ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Innocent

 我々はこんな事の為にあれを作ったのでは無かったのに。
 −ストーンヘンジ開発者の一人−

シリル・コーウェン少佐

 私はまた、あのバーに足を運んでいる。いらぬ事を知りすぎたのだと言うことはあまりに分かり切っていたが為に私はサンド島を離れる事を余儀なくされた。なんだかんだで良き友人であったパイロットの死に対する療養の様な意味でもあったのか、口封じの機会を狙われているのかは解らなかったが。
 どちらにせよ、干されている事に変わりはなかったが。
「今日発つことにしたよ」
 やはりバーは日が暮れてからが書き入れ時。日が昇っているうちに足を運ぶ唯一の男がそう切り出した。
「そうか……となるとこんな時間に足を運ぶのは私だけになるのか?」
「ま、そう言うことになるな。マスターの愚痴でも聞いてやってくれ」
「所で……そのぬいぐるみはなんだ?」
 テーブルの上を浮き輪に入った巨大な猫のぬいぐるみが陣取っている。
 リボンの巻かれたビニールの包装越しになんとも言えない表情でこっちを見ている。
「ああ、娘にね。あの子猫好きなんだ」
「そうか」
 何を話すでも無く、時間だけが過ぎていく。
 私は迷っていた。あの時脳裏を過ぎった僅かな希望をこの男に伝えるかどうか。
 伯父を待っているだろう猫好きな少女に伝えるかどうかは彼が決めることだが。

 友人を待たせていたらしく、短い間とは言え付き合いのあった彼を見送るべく飛行場へ足を伸ばす。
 そこで待っていた青いリボンで髪を纏めた青年とジーンズで上下を会わせた女性。
 青年には見覚えがあったのだが、どうしても思い出せない。
 ただ……。
『何やってんだ通訳ーっ!?』
『電話番にとうとう大佐が出るようになったか……』
 彼等の母言語はどうやらナガセ大尉(スパイ容疑のため二階級特進無し)と同じものらしい。
 通訳……電話番……大佐……これでますます持って正体が……。
 あ、思い出した。アピート国際空港の新聞に乗っていた曲芸飛行士だ。
 ……余計に繋がりが解らない。
「んでよ、その包み何だ?」
「エレンへのおみやげ♪」
 あ、サンズが女性の方に殴られて卍固め決められてる。
 とても会話できる状況では無いので青年に会話を振ってみる。
「つかぬ事を聞くが……」
「なんですか?」
「あれに三人で乗るのか?」
 彼等の足として使っているのは練習機として知れるHAWK機。複座型ではあるのだが……。
「まあ戦闘機動するわけじゃ無いし詰めれば何とか」
「人形込みでか?」
「僕は前に一人で座るわけだし」
 ……知ったことではないと言うわけか。

 そしてバーのマスターと一緒に飛び立っていく彼等を見送る。
 Gを殆どかけていないにも関わらず新鋭機のそれと見紛うような機動と飛行機雲を描いて飛び立っていく。
 結局、あの時見つけた希望を、彼に話すことは出来なかった。
 内心それで良かったのだと思っている。だが、これは私の落ち度だ。
 そんなとき、終始無言だったマスターが口を開いた。
「少佐さん、空軍の人だったね」
「ええ、それが……何か?」
 一瞬言葉が竦む。髭と白髪に覆われた向こうから見えたのは、修羅場を知る目だった。
「アシュレイという男を知らないか?」

 ソル・ローランド大尉

 それを見つけたとき、何事かと首を傾げた。
 ケストレルにあることは特に不思議ではない。拾われたとき既に彼女が持っているのを確認したから。
 赤い表紙に金糸の文字で書かれたタイトルの絵本。ナガセがそれを手放した所を俺は見たことがない。
 雪山の一件でジュネットに見られたと言う話を聞く限り戦闘機にまで持ち込んではいなかったらしいが、その後はどうかしらない。ここまで持ってきたんだからパイロットスーツにでも突っ込んでいたのかもしれない。
 ふと、胸ポケットに突っ込んである兄の形見と空砲しか入ってないデザートイーグルに意識が向く。
(俺も人のことは言えないか)
 そんなことを考えている間に本を拾い上げた手はいくつかページをめくっていた。
 見つかったら多分やばいとは思いつつ。そう言えばその後ジュネットはどうなったのだろう?

 姫君に拾われた瀕死の鳩。
 鳩は姫君に愛されながら籠の中で暮らす事を選んだ。
 そんなとき、姫君が病に伏せてしまう。
 鳩はかつて親鳥から聞いたあらゆる病を治す魔法の木の実の話を思い出す。
 籠の生活に慣れきっていた鳩は大好きな姫君の為、外の世界へ抜け出す事を決意する。
 そして……。

 一文一文を引き金に朧な記憶が蘇ってくる。俺の知っている話。大嫌いだった話。

 数ページを待たずに手に違和感を覚えて本に目を落とす。
 姫君が病に伏せる少し前のシーンからページが破けて無くなっていた。
 代わりにナガセの字で描いてあるメモが張り付けてあった。
 記憶に沈んでいた本文を思い出す。ただ最後の、一番嫌いな部分だけが、まだ真っ白いまま。
 本文の横に、物語とは関係のない言葉もいくつか書き込まれていた。
 中世の物語の中に、現代の話がいくつか紛れ込んでいる……。
「ブレイズ?」
「!!」

ケイ・ナガセ大尉

 あの本が無いことに気付くまでに随分時間がかかっていたとは思っていたが……。
「あ、いや、その、えと……」
 よりによってこの人とは。そしてそんなに怯えなくてもいいのに。
「そんなに怯えなくてもいいわよ。こんなとこに置いていっちゃった私が悪いんだし」
 そう言ってもまだ叱られた子供みたいな顔をしている。
「いや、ちょっと意外でさ……随分大事そうにしていたのになって……」
 ここまで口を開いて何か不味いことを言ったと思ったのかまた口ごもる。
 空での判断力は何処へ置いて……それこそコックピットにでも置いていったのだろうか?
「大事な物、なんだな」
「そうだったんだけど……置き忘れたの、これが初めてじゃないのよ」
 小さい頃の、あんなに大好きだった話なのに。
「……どうしちゃったのかしらね」
 今は思い出せ無いどころか、こうして置き去りにしてしまっている。
「思い出より、大事なものが出来たんじゃないかな」
「……!」
 突然ブレイズが言った言葉は即座に納得できるものだった。
 その代わり理解に必要以上に時間を要するものだった。
 ブレイズの方を見れば自分で言った癖に私と同じ様な心境だったのか、
「……あれ?……、……」
 最初は自信ありげだったようだが後になって思考が追いつかなくなったらしい。
 多分まだ理解の段階に到ってない。無言でおたおたしなくったって良いのに……。
「ふふ。そんなに冷や汗かかなくったっていいわよ」
 開戦前、こんなに分かり易い人間が身近にいたのかと何故気づけなかったのか。
 お互い他にすることも無い上話題も無い。(この人が自分から切り出すとは思ってないが)
 思い出より大事なものか……今あるとしたらと考えて、気が付いた。
 この人の思い出と呼ぶべき時期にあったのは……。
 分かり易くなってきたと思う一方、一部の事実が判明したために余計解らない事が増えたような……。
「……ブレイズ?」
 が、その当人はと言えば私の表情変化をどう受け取ったのか何か身構えている。
「大丈夫、怒ってない、怒ってないから」
「そ、そう?」
 まかりなりとも年上でしょう。隊長でしょう。
 頼むから目つき鋭い癖に子供のような表情作るのだけは……。
「……ぷ、あははははは」

「ブレイズの奴、そこで口説き文句の一つも言えば急接近出来たんじゃないのか?」
「ですよねー。今一歩の所で押しが弱いと言うか……好きな人の前では地が出ると言うか……」
「まあ、今更接近する必要もあまり無いのかもしれないけど」

「で、そこで何してんだ三人」
 あ、戻った。そして扉の向こうから聞こえる二人分の足音。
 彼がドアを開いた時にはスノー大尉とグリムは撤退済み、いたのはドアに挟まれたジュネットだけだった。
 かなりの勢いだったためか鼻の頭がちょっと、いや、かなり赤い。
「あ、ジュ、ジュネットさん……鼻、大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。あははは……あ、隊長、おやじさんが探してたよ」
「じゃあすぐ行きます」
 そして、部屋には私と、引くタイミングを逃したジュネットが残った。
「は、ははは……」
 あいつら、後でぶん殴ってやろうかしら。

 ブレイズ

 AsatによるオクチャブルスクN攻撃開始時刻1400。
 その知らせに、俺達は言葉を失った。Asatとはアークバード。Nとは、核を示している。
 アークバードがベルカの手に落ちた。そして今、その腹に核を抱えている。
 平和の象徴は、容易くその姿を変えた。
 おやじさんの説明を引き継いだのは大統領。
 ケストレルから幾度と無く停戦を呼びかけてはプロパガンダと握りつぶされてきたその顔に、もはや隠しきれないほどの疲労の色が浮かんでいた。
「だが、アークバードが攻撃目標に辿り着くには一度降下しなければならない。その時を捕まえる」
 その表情に迷いは無かった。
 それに関しては自分も同様だったが、一つだけ気がかりなことがあった。
 だが、ナガセ当人に迷いとかそう言った感情は見て取れず、むしろ決心の硬さが伝わるような……。
 思い入れがある故か、俺は余りアークバードの事を考えた事が無いせいだろうか。
「ブレイズ君」
「はい」
 出撃直前に大統領に呼び止められた。ナガセと似たような目をしていた。
 決心を固めた顔。この間のおやじさんの用事といい、何か知ってそうだな。
「よろしく頼む」
「……任せて下さい」

 雲を眼下に見下ろす高度。真下に海を見下ろす晴天の中に一つ白い影が見える。
「もう少しなのに、奴等の後手ばかりだ。隊長、そう思いませんか?」
「大丈夫、直に追いつくさ」
 グリムの気持ちもまあ分かる。だが、今はこうしてその行動を阻止できる場所まで来た。
「分かっています。僕も諦めたわけではありません」
 諦めるどころか、ここから頑張らなくてどうするんだ。
「あの高度まで上がるのは大変だ……ナガセ大尉、大丈夫ですか?」
「何が?……待って、アークバードが」
 その腹から、小さな卵のように見えたのは脱出カプセル。同時に聞こえてきた僅かなノイズ。

『アドラーよりシャンツェ。奴が逃げた』
『オーシア人の飛行士か』
『用済みの技術者だが……ちくしょう、制御装置に何か細工をして行きやがった』
『そのスイッチを切れ』
『くそっ、減速した。大気圏に深く突っ込む』

 ベルカ語の会話……どうやら通信系統にまで細工をしてくれていたらしい。
「隊長、こちらアーチャー。アークバードの侵入角度が深すぎませんか?」
「ああ。今がチャンスだ!」
「アーチャー、こちらエッジ。確認したわ、これなら墜とせるわね」
「ナガセ大尉……」
 グリムの心配事はそっちか……あの表情をみたら、そんな素振りは出来なくなるぞ。
「攻撃位置につきました。指示をどうぞ」
 必要以上に感情を押し殺した声が、帰還後にどう響くかは解らないけどな……。
「よし、行くぞ!」

『アドラーよりシャンツェ。攻撃を受けている!』
 どうやら連中、自分達の会話がダダ漏れなのに気が付いていないらしい。
 しかしこの交信、何処からなのか探れれば良いんだが……こう言うときあの口うるさい管制官が懐かしい。
『なんだと?オーシア軍は我々の手の内にあるはずだ。何者が……』
『黒いボディ、例のマーク……奴らだ。オヴニル戦闘機隊の生存者が話していたラーズグリーズの亡霊だ!』
『フォーゲルを飛ばせ。撃退しろ!』

「無人戦闘機、多数!こっちに来る!」
「あんな射出口、元のデザインに無かった!!」
 どうやら、平和の象徴は、長い時間を掛けてじわじわとその役割をねじ曲げられていたようだ。
「無人機は俺とスノー大尉で相手をする。ナガセとグリムは全兵装使用を許可!」
「了解しました!!」
 グリムのランチャーと……ナガセのは、完全な私情だな。まあ兵装にさしたる差が無いのも事実だが。
『シャンツェよりアドラー、とにかく高度を上げろ!』
『ブースターのカウントダウン中!』
 ベルカ語の通信、本当で向こうは気付いてないようだな。
 自分達と同じ言語圏の人間にやりとりが筒抜けなのも。
「ブースター、どこだ?」
「アークバードの腹側、あれを壊せばもう宇宙へは帰れなくなる!!」
 無人機を始末した俺は下側からそれに狙いを定めようとした。
『この、エネルギーを充填しろ。焼き落としてくれる!!』
 だがその照準はブースターではなく文字通り腹の中央、僅かに出っ張ったレーザーモジュール。
「全機上昇!レーザー来るぞ!!」
 俺が撃ったミサイル二発のうち一発は文字通り焼き落とされた。
 機体のギリギリを紫色の光線が走り、空気が焼き切られるような音がする。
「ったく、何て化け物だ!!」
「通信から発射まで時間があったし、あの時のままなら連発は出来ないはずだ!」
 連発……嫌なことを思い出す。考えるなブレイズ。
 過去に戻れたってろくな結果にならないんだから……!
「かつての理想を落とそうとしてるんだ、僕達」
「グリム、それを引き継ぐのは俺達だ」
 平和と融和の象徴。死の女神を乗せた黒い翼には不似合いかもしれないが。

「ロケットブースターの破壊を確認!」

『くそっ、高度が落ちる』
『アドラー、その場合の第2作戦はわかっているな』
『わかっている。ここから近いオーシア領土へ行き、核を起爆させる』

「こいつら……!」
 煮えくりそうなはらわたを押さえたくなる。
 何処まで嫌な思いさせてくれれば気が済むんだ。
「ここまでして戦火を拡大させたいとはな……ブレイズ、信じられるか?」
 返答の代わりにまだ残っていたレーザー砲台にミサイルを撃ち込む。
「……相変わらず手厳しいな」

 アークバード背面のエンジン、続いて砲台が姿を現す。腹についていた砲台と同じ様な、この高度であんなレーザーが、いや、まて……。
 発射口に紫の光を確認したのと同時に機体を捻った。速射性に優れたレーザーだったが、横に流れる機体を捕らえきるには到らない。コイツは、高軌道を相手に想定したものじゃない。
「動きを止めるな!高軌道なら対応出来ない!」
 こっちがアークバード本来の役割を担う部分、隕石片のように打ち落とせると思ったら大間違いだ!
 どうやら最も近くにいる対象に砲台を自動で向けるらしいシステムの囮を俺が買って出て、残り全員でSAMを、レーザー砲を、そしてエンジンを削り取って行く。
 そのダメージが白い鳥を大きく揺らし、その高度を大きく落とす。

 もはや飛び上がる力も残っていないだろう。
「哀れだ」
 だがそれでもあがき続ける。死を許されない不死者のようだ。
「ええ、罪は人間の側にあります」
 もはや、このまま捨て置いてもコレは海へ没する定めだろう。
「人間がその使命をねじ曲げた。あなたはもう堕ちなさい!」
『われらの意思は絶えることなく受け継がれるだろう』
 その中に巣くう執念を抹殺するまで攻撃の手を休めるつもりはなかった。
『全砲門開け』
 通信を開く。それは、彼等への宣言。
Wir stellen die Kette des Hasses ab!!
『なんだと……!』
「全弾打ち込め。白い翼を解き放つ!!」
「エッジ、了解!!」

 レーザーとSAMのお陰でなかなか打ち込めなかった機銃をここぞとばかりに浴びせて行く。
 砲台を失い、脆弱になったその背は無惨に剥がれ落ちていく。
 最後のあがきだっただろう補助エンジンも鉄の雨に撃たれてあっけなく砕けていった。
 それでも火を上げる事はなく、アークバードはゆっくりとその身を海面に埋めていく。
 最後に大きな水柱を上げて……その最期を迎えた。

 奇跡的とも言うべきか、この時の墜落に巻き込まれた船舶はなく、
 またセレス海中央と言うことも手伝い、アークバード墜落を知る者は無かった。
 数年後引き上げ作業を請け負った男はこう語る。
「機銃と海水の浸食で見る影も無かった白い鳥が、
 まるで卵でも抱えるようにそれを封じ込めていた」と……。

 帰ってきた俺達を最初に迎えたのは思わぬ人物だった。
「君達かい?少しばかりの間だったが、飛びっぷりを拝見させてもらったよ」
 そう。あの時脱出した技術者その人。彼が通信機に細工を施した為に彼が脱出したことがアンドロメダにも届く事となり、そのカプセル回収にシーゴブリンが向かっていたのだ。
 彼の功績のお陰で連中の本拠の目処が立つかも知れないらしい。
 記録の上ではまだ衛星軌道にいるはずだった男がケストレルの新たな乗員に加わったわけだ。

シリル・コーウェン少佐

「アシュレイという男を知らないか?」
 その問いに、僅かに汗が滲んだのを感じる。
 その様子から、どうやら彼は事の次第を察してしまったらしい。
「なるほど……因果なものだの。詳しくは解らぬか?」
「知って、どうなさるおつもりですか?」
「さあな。ただ、もう理不尽な思いをする子供達を見とう無くてな」
「……やはり、裏ではそう言うことがあったのですね」
 俗に言うベルカン・バッシングと言う奴だ。自らの国に核を落とすと言う愚行のツケを払わされたのは他ならぬベルカの民。下手な同情も間違えば溝を産む事になっただろう。
「大人の世界では上手く行ったもんだ。もこうして店を構えているしな。ただ……子供の方はどうだろうな」
「確かに」
 政治がどうこう言った所で、子供達にまで浸透してくれるかは解らない。
 政治の力でそれを押さえようとしていた大人の世界でも、無かったわけではないのだから。
「……戦争は人の心に闇を植え付ける。そうなった子供ほどやっかいなもの無かろうて」
 すでに掠れて消えようとしている飛行機雲を眺めて老兵は言う。
「それが、巡り巡って何か起こさぬとも限らぬしな」

ソル・ローランド大尉

 ハーバートさんへの挨拶も程々に、俺はケストレルの甲板にいた。
「……ブレイズ、何してるの?」
「え、いや、その……ちょっとな」
 まさかナガセを探していたとはとても言えないか。
 その彼女の表情は、少し軟らかくなっていた。
「なあ、その、大丈夫か?」
 気になっていた。あんなに強く振る舞っていたのが、何らかの反動だったんじゃないかと。
「ふふ。大丈夫よ。あなたが言ったのよ?」
 え、俺?何か、言ったかな……いつもなら寝てるだろう時間故か全く思い出せない。
「……ひょっとして、忘れてる?」
「いや、その、ごめん」
 ただ解るのは、思ったより大丈夫そうだろうと言うこと。
 こう言うとき、彼女は強いよな……。
「ふふ。もう」
 笑ってはいたけど、やっぱりその目は海を向こうを見ていて……。
 ……肩に手を回すぐらい、いいよな?
「大丈夫。私は大丈夫だから」

ユージア大陸ファーバンティ西の片田舎。
シルバーホークの本拠。

 その日、その家には珍客が訪れていた。
「悪いね。急にお邪魔しちゃって」
 ISAFの軍服に身を包んだ青年。まだ30に到らぬ若者。名をパウル・ハミルトンと言う。
 かつてはノースポイントから終戦までを生き抜きメビウス中隊の二番機を勤めた男。
 情報部に移ってからは残存するエルジアの武装勢力の行動をいち早く封じ、大佐にまで上り詰めた男。
「でも先輩が電話に出ることなかったんじゃないですか?」
「いやちょっと脅かそうと思ったんだけど……整備士さんが出るのは予想外だったなあ……」
 そんな彼に応対しているのはマネージャーのリロイ・シギンズ。
 順調にいっていれば、パウルよりも優れたパイロットになり得たはずの若者である。
 その右目を覆う眼帯が、その「はず」となってしまった理由を示していたが。
 ちなみにパウルより優れていないパイロットの方が少ないという事実はこの際置いておく。
「そう言えば、4年前のツケがまだでしたよね。セ・ン・パ・イ?」
「……んー。いい眼帯あったら是非とも」
 唐突に彼氏を戦場へ連れだしてしまった事を思い出す。
 原因が上層部の怠慢にあったとは言え、彼の情報官としての唯一の汚点がこれであった。
「大丈夫。彼女のメインは関節技ダカラ」
 その背後に立つのはかつて、もはや数合わせではあったがエルジアで最強とも謳われた黄色中隊に属していた今も昔も変わらず7と呼ばれる男。
 これに今戻る途中であろうシルバーホークのリーダーと彼等を迎えに行った若者が戻ってきたなら、ユリシーズ戦役時代の話にでも花が咲くのだろうか?マルグレット・ローランドは父の帰りを待つ娘を膝に乗せながら彼等を見つめていた。
 なんだかんだで子供に気を遣う7や、気弱なパウルの性格を考えるとそれも無いかと、娘と空を見上げる。
「お父さん達、遅いねー」
「ホントねえ……空戦ごっこでもしてるんじゃないかしら?」
「レオン中佐が迎えですからねえ……」
「いやいや。流石に整備士さんやサンズさん乗せて戦闘機動はしないでしょう」
「アー。そういや俺、コモナで分捕っタ財布返して無いヨ」
「大丈夫。あの人はそんな事当の昔に忘れてますから」
「それじゃ無条件で絡まれるじゃないカー」
 暢気な会話。彼が無事に離陸したという報告を受ける前までパウルがどれだけそわそわしていたか知っている。それほどまでに、空に上がった彼に心配は無用と言うことなのだろう。
 膝の上に乗っていた重心がぐらりと動く。
「あ、ひーちゃんだ!!」
 その言葉に娘と窓の外のどちらに意識を向けるか一瞬の戸惑い。
 娘はその一瞬の間に扉を開け放ち庭の滑走路脇に陣取っていて、危ないからとリロイに運ばれている。その迅速さを見ると彼のパイロット復帰は十分可能なのではと思うほどだ。

「ただいま。エレン」

ノルト・ベルカ
シュティーア城バルコニー

『そうか……奴等、やはりオーシアに潜んでいたか』
 軍人が携帯電話を持って通話している。規律の厳しいベルカ航空隊においては珍しい光景だった。
 彼が腰掛けているのはつい先日国籍不明機の襲撃により出来た壁の大穴の縁である。
『……隊長……』
 貴重な文化遺産に大穴を開けられた以上に、そこで戦闘があったという事実が問題だった。
 ここ数ヶ月のオーシアの情勢に募らせていた危機感がこれを機に吹き出したらと思うととても笑えない。
『アルニム隊長!』
『え、ああ。ごめんカミラ。で、状況はどうなんだ?』
 カミラと呼ばれたのは、まだ若い女性パイロット。
『ダメですねえ……もぬけの殻になっちゃってました。流石に銃痕までは隠し切れて無かったみたいですけど、この間崩落した鉱山から保護した人といい……またあんな事にはなりませんよねえ?』
 ベルカの人間としては珍しく間延びした話し方をする娘が、かつて抉られたクレーターを見る。
『あんなことをさせないために、パイロットになったんだろう?』
『はい』
『こっちも尋ね人が見つかったけど……オーシアじゃ殴りに行くわけいかないしなあ〜』
 その大穴を見つめる瞳には、耐え難い悲壮感が揺れていた。