ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Journey Home

 じゃあ、空を取り戻しに行って来ます。
 −メビウス1−

 その瞬間、何が起こったのか理解出来なかった。
 突然の振動。瞬きの間に目の前にいた機影はいなくなり、気が付けば機首が下を向いていた。エンジンがやられたと理解するのに時間がかかった。
 幸いにも翼は無事。だがもう高度を上げることは出来ないだろう。
 水平に立て直した機体。真上を向けば、四つの機影が悠々と舞い上がっていく。
 甘い、とは言えなかった。
「ああ……これほど出来るとは思わなかったよ、君たちが」
 むしろその翼は辛辣に、生きて償うことを強いるようにさえ見えたのだ。
「言ったな、明日見る夢も無い者に栄光など無いと」
 そう呟いて、アシュレイはイジェクションレバーを引いた。

オーレッド・ブライトヒル

 国家首脳二人が展望室から空を眺めている。見えるはずの無い飛行機雲を探して。
「最後の敵も、無事退けたようです」
 オーカ・ニェーバからの報告を受け取った女性軍曹が事務的に告げる。
 避難する気が無かったのは、自らに課せられた責任以上に彼等を信じていたからだった。
 彼等の来襲に一度は戦慄したものの、それは一時の事。
「しかし、彼等がアレを壊す事になるとはね」
「いずれは、破棄される定めだったでしょうが……随分派手になりそうですな」
 その確実性を信じて、両名は大国の最高権力者らしく吉報をふんぞり返って待っている。
「ええ、それもあるのですが、彼等と最初に出会った頃を思い出したんですよ。あの時、我々の不時着を助けるために発電用の風車を随分派手に吹っ飛ばしてくれたものです」
 恐らく灰色の男達がその件を隠蔽したのだろう。お陰で、サンド島の4機は余計な譴責を免れたと思うと、笑い話のように聞こえる。
「で、その次が文化遺産の壁に大穴。彼等の世話になるたび何かしら派手に壊してくれてるなとね、で、次はSOL……」
「おっと、大事なものを忘れてますよ。これはこちらが世話になったものかもしれませんが」
「……ああ、アークバードか!まったく、スケールの大きいことこの上無いね」
「ラーズグリーズの名に恥じないですな」

「はぁ……」
 さっき自分が何をしたのか、記憶がすっ飛んでいた。
 エンジンから火を上げていたグラーバク。もはや戦う力の残っていないそれに手を下すまでもないと無いと判断して機首を上に上げたことだけ覚えている。
 だが結局アシュレイは死を選び、そのまま空に散った。その姿を、ただ哀れだと感じた。
「東の空に明るみが……朝が来る」
 初めて高G機動をした後の様な感覚が未だ腹の底に残っている。疲労に削られた意識が、空に広がり始めた光を知覚する。
「……僕らの夜間飛行が終わる。見たいなあ。一番綺麗な朝焼けを!」
「朝は訪れ続けるのさ。変わらぬ太陽がこれからも、な」
 そうだ、まだ終わってない。もっと多くの人と、この朝日を。

オーレッドの空軍基地

 管制塔から彼等は東の空を見上げていた。
「……少佐、大丈夫ですか?」
「ああ」
 使いを走らせただけでは飽きたらず、どうしてもと地上の情報伝達を請け負った。
 アンドロメダからのデータの転送、戦況の報告をここで行っている。
 運悪く利き手を折ってしまったが、その代わりは二人の軍曹がやってくれている。
 うち一人は大統領の所へ、もう一人は使いの時の全力疾走と寝不足が効いたのか後ろのソファで眠りに落ちている。
「また痛くなったら言って下さいね」
 それはまず無いと心中で思いながら、オーカ・ニェーバ経由で聞こえてくる通信に耳を傾けていた。
「たまには、私語をじっくり聞くのも悪く無いか」
 流石に騒がしすぎるのは考え物だがと、微かに微笑みながら。
 そこに、一人の来客があった。
「ご一緒していいかしら?」
「ああ”少佐”良いのですか?」

「そうだ、来週誕生日だったんだ…僕」
「見ろ。生きていればいいことがある」
「兄貴が……ユーク大陸から帰ったらお袋、喜ぶでしょうね」
「お前自身がお袋さんを喜ばせろ。あとちょっとだ」
 待っている未来がある。帰るべき場所がある。
「隊長、礼を言う。ありがとう」
「……スノー大尉?」
「再び列機として飛べて、部下たちの気持ちが今わかった」
 一緒に飛ぶ仲間がいる。 そして……。
「2番機として、二度と隊長機を 失うまいと思って……今日まで飛んできた。あと少し……もう少しだけ……」
 一緒に生きて行きたい人がいる。
 俺は、もう少しなんて言わずに……ここで声を絞り出すのに勇気がいる自分がもどかしい。
「良いところで申し訳ないけど、攻撃可能な高度までSOLGが下がったぞ」
 ほんと、何とかならないものかね。
「後で、ゆっくりと……二人でさ」
「ええ、行きましょう!!」

スーデントール・管制塔

「ったく、最後の最後にとんでもない大物がいやがったな」
 モニタールームがパイロット達でごった返している。完全に出遅れとなってしまった彼等はオーカ・ニェーバ、サンダーヘッドを経由してやってくる彼等の動向に一喜一憂していた。
 グラーバク全機撃墜の報を受けたときの盛り上がりように比べれば今はまだ静かな方だ。
 もっとも、先ほど会話が良いところでSOLGに遮られてしまったことにブーイングや野次を飛ばす面々も多く、今も結構騒がしいのだが。
 その一回り外側に男が二人。
「しかしまあ、ナガセも大胆だよな」
「確かに。全部筒抜けだなんて思っても無いでしょうねぇ……」
 一人は自分にも似たような経験がある故に、帰還後にどうなるかを考えると、若き英雄に少し同情するレーヴェ1ことクルト・アルニム。
 一方のバートレットは茶化す気満々といった様子である。
「しかしまあ、お互い余裕ですよね」
「当たり前だろ。もうグラーバクまでやっちまったんじゃ敵無しだぜ。それによ……」
「?」
「オーレッドにゃアイツの初恋の相手がいるからな、意地でもやり遂げてくれるだろうよ」
「へぇ……あの子もやるようになったものだね」
 そんな話を彼の前で兄・サンズに告げたらどうなるだろう?
 少々意地の悪いことを考えながら、今はただ、無事と成功を祈る事にした。

「あれが、SOLGの中枢……闇雲に撃ってもあたらない」
「隊長!ここはあんたでなくては!」
「ああ、任せろ」
 何度と無く敵機のエンジンを、時にキャノピーさえ打ち抜いてきた技術。
 血液恐怖症と相まって何とかならないかと思ったそれが、役に立つ日が来るなんて思っても見なかった。剥がれ落ちてくる破片が最後の抵抗とばかり襲いかかってくるが、もはや悪あがきですらない。
「大丈夫か?」
「破片などにやられはしないさ」

ベルカ公国北方の海・アンドロメダ艦内

 こちらもまた、スーデントールと似たような状態になっていた。もっとも、ジュネットの側にいるのがおやじさんとアンダーセン艦長と言うこともあって、その印象は随分と落ち着いて見えたのだが。
 グラーバクとの交戦中のおやじさんを見たら、きっと皆開いた口が塞がらない状態になっただろう。
 現にジュネットだってそうだった。やや興奮気味に弟子達を見守るその様子は、この温厚な男もかつては幾多の空戦を潜り抜けて来た猛者だったんだなと思わせるのに十分だった。
 健気にも一睡もすることなく足下に座るカークの頭を撫でながら、ジュネットは言う。
「大丈夫、彼等ならやってくれるさ」
 幾度もの激戦を潜り抜けて来た旅が、やっと終焉を迎える。
 運良く見つけた最後のフィルムに、今あるこの時を焼き付けるべく彼はファインダーを向けた。

「SOLGの破片が、光を鈍く照り返して来る」
「彼等の怨念だけがこんな形で生き残った」
 それもここで終わらせる。過去の怨念に未来を断たせはしない。
「僕等の後ろには大勢の心、前にある沢山の命。思い出せ、孔のあいたベルカの大地を。繰り返させるな!」
「これは人が作ったもの、必ず止められる。いつだってそうだった」
「ああ、だから最後まで 攻撃の手を緩めるな」
 僅かな隙間から中枢に狙いを定める。
 外れた弾もソーラーパネルをはぎ取りSOLGの砲身を削りだしていく。
「これ以上の悲劇は、もういらない」

ファーバンティ郊外・シルバーホーク本拠

 オーシアを含め、ほぼ世界中のネットワークがダウンしている。
 その直前、英雄が親友でもある情報官からもぎ取った情報は一同を騒然とさせた。
「……何処までも、馬鹿野郎は馬鹿野郎だな」
 既に行動が予測出来ていたパウル大佐はともかくとして、可哀想だったのはマネージャーのリロイだろう。
 気持ちよく寝ていた所を叩き起こされて自室の望遠鏡まで引きずられてしまったのだから。
 それにしても本当に何でもあるなここには。
 溜息をつきながら、サンズ・ローランドは西の空を見つめる英雄の後ろ姿に目を向けた。
 星を見つけたときの青ざめ方。降りてくる星、核の炎、どちらにとってもトラウマと呼ぶに相応しい事。
 そして、それを阻止せんと舞い上がった翼達。
 今は、彼等を信じて待つ他無いのだ。

 何処までやれるだろうか。徐々に削り落とされて行くSOLGのパーツ。でも同様に、こちらもグラーバク戦での消耗が響き始めていた。
「まだ動く!まだ飛べる!」
「絶対にやる!信じろ、自分の力を!」
 諦めるつもりは無い。最後の最後まで、ギリギリになるまでやってみせるだけだ。

「あー、くそっ。解っちゃいるけど悔しいな。こうして燻ってるってのは」
「おや、気が合うネ中佐」
「……7、お前はえらく余裕ありげに見えるな」
「エ?」
 背後では鬱憤を晴らさんばかりにレオン中佐と7がじゃれ合っている。
 太陽はもう真上にあったのだが、初めての徹夜が効いて寝ているエレンやセレネちゃん、それに妻が起きないか心配だ。

 その時、それを最初はただの照り返しだと思っていた。

 あの時青ざめていたISAFの英雄。
 だが、今の後ろ姿に、そんな様子は微塵も感じられなかった。
 回り込んでみる。顔色に変化は無い、いつも通りの鋭い目と無表情。
 少し笑みが見えたのは気のせいだっただろうか。
「……ひーちゃ……」
 いつもと同じ表情。
 なのに、茶化し半分のその名で呼ぶのを躊躇ったのは何故だろうか。

 だが、SOLGのパーツが剥がれていくにつれ、徐々にそれを凝視するタイミングが増えていく。
 中央の小さな光。それがあるのは……砲身の奥?

 だからといって本名で呼ぶのも妙だと思ってしまい、結局、他に相応しい呼び方が思いつかなかった。
「……余裕そうだね、メビウス1」
 一番燻っているのは、彼だと思っていた。
 それまで気のせいだと思っていた笑みが、ハッキリと浮かぶ。
「大丈夫、英雄は、ちゃんといる」

ブレイズ

 閃きに近いそれ。
 危機意識が全く無いと言ってしまえばそれまでだったが、残り1割も無い残弾を考えると、あのトンネル潜りと同じ様な醜態を晒すのもどうかと思った。
 後で話したら、それこそぶん殴られそうな話だけど。
 人間、ギリギリの状態になるととんでも無い事を思いつく。8492の時以来だろうか。
 ここまで来て、思いついたのが特攻じゃないだけいいだろうとか、出撃前に無理だと思ったらやらないって言ったはずだとか、そういうのは、終わったからこそ言える事だった。
 その時は、もう他に無いような気がしてならなかった。
 自分の残弾もそうだったし、より慎重に動くようになっていた仲間もそうだったし……何より、何故だか確信があった。根拠も何もない自信だったが、こう言うときのそれは良く当たるんだと自分に言い聞かせて。

 翼を折り畳み、SOLGの砲身へと進路を取る。
 グリムの驚愕も、ナガセの動揺も、俺の耳には届いていなかった。
 極度に尖った神経が血の気を引かせていくのに、不思議と恐怖心だけが欠如していた。
 一秒が何分にも思えたのに、長いとは思えなかった。
 レティクルを剥き出しの中枢に据える。
 自分のやったことの無茶苦茶さに気付いたのは、翼が青空に解き放たれたその時だった。

 十字の星と、黒い四つの翼。それを見上げていた者達は言う。
 空を白い光が覆ったとき、漂白された空を悠々と舞う飛竜の姿を見たと。

 一面に広がる青空。次々と散らばって落ちていくSOLGのパーツ。その少し後方を、ナガセ達が飛んでいる。
「……ぜ、全員無事か?」
 返事がない。いや、無理も無い。俺自身極度の緊張から解放されてろくに言葉を紡げない状態だった。
「こ、こちらオーカ・ニェーバ。SOLGのパージを確認。殆ど全て海のそこに落ちた……作戦成功だ!!」

 その知らせは瞬く間に広がった。
 アンドロメダではおやじさんと艦長が他の乗組員達と肩を並べて喜び合うのをジュネットが写真に収めていたし、スーデントールではその事をサンズに伝えようとしてまだネットワークがダウンしていることに気付いたクルトがバートレットに笑われて、オーレッドではトップ二人が肩を並べて勝利を祝い、そこに程近いの管制塔では感極まったコーウェン少佐がうっかり折れた腕で敬礼してしまいまた軍曹殿の整体の世話になってしまい少佐の笑いを誘っていた。

 その日、その時、本当の意味で、彼等は勝利を手にしたのだ。

「は、はは……今度こそ終わったよな」
 そんなときに、実は恐怖で体中震えてる自分がかなり情けない。
「隊長……幾ら何でも無茶苦茶じゃないですか?」
 グリム、自分でもそう思うから言わないでくれ。
「……正真正銘の命知らずを見た気がするぞ」
 気を揉む列機の心境なんて解らせたら駄目だよな俺。
 そして何よりナガセには……。
「……ソル」
 え……。
「馬鹿ソルーっ!!」
「!!」
「馬鹿ぁーっ!!」
「あ、いや、その、な、ナガセ?」
 自分でも弁解の余地が無いことは解ってるけど……。
「馬鹿ー!!馬鹿ソルーっ!!」
 初めて呼んで貰ったファーストネームに馬鹿を付けることも……ちょっとショックだ。
 もうグリム達は呆れて物も言えないのかゆっくり俺達から距離を取ってるし。
「でも、こうして生きてるだろ?」
「馬鹿ぁ……」
 参ったなと頭を抱えていた俺の耳に届いた曲は、この上ない救いの手だった。
 聞き覚えのある曲。これ、確か……。
「チョッパー大尉が好きだった曲ですよ!」
 そうだ、サンド島脱出の時機体に置き去りにしてしまったCDに入ってた曲だ!
「あまりにお熱いんで忘れる所だったよ。忘れ物を届けるのをね」
「それ、何処で?」
 もう余計な一言は耳に入って無かった。
「オーシアの管制官にね、頼まれたのさ。一緒に連れていってくれってね」

「……感謝するよ!」
 その時だ、地上からも沸き上がる歓声が通信越しに聞こえてきた。
「この歓声が聞こえるか!?聞こえんとは言わさんぞ!!」
 その曲と沸き上がる「ラーズグリーズ」の歓声をバックに俺達はフォーメーションを組み直し、その歓声に答えた。

 やっとだ、やっと終わったんだ。

ファーバンティ郊外・シルバーホーク本拠

 彼女の伯父達がSOLGを破壊した少し後。
 窓の外の喧噪に気が付いた彼女は少し気怠さを感じながらもその騒ぎに惹かれてベッドから体を持ち上げた。
 その直前、何となく、少しだけ寂しさを覚えるような夢を見ていた。
 もっとも、まだそれを深く考えるような年齢でも無かったし、外の喧噪にかかればそんな夢の記憶などあっさりと吹き飛んでしまう。
 お気に入りの猫のぬいぐるみを引きずり窓から身を乗り出すと、父と氷雨の友人達が何やらはしゃいでいる。
 歌を生業にしていた父が声高らかに、即興で歌う曲はとても心地よいものだった。
 どうしたのかと階下に降りようとして転びかけたが、猫のぬいぐるみが文字通りクッションになったお陰で母や叔母を起こすことは無かった……が、結局彼女自ら起こしにかかるので結果は同じ。
 違いと言えば父が監督不行き届きで芝生に埋められないぐらいであろうか。

 そして何事かと叔母に詰め寄られる氷雨と妻に笑顔で迫られる父を眺めながら、彼女は遠い西の空を見ていた。
「……バイバイ……」

 その頃、彼女の視線の遙か先にある滑走路ではと言うと……。
「あの、隊長〜?」
 着陸して、ランディングして次が降りるスペースを空けたはいいが、それっきり連絡の取れなくなっている隊長機を案ずる三機がいた。
 もっとも、その心配もその後の通信で全くの杞憂に終わってしまうのだが。
「……隊長さん、寝てます」
「流石に熟睡してる相手に居眠りは慎めて言っても無駄ですしねえ」
 地上ではコックピットで熟睡する英雄に呆れる軍曹が4人。その後ろには勿論管制官が。
 上空では仕方ないかと諦めムードの三人。
「ナガセ大尉、出番みたいですよ」
「そうみたいね。そのまま寝せておいて」
 彼女の溜息を合図に滑走路に降り立つラーズグリーズ隊。

 それが、公式には語られない、しかし多くの人々が目撃した最後の姿である。