着て雪の街を歩く姿は今が葬送の列を成しているようにさえ思えた。だが何より問題なのは黙ってついてこいと言われれば黙って付いて行かざるを得ないクルトに誰の葬儀……もとい墓参りかを伝えていないことだったかもしれない。かといって疑問を挟むことも出来ないのだが。
 墓地に入ってさらに歩くこと数分。そこにあったのは小さな墓だった。
「ついたぞ」
 雪の積もった墓。小枝を模した銅像に積もった雪が綿花を思わせるようだった。
 刻まれていた名前はラウラ・ベルナー。女性のものだと解るや否やエリクに頭をくしゃくしゃにされる。
「隊長、今年の新人アンタ好みの坊やだが案外しぶとくやってるぜ」
「坊やって……あれ?」
 そうこうしているうちにバルトが花を添え、オイゲンが……生前酒が駄目だったのだろうか香りの良い紅茶を入れたティーカップを添える。
「そ、この部隊の前任者だ」
「ついでに言うとうちの名付け親だな」
 厄介者と言う名の名付け親……墓石を見る限りバルトより一つ下のようだった。
 ならば現役時代はクルトが生まれているかどうかと考えるのがごくごく自然であり、その頃の女性パイロットに対する目は決して優しい物ではなかったと言う。
「可愛い顔して権謀術数極めた恐ーいお嬢ちゃんだったのよ」
 そんなことを言うと化けて出るぞと言われれば、エリクは望むところと墓石に紅茶を注ぐ。
「ま、んなこと言ったら明日当たり本気で祟られてるかもな。甘党の墓にノンシュガー飲料注いでるわけだし」
「一時期オイゲンが怪談話の主役にされてしまったしな」
「怪奇!墓磨きってなー」
 バルトとエリクが笑うが当人たるオイゲンとついその様子を想像してしまったクルトの顔には青筋が。
「……その表情はどういう意味かねアルニム曹長?」
「え、えーと」
 エリクやバルトのようにグリグリとかお仕置きに以降しない辺りがオイゲンの恐ろしさである。
「じゃ、俺は昔のダチに挨拶してくるわ」
 その言葉を合図に解散。基地のある方角に体を向けようとするバルト。
 逃がすまいと捕らえるオイゲン。その顔に、してやったりと書いてある。
「くっくっく。そうはいかんぞバルト。せっかく街まで降りてきたんだ。我々は一杯ぐらい飲みに行こうじゃないか」
「いや、正直あいつらに会いたく無いんだが……」
「酒場前なら二人は寄りつかぬであろう?」
「いやクルトは酒飲みそうにないだろうし」
「誰も新入りを連れていくとは言ってないが?」
「一人ほっぽりだす分けにもいくまい?」
「ならサンズあたりにでも案内させればいい。今日は屋上にいただろう?」
 と、墓前で飲みに行きたがるオイゲンと嫌がるバルトの堂々巡り。
 ダチに会いに行くと言っていたエリクもおいてけぼりをくったようにクルトとそれを眺めている。
「隊長……何で子供達に会いたがらないんでしょう……平時は基地にまで呼び込んでたのに」
「あー。帰ったら戦場の話しかネタが無いだろうが」
「でも……隊長の戦いって、あくまで家族の為……ですよね?」
 その言葉の瞬間、バルト達の動きが止まった。あの不毛な口論のまま。
 その口論を呆れて見ていたエリクの表情もそのまま。
 周囲を包み込むベルカの寒気に空気まで凍り付いた沈黙だけがクルトに地雷の存在を認識させていた。
「……おし。久々のペナルティだ。三人一緒に酒場”逝こう”や」
「え、あれ、ねえ、これって、あーっ!!クラウス少佐助けてーっ!!」
 よく解らないがオイゲンと飲むと言うことがどれだけ危険かは察しがついた。
 だが時既に遅し、小柄なクルトがバルトに担がれた時点で抵抗の術など残されているはずもなく、墓地を後にする三人。
 この時クルトが己の身の心配をしていなければ気付いていたはずである。
 ダチに挨拶しに行くと言ったエリクが、墓前に跪き、ただただ祈り続けていたことに。

「クルト、お前、彼女とは結婚前提か?」
「……本気も本気ですよ。でなければエースになって迎えに行くなんて言えませんって」
「だったら肝に銘じて置くんだな。誰かの”為”なんて考え”偽り”だってことに。刺されても文句言えなくなるぜ」

 墓地の前は教会があり、その教会の向こう側には役所があり、そのさらに向こうには酒場がある。
 普通に考えれば、子供達がやって来る可能性は皆無と言えた。
 そのどこかに用でも無い限りは。そしてそれに付き添う形で無い限りは。
 バルトに取り落とされ雪の上に倒立するハメになったクルトの視界に入った姿を見たとき、それも仕方のないことだと納得せざるを得なかった。
 泣きじゃくる小さな少女。その両サイドにいる双子。後ろにいるのは少女の母親だろうか。
 デイズは嫌々という感じであり、ソルはどうしたら良いのか解らないと言った状態。共通して言えるのは、少女に対して哀れみを含んだ目をしていたと言うこと。
「カミラ〜いい加減泣き止めよ〜。ソルもソルでなんで付き合う何て言い出すんだよ」
「だって……あ、お父さん!!」
 そして少女が涙していた理由も、身に纏う喪服が全てを表していた。
 彼女もバルトに気付いたが、何か言いかけて止めた。そして母親の後ろに隠れてしまった。

「……ごめんな」

 それが何に対する謝罪なのかは解らなかった。ただ、それは少女の涙腺を緩ませるには十分であった。
「泣ける時にいっぱい泣いてあげなさい」
 そんな父親の姿に息子二人はというと……。
「そうやって母さん口説いたんだな」
 好き勝手言っていた。とは言った物の、バルトが危惧していた話題を出せるような状態ではとても無く、かといってオイゲンも酒場に行く気分がすっかり萎えて、殆ど無言のまま子供達を家まで送る事になった。
「ふふ。結局無理だったわね」
「まったく、お前の勝ちだったな」
 想像を上回る立派な館に住んでいた隊長家族。出迎えた妻と夫の会話。
 でも結局、彼は家の門をくぐろうとはしなかった。今そうしてしまったら、緊張の糸が切れてしまうからと。

1995.5.22

 それからも幾度と無く出撃と帰還は繰り返した。あの墓参りからその度に子供達が出迎えに来るようになってしまっていた。渋い顔をしていたバルトも、結局は長男同伴だから問題ないと説き伏せられる始末。
「ただいま〜……」
「「おかえりー」」
「おーう。お疲れさま〜」
 双子と長男にこうして迎えられるのにも随分慣れた。丁度その頃だ。ソルとデイズが新聞紙を丸めて固めた黒塗りの剣を振り回しだしているようになったのは。
「学芸会用だってさ。デイズの奴、主役だって」
「ソル君は?」
「ああ。アイツが主役候補だったんだけどな、あまりに大根役者だってんで冒頭でラーズグリーズを殺す役に格下げだってさ」
「へえ……絵本では活躍が削られた12番目だね」
「そうなのか?」
「うん。舞台裏で全ての辻褄を合わせるのに必要な大事な役なんだけどね、絵本にすると複雑だからって削られたらしいよ。その煽りで跡継ぎの詩人も消えたらしい」
「……マニアックだな」
 演目は「
Knights of Razgriz」以前基地から持ち出された絵本が台本になった。
 まかりなりとも芸能活動をしていると縁起も達者になるのか、時折サンズが演技指導をする。
 もっとも、台詞の無いソルは一人黙々と殺陣の練習に勤しんでいるだけなのだが。
「おーし父さんをラズグリだと思って全力でかかっ……ぐおっ!」
 そして悪役とは言え騎士なのに父を足蹴にする息子。
「軍人が戦神を略して呼ぶなや……」
「様になってますね」
 それを眺める若者二人。
 よく見れば新聞紙とはいえ固められた剣でひっぱたかれた跡がそこら中。
「ああ。アイツ腕っ節下手すると俺より強いからな」
「え?」
「小柄ですばしっこいのが多大なアドバンテージになってんだよ……」
 そんなことを仕込む親も親だと思うのだが口には出せないクルトであった。

1995.5.24

「……大嵐ですね」
「今、5月だよな。ついでに言うとあと一週間ほどで6月だよな」
 窓の外は夜にも関わらず白く染め上がる猛吹雪。例年なら雪解けがあってもおかしくない時期にだ。
「さらに信じられんのは……」
 エリクの膝の上に陣取る双子の姿がそこにはあった。
 両頬が真っ赤に腫れているのはバルトが愛の平手打ちを3発ほど打ち込んだ為。
 その後ろでは迎えに来たは良いがこの吹雪で帰れなくなった長男の姿がある。
「やれやれ……これじゃあティルラを迎えによこすわけにもいかんしな」
「ていうかサンズが来るちょっと前から窓の外この調子だったと思うんですが」
 勿論そんな無茶を敢行したサンズの脳天にも見事なこぶが出来ていたりする。
「まさか目を離したスキに二人だけで基地まで歩くなんて誰も思いもしなかったんだよ……」
 そんな彼等の視線が双子に集まる。一体何を思いこんな無茶をしたのか二人が語ることはない。
 時間はまだ子供達を寝かしつけるのには早すぎる時間だ。
「一体何があったんだお前等?」
 答えない。遠慮がちに視線を伏せてそれっきり。
 その目に気付いたバルトが、息子達を除く全員を下がらせた。

 扉の向こうの気配が消えるのを見計らい、バルトが口を開く。
「……言いたいことがあるんだろう?」
 まだ子供達は迷っている。
 いつもは強気なはずのデイズが口を紡ぎ、サンズが皮肉混じりに語り出す気配も無い。
 こんな状況になると、一番強くなるのが三男だと言うことも、彼は既に知っている。
 だがあくまで知っている、予想が付くというレベル。
「お父さん、どうしてパイロットになったの?」
「……!」
 昔エリクがよく言っていた。間接的言い回しでふられる方がきついのだと。
 今三男が言い放った言葉もまさにそれにあたる。悪いように取ればいくらでも悪く取れてしまう。
 勿論、裏を返せばいくらでも楽観できる方向に取ることもできるだろう。
「少し昔話をしようか」
 それを装ったのは、苦肉の策以外の何物でもない。
「父さんがお前達ぐらいの頃にな、事件に巻き込まれた事があったんだよ」
 何となく感じている。いつ二度と会えるか解らなくなると言う不安。
「孤島の軍事基地の見学中に、テロリストだかなんだかが押し寄せてきたんだ。狭い部屋に30人近く押し込められてな」
 その前に、色々と、本当ならもう少し後で話そうと思ったことだったが、早すぎることは無いだろう。
「窓の外に戦闘機が見えたんだ。後になって知ったことだが、当時テロリスト側の要求がかなりの無茶でな。軍は、人質を見捨てる判断を下した……攻撃部隊だったんだ」
 子供達の顔が強張る。それで良いとバルトは考える。
「でもその時のパイロット、結局撃たなかった。それから程なくやって来た部隊に保護されて、脱出支援に回るまで……もっとも、その後燃料切れで墜落。脱出はしたけど命令違反もあって二度と飛べなくなった」
 大人の愚行を真っ向から否定してくれるのは、子供達しかいない。
「それが悔しかった。だから、変えてやろうって思ってね。パイロットになったのは、その人の分までとかそんなところかな」
 そこまで話すと、次に来るであろう質問を待った。
 多分三人もいれば誰かが聞くだろう、答えの用意されている問いを。
「じゃあ何で親父は今こんなとこで燻ってるんだ」
 それを口にしたのは長男だった。
(あーあ……こりゃ相当腹に据えかねてるな)
 上層部に文句でも言ってやれといいたげだ。自分だってそうしたかった。
「大事な人を見捨てない。そう決めていた」
 子供達の表情は複雑だ。きっと自分もそうだろう。
 薄っぺらい夢だったのか、家族を思っていたのか。
 今となっては、どちらも満足に果たせていない気がする。
「母さんが無理矢理結婚させられそうって聞いて、俺は夢を捨てた。何を言われても返す言葉も無いが、一つだけ誓わせてくれ」
 既に話しに聞き入っていた双子はもとより距離を取っていた長男のコートの裾を掴んで自分の所へ抱き寄せる。
「何があってもお前達は見捨てない。例え国に喧嘩売る事になってもだ」
 心境を察してくれる長男と基本的に大人しい三男(単に一番圧迫されて声も出せない状況)はともかく、生意気盛りな次男はその間中恥ずかしがって必死にもがいていた。扉の向こうで男泣きする中年とほろりと来ている若人の事などもう意識に無い。
 もっとも、この後調子にのって「でも何時今生の別れになるかも解らないかもなあ」と言いながら川の字+1で寝ようと誘ったところ兄弟三人の見事な連携に撃墜されてしまったのだが。

1995.5.25

 翌朝は嘘のように晴れ渡っていたのは幸いだった。
「……ソル、大丈夫か?」
「頭がぼんやりする……」
 夕べの吹雪にやられたのか、風邪を引いてしまったソルを送るのには。
「帰ったら病院直行だな……」
 結局一台しかない車はサンズが乗って来てしまったため、妻がバイクで迎えにいくわけにも行かなくなった。
 ペーパードライバー同然の長男に任せるのは不安な気がしたがもうしょうがない。
 この地方において貴重な晴天の日差しが雪を溶かしきってくれることを祈るばかりだった。
「でもよう。いっそティルラちゃん呼んで運転させた方が良くねえか?」
「……んな恐ろしい事できるか」
「奥さん、ハンドル握ると人が変わるタイプなんですね……」
「いや常時あの調子だから恐いんだろう」
 好き放題言われながらも何処から調達してきたのかおみやげを長男に渡すときに、バルトが耳元で何事か囁いた。
 飛び退くサンズ。状況を把握しきれない他5名。
「夕べ言っただろう?」
 エンジンにキーを入れる。これ以上の見送りは辛くなりそうだと背を向けたバルトの耳に扉が蹴り開けられた音がした。振り向けば、次男と未だ意識朦朧としているだろう三男。
 目があったその瞬間に、これ以上なく整った敬礼を返して改めて車に乗り込んだ。
 坂道を駆け下りていく車。バルトは、そこから目を離せずにいた。
「隊……」
「やめとけ。今トドメ刺すと次いつ飛べるか解らなくなるぜ」

 何となく、しかし信じたくは無かった予感。誰も確信出来るはずがなかった。
 この時が本当に今生の別れになるなどと。