ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

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 思い出の跡地に思い出を捨てる。悪か無ぇな。
 −デイズ・ローランド−

 オーレッド路地裏

 全くの予想外だと、彼は自分の左右に陣取る男女を交互に見ながら彼はそう思っていた。
「で、何でユージアの情報官がここにいるんだよ」
 ふと彼等を見つけた時、上官の親友だからと言ってからかい半分で敬礼などするのではなかったと後悔していた。
「オーシアもユークも大国ですから、戦争が泥沼化すれば、ユージアへの影響も少なく無いんですよ」
 地上とは言え空戦において死神とまで呼ばれた男とその男も恐れる女性に丸一日追い回されるハメに成るなど思ってもいなかった。もっとも、途中で気付いた彼が声を掛けてくれなかったら日暮れを越してもその調子で走り続けていたのかも知れないが。
「しかしまあ、アンタが通訳の副官で良かったよ」
「通訳?」
「うん。大佐現役時代の愛称」
「氷雨、今はもう通訳いらねーよな」
「はは……彼が聞いたら泣きそう。にしても、過保護で人寄越した分けじゃ無いみたいだし……そんなに、今のオーシアは不味い状況ってことなのかな」
「ええ。正直、早く離れることをお勧めしますよ、メビウス1」
「このまま行けば次は世界ってわけだ……」
 呆れたように、若くして英雄になった男は空を仰いでいた。

サンズ・ローランド
 オーレッド路地裏の小さなバー

 ソルの訃報を受け取ってから、四日が過ぎようとしている。
 当て所無く彷徨っていた私の足は、小さなバーの手前で止まっていた。
 知らない店ではない。カウンターに今年で65になるマスターがいるのを確認すると、まだ「Closed」と書かれた看板のぶら下がったドアを開けた。
『お久しぶりです』
『これはまた、珍しい来客だな。ああ、その看板、OPENにしといてくれ』
 ベルカ語で挨拶をかわす。最初に目に付いたのは壁に貼られた新聞。ウォードッグ隊の、最初に見たソルの顔が隠れた奴からあの展示飛行の数日前のものまでが綺麗に並んでいた。もう一つ、目を引いたものがある。
 写真立てに入っていた写真。4人のパイロットが映ったその中に、知らない者が見ればソルのと間違えそうな若者が一人。
『本当に、親父そっくりだったんだな、あいつ……』
 父の若い頃の写真だ。
『……だった?』
 迂闊にも過去形で漏らした言葉。元々その話をするつもりで来たのだが。

 そんなときだった。最近では閑古鳥の鳴いているらしいこのバーに珍しく新顔の客が来たのは。
 見た感じは生真面目とかインテリとかそんな言葉が浮かぶメガネの男。
 その男はウォードック隊の記事を前に足を止めた。人がいないとついそっちに目を向けてしまう。
 動かない視線。記事の内容ではなく、その視線は写真だけを見つめていた。
 そんな事まで観察していた不躾な視線に流石に気付いたのか、男の顔がこっちを向く。
「なにか?」
「……いえ、随分食い入るように見てるなと」
「まあ、少し」
 男はそれだけ言うと私達から距離を取った席……あえて記事からは遠ざかるように席に着いた。
 路地裏であり壁しかない外の景色を見ながらと言う名目で。

 その会話をするのに第三者の存在は気にならなかった。
 オーシアに住んで長いが、ベルカ語が解る友人というのは未だにいない。
『そうか……あの子達はもう……』
『すみません。デイズの時に何かしら伝えるべきでした』
 しかも小声で話す分には、特に盗み聞きされる心配も無いと思っていたからだ。
『覚悟しているはずでした。彼等は悪魔でも英雄でもない、一人の人間にすぎないのだからと……まして、ノヴェンバーシティの一件で嫌と言うほどそれを思い知ったのに』
 いや、心の内側にあるもやもやを、吐き出したくてしょうがなかったからと言った方が良いのかもしれない。
『サンズ君……』
 何かを咎めようとするマスターにはお構いなし。
 いや、その時何を咎めようとしたのかにさえ気付かなかったのだが。
『あいつ……アレを引きずったままだったんじゃなかったのか……』
 感情の堰は思いの外脆い。後になって巡らせた思考に追いつめられる形で簡単に決壊してしまう。
『無理にでも連絡を取って何か言ってやれたら、ひょっとしてって……』
『サンズ』
 マスターに強い声で言われたのだって、沈み込んだ自分への喝としか思わなかったろう。
 いつの間にか隣に座っていた来客に気付かなければ。
『……少なくとも、そんなことは無かったよ』
 聞かれてた。それもしっかりと意味を分かって。これが15年前のベルカだったら命が無いところだったと思うと、私もかなり平和ボケしていたらしいことになる。
「……弟をご存じで?」
「ああ。良く知っている」
 マスターが溜息と一緒にハンカチをくれた。情けなくボロボロに泣いていた自分を見かねてのことだった。
 そして横に座っている……少佐の階級章を付けた男もマスターと似たようなものだったのだろう。
「何があったのかまでは解らなかったが、少なくとも、彼はそれを乗り越えていたよ」
「そうですか……だとしたら、どんな最期だったんですか?」
 大した答えなど期待してはいなかった。
 勇敢だったと、一言で終わらされても良かったとさえ思っていた。
「彼等は……」
 戸惑い気味の言葉に、私の知らぬ情報が含まれていなければ。
「彼等って……」
 力無く頷くぐらいすればまだ引き下がっただろうに、その男、顔には馬鹿正直なまでに「しまった」と書いてある。その意味は解らないが、何かある。そう思わせたのは私が、まだあの訃報に納得していないからだった。
「仲間を庇って墜ちたと」
 ここでカマを掛けてしまうあたりが自分でも何と言うべきか。
「いや、そう、だとしたら」
 ハッキリした答えは無い。そこで例の訃報を突き付けてやる。
 そんなことなど、書いてあるはずが無いのだ。
 ふと現場にいなかったと言う考えが過ぎったが、それにしたって動揺しすぎだ。
「……話していただこうか。少佐殿」
 父の形見の使い方としては、ある意味最悪だったかも知れない。
「友人の知人に銃を向けるのがベルカの流儀か?」
「ベルカの流儀……ね。手頃な孔があったから、捨ててきたよ」

 逃げ出すせめてその前に、真実を知っておきたかった。

ユークトバニア・パイヴェリーニャ峡谷

「なあアル……こほん。アリョーシャ。本当に大丈夫だと思うか?」
 深く暗い闇の底に彼等はいた。構成員は下は10代後半から上は30手前の若者達。
 その部屋の中央にあるのは数日前、彼等がユークのアグレッサー部隊から奪取してここまで持ち去った物だ。近くにある工具は僅かな光を受けてぼんやりと光っている。
 アリョーシャと呼ばれた青年達を初め数名はお情け程度の効果しか期待できないだろう防護服……いや、そう呼べるかどうかも解らない代物に身を包んでいる。
「大丈夫だよユーリー。あの人の言うことはいつだって当たっていたじゃないか」
「でもよ、この上に何があるかは知ってるだろ?」
 細く入り組んだ峡谷。更にその上空をAAシステムが覆っている。
 いわば曲がりくねったトンネルと言っても良かったかもしれない。
「あそこに戦闘機が本当に飛んで来ると思うか?」
「思うよ。僕はミスターBを信じる」
 何処までも真っ直ぐにミスターBと呼ばれる男を信じ通信機に向かうアリョーシャを眺めながら、ユーリーと呼ばれた青年は今は鉄板に閉ざされた空を仰いだ。
「そんなパイロットが来たら……それこそラーズグリーズの思し召しだよな」
 付けっぱなしの通信機。ミスターBが紛れ込ませたという暗号は果たして目的の人物に届いているのか?
 その意図は理解されているのか?その全ての結果が、今日分かる。
 警戒通信傍受用の機材からは時折雑音が混じって来る。その一方、ミスターBに言われた周波数を設定した通信機はウンとも寸とも言わない。
「ボリュームいじるか?」
「いやいやこれ以上下げたら警戒聞こえな……あ、ちょっと待って!」
 通信機に混じるノイズ。徐々に聞こえてきたのはオーシア語の発音。
「……も……発信者って……んな人なんでしょうね?」
「ユー……アン……セン……長?」
「……りゃあ是非……みた……」
 途切れがちな会話だがここにオーシア軍機が飛んでくる可能性は一つしかない。
「やっぱり来てくれた……戦闘機だ!!」

ブレイズ

 そこに来た俺達を最初に出迎えたのはグリムとさほど変わらないだろうアリョーシャと言う青年の声だった。
 この場所を知らせた暗号の主は軍事政権化したユークに対するレジスタンス達。
 戦争への懸念は確実に広がっている。行動を起こす人々がいたという事実は心強かった。
 流石に核兵器を奪取したと聞いたときには驚いたが。
「ああ、でも、本当に来てくれた。あの人のいったとおりだ」
「あの人?」
 それが、この暗号を、俺達に宛てた人物なのだろうか。
 俺達のことを知っている人……。
「隊長、レーダーに敵機です!!」
 もっともユーク側はそれを考えたり聞いたりする暇も与えてはくれないらしかったが。
 この狭い峡谷に数機の機影。恐らくはヘリコプターだろうか。
「各機散開して敵機を排除しよう。俺とナガセは右へ、グリムとスノー大尉は左を頼む」
 入り組んだ崖を縫うように飛ぶ。
 不安が無かったと言えば嘘になるが、思えばより狭いトンネルやレーダー網をつい最近抜けたばかり。
 グリムもその時を思い出させるような素っ頓狂な悲鳴を上げそうになって踏み止まってる。

「この洞窟から始めるぞ、合図で突入だ」
「早く見つけろ。何をしでかすか分からんぞ」

 相手が戦闘機ではなくヘリと言うのも幸いだった。
 向こうもまさか戦闘機でやって来るとは思いもしていなかったんだろう、通信越しに聞こえる狼狽ぶりはかなりのものだ。
「また爆音が……外の敵は阻止出来ているのですか?」
「大丈夫だ。解体の方に専念してくれ」
 アリョーシャ達を経由して入ってくるユークの警戒通信を聞く限り、殆どがダミーの洞窟で足止めを食っているらしい。だからといって、ヒヤヒヤせずに済むと言うわけでも無いし何より……。
「あっ!」
「え、な、なんですか!?」
 これはアリョーシャとグリムのやりとり……さっきも回路に通電したとか言ってたんだが……実況はいいから本当に解体「だけに」専念して欲しい、こんなのBGMにドッグファイトなんて絶対嫌だ……。
「カウンターが危険数値を示してる」
「ある程度の被爆は覚悟の上だ」
 そしてその言葉に背中が嫌な汗で濡れる。何度チャンネルを変えようとして踏み止まったか。
 もちろん出来るはずもない。そしてレーダーが何度目かになる機影を捉えた。
 その速度は、決してヘリのものではない……この谷間を戦闘機で入ってくるような連中。
 考える間も無く、アリョーシャ達の傍受する警戒通信から、答えは入ってきた。
「こちらオヴニル・ツー本当に現れたのは奴らなのか?」
「オヴニル・ワンそうらしい といっている『ラーズグリーズの悪魔』の亡霊だ」
「まさか、奴らはすべて海の藻屑と消えたはずだ。グラーバクの連中がそういっていたではないか」
「空戦で確かめるぞ。奴らがこの世の存在なのか」
 特有の堅い発音から察する必要もない。ユーク側のベルカ人アグレッサー部隊。
 彼等が散開していくのが遠目に見えた。真正面にいた機に打ち込もうとしたがこっちが避けるのに手一杯。
 すれ違った相手はそのまま他に狙いを定めて飛び去っていく。俺の相手は、まだ上空!
 キャノピーに影が刺す瞬間に機体を捻る。頭上を水面に向かい閃光が走る。
「ほう。今のを避けたか。聞こえているのだろう隊長機、いや、ラーズグリーズと呼んでやろうか?」
「……別に」
「どちらにせよ、死んで貰う」
 向こうの隊長機が俺の背後につく。周りも似たような状況なんだろう。
 飛んでもない早さで追い上げてくる敵機、土地勘もあるんだろうがこっちはやっと内部を把握して慣れてきたばかりだって言うのに何て機動だ。
 地の利は向こうに、しかもこっちと違って上空を押さえられてる訳でも無いのに馬鹿正直に谷間を塗ってくると言うことは余程自信があると言うことか……レーダーに目をやる、すぐ横の谷間をグリムが追われてる。
 ……まともに相手をしてやる義理はないか。
「どうした?逃げ回るしか脳のない腰抜けか」
 ……なんか五月蠅いし。
 スロットルを上げる。グリムが飛び抜けていく谷へ入り込む、グリムの機が頭上を掠め、追いかけてきた敵機の腹めがけて機関銃を撃ち込む。バランスを崩した機が何とか持ち直したがそのまま谷に激突してレーダーから消えた。おそらく最後に持ち直したのは脱出のためだろう。
「グリム、スノー大意の方を頼む!」
「了解しました!!」
 そのままレーダーにかかるかどうかスレスレの高度で反対側の谷へ回り込んでいく。
 それに面食らったのか反対側でパラシュートが開いたのがハッキリ見えた。
 小型機ならではとはいっても、随分無茶をやるようになってるじゃないかお前も。
 考える間もなくすぐ横を機銃の火花が掠める。この狭い谷間では僅かなロールとヨーで回避するのが手一杯か、更にスロットルを上げて引き離す他無かった。
「貴様、私を無視してタダで済むと思っているまい!」
「悪いね、俺は過保護なんだ」
 何処まで引きずる?いつまで持つ?カーブを利用してオーバーシュートさせることも考えたが向こうもその程度のことは察しがついているのか位置関係はなかなか変わらない。もう少し、もう少し先、開けた空間に出て、翼を最大限に広げて旋回する。もちろん向こうもその動きをトレースする……狙い通りに!
「エッジ、FOX2!!」
 この状況、サシで勝負するつもりは更々なかった。彼女の後ろの敵機を撃ち落とそうと思ったが、いたのはスノー大尉。その向こう側で既に切り離されたパラシュートが川を流れていた。
「ナガセ、ナイスキル」
「もう……」
 なんか呆れて物も言えない様な溜息が帰ってきた。やっぱ無茶だっただろうか?
「やっぱ隊長の援護が出来るのは彼女だけ、だな」
「ですね」
 やっと終わったと思ったんだが、アリョーシャ達の傍受する警戒通信越しに濁声が一つ入ってきた。
「貴様ーっ!よくも、よくもこの私を愚弄してくれたな!!」
 どうやらナガセに落とされたのがよほど悔しかったと見える。
 確かに向こうはサシで挑むつもりだったのを露骨に蹴ったのだから当然かも知れないが。
「通信機だけ別ですか……」
 オーシア語だったのは最初だけ。次はベルカ語、その次あたりになるとユーク語まで入り交じりだして俺ですら何を言っているのか解らない状態に……いや、聞き取れた単語の中に聞く人が聞けば血の花が咲いてしまいそうな言葉が混じっていたから拒否していたのかも知れない。
「貴様それでもバルト・ローランドの息子か!誇りは無いのかーっ!?」
 ……こいつもそのネタを使うか。
 もはやラーズグリーズ=ウォードッグ隊という図式はばれているらしいな。
「有名人だったんだな、隊長の親父さん」
「誇りか……手頃な孔に捨ててきた」
「あ、止まった」
 その直後に回線を切り替える音が聞こえたから、俺の一言が効いたのか、アリョーシャ達がチャンネルを変えたのかは解らなかった。だが今の俺には、誇りなんかよりずっと守るに足るものがあるのだけは本当だった。

「こちらアリョーシャ、解体が終わりました。僕等はこれから海に出てコイツを一部品ずつバラバラに捨てる。それでもうコレは誰にも使えなくなります。海に出るまで護衛をお願いしたいのですが」
「了解した。今どっちの方にいる?」
「ふふ。隊長さんの真下、ですよ」
「へ?」
 その声と同時、真下に気泡が上がったと思うと姿を現したのはユーク海軍の潜水艦だった。
 なるほど。洞窟の多いこの場所に逃げ込めば、洞窟を隠れ家にする気と思うだろう。
 それがそもそものフェイクだったわけだ。彼等を仕込んだのは相当の切れ者だな。そう言えば……。
 ふいに思い出した疑問をアリョーシャにぶつけてみた。
「なあ、最初に言っていたあの人と言うのは誰なんだ?」
 俺達が来ることを知っていた人。
 学生達を立派なレジスタンスに鍛え上げた人。
「僕達も名前は知らないんです。でも、隊長さん宛にメッセージがあります」
 それはきっとここまできて答えが出なかったと言ったらきっと拳骨の一つはくれそうな人だった。
「ブービー、いい隊長ぶりだって言うじゃねえか」
「!」
 俺のことをブービーと呼ぶ人と言ったら……ユークにいて俺達のことを知っている人と言ったら……。
「解りましたか?」
「ええ、はっきりと!!」
 ナガセの声が明るい。……アイツがいたら、きっと「まーだ気にしてたのかい」ぐらいは言いそうなぐらい。
 もっとも、バートレット隊長はアイツの予想を上回ってた。捕虜を仕切まくるどころか捕虜に甘んじることさえしないでこんな大暴れをしてくれていたんだから。
 その知らせはアリョーシャ達の解体を待っていた時の心労も、オブニルへの憤りも、今日一日にあったこと全部何もかも吹き飛ばすのに十分だった。

サンダーヘッドと呼ばれた男。

 結局、何もかもを、少なくとも私が知っている限りの事を洗いざらい話すハメになってしまった。
 軍内部で事件があったとき、当事者の身内に事情を説明するのがどれだけ危険か解っていたろうに。
 ……いや、それを徹底するのなら最初から彼に声などかけなければ良かったのだ。
 銃口を向けられたからではない。マスターが扉に電子ロックをかけたからでも無い。
 見ていられなかった。
 私の甘さだった。
 お前は修羅場を知らない。教官に言われた言葉を思い出す。
「謀殺……か」
 横で私を逃がすまいと肩に手を回していた男が殆ど水に近い酒を飲み干す。
 私も目の前に出されたグラスに少し口を付けた……こっちは本当に水だ。
「……私は、何も出来なかった」
「あなたが自分を責める事はありませんよ、少佐。おかしな話だが……納得がいってしまった。あの子は、そう言う計りごとに対抗するには、真っ直ぐ過ぎる所があったから……」
 それ以上の会話は続かなかった。今度はそれなりにアルコールの効いているだろう酒を飲み干したところで、会話も注文も途絶えて、私もそろそろ戻らねばならなくなった。
「そう言えば、少佐さん」
「何か?」
「名前を聞いていなかった」
 見ればマスターがおそらく電子ロックのそれだろうリモコンをちらつかせている。
 ここまで話してしまったらもう名乗るまで帰してはくれそうにないな。
「……シリル、シリル・コーウェンだ」
「また、こうして飲み交わしたいですよ。ユージアから戻ったときにでも。ね、コーウェン少佐」
「あ、ああ」
 だが、酒場を出たとき振り向けば、ガラス越しにはやはり咽び泣いている男が一人いるのだ。
 私と目があったマスターが困ったものだとでも言うように笑う。
 戦争に従事するものとて、数ヶ月の付き合いの親友を失った痛みは未だ癒えない。
 まして民間人の、20数年を共にしてきた彼のそれを、推し量る事など出来ない。
 何故あんなにもあっさりと逝ってしまったのだ。どうしてあんなにもあっさりと墜ちて……。
 そう。私は覚えていた。あの時、あの場所の状況を。
 彼等は元より、おやじさんと一緒に乗っていたのはただのジャーナリストだ。
 彼等がそれを逃がそうともせず墜ちるのものなのか?
 まだ年端もいかぬ少年があんなにもあっさりと死を受け入れられるものなのか?
 一番機を落とさせないと頑なに二番機に固執した彼女が隊長を守ろうとしないものなのか?
 列機を落とさせまいと誓った男が、何もせず傍観できるものなのか?
 そう……彼等を落としたのは、かつて彼等が救ったケストレルの搭乗員。
 撃墜地点の調査に出向いたヘリもケストレル所属の……。
「……!」
 まさか。だが、都合の良い考えは脳裏から離れることはなかった。
 生きているとしたら、もしかしたら……!
 頭にかかっていた靄が払われていくような感覚が消えることはなかった。
 距離を置いた途端に路地に埋もれてしまったバーを振り返る。

「太陽の名に、偽りは無いと言うことか」