ACE
COMBAT 5
The
Unsung War
~15 years ago in Belka~
白髪混じりの若獅子
Verbannung
1995.1.11
馬鹿なことをしたもんだ。
走るバスの窓に寄りかかりながら、彼はベルカ中央に位置する街を見下ろしていた。
恋の仲裁などするべきではなかった。利発で美しい年上の女性。
彼女に最初に目を付けたのは周囲からもいけ好かないと評判の上官だった。
まあ人を見る目は確かだったのだろう。彼女と自分は実に気が合った。
それこそ、そのまま恋仲になっても誰も責めないほどに。
そして今に至る。
まだ補修教育を終えたばかりの自分を追いやる瞬間のにやけた顔を思い出す。
その溜飲は既に降りた。
激怒した彼女が鉄拳制裁、人前に出られぬ顔にしてやったと鼻を鳴らして報告してきたお陰で。
取ろうと思った仇も取られたが、彼女もそこに留まることは出来ず他の土地へと向かうことになった。
「私もここにはいられなくなったわね」
「離ればなれ……ですね」
人事に関する一切を任された男を怒らせたのだ。
僻地送りにされることは目に見えていた。
だがその行き先の街は規模が大きく、風格漂うシュティーア城に見守られた場所はとても僻地とは呼べない。これだけ言うととても僻地と呼べる代物ではない。むしろ喜んで行く者達がいたって良いほどだ。
そこがベルカで最寒の地で無ければ。
ここへ行けば教科書の中で散々無謀と言われていた南への進撃を祖先達が決意したのかが解るとまで言われる土地である。施設の中は資金云々以前に放置されていると言っても良い状況。
そしてその基地にいるのは軒並み問題児ばかりであると言うものであった。
好意的に言えばそれでも軍が手放したがらない程のエースパイロット達とも言えるのだが。
「戦争にでもならない限り大丈夫よ。エースに鍛え上げられて、そしたら迎えに来てちょうだい」
「はは……今のご時世それもちょっと笑えないんですけどー……」
だとすれば有事には真っ先に色々なところへ引っ張られて、そのさなかに死ぬかもしれない。
まして全土に動員令が発せられるのではと言う状況なのだ。
上が本気で戦争を考えているなら……そんな考えを振り払って彼はバスを降りた。
「おーい」
その途端である。自分を呼ぶ暢気な声が聞こえてきたのは。
見ればバイクにまたがった30後半と思しき黒髪の男がいた。軍服こそ分厚いコートに隠れて見えなかったが、後部座席に引っかけてあるのは間違いなく軍帽だった。
「クルト・アルニム空士長か?」
「はい。そうであります」
「基地まで送ってやるよ。後ろ乗りな」
「あ、ありがとうございます」
その男、近くでみれば顔立ちこそまだ若々しく見えたものの何処かやつれていたように見えた。
黒髪には所々白髪が混じっていて、一際白い筋がこめかみの横から綺麗に延びている。
そしてバイクの後ろに、本来あるべき物がないことにクルトは気が付いた。
「失礼ですが……その、ヘルメットは?」
「……あ。忘れてた。ま、大丈夫大丈夫。不安なようならこれ被っとけ」
ヘルメットの代わりにはとてもならないだろう軍帽には、中佐の階級章が輝いている。
ベルカ屈指の問題児達の洗礼は既に始まろうとしていた。
と、言うわけで基地に到着した頃には、長く続いた山道とお世辞にも大人しいとは言えないバイクテクニックにすっかりやられてしまっていた。この極寒の中ヘルメット無しで外気に晒されていたダメージも決して小さくないことを追記しておく。
「大丈夫か少年?」
「は、はい……」
まさか着任早々「駄目」とか「なんとか」とか言えるはずも無い。
男もそんなクルトの様子に気付いたのかカイロを手渡されたが断った。
「その元気があれば大丈夫か。と、自己紹介がまだだったな。私はバルト・ローランド。一応中佐だ。第128飛行隊、通称インカンブランスの隊長をやらせて貰っている」
敬礼の代わりに差し出された手を握り返すのに抵抗はなかった。
この穏やかな男がEncumbrance……「厄介者」と呼ばれる隊の隊長とはとても思えなかったのだ。
最初に通されたのは搭乗員待機室。待っていたのは二人の男。
「二人とも揃ってるな」
一人は少しだらけた感じの40後半と思しき赤毛の男。
もう一人は几帳面なまでにきっちりとパイロットスーツを着込んだ白髪の男性。
「少ないだろう」
最初に口を開いたのは白髪の男。それにバルトが答える。
「ちょうど四方に基地があるからって必要以上の人員回そうとしないのな。せめて一個中隊、いや小隊分でもいればいいんだが」
更に赤毛の男が続く。
「その原因作ってるのはバルトじゃねえかよ。さて新入り。お前、何やらかしてここにぶち込まれた?」
「エリク、そんな刑務所じゃ無いんだからさ……」
「極寒で四方を囲まれてるんだぜ。似たようなもんじゃねえか」
バルトの言葉もあっさりと赤毛の男に切り捨てられ、全員の視線がクルトに向く。
クルトは悩んだ。恋愛沙汰ともなるとやはり年頃の若者には言い出しにくい。
「理由は何であれ先に言った方が良いぞ。訓練中にネタにされると洒落にならんからな」
「実は……」
そしてある程度簡潔に、と言うよりはしどろもどろに説明。
その直後、搭乗員待機室に漂う微妙な空気。
「あれ……どうかしましたか?」
てっきりからかわれると思っていただけに気味の悪い沈黙である。
「お前、確かハイエルラークから来たんだよな?」
「え、ええ」
「あそこで人事取り仕切ってる奴ってーとブロイルの奴じゃねーか?」
「変わったと言う話は聞いていないからおそらくそうだろう」
そこまで話し、再び沈黙。そして狭い部屋に三人分の溜息が響く。
「その彼女、大体いくつぐらいよ?」
20半ばと答えると大きな溜息で返事をする赤毛の男。
「ブロイル少佐……確か今年で40だったな」
白髪の男の言葉に開いた口が塞がらなくなるクルト。
「可哀想に」
そう言ってクルトの肩に手を置くバルト。
どうやら同情に値する事だったらしい。
「あの人……30超えてたんだ……」
「さて、気を取り直して改めて自己紹介して貰うか」
「クルト・アルニム空士長です。本日付けで第128飛行隊配属になりました」
「俺はエリク・クラウス。一応大尉だ。コールサインはアルバ。三番機をやってるから、世話になるぜ」
赤毛の男が差し伸べた手を握り返す。その一瞬、にやりと笑った。
「私はアロイス・C・オイゲン。大……少佐だ。コールはリブラ。二番機を勤めさせて貰っている」
白髪の男は軽く敬礼をする。去年何とか少佐になれたのだという。
「私はもういいな。一応バーニィと言うコールサインがあるが、実際はあまり使わん」
「新入り、お前のコールサインはどうする?決めとかねえと後々五月蠅いぜ」
そう言って渡されたのは三本のボールペンの入った缶。
「俺らが考えたコールがさきっちょ書いてあるから好きなのひいとけ」
「ま、約一名ろくなの考えてないから実質二択。適当に引いておけ」
クラウス大尉ならウケ狙いで書いてそうな気もするし、バルト隊長の場合は天然で変なコールを考えてそうだなと内心思いつつ、選んだボールペンの先には「ZEPHYR」と書かれていた。
「ゼファー……西風か。隊長のだな」
「おいおい。俺って考えは無いわけ。いやそれで合ってるけどよ」
ちなみにそのうち一本には「バーディ」と書かれていた。
全くもって普通のものなのでオイゲン少佐の物と思ったのだが彼のは「フェザー」。
エリクの奴ゴルフ好きだからよ。とバルトが耳元で囁く。
クルトの二人ほど前のには「イーグル」とあったのだが由来を知って思い切り凹んだという。
「さて、不満が無ければ決まりだな」
「はい!クルト・アルニム空士長。コールサインはゼファー。よろしくお願いします!」
「おう、いい挨拶だ。バルト、良かったじゃねえの。女難仲間初めてだろ」
「え?」
バルトの呆けたような声。エリクがニヤニヤしている。
オイゲンが溜息を一つ付いてやはりバルトの方を向く。
「女難って……」
クルトの方もやはり興味が無いはずが無く、それに気付いたエリクが口を開く。
「なんたってりゃ……もごっ」「ちょっとまてー!!」
だが隣にいたはずのバルトがいつの間にかエリクの口を押さえていた。そのままとっ掴み合いに発展。
「新入りが来るたんびにその話すんなっつてるだろーがーっ!!」
「お前いい加減同じ反応すんのやめろよー。どーせ基地の誰かがバラすんだしよー」
「当人の目の前でバラす奴があるかーっ!!」
狭い待機室を縦横無尽に走り回る中年親父二人。
それを遠巻きに見守る若者と初老の紳士。
「隊長一体何をやったんですか……?」
「略奪婚」
「へ?」
「アンタがバラしますかオイゲン少佐……」
「俺ぁその煽りですよ巻き添えですよ」
半分涙目になってそうなバルト。ニヤニヤと自虐的に笑うエリク。
知らん顔のオイゲン。幸先はさほど暗くないかもしれないと、ほんの少し安堵するクルトだった。
それから2時間後。
早々に実技の腕を確かめると駆り出された空から帰ってきたクルトは雪の上に突っ伏していた。
「撃墜14回ねえ……ペナルティどうすっかな?」
「へ?」
普通に彼を最後尾とした4機編隊。それが突然自分の背後に回り込んできた隊長機。
悪い予感と生来の生真面目さから機体を捻ったところからそれは始まった。
「ま、最初の一発食らわなかったから軽くしていいんじゃね?」
「単に4番の位置キープしようとしただけっぽいから却下」
いきなり戦闘機動するハメになるだなんて……そして着任初日からペナルティって……。
そんなことを考えながら顔を持ち上げる。
最初に目に付いたのは基地全体を取り囲む金網。
その向こう側に見える二つの小さな影。
「お。これまたいいタイミングで」
「着任初日からアレかー。ついてないな新入り」
「ペナルティと呼べるかは微妙だがね」
そして……。
「さんじゅーしぃー、さんじゅーごぉー……」
ペナルティはバルト隊長の息子を背中に乗っけての腕立て伏せとなりました(屋外で)
「さんじゅーろぉーく、さんじゅーしぃーち」
背中に乗っているデイズの髪はベージュと言っても良いくすんだブロンド。
真横から彼の顔を覗き込んでいるソルはバルトをそのまま小さくしたような黒髪の少年。
不幸中の幸いと言うべき事は、乗せるのが双子の兄弟のうち一人で良かったと言うことだろうか。
背中に乗っているのはいかにもなやんちゃ坊主だが覗き込んでいる方は至って大人しい。
話を聞くまでこの二人が双子だとは思いもしなかった。
「珍しいよね一人だけって言うのも」
自分の顔を覗き込んでいたソルが口を開く。もちろんクルトに返事をする余裕はない。
「だってこないだのに比べたらひ弱そうじゃんこの人」
代わりにデイズが答える。腕立ての速度を上げるぐらいしか反抗の意志を示せないクルト。
「まあ文系の流刑囚なんてオイゲン以来だからバルトの奴も加減がわかんねえんだろ」
そこにエリクが口を挟む中黙々と腕立て伏せを続けるクルト。
「あのバルトが加減するというのも、随分珍しい事例ではあるがな」
そう呟き、ソルと一緒に空を見上げるオイゲン。
二人の視線の先ではバルトが長男を乗せてアクロバット飛行を披露している。
が、ソルの視線は再びクルトの方に移されていた。
「交代するかね?」
「僕等もう9歳だよ?いい加減……わわっ」
照れ隠しか再び父の方を見上げた少年を持ち上げるオイゲン。
「ま、そう遠慮するな。なあクラウス大尉?」
そしてそんな少年を押しつけられるエリク。
「まて!何でそこで俺になる!?」
「私は文系だからな」
と、言うわけで……。
「いーっち!」
「わーい」
「にぃーっい!!」
「相変わらずすげーなエリクのおっちゃん」
「さぁーっん!!!」
双子を両肩に乗せ、半ばやけっぱちでスクワットに励むエリク。
何故二人ともなのかというと、こちらも半分やけっぱちになったクルトが腕立ての速度を上げた為である。
もちろんその代償と言うに腕の筋肉は随分と悲鳴を上げており、手近な雪を掴んで冷却している最中ではあるのだが。そして、さらなる来客を知らせるバイクのエンジン音。
振り向けば金網越しにバイクにまたがった女性の姿。
「あれは……」
「ローランド婦人。隊長の奥さんだ」
やって来たのはデイズと同じ髪の色をした女性だった。
似た者夫婦と言うべきか、実年齢に比べれば随分若々しく見える。
それに一役買うボディラインを強調するスーツに思わず目を伏せるクルト。
「あらあら。また可愛い子が入って来ちゃったわね。エリク、あんまり虐めちゃ……て、それどころじゃないわね」
「さんじゅーなーっなっ!」
エリクは双子を乗せてスクワット中だったため、応対に出たのはオイゲンだった。
「……相変わらず凄い体力よね」
「ご婦人、止めないのも相変わらずですね」
まだ新入りでもあったクルト。彼は暫く会話する二人を眺めているだけだった。
「で、うちの旦那はどこ?」
「サンズ君と一緒に空の上です」
「良いのかしらねー」
「所長のいない流刑地に法なんてありませんよ」
「まあ、無茶な飛び方しなければいいわ」
いい加減エリクもスクワットを止め、双子を下ろし、その子達と共に空を仰ぐ。
視線の先、一筋の飛行機雲が見えたと思うとそれを引いた機が急いだ様子で降りてくる。
次は自分達の番と駆け寄る双子だったが……。
「おい!誰か洗面器持ってきてくれ!!」
キャノピーの後ろでは、ベージュの髪の隙間から青白い顔を覗かせる若者……バルトの長男であるサンズがいた。
「……無茶な飛び方やったらしいな」
雪で引き締められた空気の中に立ちこめる酸味の聞いた空気……早い話が戻してしまったわけだが。
「クルト。ちょいと水持ってきてやってくれ」
「了解しました」
水をコップに汲み、戻ってくるのにそう時間はかからなかった。
「ちょ、ティルラ落ち着け、家族サービスしろって言ったのはおま」「問答無用!!」
だが夫婦の(一方的な)修羅場が展開されるには十分な時間だった。
妻にボコボコに殴り倒されているかと思いきや、しっかりバルトの方も防御している。
もっとも、その光景を見れば夫婦の上下関係を察するのには十分すぎたが。
「あーあー。隊長も奥さんの前では形無しですねえ……」
「そうでも無いぜ新入り。あの人は常時あの調子だ」
それが30分も続いてようやく落ち着いた頃……。
「兄貴もなっさけねえなー。親父もどうせなら俺乗っけてくれれば良かったのに」
「僕等二人入れそうだよねあそこ」
今だ飛行機酔いから立ち直れていない長男と、妻にボコボコにされた父。
そして次は自分達の番だと言わんばかりにキャノピーの中で待機中の双子。
「お前らはもうちょっと大きくなっ……げふっ」
そして妻に蹴倒される隊長。
「じゃ、私も仕事があるから戻るけど、無茶しちゃダメよ」
そして去っていくローランド婦人。それを確認するや否や……。
「クルト、ちょっと後ろ乗れ」
「……へ?」
状況を理解し切れていないクルトを無理矢理後部座席に押し込むバルト。
止めようとするエリクとオイゲンだったのだが……。
「大丈夫。二人を後ろに乗せるときの参考にするだけだ。加減するよ」
「親父の辞書に取消線が入ってる言葉だな」
息子の愚痴も何処吹く風とバルトも機体に乗り込む。
「つまり兄ちゃんの頑張りが俺らの楽しみに直結してるんだな」
「クルト兄ちゃんがんばれー」
好き勝手言う双子よりも、いきなりそれをやったらさすがに不味いだろうと言いたげなエリクとオイゲンの方が気にかかるクルトだった。
飛び立っていく機体。それを眺めて長兄は言う。
「親父の後席って……ペナルティの中でもきっついのじゃなかったけ?」
それから更に30分後。
「もう一回、もう一回!!」
「ちょっと待てー。これ以上頑張ったらお父さん二階級特進しちゃうぞー」
はやし立てる双子。既にへばっている父親。
それを遠目に眺めているのは一時間前とは立場の入れ替わった長兄と新入り。
「あ、あの……これで加減してるんすかあの人……」
「親父の加減するはアテにすんな」
彼がどれだけ加減したのかは解らなかったが、バルトの機動に振り回されてもう一回と言える双子は手強いパイロットに育ちそうだ。そんなことをクルトは考えていた。
そんな彼を見下ろしながらサンズが言う。
「さて、前の奴は一月で辞めたけど、お前とは何日の付き合いになるかな?」
まだ誰も気付いていない。
長い長い付き合いになる者達。
直に途切れる付き合いになる者達。
流刑地と呼ばれたこの場所で、悠久と刹那が交錯する貴重な時間の一欠片。