ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Krieg

1995.3.23

 この基地にやってきて三ヶ月と少し。
 明日には飛び立つ事になる。侵攻部隊の第一陣として。
 流石に不安を表に現さないベテランと違い、クルトは戦場に立つ前から浮き足立っている状態だった。
「始まってしまうんですね」
「びびってんのか新入り?」
「いえ、結局この部屋とは短い付き合いだったなと」
 訓練と幼子達に追われて整理の着いていない自室を思い、大きく溜息をつく。
 その溜息に同調するようにオイゲンが口を開く。
「平時には演習と称して公国領引きずり回されてる部隊だ。一週間後には間逆の基地の世話になってるかもしれん。ここを中継地点にしてな」
「そ、そうなんすか……」
 上からの嫌がらせで公国全土を引きずり回されることも珍しくない彼等は、戦争に引きずり出されることに動揺の気配もない。良いか悪いかは別として年長者の威厳を保つのには丁度良いものだった。
「つーか戦争準備だなんだで上がドタゴタしてたからな。うちの醍醐味の半分も味わえてねえのよお前」
 そこまで行ってエリクが呼吸を整え珍しく真顔で語り出す。
「戦争で、真っ先に割を食うのは他ならぬ子供達さ」
「それはバルトの持論だろうが」
「確かにあれ未経験で実戦&引き回しは割を食うと言えなくも無いな。ま、ある意味全員初陣みたいなもんだしそう堅くなるな。な?」
 オイゲンからエリクへの鮮やかなツッコミが終わるのを待って、まるで人ごとのようにクルトの肩を叩くバルト。結局部屋に帰るまで中年三人の会話のタネにされ続けるハメになっていたが、決して悪い気はしなかった。
「ああそうそう。クルト、お前はちょっと司令室まで来い」
「はい?」

1995.3.24

 出発は早朝、街までの距離を考えれば子供達の見送りなど期待できない時間のはずだった。
「ソル、デイズ。お前ら寝て無いだろ?」
 睡魔と格闘中の双子を連れてローランド家が揃い踏みするなんて誰が思っただろう。
「寝ないようにゲームやってた」
「……このテレビっ子め……」
 眠気混じりの子供達に、基地の本棚にあった絵本を託す。
 本来遊びに来たこの子達が退屈しないようにと演習先付近の街で買ってきた物だという。
 赤地に金色の文字で書かれた「姫君の青い鳩」。黒地に銀色の文字で書かれた「Knights of Razgriz」。
 自分達がいなくなれば読む者のいなくなる本を譲るのは合理主義から言えば当然であった。

 本音を言えば、他部隊の中継点になるここに戦争の先に起こった悲劇と戦争に対する皮肉を綴られた本があるとどんな言いがかりを付けられるか解らないからだったとクルトが知るのはもう数年先の話である。

「それにしても基地がら空きにして本当に良かったんでしょうか?」
「この先ハイエルラークの他に二つも基地があるんだぜ。いつ閉鎖されたっておかしくねえんだよ」
「ま、だからこそ厄介者を閉じこめるにはお誂え向きなわけだが」
「違うなオイゲン。どこぞの親バカがダダこねてるからだよ」
「むしろ使われない事を祈るばかりなんだけどな」
 少なくとも基地司令兼隊長機と言う時点でこの基地はまだ平和その物だったと言えなくも無かった。

 よれよれとした敬礼に見送られ向かう先はハイエルラーク。
 今も昔も、そして未来においても変わらぬ幾多の問題児と一握りのエース達を輩出してきた練習飛行場である。

「三ヶ月で戻ってくる事になるなんて思わなかった……」
 たかだか三ヶ月。開戦を明日に控えた基地に緊張感こそ漂うものの、その顔ぶれにさしたる変化はない。
「懐かしいな」
「大体30年ぶりだよな」
「さすがに色々と変わるものだな」
 そうかと思えばその背後で中年三人が真逆のコメントを呟いていたりもする。
 そうして基地に入った自分達を出迎えた30前後であろう男の胸には中佐の階級章が輝いている。
「昇進されたのですね、ブロイル少……中佐」
「まだ健在だったかねアルニム君」
 顔ぶれに変化の無い三ヶ月。自分を僻地送りにしてくれた男との再会でもあった。
 30年前と三ヶ月前の先輩にせめて挨拶をと思ってやって来た新米達もクルトがインカンブランスへ飛ばされた経緯を知っているのか、その現場を見るや否や不安と野次馬根性とでその場を見守る側に回る。
 最初の挨拶から1分ほどの沈黙。
 張りつめた空気を周囲が感じるのには十分だった。
「相変わらずお若いですね」
「笑えないが、君がジョークを言えるようになるとはな」
「ええ。みっちりしごかれてますから」
 再び張りつめる沈黙。一言一言がその間に練り上げた皮肉であり、言い返せなくなった方が負け。
 師弟の再会などではない。一人の女性を争った男と男の意地の張り合いである。
「幸先はどうかね。空士長殿」
 空士長。これが数年前であれば階級を引き合いにした皮肉はさぞ効果があっただろう。
「順調ですよ」
 出世を打ち切られた者達の集う基地にありながら、数年で二階級昇進した隊長。
 それに続き部下の一人も最近になって無事佐官に返り咲いている。
 操縦技術はともかく学歴に自信のあるクルトにとって、昇進に対する不安は無かった。
 そして何より……。
「申し遅れました。本日付けで、軍曹に昇進いたしました」
「では、師弟の再会もそこまでにしていただこうか」
 そうして言葉に詰まるブロイル。それを更に封じるようにバルトと入れ替わるクルト。
 助け船などではない。僻地送りの溜飲を、言葉を用いて下げたクルトの勝ちだった。
「どうも。ローランド大尉……いや今は中佐だったか?君は相変わらずのようだね」
「お互いに。最後にあったのは15年ほど前でしたね少……おっと、今はお互い中佐か」
 そのついでと言うべきか上官を黙らせたクルトへの褒美か、更に嫌味を重ねてトドメを差しにかかる。
 後ろでは「よくやった」「それでこそ男だ」とオイゲン、エリクに祝辞を受けるクルトの姿があった。

「あれ、でも隊長の方がブロイル中佐より年……」
「ああ。奴はバルトの年を知らない」
「大方自分より年下だとでも思ってんじゃねーの?」
 今展開されているのは厄介者対エリートではなく、若作り対決でしかないらしい。
 だとすれば外見年齢が似通っていてもブロイルより5歳ほど年上のバルトの勝ちなのだが。
「しましまあなんだ。この対決の為だけに昇進させるたバルトもやるもんだねえ」

1995.3.25

 戦争が始まった。開戦と同時に攻撃を行う事になるだろうと言うバルトの言葉が本当なら、今頃夫とその部下達は西の空で戦っているはずだ。彼に限って、そうは考えるものの、どちらの情報も皆無ではそれを裏付ける根拠も無かった。心配なのはあの年若いパイロットだ。子供好きな夫のこと、彼に何かあったらそれこそ動揺して戦いどころでは無くなるかもしれない。子供達との相性もいい。
 バルトの妻、ティルラ・ローランドには、誰一人欠けることなく戻ってくることを祈るしかできなかった。
「らしくないわね」
 センチメンタルに浸っていた思考を現実に切り替え、机の上の仕事を片付けようとしたとき、それを邪魔するように電話のベルが鳴る。これが仕事を終えて息を弾ませる夫のものだった彼らしいと笑うところなのだが、生憎と電話の先に出てきたのは息子のクラスの担当であった。
「またうちの子が何かしでかしたんでしょうか?」
 次男が悪ふざけをしたとかそう言う事ならまだ良い。
 これが三男絡みの問題となると厄介なことになるのだ。
「……ソル、一体何をやったの?」
 保健室に駆けつけて見れば腕に出来たいくつかの青あざを気にする三男と、その背後ではさっきまで泣いていたらしい少年達。そしてティルラの頭を悩ませるのはその周囲で息子の弁護をしてくれる少女達だった。
「ソル君は悪くないわよ。男子がよってたかってカミラを虐めるのが悪いのよ!」
 やはりかと溜息をつく。おもしろ半分に護身術のイロハを息子に教えたことを心底後悔するのは何度目であろうか。悪ふざけでと言うなら息子を叱り飛ばせば済む話だが弁護する人間が出てくるとどうにもこんがらがる。
 息子は悪くないと興奮気味に捲し立てる少女達の中、一人だけ静かに弁護しようとする娘がいた。
「お願い。ソル君を叱らないで。ソル君、誰も叩いてないよ」
 そんな健気な言葉が終わるとまたも……おそらく当事者ではないただの目撃者達が向こうは武器を使ってきただのと捲し立てる。
「……あれ、あんた殴ってないの?」
 頷く三男。なら一体誰が少年達を泣かせたのかと視線を巡らすと……挙手しているのは何と担任。
「え、えーと……先生?」
「非武装無抵抗の相手を一方的に攻撃したとあればここは教師として一喝せねばと思いまして」
 確かに腕こそ痣だらけだがそこ以外特に外傷が無いところを見ると全部防ぎきったようではある。
 この父親に似た三男の将来に関して一抹どころではない不安を覚えるティルラだった。
「ソル……いくら先に殴った方が悪いつったって無抵抗にも程があるわよ……」
 思えばバルトと最初に出会いも柄の悪い連中に絡まれた自分を助けに割って入った事だった。
 もはや血筋かと溜息をつく度にこの子は軍人にはするまいと思う。
 思いはすれどもはや諦めている自分に更に深い溜息をつく。
「ねえ、先に殴った方が悪いんだったら……この戦争は?」
「……さあ、どうなのかしらね」
 そしていつの世も、子供達の目は大人の弱さを鋭く見抜いている。

「はぁ……」
 生きて戻ってくることができた。こんなにもあっさりと。
 帰還して早々、後が仕えていないのを良いことにクルトはコックピットの中から澄み渡る空を仰いでいた。
(デブリーフィング……いかないと)
 だが足は動かない。人を殺した、人が死んだ。出撃してきた時より明らかに帰ってきた数は少ない。
 なのにさほどの恐怖を感じていない。戦争などまだ遠い国の事のように思っている。
 後ろを取り、レーダーロック、FOX2、一連の動作が酷く事務的で、自分の手が血に汚れた実感すらない。「新入りー、生きてるかー?」
「あ、はい、今行きます」
 エリクの声。そう、生き残ったのは自分の実力ではない。
 彼等に守られていたからに他ならない。それで恐怖を感じずに済んだ等甘え以外の何者でもない。
「お前も……流石に、実戦は応えたか?」
 エリクの声には疲労感が強く出ていた。だが彼の場合は気苦労の比重が大きいだろう。
 自分が生きているということはバルトの悪癖が存分に発揮されたと同義だと考えたからだ。
「あんなに……あっけなく墜ちるものなんですね」
「余裕か?」
 皮肉めいた反応に、クルトは静かに首を横に振った。
「自分も、落とされるときはああなのかなって……」
「だったら心配いらねえよ。最初に墜ちるとしたらアイツだ」
 そう言って指さした先にいたのはバルトだった。
 誰かと何かを話すでもなく、ただ遠くを見ながら隊の全員が揃うのを待っている。
「……隊長?」
「結局、交戦の報告を最後に今まで一言も口聞いてねえ」
 気付いていなかった。自分が生き残るのに必死で、指示がなかったことさえ覚えていなかった。
「最低っすね……自分」
「お前は、良くやった方だと思うがな」
 肩に乗せられた手が重い。
 その重みを引きずったままデブリーフィングを済ませ搭乗員待機室へ足を向ける。
 最初に目に入ったのは、ソファの上で眠りこけているバルトの姿だった。
 すぐ横でエリクのこめかみが引きつっているのが何となく解る。

 隊長を叩き起こそうとするエリクに、横でそれを眺めているだけのオイゲン。
 ドアの前でどう反応したらいいのか解らないクルト。それはバルトが薄目を開けて見た光景。
 どうやら自分の不安が杞憂に終わりそうな事を察すると、エリクに揺さぶられたまま彼の意識は微睡みに沈んでいった。

1995.4.1

 開戦から一週間足らず。ベルカ公国はかつての連邦諸国の大半を占領下に収めていた。
 数機の戦闘機で大群をうち破ったという新聞が街にばらまかれているのも見た。
 基地内に悲壮な空気は流れていない。帰らぬ友への追悼が終われば生き残ったことを喜び合う。
 もしあのままハイエルラークにいれば、周りに同年代のパイロットがいれば彼もそうだったのだろう。
「おい新入り……」
 47のバルト、50のオイゲンと共に今の現状を真面目に議論する20の若者。
 肉体派と頭脳派のバランスが崩れた煽りをもろに受けたエリクは一人遠巻きに三人を眺めていた。
「……おーい……」
 手には独自ルートで手に入れた敵国の新聞……オーシアタイムズがある。社会情勢に疎いわけでは無いが議論するというタイプであるはずもなく、本来割って入る隙間であるはずの新入りがこうもピッタリ収まってしまうと……。
「俺、拗ねていいか?」
 その時に三人全員が「いたの?」と言う顔でこっちを振り向くのがよけいにムカツク。
 中年二人が珍しく生き生きした目をしていたのはこの手の議論を交わせる若人がいたからぐらいにしか思っていなかった。いや、それも半分当たりではあるのだが。
「で、今の状況どうなのよ?」
「諸手をあげて喜べる状況じゃ無いみたいです」
 そうでなかったら熱心に議論を重ねたりはするまい。だがせっかく新入りが説明してくれるのであればそれなりに場を盛り上げるのが大人の礼儀だろうとエリクは考える。
「順調に勝ち続き。領土は広がるわ景気もちった上向いてるわだぜ?」
「その領土が問題なんです」
 恐らくは補給線が延びきる事への懸念が出るのだろう。
「本来の国土が狭い以上補給線が細くなるのは必至です。もう一つ、これが根本的な問題かもしれません」
 セオリー通りの懸念にさらにもう一つ。議論は嫌いだが若いのが頑張って説明するのを聞くのは悪くない。
 根本的とまで言うクルトの言葉に、興味が向いたのは確かだ。
「侵略に向いてない」
 これが頬杖でも付いていればバランスを崩すような返答なのだがそれは個人的感情だと言う前にバルトがまあ聞けと目で促す。それでも蚊帳の外に置かれていた鬱憤を晴らしたいのかつい口を滑らせる。
「向いてないってのは、誰が?」
「この国が。国土の問題もありますが少数精鋭でありながらこの戦線拡大は無理があります」
「なるほど。だがそれは空軍の話だ。地上部隊の方は十分な数が揃ってるはずだが?」
 その言葉に、クルトは目を伏せてから首を横に振る。明確な反論の材料がある証拠だ。
「彼等は、戦争が終わるまで帰れないのが前提です」
 場の空気が固まる。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
「向いていないと言うのはもう一つ」
「おーい……もう降参」
「いいから最後まで聞いてやれ」
 バルトやオイゲンにしてみればここからが面白いのだとでも言いたいのだろう。
 だがこちらも敵国が自分達に下した評価を早いところ教えてやりたくてうずうずしているというのに。
「今の時代が、侵略に向いて無い。最後に独立した部分だけを取り戻そうとしたって、戦争と言う形では周辺諸国が黙ってない。どんな理由を並べても」
「……だとしたらベルカは滅びるしか無かったってことか」
 前向きな答えは期待していなかった。だがここまで気が滅入る答えともなると手にした記事も何の意味を成さないような気がしてならない。大きな溜息一つ付くとそのままソファに体を埋めた。
「……当時の軍事支出押さえればまだなんとかなったんじゃね?」
 今までクルトに喋らせていたバルトのダメだしが更にネガティブ。
「アホかうちの政治家……」
「言ってはなんだがアホだな」
 オイゲンすらこれではこの国の先は真っ暗と言ったところか。
 おそらく気付いているのは自分達だけではあるまい。
 今こうして交わされている会話は予言ではない、的中率の高い憶測に過ぎない。
「戦局をひっくり返す超兵器か、化け物パイロットでもいれば、話は違うんですけどね」
「……化け物がいたって、御者が阿呆じゃどうしようもねえって」
 エリクの持ってきた記事を渡され三人とも確かにと納得する。
 その記事は自分達を含む数名のパイロットがその化け物に認定されている物だったのだから。

 この日の会話が海の向こうで、正に予言の如く的中する事を、エリクが知る事はない。

1995.4.2

 そして既に的中したものがある。出発直前のオイゲンが言った言葉だ。
「この基地……戻ってくるの四度目ですよね……」
「上の連中本気で俺ら戦場たらい回しにするつもりらしいな」
「まったくだ。とはいえ心配なのは……」
 三人の視線の先には、せっかく帰ってきたのに子供達に会う暇も無いと愚痴をこぼす隊長。
 一服の清涼剤にありつけないせいなのか基地に帰る度に遠い目で街を眺めている。
「……このご時世戻ってくる度に見送ってくれるんだからいいじゃないですか」
「殆どの部隊がここ中継ってなんだよぉ〜……」
 気が付けば基地司令としての役割も殆ど残って無かったりする。
 それに関してはいつもの事なのでもはや誰も口にしないのだが。
 四度目ともなると学校の屋上から自分達に敬礼を向ける二つの影を見つけるのにもすっかり慣れてしまっていた。バルトにはどっちにいるのが三男か次男かまで解るのだとか。
「今日はサンズも……」
「あれ、ティルラだ」

 一人増えてもそれが誰かを即答する当たりが家族愛。