ACE COMBAT 5
The Unsung War
~15 years ago in Belka~

白髪混じりの若獅子

Zukunft

1995.8.16

 生活が落ち着き始めて最初にやったことは職探しだった。
 芸能活動でも良かったが、オーシア政府の援助で生きている現状を打破するには才能と同時に運も必要だった。
 まして後にベルカン・バッシングと呼ばれるそれが横行している以上、そこまで大きな賭には出れなかった。
 慣れない力仕事もやった。とにもかくにも生きていく糧が必要だった。
 母に頼るわけにもいかなかった。
 その一方、いまだ戦争の傷跡が癒えない者達の為に歌う事も忘れなかった。
 金も暇も必要だった。
「な、お前でも折れたろ?」
「そりゃ折れるよ……ふっかけようと思った条件の倍だされたら……」
 そんな時だった。オペラの誘いが来たのは。
 この辺り……ハイエルラークを活動範囲にする小さな事務所。
 何処から聞きつけたのか、サンズの評判を聞いてやってきたのだ。
 受ける気等毛頭無かった。小さな事務所では、金も暇も無さそうだと、そう踏んでいたから。
 まして慣れないオペラの世界となれば。
 結果は、先の会話の通り。
 思わぬ好条件にOKを出してしまった次第で……。
「んで、なんでマイクまでセットでついてくるんだ?」
「それが団長との約束だったからね〜♪」
「ったく、勝手にしろい」
 ここ一ヶ月ほど、サンズは少々荒れていた。
 突然カウンセリングが暗礁に乗り上げた三男、収容所で再会したオイゲン。
 何時どうなるか解らない母に相変わらず学校では問題児な次男。
 そして周囲から向けられる、同情と奇異の視線。
 この後自分達はどうなるのか、未来へは一抹どころではない不安が横たわっていた。
「……マイク」
「なんだい?」
「お前はウスティオ帰らないのか?」
「んー……もうここで第二の人生って決めちゃったからねえ」
「気楽な奴」
「いいんじゃないのーそれでさ」
 自分の身の上故か、それとも実力故か?
 我が儘を通し続けた結果、望むだけの暇と糧を得られるようになるのは、もう少しだけ先の話。

1997.7.8

 あの戦争から二年が過ぎた。小さかった事務所は少しは大きくなり活動範囲を広げ始めていた。
 思いの外仕事仲間に馴染めたこともある。ソル達もバッシングにめげる事はなく、新しい学友に馴染めたらしい。
 もっとも、喧嘩して母が呼び出されるというのはしょっちゅうあったが。
 全てが順調だった。ただ一つを除いては。
「で、気分転換に海外出張にご同行頂いたわけですが、どうですかうちのお姫様は?」
 などとソルの前にかがみ込めば漏れなく蹴りがついてくる。
 家族は今、ユージアにいる。
 サンズの仕事の都合で、ついでにご家族も一緒にどうだと誘われて。
 ソルの声は未だ回復の兆しを見せなかった。
 母が帰ってきた日、カウンセリングの調子突然悪くなってしまってから。
 カウンセラーが聞いても答えようとせず、デイズに聞いても解らないと首を横に振られ、本人に問いただそうとすれば逃げ出す上に最悪腕力勝負でうち負かされる始末。
 生活への支障が殆ど無いのも回復を遅らせている原因だった。

 今世間をにぎわせているのはもっぱら地球に迫る隕石とその迎撃砲の話。
 一部の宗教家が先の戦争に対する天罰などとほざいていたが、そんなもので手を下すほど神様は律儀ではない。むしろそれはただの気まぐれであり自然現象であるとサンズは吐き捨てていた。
 そこまで神が律儀であれば、三男がカウンセラーを鬱で入院させるような事にはならなかったはずだ。
 その隕石が大災害を引き起こしたとしても、きっと人は生きていく。
 クルトとステファンの現状を知ったときは、その考えが間違っていないと再認識した。
 いつか、ソルが声を取り戻したら、ノルト・ベルカがもう少し安定してきたら、その時は家族で父の墓参りに行きたい。そう思っていた。
 もっとも、そんな話をすると、ソルはそそくさと自分の部屋に引きこもってしまうのだが。

 最初にそれを見つけたのは次男だった。
「兄貴、あれ」
 彼が指さした方向には、幾筋もの飛行機雲が流れていた。
 一際くっきりしたそれの先端で、一機の機体が複雑にループを描いている。
「あー……エアショーか。見に行ってみるか?」
 喜び勇む次男に、何故かこの時に限って拒否反応を見せる三男。
 もっとも、母に強引に引きずられて行くハメになるのだが。

 その日は快晴だった。ノルト・ベルカでは滅多に見られない青空はこの上なく美しかった。
 何機もの……恐らくエアショーチーム所有の戦闘機が空を舞い、複雑なループを、幾何学模様を、真っ青なキャンパスに描いて行く。
 青い空に、白い飛行機雲。見たことがないわけではない。
 でも、何となく、この空が欲しかっただけではなかったのだろうか。
 不意にそんな考えが脳裏を過ぎった。
 そんなときだ。躊躇いがちにやって来た小型機がそのキャンパスの中央を横切ったのは。
「……なんだ、あれ」
 何となく、頼りなさそうに見えたのは、最初の一秒だけだった。
「え……おおっ!」
 突然急降下したと思えばそこから小さな宙返りを数回。
 観客を見下ろすように大きく弧を描いたときに、そのコックピットが真正面に見えた。
 それは気のせいだっただろうか。
 キャノピー越しに見えたパイロットが、こっちを見ていたような気がするのは。
 瞬きの後には白い飛行機雲だけが残る。
 素人目に、その機動を表現する術をサンズは知らない。
 だが、素人の彼さえ、その機動に、軌跡に、心奪われていた。
 横にいた次男も同様。だから、気付かなかった。
 その横にいた三男の目が微かに潤んだのを、その口元が微かに言葉を紡いだのも。
「兄貴!やっぱりパイロットになる!!」
 感極まったのか次男が声を上げる。その後ろで、三男が同意の意志を示していた。
 不思議には思わなかった。自分もたったいま、なってみても良かったかもと思ったのだから。

 だが、このまま声が戻らなければ、戻ったとしても、ソルが翼を駆るのは難しいのかもしれない。
 それを思うと、空を翔る鋼の翼が、少し冷たく感じられた。

「ソル、お前は声直すのが急務だ……」
「イエッサー」
 帰ってきたのは、二年の休眠期を与えられて、次男よりやや高い……素人には解らない、歌を生業とするものだけ微かに感じ取る程度に高い……声だった。
 まさか、いや、本当に?
 勝ち誇ったように敬礼している三男。
 目をまん丸く見開いてそれを見る二人。

 それを、奇跡と呼ばずして何と呼ぼう。

「母さーん!!」
「ソルが、ソルが喋ったーっ!!」
 兄弟が捲し立てるそこでは未だエアショーに見入る母の姿があったのだが……その知らせには流石に驚いたようで……。
「ほんと、ほんとなの!?ソル、ソルなんか言ってごらんなさい!!」
「……!」

 それから数十分後。

「あのな、幾ら嬉しいからって目を回すほどがっくんがくん揺さぶっていいもんじゃねえだろ」
 三男はベッドの上で目を回していた。ついでに酸欠になりかけていた。
 それをマイクが呆れて介抱している。
 もちろん、はしゃぎすぎたと言うことで母と兄二人三人仲良く反省していたのは言うまでも無い。
 だから彼等は知らない。あの後、あの銀色の翼が下りた先で一騒動起こっていた事など。

 だけど、彼等はまだ気付いていなかった。
 三男にはもう少しだけ、カウンセリングが必要だったかもしれない事に。

1999.8.1

 戦後、彼等に注がれたのは同情と、不信と、奇異の眼差しであった。
 世界に戦いを挑んだ国。自国内を核兵器で焼き払った国。
 彼等の話になって、まず先に語られるのはそれであった。
 思慮浅き者は彼等を蔑むことで自らの優位に酔いしれ、思慮深き者は傷つけることを恐れて触れあうことを恐れた。
 彼等に平穏が訪れるのはまだまだ先の話。
 そして、それが間もなく砕かれてしまうのも、もう少し先の話。

「やっぱり行ってしまいますか?」
「大丈夫ですよ。バッシングといじめに耐えかねての逆亡命じゃないんですから」
 真夏の日差しが差し込む書斎。青年と少女がしばしの別れを惜しんでいた。

 意外と人は言うかも知れない。
 彼等の主立った味方は当時彼等の国の軍と殺し合っていた軍人達であった。
 そこには前線のと言う条件がつくのだが。
 あの日を境に、敵も味方も無くなってしまった。
 その後の戦場は、地獄の蓋が開いたも同然と呼ばれるほどに。

「……私もベルカ人じゃなかったらきっと同じ事を考えたと思います。それに、ここにはシエロさん達がいましたし」
 彼女もまた例外ではなかった。ただ大多数のそれと大きく違うのは、彼女の場合更に幼い頃から苛められ慣れていたために大きく免疫が着いていたこと。その為に大人に取り入る術を身につけていたこと。
 理由がハッキリしているだけに敵味方の区別が付けやすかった事にあった。
 もっとも……それもそろそろ捨てなくてはならない年頃になりつつあったのだが。

 現在上官殺害の罪で服役中の当時の陸軍軍曹、リカルド・スティーブはこう語る。
 前線で家族の名を叫びながら銃弾に倒れたベルカ兵の安らかすぎる死に顔が並ぶ戦場を覚えている。殺してくれと泣き叫ぶ兵士も、仲間の自殺を止めようとして自分が死んでしまった兵士の事も。収容所内で自殺者が相次いで、看守の何人かが精神科送りになったことも覚えている。
 ……俺が上官を撃ったのは、助かるかどうかも解らないベルカ軍の老いぼれを救いたかったんじゃない。
 無抵抗の人間を射殺するような現場を目にしたら、俺自身が壊れてしまいそうだったからだ。

「カミラちゃん、君は自分が思うよりずっと強い子だと思うんだ。だから、そうやって泣くことが出来るんだよ。私は……結局今も弱いままだ。あの子達の為に泣くことが出来なかった」
「駄目ですよ〜。シエロさんも何時までも凹んでたら。笑われてしまいますよ」
「そうだな。暇が出来たら戻っておいで。いつでも歓迎するよ」
「はーい」

 だから勝てる裁判と思っていた弁護士にゃ悪いが許される気なんて更々なかった。
 あの時助けた爺さんが腕のいいバーテンになって上手い酒を差し入れてくれる。
 それだけで十分すぎる恩赦じゃないか。

2006.4.1

 バルトライヒ山脈に守られる形で核の影響を免れた空軍基地。
 少し車を走らせればあの街があった場所を見渡せる場所。クルトの新たな配属先はそこだった。
「ステファン……顔が引きつってるよ?」
 その日は貴重な非番に尋ねてきたステファンを迎えていた。
 表向きは練習飛行隊の飛行場。だがその実体はステファンが抱える私兵部隊の本拠なのだと暗に明に囁かれている。そして今現在、クルトは教官としてそこにいる。
「……なあ、オーシアの士官で戦後は政治家目指すつった奴の話はしたっけ?」
 当時の極右政党の構成員、彼等と癒着のあった軍関係者。
 そして、あの核攻撃を容認した者達。「灰色の男達」と呼ばれた者達
 未だ裁きの庭に出ていない者を引きずり出す決意をステファンは既に公言していた。
「……まさかと思いますけど」
「俺は今日ほどそいつの名前を聞かなかったのを後悔したことは無い」
 ステファンの義理の弟に当たるクルトの立場は、正にその為に彼が囲う私兵の代表格。
 だが同時に、当時若くして生き残った数少ないパイロットの一人としても名が知れるようになっていた。
「大統領って反則じゃね……俺とんでもねー人とコネ作っちまってたよ」
「ま、まあ、トップが信用おける人物ならいいんじゃ……」
 実直なクルトにとって幸いなことに、それほど経歴を偽る必要は無かった。
 核攻撃を拒否したパイロットの部下。逃亡中をステファンに保護され今に至る。
 それだけで十分だった。でっち上げの罪を否定するのに小細工は無用だった。
「ああ、オーシアのトップにリストの話が出来たのは大きい。向こうに置いたオイゲンの爺さんも色々やりやすいだろうし」
 オイゲンはもはや軍役復帰は叶わなかった。
 幸い、今の時代義足でもリハビリさえすれば通常の生活にほぼ支障が無いレベルまで回復できる。
 収容直後に老兵とは思えぬ劇的な回復を見せた男は、傍目には健常者となんら変わりがない。
「あの人……オーレッドに行ってくれ言われたとき本気で拗ねてましたよね」
 もっとも、あまりに回復が劇的すぎて、ステファンが彼を保釈、オーレッド側の情報集めを頼んでしまったことで、本来の目的である子供達との再会が三年で終わってしまったのだが。
「ああ。アレは俺もちょっと失敗したよ。相当気合い入れてたんだもんなー」
 大統領……否、ビンセント・ハーリング個人は信用できても、まだオーシア政府を信用できる段階には到っていない。
 戦争の原因を遡れば利権に目がくらんだ政治家達の姿があるし、ベルカでも経済恐慌の裏でオーシアの政治家を買収して亡命を容認させるだけの隠し資金を持っている者が決して少なくない。
 彼の父もそうであったステファンの口からそれを聞いたとき、流石のクルトも荒れた。
 それを一瞬で終わらせるべく壁に叩きつけた拳の跡を、ステファンは未だに補修していない。
 表向きはからかい半分に、実際は誰へと向けたかも解らぬ戒めとして。
「所でお前の方はどうよ?」
「ええ。順調にやってます。同世代がいないのには、既に慣れていましたし……」
 弱冠二十歳にして前線に立ち続けて生き延びた者がどれだけいることか。
 人口比率を表にすればその世代にだけ谷間が出来たその状態が今は危惧されている。
 そんな中クルトの生存能力と、数多の戦場を引きずり回されたが故に積み上げられた戦果は、同世代の者達に限定する必要も無くエースと呼ばれるに相応しいものとなっていた。
 戦後幾度か繰り返した演習で、彼が撃墜判定を受けたという話は未だに聞かない。
 もちろん、そう呼ばれることをおいそれと承諾するはずがない。
 その後ろには、彼等の存在があったからこそ。それを忘れてはいない。
 エース3人に追い回され続けて居れば嫌でもそうなるさ、と。
「なあ、ファルブロスから何人か選りすぐった部隊を作っておきたいんだ。練習生でも教官でもいい」
「練習飛行隊ではやはり心許ないですか?」
「いや、少数精鋭が欲しい。お前にも名簿を見せたと思うが向こうも空軍パイロットがかなりいる。国外に出た連中に手が出せる状況じゃない。敗戦国が内政干渉できるわけもねえし」
「やれやれ……いざとなったら領空侵犯しろって事ですか」
「まあ、当分は国内だな。こっちが綺麗になったら、その時はわからねーけど」

 彼等の戦いは、まだ終わっていない。

2009.6.20

 凶鳥フッケパイン。かつてのベルカ軍エース。だが、地上で顔を合わせてみれば気のいい親父だった。
 あれから一四年が過ぎようとしている。バートレットと出会った頃には痩身と思った男があっという間に丸くなっていく過程に、平和ってのはこういうことなんだなーと思う。
 だが何年付き合ってもやはり読めない男。そんな印象が拭えない。
 常に笑みを絶やさず穏やかに若人達を導く、という風貌はかえってそれを助長する。
 少なくとも、連合軍の陣営まで向かっている時はそんなイメージは微塵も感じられなかったのだが。
 時にからかったりおちょくったりもしたことがあったが、そこは年の功なのかいつも向こうが一枚上手だった。

「おやっさん、どうしたよ?」
 そんな男が今、自分の接近にも気付かずに呆然と一方を見つめている。
「おーい?」
「ん?ああ、隊長、どうかしたかい?」
「いや、そりゃこっちの台詞だっての」
 その視線の先にいるのはこの基地にやってきたばかりの双子のパイロット。
 半ば戦災孤児同然でありハイエルラークでもかなりの騒ぎを起こした問題児二人。
 経歴に目を通したときに、軽く頭痛を覚えさせてくれたのは今年コレで3人目だ。
「知ってる顔か?」
 そう聞いた次の瞬間には、いつもの笑みを浮かべた表情に戻ってしまう。
 こうなるとまともな答えは期待できそうも無い。
「まあ、そんな所かな」
 とはいえ、彼等の経歴を見る限り、終戦以降に接触はまず出来ない。

「ま、その体型じゃ会っても正体ばれる心配はねえな」
「あいにく彼等とはこれが初対面さ」
「へ?」
「あそこまで親に似るとはねえ……いやいや。遺伝というのは恐いもんだ」
「ほー。どっちがどっちよ?」
「さあ?」
 解ってはいたが、このおっさんはからかうだけからかう割に核心は言ってくれやしない。

 本当にこんな事がありうるのか。
 彼等を最初に見たとき、脳裏を過ぎったのは当然というかバルトであった。
 まして今日は終戦記念日。もはや彼が巡り合わせたのだとしか思えなかった。
「一体どうなってやがるんだ今年は……」
 すぐ横でコレまで自分の面倒を見てきてくれた男がぼやいている。
 そう言えば、先日若い女性士官が着任する前バートレットが経歴書を見て固まっていたのを思い出す。
 彼女の父親が、かつてこの男の上に立っていたと。
−あいつの父親?すげーパイロットだったよ。あの頃当人は愚かその列機にさえかすり傷一つ付けられない部隊がいた。そいつの列機に一撃を見舞ったのは後にも先にもそいつだけだったよ−
 その後、せめて仇をと思っていたのだが、結局何処の空域でも彼等の姿を見ることなく終戦を迎えたのが少々の心残りとも言っていたような。
「君にしてみれば、ベルカ戦争の縁が一度にやってきたわけだ」
「まあそうな……って?一度?」
「彼等は、決して君達と無縁では無いと言う事さ」
「どういうこった?」
「さあ、どう言うことだろうねえ」
 かつて命のやりとりをしていた者同士の子供達が翼を並べる。
 今日ほど平和と言うものに感謝をしたことは無かった。

 ふと、ここで恋愛沙汰にでも発展したら?
 そんな考えが過ぎったときは流石にこの男に感化されすぎだと笑いを堪えきれなかったが。
「飛んでればそのうち解るかもしれないねえ」

2009.6.30

「やっぱり、お仕事断るの?」
「うん……どうしても、な」
 弟二人が西の島への配属が決まってから数日後、今から二日ほど前に、サンズの所に一通の手紙が舞い込んでいた。サンズの業界では、知る人が知れば、飛び上がるような大物からの。
 だが、オペラの道に入って以来我が儘で通していた彼は、内容を見た瞬間目を細めた。
 手紙が届いたタイミングもあった。
 そして何より……。
「……恐いんだ。古傷の痛みに耐えられるのかどうかが」
 中身は出演依頼。演目は「
Knights of Razgriz
 どうしても、あの日の子供達が未だに脳裏を過ぎる。
 持ち出したもう一冊「姫君の青い鳥」の絵本は、ある日ソルが暖炉の中に放り込んでしまった。
 まだ声の戻っていなかったソルが理由を話すことは無かったし、きつく問いただす事も出来なかったのだが。
「ははは……これってかなり情けないよなー」
 正直、手紙を見た直後の自分の顔なんてとてもじゃないが妻に見せられるものではなかったことを思えば尚更。
「うふふ。いいわよそれで。あなたの一番凛々しい顔を、私はちゃんと知ってるんだから」

 ユージア大陸を巻き込んだ戦争の中、彼が偶然乗り合わせた旅客機。
 妻との出会いはそこだった。
 突然の揺れ。席を立っていたサンズは座席に戻る事もせず窓の外に目を向けていた。
 視界にちらりと戦闘機が映ったときには、生きた心地がしなかった。
 それを表に出せなかったのは、事情を知っているのか震えているスチュワーデスが真横にいたからだ。
 彼女の不安を和らげるよう勤めながら、サンズの目は窓の向こうに向けられていた。
 そこから見える眼下を舞う戦闘機に感じたデジャヴが、何なのかは解らなかった。

「やれやれ……これじゃあ俺が一番情けないじゃないか」
 掌の上で揺れる手紙には、直に会っての交渉が求められている。
 過去を超えたいと思う気持ちが、古傷への恐れに打ち勝つのは、ほんの少し先の話。
「さ、そろそろ寝ないと、ひーちゃん待ちきれずに飛んできちゃうわよ」
「やりかねないのが恐い話だな」

 義弟が彼の父の十周忌に飛ぶ。それに同行すべく、荷物を纏めて今日はもう眠ることにした。