ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Resolve

 私の翼を貸してやろう。その覚悟があるのなら。
 −童話「Knights of Razgriz」より−

 オーレッドのホテル1Fロビー

『大丈夫かな、サンズさん……』
『気持ちは解るけど、今アタシらからは何も言えないだろうね』
 ビジネスホテルには不似合いなほどカジュアルな衣装でテーブルを挟む男女二人。
 それは端から見ればカップルに見えなくも無い二人だった。
 深刻そうな青年と不機嫌そうな彼女は別れ話でも切り出そうとしているようにも見えただろう。
『ねえ、セレ……』
『氷雨、そこで「もしも」の話をしたらどうなるか解ってるだろうな?』
『……ごめん』
 まして彼等の言語を理解できなければ尚更。
 彼女が拳を鳴らしたのだって、彼氏が失言を漏らしたからにしか見えないだろう。
 衣装も雰囲気もビジネスホテルにはやや不似合い。
 そんな二人は嫌が負うにも周囲の気を引いた。
 そこで彼が彼女の顔を寄せたところで、好奇の目こそあれ不審には誰も思わない。
「ちょっ……氷……」
 テーブル越しに抱きつかれる形になって思わず彼女の母国語が出てしまう。
『誰か見てる』
『そりゃこんなことすりゃ……』
『いや、もっと前から』
 その言葉に冗談が含まれていない事を確認した彼女の目には、軽く敬礼を返して去っていく「観察者」の姿がしっかりと映っていた。
『……戦争好きの機嫌損ねたのともなんか違うな』
『とはいえ、見られてばかりも気に入らないな』
 仲を直りしたらしいカップルは何処か行く所を思い出したのか、外へと歩き出していく。

ハンス・グリム軍曹

 15年前、当時の俺はまだ四つ。それが危険な物だという認識は、理性の中だけだと思っていた。
 いざそれと向き合う事になると、TV越しに見た半壊した街や原爆症に苦しむ人々が脳裏を過ぎる。
 あのクレーターがこの世の終わりが通り過ぎた後なら、あれは目の前に立ちはだかっている風景とでも言うべきか。
 核兵器。あの写真の炭坑に映し出されていた物がそうだと告げられた。
 一瞬だけ眉をぴくりと動かしたスノー大尉。体を強張らせるナガセ大尉。
 落ち着いた雰囲気のまま目を据わらせる隊長。僕もまた、驚きを隠せずにいた。
「自分達の国を吹き飛ばした核兵器にまたすがるとはな」
「程度を間違えたプライドほど恐い物もない」
 スノー大尉の質問が終わる前に一刀両断に切り捨てた返事を返す隊長。
 ナガセ大尉が気を遣おうとしていたがそれも空振りに終わっていた。
「手厳しいな」
「……同じベルカの人間に言わせれば、あれは裏切られたようなものだから」
 アレで故郷を失った隊長の声もかなり据わっている。
 そんな状態で皮肉った笑みを浮かべられるようになったあたり、あの時チョッパー大尉はどんな形で世話を焼いたのだろう。
 それともこれが隊長の「素」だったんだろうか。
 そう言うわけで、あの鉱山を攻撃、核兵器の流出を阻止する事が次の任務になったのだけど……。
「大丈夫かグリム?」
 俺がガチガチに強張って、隊長に気を遣われるなんて思っても見なかった。
「……いざ目の間にあると思うと結構恐いんです。いや、隊長に言うのもなんですけど」
 苦笑するのが精一杯。それで良いんだと頭を撫でられた。
 こういう時どうにもならない身長差がなんとも悔しい。
「隊長も言うようになりましたよね」
「お前も随分と舌鋒が鋭くなったと思うが?」
 そこまで話して、顔を見合わせると、少し困った風に笑う。
 確かに、僕らじゃあの人の饒舌にはかなわない。

ソル・ローランド大尉

 いい加減にしてくれ。まだ懲りてなかったのか。
 そんなことを溜息と共に吐き捨てたくなるような物があの写真には写っていた。
「よりによって核兵器とはね……」
 あの鉱山に隠してあったものを掘り起こし、ユークとオーシアのアグレッサー部隊……ベルカ残党に分配しているというのだ。
 昨日一人で呟いた事を思い出す。
 因果とか因縁とか、ここまで来ると出来すぎのような気がするが。
 スノー大尉の言う事が尤もだし、グリムの反応も当然だろう。
 ナガセの方は場所の関係で振り向かないと見えなかったんだが、気になって振り向こうとしたら目が合った。
 さすがに少し不安そうに見えたのは思い過ごしだろうか?
「大丈夫か?」
「ええ。そっちも大丈夫みたいね」
 声から不安は感じられなかった。大丈夫だな。
 そっちも……か。気にならないといえば確かに嘘になるか。

「隊長、惚れてる割に鈍いんすよね」
「さっき俺が言いかけて止めた原因にも気づいてないなありゃ」

 飛ぶのは先日レーダー網を掻い潜った空。
 今回は偵察ではないからそんなことを気にする必要も無い。
「今日はレーダーを気にしなくていいから楽ですね」
「そうだな」
「ブレイズ、グリム、二人とも油断しない」
 何より一人じゃない。それが前回との決定的な違いだろう。
「どうだねブレイズ。編隊飛行の気分は?」
 おやじさんからの通信。返事なんて言わなくても解ってるだろうに。
「かつて私は独りで祖国と戦わねばならなかった。君の父上もね。だが、君にはこんな仲間達がいる」
「ええ。心強いですよ」
 特に対地攻撃の必要性があるときはと、グリムの機体にぶら下がっているランチャーに目を向ける。
 もちろんその代わりに、空の敵は自分一人で叩き落すぐらいの構えでいるが。
「そう言えば、撃っても起爆しませんよね?」
 地上攻撃担当のグリムの声。
「大丈夫……ですよねおやじさん?」
「隊長そりゃ無いっすよ……」
 いや、物が物だからそう簡単に誘爆したりしないと思うが。
「直接弾頭を撃ち抜いたりしないかぎり大丈夫だよ」
「よし。思いっきり撃ちこんでこい」
「人に対地丸投げしといてよく言いますよ」
「空のほうは任せておけ」
 既に肉眼では見えない長距離対空ミサイルの範囲に敵機を捉えていた。
 その発射を合図に加速していく。昨日進路を阻んでいたレーダータワー。
 昔鉱山に使われていたクレーン、護衛機、その殆どを葬りながら。
「ブレイズは……ここを一人で飛び抜けたんだ。私は……」
「ナガセ?」
「ううん。大丈夫」
 飲み込むように途絶えた言葉。何となく、その続きが解ってしまった。
「……狭苦しい、嫌な空だ」
 無限に広がっていると信じていたはずだった。
 空がこんな狭苦しく感じるとは思わなかった。
 核兵器なんてものを置くには打って付けかもしれないが。
「僕も同感です」
「なんだ。思う事は皆同じか」
 で、地元民に遠慮して今まで静かだったとでも言いたげだな。
 ……核の光を目の当たりにした国境付近の空は、何処もこんな感じなんだろう。
「核兵器は、まだあの鉱山にあるんでしょうか?」
「多分な」
 鉱山の入り口が見えてきた。
 目前の滑走路にはまだ飛び立とうとしているカラーリングの施されていない戦闘機。
 空っぽの空洞にここまで警備を敷くとはとうてい思えなかった。
 既に8492の連中はどこかへ行ってしまっていたのは幸いだったが。
「護衛機は俺が引き受ける。ナガセとスノー大尉はSAMとAA-GUNを。頼むぞグリム!」
「了解!」
 昨日の写真に映されていた鉱山。その入り口の上にある分厚い岩盤。
 堅い岩盤を崩落させてしまえば、当分掘り出せないだろうと言うことだ。
 最後尾を飛んでいたグリムを中心に散開、機動力と長距離対空ミサイルをフルに使って護衛機を撃ち落とす。
「ロケットランチャー、発射!!」
 数発の閃光が鉱口上部で炸裂する。
 さすがにそれだけは崩落せず、同時にこっちの狙いが向こうにも解ったらしい。
「うわっ。なんかいっぱい来ますよ!!」
「……ったく、五月蠅くなってきた!」
 本当なら俺もスキを見て何発か撃ち込むつもりでいたが、どうやらグリムの援護で手一杯になりそうだ。
「こちらエッジ、全固定砲台の破壊を確認、援護に向かいます」
「こちらソーズマン。こっちも車輌の方は片付けた。援護するぞ!」
「助かる!チャンスがあれば岩盤の方を!!」
 二人の援護が加わって、岩盤が僅かにずれた。
 もっとも、一番火力があるのはグリムで、向こうもそれを解っているらしいが。
 グリムとすれ違い様、その後ろにいた機のコックピットが機銃の射程に収まる。
 考えるよりも先にトリガーを引いていた。
 視界に赤がフラッシュバックする。体温が2度ぐらい下がったような感覚を押さえ込んで声を上げる。
「グリム、今だ!!」
「はい!!」
 その上から、横から、ナガセとスノー大尉がさらに撃ち込む。
 この一斉射撃で、岩盤は完全に崩れ去り、そこが鉱山だと示すものは何も無くなった。
「これで……これ以上の流出は無いな」
 任務完了。全員無事。喜ぶべきはずなんだが、たった一瞬で一気に気が重くなってしまっていた。
 もうこれは一生付き合わざるを得ないトラウマなんだろうか。
 ……大丈夫なのかな、俺。

サンズ・ローランド
 オーレッドのホテル屋上

 私が足を伸ばせる場所の中では、ここが最もソラに近い場所だった。
 同時にそれは、ユージアとオーシアを結ぶ携帯の電波の通りが良い場所と言うことになる。
 その携帯越しにきつい一言を言われて、呆然としている私をひーちゃんが覗き込んでいる。
 それはある意味、私の自業自得とも言うべき言葉。
「7に、何か言われましたか?」
 エレンにオーシアの方角を教えたら、そっちの方を時間ぎりぎりまでずっと眺めるようになっていたと言う。
 それに対して、横から口を挟んできたのが7と呼ばれるパイロットだった。
「エレンちゃん、もう気付いてるヨ」
 その時、オーシアのTV電波があの場所まで届くことを思い出し、それを考慮できなかった自分が迂闊だったと思おうとした。その身勝手な自責も、彼の言葉で空振りに終わる。
「こっちに来る前から、気付いてたんじゃないかナ」
 だとしたらそのタイミングは一度しかなく、その時は私もソルもあの子に気付かれぬよう注意していた。

−子供って言うのは、大人が思うほど鈍くないよ−

 まだの4歳の子供だと言う否定を許さなかったのはソルの言葉だった。
 そして気付いた。
 今のエレンは、あの頃のソルと同じだ。
 二人が私に告げるよりずっと昔から、ソルは父の自殺を知っていたのだ。
「ひーちゃん……」
 15年目の真実。それが、言葉の堰を切った。
「……子供に身内の死をどう説明すればいいと思う?」
「サンズさん……?」
 まだ子供だから、難しいから、そんなのは、大人が自分の弱さを誤魔化すための詭弁に過ぎない。
 今もこうして、自分の弱さを押しつけようとしている。
「ここでソル達を待ちたいと思っている。早くエレンに会ってやりたいと思っている。私は……」
 迷っている。どうすればいいのか。
 ノヴェンバーシティの一件以来、私達の活動範囲も狭まっている。
 出来る事なんて殆ど無いのに、現実を受け止められない、駄目な大人。
「サンズさん」
 全てを見て、受け入れる子供達が結局は苦労する。
「最初の質問の答えは、僕には無い。でも、あなたが命を懸けられる場所。そこに行けばいいと思う」
「命を、賭けるべき場所……」
 ここで、国の平和とか、そう言うことを言えたら格好良いのかもしれないんだけど。

ケイ・ナガセ大尉
 オーシア北辺の基地の格納庫裏

「ちょっと心臓に悪い状況に鉢合わせただけですよ」
 彼が告げた青ざめた理由が嘘だと言うことにはその場にいた誰もが気付いていた。
「心臓に悪い状況なんてもっと前から沢山あったと思うんですけどねえ」
「つってもいつからだ?」
 気になるのは解る。心配にだってなるのは皆一緒。
 だけど……。
「大尉、ちょっと様子見に行った方がいいんじゃないでしょうか」
「そうだな」
 私に白羽の矢が立つのはもうどうしようも無いらしい。
 ここまではいいの。ここまでは。
「色々あったから、疲れてるのかもしれないね」
「じゃあ頼むよ。ナガセ大尉」
 ……おやじさんやジュネットまでニヤニヤしてるように見えるのは気のせい?
 別に彼が嫌いな訳じゃないし、むしろ……いやいや、そうじゃないそうじゃない。

 そして今に至る。

「ブレイズ、大丈夫?」
 少しは落ち着いているように見えた。
 格納庫の向こう側から酸っぱい臭いがしてこなければ。
「情けないとこ見られたな」
 やっぱりまだ顔色は悪いまま。色が薄いせいなのか露骨に解るのだ。
 格納庫の壁に力無くもたれかかって寒空を見上げる。
「ねえ……大丈夫?」
 最近になって良く喋るようになったと思う。
 でも一言一言どこか皮肉が入ってる気がする。
「……ダメ」
「え?」
 私の問いかけに、さらにぐったりした返事が返ってきた。
 常夏のサンド島から北辺の基地と言う環境の変化。本当に体調が悪いのなら一大事なのに。
「……ガンキル嫌い」
「は?」
 ガンキル嫌いって……今やドッグファイトの強さは特筆に値するぐらいの腕前なのに?
 唖然とする私を見るとさらに遠い目を言う。
「……笑わない?」
 頷くしかない。
「……呆れない?」
 時既に遅し。
「……ついでに誰にも言わないか?」
 多分聞かれるのは私じゃなくてブレイズだと思う。
「俺、血液恐怖症らしい」
 そしてその呆れを後悔した。ガンキル、その時の相手のコックピットをまともに見てしまったのだろう。
 一度、人づてに彼がここまで青ざめていたことを聞いたことがあった。
「ひょっとして……あの査問の時も?」
「うん……三度目に現場写真を見せられたよ」
 誰だって嫌だと思う。もちろん、避けられる物ではない。
 戦場に立つ以上、向き合わざるを得ないもの。でも、決して慣れてはいけないもの。
「……まだ、マシになった方なんだよ」
「マシ?」
 慣れたなんて言わないわよね?慣れていたら今こうしていないのだろうけど。
 話し出すまでの一拍の間が、ある意味覚悟を決める間だったのだろう。
「最初に見たのは10歳の頃だった……その時は、二年ぐらい声が出なくなったから」
 誰にも言うなといったのは、この事だった。
 失語症。軍歴には添えたくないと思って今まで隠していた事なのだと。
「青ざめるだけなら安いよ。この悪癖は、一生持っていくつもりだ」
「ブレイズ……」
「大丈夫。俺は死なない」
 そのまま、話は違う方向に流れていく。
「帰りたい場所がある。まだやるべき事がある」
 もう顔色は元に戻ってる。本当に分かり易い人。
「空軍に入るとき、置いていく側には絶対ならないと決めた」
 真っ直ぐにこっちを見ていた。
「無理は……してないみたいね」
「むしろ、今までが無理だったのかもしれない」
 二人で寒空を見上げる。
「自分に架けていた枷を……あいつが外してくれた」
「そう……」
 空から、雪が降り始めていた。

 オーレッドのホテル屋上

「だったら、ひーちゃんの命を懸ける場所は?」
 そう言われた彼は少し困った顔をして天を仰いだ。
 彼の義兄には、それが答えを示したように見えたのだろう。
「空……か。そうじゃなかったら、ISAFに転がり込んだりしないよな」
 そう納得して屋上を出る義兄を見送る。
 かつて英雄と呼ばれた若者は自分の母国語で呟いた

……もしそうならあの時、僕は自らISAFに出向いたんじゃなかろうか……