ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Braves

 「人は群れる生き物なんだし、助けたい救いたいってのも人の本能なんじゃないかなあ」
 「敵兵に救われたこの命を実感する度に思う。手を取り合う事は出来るのにと」
 −シルバーホーク・ウイングマンとマネージャー−

2010年12月28日・シルバーホーク本拠
サンズ・ローランド

 私達がユージアに付いてからも戦争は収まる気配を見せず、むしろ激化の一途を辿っていた。
 ……つい先日までは。あの電話といい、最近何かが変わり始めている。
 最初に気付いたのは意外にも妻だった。
「どうしたんだ、マリー?」
「うん。もう今のオーシア側の放送は宛にならないと思ってネットで情報を集めてたのよ」
 不特定多数が意見を書き込むネット。まだ法整備の行き届いていないそこにはガセも数多くあるのだが、極右政権の道を歩き始めている今のオーシアでは、ここにこそ真実があると言って良かっただろう。
 あの手この手で真実を伝えようとする人達。一番多く使われる手段がユージア側のサーバーからの情報発信だったからここでの収拾は楽だったとか。
「軍人さんも書き込んでるみたい。あなたがお友達に電話した日から戦況が止まってるの。膠着状態とかじゃなくて、文字通り」
 今彼女が開いているページの半分は彼女が話したとおりの内容。
 もう半分には、ユークトバニア首都で起こった大規模な反戦デモの話が載っていた。
「なあ、こっちの方はどうなんだ?」
「もの凄いわよ。人口密度がオーシアの大体倍ぐらいの地域でしょ。警官隊も対処できない上に、首都防衛軍もそっちについちゃったりして……ちょっとしたクーデターよね」
 気が付けば皆がリビングの中央のテーブルに置かれたノートPCを囲む形になっていた。
 誰に促されたわけでもなくパウル大佐が口を開く。
「そんな状態で首都の喉元まで迫ってるオーシア軍が動かないってことは、誰かが止めてるか余力が無いかのどちらかだね。もしくは極度の混乱状態に動きを決めかねているか……と、ごめん、電話」
 電話の相手はどうやら奥さんだったらしい。ひーちゃんの友人達の中では最年長にして未だ独り身のレオン中佐がふてくされている。リロイ君にも先を越されていた上に、パウル大佐に「やーい三十路〜」とからかわれて大暴れしてセレネとマリーの姉妹連携に沈んだのがつい数分前のことだ。
 そしてマリーが開いたもう一つのページには、オーシア側でもやはり「ちょっとした」クーデターが起こったらしいという事が書かれていた。勿論公式見解は未だ無い。
 その内容は囚われの身だった大統領が好戦派から首都奪還と言う何ともヒロイックな話。
 だが何処にでもいるような口の軽い輩が書いたにしては恐ろしいほど整った文章だった。
 小説としてではなく記事として。記者が書くにしては冗談が過ぎる気がする。
「これ、本当だとしたらこの戦争は……」
 そう言いかけた所で背後に漂う殺気に言葉を止める。
「馬鹿共の火遊びだな」
 後ろから氷点下に冷え切った氷雨の声がする。振り向けばその瞳も恐ろしいぐらいに座っている。
 記事の内容を真に受けたのか、冗談と受け取ったのかは解らなかったが。
 この英雄、時代が時代なら気配で人を殺せそうだ……エレンが寝てなかったら多分泣いたな。
 だが、それには共感する。野心に狂った馬鹿共の為に払わされた犠牲。
 この記事が真実なら、今正に連中はツケを払わされようとしている事になるのがせめてもの救いか。
「氷雨、ちょっと悪いんだけどさ」
 そこへ用件を終わらせたらしい大佐が口を挟む。
「ん、どうしたの?」
「今、滑走路空いてる?」
 パウル大佐の迎えに彼の妻がやってきた。オーシアで何かあった煽りで仕事が出来てしまったと。
 それは、さっきの記事の内容を裏付けるような話でもあった。

 驚きの連続で、私は気づけなかった。
 あの記事によく似た文体を何度と無く目にしていた事に。

2010年12月27日・情報通信艦アンドロメダ艦内
アルベール・ジュネット

「ふ〜……」
 ここはアンドロメダ艦内の一室。うわさ話に紛れて、大統領が首都を奪還したこと、この戦争の真実の一部を書き終わった所だった。本当に一部だけ。大統領とニカノール首相の事と両国の好戦派の事。黒幕に関しては後の世界情勢も考え書かないことにした。ネットの匿名性を利用したとはいえ、こんな大胆な事ができるのも、オーレッドの機能が大統領の手に戻ったからこそだった。
 別の机では記事のベルカ語訳を引き受けてくれたブレイズ君と以前彼の寝言の翻訳で培ったノウハウを生かしてユーク語訳を書いてくれたグリム君が寝ている。彼にはサイトデザインにメッセージを仕込む役も頼んでしまったからかなりの重労働だっただろう。
 本当なら少佐にお願いするところだったのだが彼女にはユークから持ち出したディスク……かつてベルカで灰色の男達と呼ばれた者達の目論見が入ったそれの解析にかかっていた。
 余談だがブレイズ隊長の手は「S」と「R」のキーの上で止まっている。
 ひょっとしたらお兄さんが気付いてくれるかも知れませんよと言うグリムの提案に、悩み悩んだ末、結局彼は踏み止まったのだ。
 今回は私としても骨の折れる仕事だった。
 メッセージとサイトの背景に仕込んだのはTVのチャンネルと時刻。
 反撃の狼煙を上げる時間を、より多くの人々に知らせるべく工夫を凝らした。
 記事の内容ではなくそちらに注意を向けさせねばならなかったのだから。
 あと三日でどれだけ広まるのかは解らないが、これが私に出来る精一杯だった。

 オーレッドの奪還はなった、ニカノール首相の体調も殆ど全快。
 隊長がナガセ大尉に殴られた件も一過性で尾を引く気配は皆無。
 今ある憂いと言えば、エース達に思わぬ労働をさせてしまったぐらいだろうか。
 アドバイスだけで良かったのに、また張り切ってくれたものだから尚更。

 最後の出撃の時まで、彼等がゆっくりと休めるようになればいい。
 そんな願いはその翌々日、あっさり砕かれてしまう事になる。

ソル・ローランド大尉

 ニカノール首相の体調も回復し、いよいよハーリング大統領と合流と言う所で出発が遅れている。
 進路上に現れたユーク艦隊の説得に出向くと首相が少佐を連れて艦橋に向かってしまった。
 その為、俺達は今不測の事態に備え機体の前で待機中だ。
「なーに黄昏てんだブービー?」
 そしてエスコート役であるはずのバートレット隊長が暇を持て余して俺に絡んで来るんですが……。
「いえ、別に……」
「なーにが別にじゃー!人の女独占しやがってからにこんにゃろはー!」
「え?……そうなんですか?」
「解析の休憩時間=お前の昼寝中なのに構って貰えない滑稽さを思い知れー!」
 し、締め技は勘弁……て、痛い。本気で痛いですって!
 俺達、出撃するかもしれないのに。
 ナガセも笑ってないで助けてくれたっていいんじゃ……。
「で、ナガセにぶん殴られた件はどうなったのよ」
「……特に波風立たなかったです」
 あの後笑ってごめんなさいだったのは正直びっくりしたけど……。
「両手に花た良いご身分だこの色男が〜!」
「バ、バートレット隊長!、ちょ、本気で痛……!」
《ユーク艦隊の諸君、私は君たちの政府を代表する国家首相ニカノールだ。この……》
 そんなことをしている間にニカノール首相の説得が始まった。バートレット隊長と目配せする。
 期待している表情のグリムには申し訳ないのだが、効果があるかどうかは微妙と考えていた。
 哀しいかな、こう言うときの期待は往々にして裏切られると言う考えが染みついてしまっていた。
《オーシア空母ケストレルの艦上にいる。我がユークトバニアとオーシアの間に友情を取り戻すためだ。我々は再び……》
 ここで頭の痛くなるようなノイズが走る。次いで聞こえてきたのは陰湿な声。
《艦隊各艦に告ぐ。ユークトバニアとオーシアの間には憎悪しか存在しない。元首ニカノールは敵についた。これを敵と認め敵艦もろとも海中へ没セシメヨ》
 聞き覚えのある堅い発音。どうやら最初からそのつもりでここに来たらしい。
 バートレット隊長とやはりなと二人で溜息をつき、コックピットへ。そしてまた別な声が割り込む。
《しかし司令官。仮にも元首のお言葉です。我々だって理不尽な戦いは御免なのです。戦闘の中止を!》
 ユーク艦の一隻が艦隊の前へ、進路を塞ぐように立ちふさがる。
 期待より先に、不安が首をもたげる。駄目だ。逃げろ。だが艦橋に駆け上がるわけにさえ行かない。
《我に従う艦は艦隊の前を邪魔するフリゲート艦ピトムニクを撃沈せよ。撃ち方始め!》
 目の前の艦から火柱が上がる。
「何て事を……!」
 やっと降りた発艦許可。解ってはいても、唇を噛みしめずにはいられなかった。

ユークトバニア駆逐艦チゥーダ

 目の前で同僚が沈んでいく光景。それを彼等は息を飲んで見ていた。
 艦内の空気がニカノール首相の言葉が聞こえたときとは違う意味でざわつく。
 僅かな希望を含んだそれが恐怖と絶望のそれに取って代わっていた。
 他の艦も似通った状況なのか、それとも?
 あの耳障りなノイズが僅かに、まるであれが見せしめであるかのように耳に残る。
 甲板に目を向けると友人が乗っていたのか必死に叫ぶ男の姿が見える。
 他の乗組員達がこれでいいのかと目で訴える。
 だがここにいる数十倍以上の命を預かる身として、そう易々と反旗を翻せないのも事実であった。
 ノイズが響く。
《こちら栄えあるユーク海軍ミサイル駆逐艦グムラク!同僚の撃沈を命じる艦隊司令官とは行動をともに出来ない。我々はニカノール首相を護る同意する艦は我に従え!!》
 艦内は元より、甲板からまでざわめきが聞こえてきた。
 だが、艦長を動かしたのはその声では無く、オーシア側の空母から発艦しようとする戦闘機のシルエットが見えた時だった。
「我々も行く!真の裏切り者がどちらかは明白だ!」
 前進する艦。喝采に湧く乗員に喜ぶのは生き残ってからだと釘を差す。
《旗艦に従わぬ艦は攻撃する》
 そんな調子だから部下に見放されるのだと皮肉った笑みが浮かぶ。
 ピトムニクが動き、グムラクがそれを引き継いだ。
 ここで黙っているようでは栄えあるユーク艦隊の名が廃る。
《こちら駆逐艦ドゥープ!ピトムニクの連中はこっちで何とかするぞ!》
 真後ろにいた艦が砲口を向けていたが、戸惑っているのか射程外に出るのは楽だった。
 何度目かになるノイズ。聞こえてきたのは、歌だった。
 優しく穏やかな旋律。ユーク語に訳して何度と無く歌ったことのある旋律。
《今、我々に味方する心が現れた。勇気ある彼らを護れ!戦闘開始。我々は孤独ではない!》
 あのシルエットに見た直感の様なものが正解だったと確信するのはそれから数分後の事である。
「……Journey Homeに今のお言葉、嬉しいじゃないか」

ブレイズ

「何てことだ!自分たちの仲間を撃っている!」
 胃の当たりが冷えてく。発艦直後に甲板からこぼれ落ちていく艦の乗員をまともに見た。
「こちらケストレルCIC、敵性艦の識別データを送る。味方に被害を出すな。出来るか?」
「大丈夫だ」
 一隻、沈みかけた艦に寄り添う艦。
「救助活動に出てる艦を重点的に支援、連中を沈めるのは彼等を合流させてからだ」
 その上空をフライパス。流石にこのまま司令艦を沈める事はかなわなかったが放ったミサイルは一本突き刺さった。それでも止まる気配を見せない。
「隊長、敵航空部隊の発艦を確認しました」
 空母は、艦隊の向こう側か。また一機発艦するのが見えた。
「ナガセ、後ろを頼む」
「了解!」
 さらに周辺をグリム達に任せて機首を空母に向ける。ガンレティクルを空母中央、カタパルトに合わせトリガーを引いた。発艦能力を失ったのを確認して反転、上空の敵機を落とし、友軍艦に砲口を向けていた艦に銃弾を浴びせる。また体感温度が1〜2度下がるような感覚を背に感じる。
「上空の戦闘機は……もしかしてラーズグリーズか?」
 聞こえた通信に肯定の意を示す。
「やはりそうか!こちらユークトバニア駆逐艦チゥーダ。共に戦うことが出来て光栄だ」
 静観を決め込んでいたはずの艦がこちらの戦列に加わり出す。
 少し仕事が増えたが、彼等の支援射撃もあって差し引き0……いや、少しは楽か。
「見ろ!戦いが新たな局面を迎えている」
「すみません。新艦隊の姿に涙がにじんできちゃいました」
 大丈夫。
 まだ行ける。
 まだ頑張れる。
「それは最後までとっておけ」

「味方艦隊接近中」
「味方とはオーシア艦のことか。ふうむ、無駄かもしれんが援助を要請してみたまえ」
 数に物を言わせるユーク……いや、敵艦隊。
 長時間に渡る集中と緊張の中にいながら、不思議とその艦隊に期待を抱けなかった。
「オーシア艦隊は先ほどまでの通信を傍受していたようです」
「こちらのことをユークと手を組んだ裏切り者といっています」
 甘さが抜けたと思うか人間不信になったと言うかは微妙なところか。
 先にこの艦隊が誰の勢力圏を通って来たのかを考えていれば前者で片づいたろうに。
「オーシア艦隊が敵に回った!」
「IFFも作動しない!本当に撃ってくるぞ!」
 いや、もはやこの戦いに国籍など何の意味も持たないと悟ってしまったのかもしれない。もしそうだとしたなら、頭の中に並ぶ言い訳とこの数分で何度下がったか解らない体感温度の説明がつかないか。
「だが、ここで落ちるわけにはいかない!」

オーシア空母バーベットの倉庫

 倉庫の奥に一人の男が転がされている。両手足は縛られ破けたパイロットスーツから覗く痣が痛々しい。
「腹減ったぞー。飯はまだかー?」
 当人にはまだ悪態を付く元気が十二分にあるようなのだが。
「お前よ……上官殴り倒して命あるだけでも儲け物だろう」
 その前にいるのは一週間前からの同僚。何のとばっちりか自分の監視を命じられた哀れな男である。
 事の発端はブリーフィング。彼等の攻撃目標はユークのムルスカ基地。
 ……及び、その周辺の民間施設。
「しかしまあ随分ムキになったもんだ。飛ばされたのも納得いくよ」
「……お前ね、まさか民間人やるわけにいかないだろうが」
「あの馬鹿リンゴの私兵部隊なんて揶揄される場所に来て、そこまで言える奴がいるとはね」
 噂というのは広まるもの。
 民間人の犠牲を辞さない命令を下す指揮官がいるとか。
 そんな汚れ役を専門にするような部隊がいるとか。
 ウォードッグ隊は撃墜されたのではなく処刑されたとか。
 嫌でも耳に入ってくるのだ。
 そしてサンド島に寄ったとき、その噂が事実であると確認した。
 アシュレイと名乗った陰気な男。人当たりは良いが近寄りがたい基地司令のハミルトン少佐。
 否定する材料があるとしたら僅かな滞在時間の間に捕まえたハミルトン少佐との会話だろうか。
 否。あれはあれでより噂に真実味を与えるに過ぎなかったか。

 唐突すぎる問いかけだったが、少しの間を奥と快く話してくれた。
「素晴らしいパイロットだったよ。だが、少し優しすぎた」
 単数形に疑問を感じたが、彼等を率いた隊長の事だと教えてくれた。
「それが彼の強さだったのだろうな……」
「仲、良かったんですね」
 哀しげに伏せた目。あの噂が真実だとしても、この人はきっとまだ信じているのだろうと思った。
「そうだな。ベルカ空軍だったという父親に興味があったのも事実だが……私には生涯得られない類の強さに惹かれたのもあるのだろうな」
 その時見せた自虐の笑みの意味を、考えようとは思わなかった。

 そこまで思い返した所で眠っていたことに気が付いた。
 大立ち回りして殴られて、空戦並に体力を浪費したのだから仕方がなかっただろう。
 目の前にはお世辞にも暖かいとは言えないがカレーが置かれていた。
 食器下のメモにはこう書かれている。
「命あってのモノダネ。もうちょっと要領良く振る舞えよ」
 それを見て、男は溜息混じりに呟いた。
「んなこと言ったって、あの『小さな曲芸飛行士』と約束しちまったんだからしょうがねぇだろ」
 そして目の前のごちそうにありつこうとしたとき、自分の両手が自由になっていることに気が付いた。
 ライスが入っていると思っていた中には何故か小型拳銃が。
「あいつ、んな性格してっからこんなとこ飛ばされたんじゃねぇのか……?」

 何時間寝ていたのか、気が付けば空母は戦場に浮いていた。
 倉庫から艦橋に出るまでの間に、この戦闘に戸惑う乗組員の顔を何度と無く見た。
 彼等を率いて艦橋の……艦長がいる部屋の前に張り付く。
「さっきから上を飛んでいるのは……ラーズグリーズの奴らじゃないか?」
 窓の外、駆逐艦の一斉射撃を物ともせず沈める黒い機体が見えた。
「……そうだ、ラーズグリーズだ。忌々しい厄病神め……」
 その言葉に合わせるよう男は扉を蹴破り押し入った。
「そ。戦争大嫌いな美人の疫病神様さ」
 押し掛け、制圧。司令室の面々も協力してくれたお陰で楽だった。
 勝ち鬨とばかりマイクを手に取ろうとしてさっきまで協力してくれた面々に取り押さえられる。
「今寝返り宣言したら目の前の駆逐艦の餌食ですってば」
「む、もご〜……」
 カタパルトのほぼ真上を黒い機体が掠めるのが見えた。
 通信機に卯さえ付けられる形になった男の耳に混線したのか「彼女達」の声が入る。
《グリム、あの機体、空だ!!》
《りょ、了解!!》
 次の瞬間空母の後方に派手な火柱が上がる。
 不安を感じて甲板を見下ろせばあの男が暢気に掌を振っている。
「おいおい……一体幾らの花火だよあれ……」

サンズ・ローランド

 あれから妻はもっと確かな情報は無いかとPCと睨めっこを続けていた。
「なあ、少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「戦う義弟達が三人もいるのに、一人ゆっくり休むわけにもいかないでしょう?」
 この戦争の現状、前線兵士達の本音、そしてその背後にある不自然さへの指摘。
 ちょっと法の網の裏を覗き見ただけで出るわ出るわ……15年前とは事情が違う。
 遅かれ早かれこのネットワークは極右政権を潰せると思わせてくれる。
「俺もちょっとネットやってみるかねえ……」
「あなたはあなたで、気持ちはすっかり現役レジスタンスに戻ってなくて?その口調、初めて聞いたわ」
「……それ、まさかネットで?」
 そうだとすると恐ろしい事態のような。片足突っ込んだ程度で、あの頃の事は余り口にしたくないと言う思いから彼女に直接告げたことも無かったのに。
「いいえ。義母様から。あの人、あなたのことは私に一任するつもりだったらしいわ」
 俺、母さんに話したこと無いぞ……納得の行く話ではあるが良く生きてたな自分。
「ああそうそう。オーレッドとこっちの時差って解る?」
 その問いに即答したのは私では無かった。
「こっちが5時間早い」
 大佐からの電話を受け取っていたひーちゃん。今受話器はリロイ君に回っている。
 が、その後ろで頭脳労働は仕事ではないとここに残ったレオン中佐のこめかみがひくついているので、多分電話口にいるのは女性士官なんだろう。
「で、時差がどうしたんだ?」
「オーシアの放送局、オーレッドの時間で22時……こっちの時間だと一日またいだ午前3時になるわね。何かあるみたい」
「……お父さんどうしたのー?」
「ちょ、エレンまだ起きてたのか!?」
 私達夫婦には、エレンを寝かしつけるというやっかいなミッションが待ってそうだ。
 今23時なのに4歳児が眠い目をこする気配も無いってやばいぞ。

ソル・ローランド大尉

「隊長、お疲れさま」
 時間が進むに連れ、多勢に無勢の状況が入れ替わり始めた。
 空母を除けば戦闘能力を失っていない彼等の支援は大きかった。
 そして戦闘能力を失った空母の乗組員達が人命救助に尽力。
 半個艦隊に満たなかった勢力が、気が付けば二個艦隊分に匹敵する勢力になっていた。
 勿論代償は大きい。そして俺もその代償を払わされていた。
「はい。何か飲んでおいた方がいいわ」
「ああ……ありがとう」
 着艦した俺に襲いかかってきたのは睡魔でなく貧血だった。
 胃を痛めつけられた反動がこんな形で帰ってきてしまい、ナガセに渡されたスポーツドリンクも徐々にしか減っていかない。その感覚にまだ大丈夫だと自分に言い聞かせながら、通信越しに繰り広げられる即席艦隊の会議に耳を傾けていた。今の問題はカタパルトを完膚無きまでに潰された両陣営の空母に入ってる機体についてか……。
《航空要員の殆ども無事だ。どこか寄港できればそこから支援に飛べるんだが》
《ここからだとサンド島か?》
 オーシア空母の通信機にいるのは艦橋を乗っ取ったと言うなんとも豪気な男だった。
 こっちはグリムとおやじさんが出ている。グリムがいるのは新艦隊の姿への感動覚めやらぬと言う所か。
《あそこはやめておいた方がいい。今や『敵』の伏魔殿と化しているだろうからね》
《うわあ……あそこの基地司令さんアンタらの顔見たら喜びそうだったんだけどなー》
《は?》
 グリム……そんな露骨に返さなくても、いや俺もあの豚司令がそんな事考えてるとは思えないが。
《ハミルトン司令いい人に見えたんだけど、違うのか?》
《ああ『隊長だけ』なら喜んだかもしれませんね》
 そしてグリムもそんな返答するのか。
「……ナガセ、改めてぶん殴りに行きたく無いか?」
「隊長、グリムで我慢しておきましょう」
 しかしハミルトン基地司令か……となると、ペロー大佐はもう始末されたと考えるのが無難か。
 お世辞にも良い上司とは言えなかったが、流石に同情を禁じ得ない。

サンド島

「失敗したらしいな」
「役立たず共が……」
 大統領が首都に戻った以上、自分達が動かせる最後の海上勢力が沈んだ事になる。
 だがそれ以上にハミルトンには気がかりなことがあった。
「まさか彼等が生きているとはな」
「手ぬるいぞアレン。救助と称してトドメを刺してやるぐらいで無くては」
 その言葉にハミルトンが僅かに眉をひそめる。
「それとも、情が移ったか?」
「……ご安心を。空で葬ってやるのが彼等への礼儀だ」
 仕向けた艦隊の半分以上が彼等に寝返ったと聞く。
「ブレイズ……そんなものは、夢に過ぎないぞ」
 そう呟くと彼は幾日ぶりかになるパイロットスーツを纏い、機体へと滑り込んだ。