ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Rand

1995.1.25

 きつい飛行訓練が終われば降り積もった新雪もシーツを張り替えたばかりのベッドも大差はない。
 訓練は厳しかったが、それが終わればこうして雪の上に寝そべるのを誰も咎めたりはしない。
 もっとも、長らくそうできるような環境では決してないのだが。
「二週間もったな」
「た、隊長!?」
 と、驚いて振り向くとサンズがニヤニヤ笑っているというのは良くある事。
「うう……未だに区別が付かない……」
 と、そっぽを向く。
「お兄ちゃんそうでもないよ?」
 と、聞こえた双子の片割れの声に振り返る。
 やっぱりいるのはニヤニヤしているサンズだけ。
「……ひょっとして暇だったりしますか?」
 流石に二週間ほぼ毎日こんな事が続けば嫌味混じりにこんな事を言い返してしまう。
 その返答はあまりに真面目なものだった。
「職場が干されちゃってるからね」
「職場?」
「これでも一応歌手なんだよ。ま、左翼な事務所の巻き添え食った形でこの様だけどね」
 その言葉に、退屈の理由を察する。極右政党が政権を握って以来、徐々に徐々に思想弾圧の話は広がっていた。真っ先に煽りを受けたのは左翼に与した組織だと言うことは知っている。
「……ごめん」
「ったく、律儀な奴だな。まだ若いうちにまともな職につけって言われればそうする気でいるんだが、どっちも言い出さないからなあ。普通夢だけじゃ食えないーとか、生活できなくなったらーとか五月蠅くな……」
「FOX2ーっ!」
「ぶわっ」
 サンズの顔面に炸裂する雪玉。続いて……。
「FOX4ーっ」
「げふっ」
 突撃をかましてくるソルを受け止めきれずクルトと並んで新雪に体を埋めるハメに。
「奇襲成功〜RTB!」
「……空軍基地で冗談でもFOX4なんて使うなよ」
 訓練こそ厳しいが、退屈という言葉とは良い意味で無縁な場所ではある。
「おーし双子部隊デブリーフィング始めるぞー今度は地上基地も制圧しとけー」
「年幾つだ親父共ーっ!!!!」
「地上基地って……僕ですか?」
 この後、双子部隊VS二十歳部隊のバトルが暫くエンドレスで続くのだがキリがないのでここで日にちを進めようと思う。

1995.2.11

 インカンブランス古参メンバーが揃う搭乗員待機室。腕を組んで壁にもたれていたエリクが口を開く。
「あれから一ヶ月……今回は遅いな」
「状況が状況だ。新人潰しなどやってる状況ではないと言うことだろう」
 答えを返したのはオイゲン。
「ま、これでアイツが長く居着いてくれるようになればこっちとしちゃ願ったり叶ったりなんだが」
「まあ、一人それを歓迎できないのもいるがな」
 二人の視線の先でバルトは新聞に目を通していたが、二人の会話に気付くとふてくされたように肘を着いた。
「その手の話題には、相変わらず抵抗があるな」
 乗り気でないバルトに軽く溜息をつく二人。そしてまた新聞に視線を落とす。
「バルト、お前も変なところで生真面目だよな。ま、俺としちゃ悪癖が出なけりゃなんでもいいけどよ」
「そう言えば、何か面白い記事でも載ってるのか?」
「いや……最近事故が増えたと思って。さて、そろそろ行こうか」
 今日もいつものように訓練飛行に向かう。
 ここ最近の世情を反映してか哨戒と言う焦臭い目的も兼ねた飛行だが。

 飛行中は気が抜けない。いつ前を飛ぶ三機が散開して自分を追い回しにかかるか解らないからだ。
「隊長、一つ伺っても宜しいですか?」
「何だゼファー?」
「新人追い回すの、いつ頃からやってるんですか?」
 いくら何でもフェアじゃないと不満を述べているように捉えられないよう言葉を選ぼうとしたが、結局思いつかずストレートな問いになる。幸いと言うべきか、不満であろうと何だろうと彼等には関係ないようだったが。
「昔は新入りのチームとベテランとで競わせていたらしい。今は現状がこうだからな」
「最後に複数でやって来たのが隊長とクラウスだよ。それ以来二人以上同時に来た試しがない」
「で、お前落とされたのよな」
 ここで咳払いを返すオイゲン。それ以上虐めるなと笑い飛ばす隊長機。
 こうして話を振るのはいわゆる新人いじめに対するクルトなりの対策だった。
 会話が途絶えた辺りから辛うじてその開始に間に合わせようとレーダーと前方に目を光らせる。
 そのレーダーの隅に友軍機の反応があるのに気が付いた。
「隊長」
「なんだなんだ。今日はまだ会話のタネがあんのか?」
「レーダーに反応。ここは哨戒範囲重なっていないはずですが」
 隅にあったと思った反応は既に5機の編隊に代わっていた。
 ダイヤモンドで飛行しているはずだが、うち一機が少し前に出ているのが解るほどの距離。
「なぁーるほどね。だからここ一月静かだったのか。ゼファー、俺の後ろにつけ」
「隊長?」
「ぼさっとすんな!一人落ちたら全員の給料飛んぢまうんだからよ!!」
「んなのアリですか!?」
「初日に言ったろう。刑務所みたいなものだとな」
 流刑地が流刑地たる所以に納得する暇も無く2機がクルトに矛先を向ける。
「訓練通り行け。2秒ロックされたらアウトだ」
「普通3じゃ……」
「がっはっは。厄介者相手にフェアプレイする必要ねーってこった」
「各機散開!ゼファー、落とされなければそれでいいからな!!」
「りょ、了解!!」
 各機目の前の機に全速で食いついていく。だがそれと同時に耳障りな音が響いて反射的に旋回する。
 一度途絶えた警報はすぐに鳴り始める。旋回と上昇下降を繰り返す。
 何とか相手をオーバーシュートさせて安心しようものなら再び警報が鳴り始める。
 落とされたときのことを考えれば限界ギリギリのGがかかることに躊躇いはなかった。
「何か僕ばっか……!」
「カットされた給与の行き先考えて見ろ。誰を落としても同額だ」
「……なんか腹立ってきました」
 急反転して一機をレーダーに捉える。
 捉えるはずだった。その機は一瞬にして自分の視界から消えてしまう。
 背後を取られたと気付く前にそのパイロットの老獪な笑い声が響いてきた。
「はっはっは。バルト、今回の子は威勢がいいな」
「お前いつから弱い物いじめが趣味になったよ。え?少佐」
「売られた喧嘩を買ったまでなんだが、そう簡単にはいかないようだね」
 その言葉の間に、クルトと少佐の間にバルトが割り込む。
 少佐はバルトに標的を変え、二人はそのまま彼から距離を取っていく。
「え、あれ、隊長?」
「運が良かったな新入り。今日のは上客だ。給与云々の話は無し」
「説明してやる。こっちに来い」
 既に4機はエリクとオイゲンの手によって撃墜判定を貰い、戦闘機動を辞めていた。
 彼等曰く、良い囮だったそうな。
「お前、また太ったんじゃねえの?」
「君こそヘルメットの下はどうなっているのかね?」
 聞こえてくるのは気さくな会話。
 呆けるクルト。その視界を鳳のペイントがなされた機体が横切る。
 もっとも、彼がそれを認識する前にその機体は空に描かれる飛行機雲の先端に変わってしまっていたが。
「あの……」
「あいつはな、バルトの近所に住んでたチビ。つっても、かれこれ40年ぐらいの付き合いになるな」
「今ではエース部隊のトップらしいがね」
 それまですぐ横に並んでいた来客からも声がかかる。
「鳳のエンブレム、見てなかったのか新入り」
「え……あっ!!」
 後に凶鳥と呼ばれるようになるそれ。
 7つの翼が見守る先で二つの飛行機雲は互いに回り込み合い複雑なループを描いていく。
「ったく軍隊入って太る奴なんて聞いたこと無いぞ」
「君に到ってはそれ以前の問題児だと思うがね」
 その光景と裏腹な会話に、勉強したいなら無線はオフにしておけとオイゲンが言う。
「よく見ておけ。黒い鳳と若獅子の空戦。滅多にお目にかかれねえもんだ」
 片やベルカ空軍1のパイロット。片やベルカ空軍1の問題児。
 気さくな会話をBGMに幾重にも鋭い飛行機雲が描かれていく。
 その光景に呆けながら、ぽつりと疑問の言葉を呟いた。
「でも何でそんなパイロットがここに……?」
 それが終了の合図になってしまった。
 思わずのしかかる無言の圧力につい詫びの言葉を述べてしまうクルト。
「余り言いたくないがな」
「本当におっ始めるつもりなんだろ、国はよ」
 前線に近い基地にエースパイロットが向かう。
 その意味は、平和の終わりが近いことを告げていた。
「で、ポップス。からかいに来ただけじゃないんだろう」
「ああ。中央からお呼びがかかってるよ。基地司令官兼インカンブランス隊長さんにね。重要伝達だそうだ」
 どうせろくな事ではないんだろうに。
 そう呟くと三人に帰還を命じ、後の凶鳥と殺人蜂が翼を並べて去っていく。

「ったく、今日は幸運の大安売りかよ」
 地に足をつけて最初に口を開いたのはエリクだった。
「奇襲は打ち切りになるわバルトはとっとと向こう行っちまうわよー」
「クラウス大尉、今彼は中央だ」
 オイゲンが咎めようとするがそれすらも効果はないように見えた。
 幾分この基地に慣れてきたクルトだが、時折始まる先輩方の昔語りに首を突っ込むことは出来ない。
「解ってらい!だがな、バルトの悪癖が抜けない以上、新入りにゃとっとと一人前以上になってもらわにゃ困るんだよ!!」
 そう吐き捨てるとさっさと基地の中へ行ってしまうエリク。
 彼の言う飛び方が、自分とポップスと呼ばれた少佐の間に割って入った時の物だと気付くのに数秒を要した。クルトの顔が自分の未熟を責めた顔に見えたのか、オイゲンが気遣うように言う。
「確かに今日は幸運の大安売りらしい。本人を前にしてみろ、子供が泣いて逃げ出す」
「……僕の未熟のせいですか?」
 オイゲンは少し悩んだが、すぐさま嘘は為にならないと結論付け、怯えぬよう、本当に気を遣うように言う。
「半分は。もう半分がバルトの悪癖であり若獅子の所以でもあるわけだが……私も良く知らんのだ」
「え?」
「二人が最初に来た日、私とクラウスの間にやはりバルトが割って入った。突然目の前に出てきた機に対応しきれず、私は反転してきたクラウスに撃墜判定を貰った。その後……」
「口論……ですか?」
 その言葉に、それなら単純なのだがとオイゲンは首を振る。
「いや、クラウスが一方的に怒鳴っているだけだったらしい。私は私で当時の隊長から落ちたらどうするつもりだとどやされていたからな」
 一ヶ月の新人と、20年を超える彼の間にあるのは何も技量の壁だけではないらしい。
「つまり、あの人の手を煩わせないだけの腕を要求すると?」
「出来るか?」
 だが、新人には若さという力がある。
「そうでなければ、彼女に顔向け出来ません!」
 顔を上げ、真っ直ぐに前を見て敬礼を返すその顔からオイゲンがそれを感じ取るには十分だった。
 また別な物を感じ取るにも十分だったが。
「はっはっは!!女のために身を持ち崩して女のためにエースになるか。悪くない。昔のバルトそっくりだ」
 そんな豪快に笑ってしまったばかりにそのバルトの息子三人から怯えられ、あまつさえクルトにまで呆然とされ、帰ってきたバルトが拗ねたオイゲンに手こずらされたエリクの八つ当たりを受けるのはまた別な話。

1995.2.12

「んでだバルト、中央はなんつって来たのよ」
「……機体点検と新型を配備すると言って来た」
 普通なら喜ぶ所である。
「実質的な戦争準備、そして、前線行き決定か」
 ここが厄介者と称される基地でなければ。
「まだ猶予はあるだろうが……恐らくはそうだろう」
 今が不安定な情勢で無ければ。

1995.2.20

「そう言えば、隊長の機体、ホーネットですよね。何で艦載機がここに?」
「バルトはここに来る前……まだベルカ連邦が海まで届いていた頃だな。沿岸の基地にいたんだ」
 やって来たばかりの新型器。まだ曇りのない機体に負けぬ程曇りのない目を輝かせる子供達。
 その度に父親から指紋を付けるなよと笑って機体から引き離される。
「……あの子達、ここ最近毎日来ますね」
「ああ……解っているのかも、知れないな」
 オイゲンは言う。エリクがあの日あんなに怒りを露わにした理由の一つが彼等なのだと。
「隊長が心配なんですね」
「いや、あの子達だよ」
 既に子供らはこの基地の家族も同然であり、それ故に、父を失って悲しむ様など見たくないとエリクが言う。
「なのに当のバルトはああだからな。お前は新型機テストのついでにみっちり鍛えてやるから覚悟しておけ」
「了解しました」
「クラウスに到っては唯一の独り身だからな、我が子も同然なんだろう」
「バツイチが偉そうに言ってんじゃねえ」
 そして自分で振った話のカウンターを受けて凹みそうになるオイゲン。
「ホント叩けば叩くほど埃が出るよなおっさん達……」
 その話をさっきからずっと聞いていた長男のサンズ。
 それに驚いて散り散りになる軍人三人。
「サ、サンズさん!いるならいるって……あーもう心臓が飛び出すかと思ったよ」
「おいおい。戦場に行く奴がそれでどうするんだよ」
 軽く言われたことに一瞬はむっとしたものの、それが質の悪い冗談であることは、サンズ本人が重々承知していた。
「ったく、同じ二十歳で片や命を懸けてるって言うのに、俺は一体何してるんだろうなー」
「何言ってるんですか。あの子達がああやって父親と遊べるように、留守を守ってくれなきゃ」
「じゃあ、親父の方は任せるか」
「ええ。開戦には間に合わせますよ。絶対に」

 運命のレールは、最後の分岐点を通り過ぎようとしていた。