ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Stockung

1995.4.4

 オーシア軍が反攻を開始。国境沿いの侵略戦争を黙ってみているはずもなかったと言うことか。
「……こないだの話が的中しただけならまだしも煽りがこっちに来ましたね」
「向こうにしてみれば人ごとではなかろうが、便乗する連中が出ると厄介だぞ」
 何より気が滅入るのは今回の出撃が報復攻撃だと言うこと。
 国境に最も隣接した基地の爆撃。目標が民間施設でないだけまだマシとはバルトの言葉である。
「つーかよー。なんで爆撃まで俺らがしなきゃなんねーわけ?完璧に嫌がらせじゃねーの」
 先日の議論の的中に更に議論を重ねる偶数番号二人。
 奇数番号の対応は正に対極の極みであり愚痴をこぼし続けるエリクと改善されつつあるとはいえいつも通り無言のバルト。
「こちら空中管制機ノルトリヒター、各機、その無駄口をちょっとは隊長に分けてあげたら?」
「おー。今日の管制官は女か。前のおっちゃんどうしたよ?」
 極右政権にも良いところはある。能力があれば男女の差別は無い。
 裏を返せばそれだけ人手不足が深刻と言う事に他ならないのだが。
「一昨日事故ったわ。勝手よね、ちょっと前まで……と、前方に敵機、迎撃せよ」
「機数4……迎撃にしては少なくないですか?」
「こっちだって爆撃にしちゃ少ねえよ」
 キャノピー越しに手信号で「やれやれだぜ」と言うように手を振るエリクがクルトの横に付く。
「ま、哨戒中か何かだろう。アルバとゼファーは先に爆弾落としとけ。上は俺とリブラで押さえる」

『前方に敵機。機数4。どうやらこないだのお返しにおいでなすったらしい』
『4機?向こうさん何しに来たんだ?』
『さあ……ん?一機突っ込んで……!!』

 指示を出し、敵機が射程に収まってほんの数秒。
 最初の一機がキャノピーを打ち抜かれてよろめきながらゆっくりと、しかし確実に墜ちていく。
「相変わらず容赦の無い……」
「新入り、見とれて対空砲に散るなんてのは勘弁してくれよ」
 地上の砲台に照準を合わせようとしたとき、急に影が出来た。
 反射的に機体を捻ったのはこの数ヶ月で擦り込まれた防衛本能だった。
 次の瞬間、頭上を機銃の閃光が二つ横切る。
「うわ……危な……」
 すぐさま攻撃目標を空に向ける。命令違反かもしれないが撃ち落とされては元も子もない。
「リブラは援護に回れ!この隊長機、できる……!」

『ブービー、フォード、お前らは爆撃阻止に回れ。エンブレム無しのホーネット……キラービーが勝負を申し込んで来た』
『こないだ東の部隊壊滅させたんじゃなかったのか?』
『ソレがこっちにいるからおっかねえんだろうよ!』

「リブラ、FOX2!!」
「ゼファー投下!!助かります少佐!!」
 真後ろの敵機がオイゲンのミサイルを避けるお陰でクルトの後ろが空く。
 だがそのミサイルは敵機を捉える事無く地上のハンガーを一つ吹き飛ばすに留まった。
「手練れは隊長機だけでは無さそうだ」
 オイゲンのすぐ後ろからもう一本のミサイルが滑走路に突き刺さる。
「とんだ暴れ馬がいたもんだ!さっさと終わらせて帰……どわっ!」
 オイゲンの援護に飛ぼうとしたエリクのすぐ横を閃光と二つの機影が駆け抜けていく。
「どいつもこいつもご多忙なこって!」
 持ってきた爆弾を目に付くターゲットに向けて放り込むと、クルトの背後にぴったりと付いてくる一機に狙いを定めた。

『……ナメた真似してくれるぜ』
『おい、ブービー、生きてるか?』
『あー生きてる。ったく、飛んでもねえのが多いとは聞いていたけどよ……目の前で爆弾ばらまかれるってのは結構腹が立つな』
『はっは。向こうもだいぶやけっぱちだったな。被害はどうだ?』
『散々ってところだな。フォードは一応生きてるか。あのホーネット、キラービーって呼ばれてるんだってな。いきなり突っ込むなんて正気の沙汰じゃねえぜ』
『違うな』
『へ?』
『ああいうのを、切れ者と言うんだ』

「おーい。新入りー。大丈夫かー?」
「い、生きた心地がしませんでした……」
 結局交戦開始から9割方追いかけ回されていた。
 少しでも機体を軽く、その一方どうせならと投下した爆弾は地上にあったハンガーと予備機を破壊。
 任務こそ無事に終わったものの、その引き際は被弾したエリクを庇いつつと言う実に心臓に悪いものとなった。
「こちらノルトリヒター……お疲れさま。全員無事で何より。消防車の手配はいるかしら?」
 それは前線から距離を置いていた管制官も同様であり、その声色には気疲れの色が濃く出ていた。
「頼むよ。しかし連中運が良かったな。エリクが被弾していなかったらもう一機やっていただろ、隊長?」
「どうかな……ゼファー、そっちはどうだ?」
「お陰様で無傷ですけど……」
 いざ実戦になると自分の事で精一杯。クルトはこれが相変わらず直っていなかった。
 あの時脳裏を過ぎったのは今まで、そして今日も撃ち落として来た敵機達。
 自分もああなるのではと言う予感が常に脳裏にはこびりついている。
「しかし連中、もう二度と会いたくねーなー」
「無理だな」
「へ?」
「哨戒なら二機のペアだろう。連中、今日あの基地に着く予定だったんだろう」

 頼もしすぎる仲間というのも一つだけ問題がある。
 一週間程度とはいえ西へ東へ引きずり回されていながら、死を意識したのは初陣のあの時以来であった。
 焦燥感は未だに消えず、その時と同じく遠い空を仰いでいた。それでも、誰かに呼ばれる前にキャノピーを出る気力がまだ残っているあたりは成長していると言えなくもなかったろう。
 ちゃんと降りられるかは別として。
「え、あ、うわ……!」
「危ねっ!!」
 バランスを崩してあわや頭からコンクリートに突っ込むかと言うところ、うまい具合に一回転した所でエリクに受け止められるハメになった。
「ちょ……洒落になりませんよ……」
「そりゃこっちの台詞じゃい。な〜にが哀しくて野郎を姫だっこせにゃならんのだ」
 だったら下ろしてくれと言おうとしたとき、背後から聞こえてきたのは若い男の声。
「抱えているのがバルト隊長なら少しは絵になったのにな」
 エリクの肩越しに見て見ると軍服に身を包んだ青年がいた。
 最初に目に付いたのは補聴器、続いて青と緑と言うオッドアイが印象に残る。
「おう。ステファンじゃねーの。何やってんだお前」
「大尉、お知り合いですか?」
「お前知り合いも何も……って、いつまでお前を姫だっこせにゃなんねーんだよ」
「いだっ!!く〜……」
「へぇ。お前が今の四番機か。俺はステファン・ジークベルト。大尉だ。去年の今頃までお前のポジションにいた者だよ」
「クルト・アルニム。一応軍曹です。コールはゼファー。会えて光栄です。ステファン先輩……いてて」
 半ば地面に叩きつけられるような形で下ろされて痛む尻をさすりながらと言う何とも情けない自己紹介になった。
「先輩か……悪く無いな」
「で、お前何でここにいんのよ。情報部入ったって聞いたぜ。つか、その耳どうしたよ?」
「今日の管制官、新人だっただろう。前任者の事故に巻き込まれたのさ。ここにはレーヴェ中将の副官をさせてもらってるから付き……どうしたんすか大尉?」
「今……レーヴェつったか?」
 その声は何故か震えていた。顔を上げてみれば顔色も決して良いとは言えない。
 一体何事かと首を傾げるクルトとステファンに、エリクはただ一方を指さすに留まった。
 バルトと向き合うのは白髪豊かな老人。
 髭に埋もれそうな顔ではあったが、笑っているのは辛うじて解った。
「久しぶりだな。ローランド中佐?」
「お元気そうで何よりです。レーヴェ将軍?」
 バルトの方も笑ってはいる。笑ってはいるが、こめかみが不自然にひくついている。
 心なしか髪の毛が逆立っている用に見えるのは気のせいだっただろうか?
「隊長……なんかやったんすか?」
「なんかっつーか……」
「珍しいですねクラウス大尉が口ごもるなんて」
 少し視線を落とすと、レーヴェ将軍が何やら包みを抱えているのに気が付いた。
 抱えていると言ってもそのサイズ、片手では上半分を支えるのがやっと。
 青い帯のようなラインの先が蝶結びになっている所をみるとプレゼントの包みだろうか?
「まあ良かろう。ほれ、孫への土産だ。どうせすぐ反対側へ飛ばされるんだろう?」
「今時ぬいぐるみで喜ぶ十歳の男子が何処にいるかい。つーか浮き輪に書いてある中佐というのは新手の嫌がらせか?」
「おや、最近目が悪くなってきてな、気付かなかった。さて、ステファン戻るぞ」
「あ、はい!」
 バルトに包みを押しつけるとそのまま去っていく二人。
 去り際ステファンがバルトに敬礼を返して、隊長もそれに応えた。
 二人の姿が見えなくなったころになって、バルトが肩を落とした所でやっとエリクが声をかけた。
「お前ね……せっかくの親子の再会なんだからもうちょい和めよ」
「あのな、俺一応縁切ってんだぞ。つーかデイズ達に会わせてから一段と鬱陶しくなってきたよあいつも」
 それ以上バルトは何も言わなかったし、エリクも追求しようとはしなかった。
「縁って、ひょっとして……」
「ひょっとせんでも実父。あんにゃろ略奪婚のドタバタの時に親の七光りは御免だつって縁切ったのよ。チビ二人生まれたときなんかは大喧嘩だったんだが……50手前だしいい加減落ち着くわな」
「何というか、叩くと色々出てくる人で……あれ、てことはレーヴェ将軍おいくつですか?」
「よく考えてみろよ。バルトの親だぜ?」
 今の答えと搭乗員待機室のソファでふて寝するバルトを見て、この親子に何があったかは問うまいと心に決めるクルトであった。

1995.4.20

 戦線が各地で破られ始めている。当然の結果なのかもしれない。
 不安混じりに呟いた悪寒はことごとく的中しだしていた。
 静観していた周辺諸国はもとより、太平洋を隔てたユークトバニアまでもが参戦を表明した。
 戦後の旧独立国の権益目当てに群がるハイエナ……とは中央の報道だがあながち間違ってはいない。
 だがオーシア側の記事で解放戦争と呼ばれる事になるこの戦争。
 こちら側ではもはや殆どの者達がただの侵略であることに気が付いている。
 基地を挟んで前回とは真東の街に彼等はいた。未だ連合軍の手に落ちていない旧独立国の街。
 ずっと基地に閉じこもりっぱなしと言うわけではない。時には一時の休息を求めて街に行くこともある。
 もっとも、あのインカンブランスの基地がある場所で、彼等がそうしようとしたことがないのは、時間的な問題に加えてバルトの一存に寄るところが大きかった。
「やはり子供達には会わなかったのかね?」
「ああ……基地には来ないよう言ってあるし、毎回学校の屋上から見送ってくれる、それだけで十分さ」
 戦場となった街の手前の平原……一歩間違えば市街戦だった場所を、敵機の殆どを撃墜した男と友軍機を守り抜いた男の二人が見下ろしていた。
「しかしなんだ、久々に会ってみれば痩せたのはともかくとして……薄くなったよな、頭」
「君こそいい加減真っ白かと思えば顔が随分やつれてきたんじゃないか?」
 互いに数年ぶりの再会。お互いにすっかり老けていた。
 それは外見だけのようにも思える。だが、寄る年波は確実に心まで及んでいた。
「そりゃやつれもするさ。勝っても負けても、未来への光明も、貫くべき正義も見あたらないんじゃね。知ってるだろ、俺は国と戦争がしたくて軍人なったんじゃないってのは」
 遠目に見れば、年寄り二人が黄昏ているようにも見えただろう。
 スキだらけだと、そう思わせるのにはそれこそ充分であった。
「避けろ!!」
 高く鳴り響く銃声。一瞬前までバルトの座っていた芝生に小さな穴が黒い口を開ける。
 丘の影に隠れて銃を構える二人が次に聞いたのは、子供の呻き声だった。
 ポップスの方はバルトと顔を見合わせるつもりでいたが、その相手は安全確認もろくにしないまま飛び出していた。やれやれと溜息をつく。そんなだから、あんな揶揄が広まるのだと。
 そして、狙撃兵の正体と呻き声の主は一致していた。
 両腕を押さえ、額に脂汗を滲ませた10歳前後の少年。
 その横に転がっていた大口径の拳銃はバルトが愛用するそれと同じものだった。
「子供の細腕でデザートイーグルか……腕、大丈夫かい?」
 少年は応えない。ただ、その瞳は敵意と恐れとが入り交じったまま二人を見据えていた。
 恐らくはそれなりの心得があったのだろう。反動の殺し方を知っていた。
 最悪肩が割れてもおかしくなかったのだ。両腕の骨折で済んだのは幸運だったろう。
「これだけ綺麗に折れてりゃかえって楽だ。ちょっと痛いが、男なら我慢しろよ?」
 そして、少年が狙いを定めたのがバルト達だったということも、幸運に数えて良かった。
 ずれた骨を直す為に腕を握る息を飲む声が聞こえたが、気丈にも涙一つ見せる事は無かった。
「病院経由で家まで送るか……」
 その中継地点に少年の家があった。出迎えたのは、母親にしては若すぎる少女……恐らくは姉だった。
 やはり軍人二人に挟まれた状態で腕に添え木を当てられた弟が連れて来られては怯えるのが普通。
 事情説明してやると逆に頭を下げられてしまった。しかも弟の頭に拳骨というサービス付きで。
「骨折の原因は適当にでっち上げたほうがいいだろうね。今のご時世なら」
「悪徳将校に絡まれたとでも言っとけばいいか」
「そこを、親切な将校さんに助けられたと?」
 そしてこの少女もなかなかに言う。顔を見合わせて、いまだ不満げな弟を囲んで盛大に笑う。
 帰路に就くまでその空気を保っていたのは、バルトなりの気遣いであった。
 だから、その帰路に就いたとき、本音がぽろりと出てしまう。
「あの子達、多分戦災孤児だな……親の仇を討つつもりでいたんだろう」
「そう言うところは相変わらずだね。若獅子殿?」
 その人の良さと、突っ走る様、それをからかう意味で呼ばれた名だった。
「その呼び名はまだ有効なのか。いい加減恥ずかしいぞ」
「仕方あるまい。その気質が今でも変わっていないのだから」
 その言葉に、バルトは日の沈み欠けた空を見上げる。
「変わってないか……そうだな。俺も含めて、あそこは時間が止まってるよ。少なくとも若人を閉じこめるには酷過ぎる」
「そう言って、ステファン君も送り出したんだね」
「なんだ、会ってたのか。まあ、そう言うことだ。もっとも俺自身、あそこの平穏を変えたくないと思ってはいる。最近じゃ、時間を止めている最後の堰は自分かもしれないと思うようになってきてね」
 その言葉に、ポップスは僅かに辛辣を帯びた答えを返した。
「その自虐癖も変わらないね。君が墜ちるのは勝手だが、今墜ちれば、その若人も道連れになるぞ?」
「解ってるさ……お前はほんと言うようになった」
「そりゃそうさ。評判通りのやんちゃ小僧のうちに、君のところの双子に会ってみたいからね」
「会ったら後悔するかもしれんぞ?」
「はっはっは。それはそれで楽しみさ」