ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Blume

2009.7.8

 花を捧げる。

 星の落ちた大地に、両手一杯の花を捧げる。

 砂漠に抉られた巨大なクレーター。本来で有れば砂に埋もれてしまうはずのそれの場所がいまだ正確にわかるのはかつてそこに人の営みがあったゆえなのか、それとも、その中心に沸き立つ泉によるものなのかは解らない。
 その泉によって命が育まれる砂漠の大地に吹く風に乗せて白い花が舞い上がっていく。
「すいませんサンズさん、わざわざ付き合って貰って」
「いや、いいよ。それに……」
 流石にこれで家族を失った人間相手に、見てみたかったとは言えなかった。
 ユリシーズによって抉られたクレーター。
 それを見てみたいと思ったのは……僅かでも、あの頃の傷跡と、向き合おうとしていたからなのだろうか。
 ここのは砂が風に流され中央の泉と僅かな窪みのみで正直殆ど原型を止めていない。
 そして思う。未だ命を育み続けるここは、あの大地とは違うのだと。

 今から四年前。ユージア大陸全土を一年以上に渡って巻き込んだ戦争の後、立て続けに四人の家族が増える事となった。
 妻と、その妹と、その彼氏、そしてその翌年生まれた娘と。
 自分が投げた花を皮切りに周囲から投げられた花びらを眺める青年。
 誰かが演出しているわけでもないのに周囲を花びらが舞っている。
−きっと彼は愛されていたんだよ。空の神様に−
 少し前に彼を、ユリシーズ戦争を終結へ導いたパイロットをそう称した言葉にも納得が行く。
「君のお父さんも愛されていたんだね」
「だといいんだけど」
「……へ?」
「止む追えんで6歳乗せて戦闘空域に飛び込んで、何となくで12に操縦桿握らせる男だったからさ」
 その言葉に大きく溜息をついて、恐らく風に乗って彼の手に飛び込んだのであろう花を再び投げる。
 世の中上には上が居る。そんなことを考えていた。
 生まれついて空で生きることを決定づけられていたような彼。
 彼の話に目を輝かせていた弟達だったが、きっと超えられない壁がある。
 そんなことを考えていた。

 炎天下の元、晴れ渡った青空を見上げる。今日は彼の父の十周忌のフライト。
 青いキャンパスに描かれた白い筋はもう風に掠れ、変わりに白い点描がまばらに舞っている。
 真下からみたその軌跡に、いつか旅客機の窓から見た軌道の面影を見つけようとした。
 それが出来なかったと痛感したとき、戦争は人を変えてしまう、そんな言葉が胸を軽く刺した。
「……」
 同時に、何かが脳裏を過ぎる。晴天の下、ふらりと現れて空を舞った銀色の翼。
 彼は言った。12で操縦桿を握らされたと。
 本当に大丈夫なのかと躊躇いがちに飛ぶ息子と、大丈夫だと笑い飛ばす父親。
 そして……それを見上げる自分達。
 そんな良くできた話がと首を振っても、そのイメージはもう脳裏を離れなかった。
「サンズさん」
「えっ……あ、なんだい?」
 ふと呼ばれて見れば、肩の方に手をやる彼の姿。そこはちょうど、自分の肩の傷がある場所だ。
 砂漠の熱気でかいた汗のためにワイシャツが透けてしまっていたらしい。
「うん。ちょっとした、名誉の負傷って奴だね」
 そして青年の答えを待たずに、彼の仲間達の到着の声が響く。
 すれ違いざまに、彼が言った言葉を聞き逃すことはなかった。
「場所が場所だから、翼の跡かと思ったよ」
 そう言って駆け抜ける彼。
「ひーちゃん!!」
 無意識のうちに振り向いて、その言葉を投げかけていた。
「ありがとう」
 疑問符を浮かべる彼に早く行けと促し、サンズは再び空を仰いだ。

 彼の与えてくれた希望が、また新たな希望を開く事になるのは、ほんの少しだけ先の話。

 風に乗ってやってきた花を捧げる。

 命を抱く大地に、ただ一輪の花を捧げる。

2010.6.6

 花を捧げる。

 死せる大地へ、その先の故郷へと花を捧げる。

「本当になんにもなくなっちゃってるな」
「うん……」
 あの戦争から、あの日から15年が経った日、双子はそこを訪れていた。
 止まぬ雪と晴れぬ空に囲まれた、ノルト・ベルカへの門を見下ろすその場所に。
 ここからでもまだ届かぬ、故郷に届かんばかりに目一杯の力を込めて花を投げる。
「たっく、15年経ってもこれかー……辛気くせったらありゃしねえ」
 その辛気くさい場所に行こうと言ったのは何処の誰なんだか。
 そう溜息をつく弟を余所に兄はさらに続ける。
「ほんと……何にも変わってないよなあ
 ふと視線を横に向ければ、遙か向こうにはシュティーア城がかつてと変わらぬ姿で佇んでいる。
「覚えてるか?遠足であそこ行って、お前だけおいてけぼりくらったの」
「……あったっけ?」
「おい、お前あの時幽霊見たって死ぬほど泣きまくってカミラにまで世話やかれてたじゃねえか」
 そこまで言われて、本気で思い出せないのか必死に記憶を辿る弟。
 だがどこかでそれが途絶えてしまったのか、視線をクレーターに落として目を伏せた。
「……あんまりよく思い出せないや」
「おいおいマジか……俺くっきりはっきり覚えてるんですけどー?」
 そうなの?と驚いたような顔をする弟に対して、もう忘れちまったの?と言う顔の兄。
 幼すぎたにしても薄れすぎた記憶、思い出としても焼き付きすぎている記憶。

 正常、普通、そんな言葉は個性の一言の前には意味を成さぬと否定して、足下に咲く花をつまみ上げる。
 冬の大地に吹き荒む風が綿毛を飛ばしていく。
 まだ種の残るそれをその大地に投げ入れた。
「思い出の跡地に思い出を捨てる。悪か無ぇな」
 死せる大地。時折奇形動物や植物の見られるその場所。
 それでもまだ、この大地は生きようとしている。
「来年はみんなで来ような」
 サンド島に着任から一年。やっと取れた休暇ではあったが、母は体調が悪化するし、姪っ子も風邪を引くしで、長男も仕事が入ってしまったために二人きりで訪れるハメになってしまった。
 去年の今頃辺りから優れなかった母の体調。今では病院のベッドの上だ。
 それでもここに来る前に見舞いに行ったら、二人同時に離れて何かあったらどうする気だと一喝する姿を思えばまだまだ大丈夫そうではある。
「親父の墓参りもかねてさ」
「!!」
「あ、おい、そっぽ向いてんじゃねぇ!」
 長兄が口を開く前には、もう父が自殺した事実は兄の知る所となっていた。
 それ以来、父の死に関する話を長兄はタブーにしていたらしい。
 自分のコールサインを話したとき、露骨に困った顔をしていたのをまだ覚えている。
「お前ねえ……俺達再来週で25だぜ?いい加減大人になろうや」
 先ほどまでしんみりしていた顔が一転、ふてくされた子供の表情になってしまう弟。
 成長期に入って背丈はあっという間に自分も長兄も追い越しているのに不自然じゃないのが逆におかしい。
(これじゃどっちが兄なんだか解りゃしねえ)
 最近では長兄と次男が双子と間違える者までいるのにと溜息をつく。
「兄さんに言われたくない」
「何言ってる。大人になろうとしてるよ、俺だって」
「?」

 もっとも長兄に言わせれば無理に大人ぶる三男も未だに大人気ない次男もどっちも子供。

「その為にも、今年こそナガセちゃんを落とさねば!」
「……」
 今年は冷夏。それを差し引いても凍る空気。
「だからそれが違うっつってんだろーがーっ!!」
 一拍の間を置いて入る弟の蹴り。
「ぎゃー!待てー!!ここから突き落とすの本気でやべーから待てーっ!!」
「思い出と一緒に逝ってしまへー!!」

 年甲斐もなくどつきあう子供を余所に、天からは白い雪が舞い降りていた。

 花を捧げる。

 生きようと足掻く大地へ、幾千の白い花を捧げる。

2011.1.9

 花を捧げる。

 炎のように生きた人へ、ただ一輪の花を捧げる。

「あの頃が20世紀でほんとに良かったと思う」
 戦没者達の墓石が並ぶ場所に、一際沢山の花が供えられている場所があった。
「もう半世紀前だとそれこそ墓も建てられなかったでしょうしね……」
 ステファンとクルト……そしてもう一人彼の部下が。三人が彼を訪ねたのは、再び繰り返されそうになってしまった自分達の不手際の詫びと、それが無事に終わったこと、彼の息子の一人が逝ったこと、もう一人が英雄として生き延びたこと。
 そして、自分達の役目が終わる日も近いと言うこと。
 その他諸々を伝える為であった。
「で、なーんでそんにゃろも一緒に来てんだよ?」
「いや、何か昔隊長の世話になったって……」
 その若者の手には拳銃が握られている。
 かつて彼が愛用していたそれと同じ物だ。
「弔砲代わりに、一発いいっすか?」
「……その為だけにわざわざ来たとか?」
「そうですよ」
「は?」
「ガキの頃これ撃とうとしてヘマした現場にあの人がいたんで、ちゃんと撃てるようになりましたってね」

 冷え切った空気を揺らす、高らかと響く弔砲。

 その余韻を感じながら、ステファンはクルト達に来客を迎えに行くよう指示した。
 多少訝しげる彼等ではあったが、そこは半ば強引に。
「あ、でもあとあの子にも……」
「それは俺がやっとくからお前等とっとと行けや」
 そんな二人の後ろ姿を見ながら大きく溜息をつく。
 一番機は彼の最後の部下、二番機は彼の部下の娘、三番機は戦地で出会った子供、四番機は彼の子供達の友人だった。
 とんだ腐れ縁部隊になってしまったもんだ。
 そこまで呟いて、ステファンは一人墓前に膝を付いた。
 前もって詫びておかねばならない。
 彼が子供達には伝えたくなかった話を、伏せたかった話を、余すことなく伝えることを。
 ひょっとしたら歴史の闇に眠らせておきたかったかもしれないそれを、全て伝えることを。

 そんな祈りを捧げる彼の耳……正確には補聴器が紙の擦れる音を捉えた。
 見上げた先には墓参りに来たであろう男が花束を抱えて立っている。
「ああ、すまない」
「いえ、あまりに熱心に祈っていたのでつい」
 そして彼が花を捧げるその横で、墓石に刻まれた小さな文字に添えるように、小さな花を捧げた。
「あれ……ディア……?」
「はは。秘密ですよ。あの人の……最後の子供なんです。あ、行っておきますけど母親は歴とした正妻ですからそこのところよろしく」
「私も、一輪いいですか?」
「ええ、是非」

 花を捧げる。

 生まれる事の出来なかった命へ、ただ一輪の花を捧げる。

2011.1.11

 花を捧げる。

 思い出の眠る場所に、一束の花を捧げる。

 クルトは車窓の中からその景色を見下ろしていた。
 思えば16年前。この道を通って自分は彼等に会いに行った。
 ……その日は何日だっただろう。1月という事は覚えているのに、肝心の日付が思い出せない。
 バスに揺られて眺めていた景色。その時はただ通り過ぎるだけだった景色。
 今はそこに足を止め、その景色の先には今、一組の男女が居る。

 彼の息子と、その二番機だ

「凄い人だったのね、あなたのお父さん」
 私達は今、ノルト・ベルカにいる。
 歪んだ愛国精神故に先の戦争を引き起こした者達は、結局その祖国からも否定され、私達にとって、ここが最も安全な場所となってしまったのは、皮肉と言うほか無い。

「大丈夫ですか、ステファン議員?」
 全部話しきった彼は、長い旅を終えた後のようにソファに沈み込んだ。
 彼がかつて、国の体勢を脅かすほどの復讐心に支えられた野心を抱いていたこと。
 その根底に、彼が撃った一発の銃弾によって人質の半数が死亡した事件がある事。
 彼が死を選んだのは、自分を守ろうとしたからだったかも知れないと言うこと。
「……ああ。つっても、俺一人で空回りしてた気分だよ」
 解っていた。怒りも侮蔑もなく、ただ一言「そうだったんですね」で、済まされる事ぐらいは。
 予想外だったのは、その後に「良かった……」と、呟かれた事だろうか。
「カミラ、お前こそ大丈夫なのか?」

 ジークベルト議員の話を私も聞いた。
 その話を聞き終えて部屋を出たとき、彼は私にだけぽつりと言ってくれた。
「父さんの自殺を知ったとき、なんで置いて逝ったんだって思っていた。でも、そうじゃなかったんだな」
 もっとも、その数日前、ここへ来る道のりの途中、南ベルカで見つけた廃屋の前で彼は言った。父の自殺を知ったとき、壊れそうなほど泣いた。あの日泣けなかったと言う事実を何時から自分は父への憎しみに差し替えていたのだろうと。

 今、ステファンの傍らにはパイロットスーツの替わりに士官服を着た女性中尉が立っている。
「良いのかイェーガー中尉。オーシアに行ったら、当分会えなくなるぞ?」
「良いんです。今会ったら、きっと泣いてしまいますから」
 会わずとも、もう目は潤んでいる。
 そうやってその目を凝視していたら、そこから滴がこぼれ落ちるのはすぐだった。
「今会わずにいたら、あいつの中でお前はずっと死んだままだ。それでもいいのか?」
「そうじゃないんです……デイズ君の事で泣いちゃったら、きっとソル君悲しむから、ソル君が今までで一番大変な思いをしてきたと思うから、だから今はまだ会っちゃ駄目なんです。もっと、落ち着いたら、それから……」
「そう……か」
 本当なら、こんな悲しみを残さないようにするのが望みだったんだけどなあ……。

「滑稽な話だよな。自分で勝手に植え付けた憎しみを克服したって……なあ?」
「もう、ジークベルト議員も言ってたじゃない。自虐癖は何とかならなかったのかって」
「……まずいか?」
「かなり」
 ほんと、どうにかならないのかしらこの人。
 二の轍を踏むな。彼のお父さんには申し訳ないことだけど、ソレばかりはきっと叶わないでしょうね。第一が父親に反抗して空軍入りっていう時点で。
 でも、彼は生き残った。
 ……クルトさんに女性の選択云々言われたときはぶん殴ってやろうかと思ったけど。

 カミラと入れ替わりに入ってきた人物はオーシアの大統領であり、あの再会以来の個人的な友人でもあった。
「どうもお久しぶり。演説、拝聴させて貰ったよ。年甲斐もなくホロリときた」
「はは、光栄だよ。それにしても、これのお陰で助かったよ」
 そう言うと彼はネクタイの中を裂いて一枚の紙切れを取り出す。
「……おっちゃんおっちゃん、それはコピー禁止つってなかったけ?」
「ああ。だから君が5分だけ見せてくれたのを覚えている分だけ。それに君が絶対に文字に残すなと言った名前は記憶に刻みつけていたからね」
 笑う大統領、凹む一議員。
「古城でとっ捕まえた奴の一人が胃を煩ってたわけだ……何処まで俺の予想斜め上いきますかあんたは」
 等とテーブルの上に伏せつつも、ステファンの口元には笑みがあった。
 今日こそこの食えないおっさんに一杯食わせてやろうと決めていた。

「今なら何となく解るよ。あの人は……最期一人だったんだ。きっと、若い頃も」
「ソル……」
「チョッパーが逝った時、一人で偵察に飛んだとき、いや、この戦いの中で、ずっと一人戦ってる気でいたら俺も二の鉄を踏んでいたと思う。だから、何となく解るんだ。母さんに会って、一切の野心を捨ててしまったのも」
「そう……でも、あなたはまだ戦う気でいるのね」
 彼は、部屋を出るときあのリストの末尾に自分の……と言っても、ジークベルト議員が用意してくれた偽装戸籍の……名前を書いた。「Solen=
Loewe」と。彼の父が一度捨てた家の名を。
「俺は一人じゃないし、羽を休める場所もちゃんとある。あの人みたく疲れ切ってそのまま寝込む事は無いさ」
 私や彼のお兄さんの気苦労はまだまだ続きそうだ。

「で……どーよ。そのリストの創設者に会った気分は」
「……え?」
 してやったり。突っ伏した姿勢のまま勝利の笑みが浮かぶ。
「創設者はあいつの父親なんだなこれが。ついでに、こめかみの横にあんなのできちまってるからよけいそっくり」
「なるほど。どのみち、私は彼等に助けられる運命だったわけだ。そして……このリストの最後の加入者が……」
「ええ。本当は、入れちゃいけなかったはずなんですが、彼等の世代で蹴りはつきそうですし」
 そう言って握手を交わす。
「それにしても、彼等の籍をそちらで用意してくれていたとは思わなかった」
「本当は、いつでも戻ってこれるようにしたかったんだけど、思わぬ使い道になっちまいしたね。さ、まだ話はあるんでしょう。政治家らしい、小難しい話がね」

「みんな子供達にはって言いながら、結局その子供に苦労をかけてしまうものなのかな?」
「何今から気弱なこと言ってるの」
 暫くはここにいる。でも、いつかは彼の家族の所に帰る。それだけが、唯一確かな決定事項。
 彼が気に病んでいるのは、姪の事なのだろう。デイズに良く懐いていた彼女はやっぱり彼だけ帰ってきたらショックを受けるんだろか?
 そして哀しいことに、そんな事例が決して稀ではない。
「それも……うん。そうだな」
 だけど、ヘルメット外したときにこめかみの横に白髪作る程恐いと思ったことを実行してのけた人が言う台詞じゃないわね。
「さ、行きましょう。白髪混じりの若獅子さん」

 花を捧げる。

 あの日流せなかった涙の代わりに、祈りと言う名の花を捧げる。