ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Flugel

 子供って言うのは、大人が思うほど鈍くないよ
 −ソル・ローランド−

サンズ・ローランド
 オーレッドのホテルにて

 その知らせを何となくと言う予感と共に見るのと、唐突に渡されるのではこうも違うのかと思い知った。
 軍人と思しき……まだ少年と言っても良い顔立ちの男が持ってきた弔報。
 ……ソルが死んだ。
 デイズの時のような前兆も何もなく、唐突に告げられた死。
 それを受け取ったまま、ただ私は呆然としていた。
 中を見る。何でもない、簡素な死亡通知。
「嘘だろ……」
 そう呟くのがやっとだった。
 彼が去った後、私はその場に崩れ落ちた。
 多分氷雨達が戻ってくるまでそうだったろう。
 弔報が真っ先に目に付いたのか、一人にしてくれと言うと軽く頷いて部屋を空けてくれた。

 悔しかった。
 何がと言うわけでもなく、ただ悔しかった。
 何人がこんな気持ちを味わっているのだろうか。
 何のことはない、ただの戦死。
 誰にでもあり得る事。
 でも、それに直面するのは誰かにとっての掛け替えのない人。

 何人が、もう帰ってこない家族を想って泣くのだろう。

「死なないって……言ったじゃないか……」
 父も、母も、二人の弟も、戦争が私から家族を奪っていく。

マーカス・スノー大尉

 凄まじい戦果を上げ続けて来たウォードッグ隊。
 まさかその列機として飛ぶことになるなんて夢にも思わなかった。
 とは言った物の……。
「ブレイズ、遅いわね」
 芯の強そうな二番機。
 まだ十代の若者。
「やっぱ迷子になってるんじゃないですか?」
 そして地上じゃこんな事を言われてもフォローのしようがない隊長。
 俺もまだ若いつもりなんだが、地上にいるときは本当に何処にでもいる若者だ。
 今は大統領に呼び出されてケストレルの格納庫にいるんだが。
 アレに手間取るとも思えないしちょっと様子を見に……
「どうやらみんなお揃いのようだね」
 行けなくなった。当の大統領が先に来てしまった。
 で、その後ろに隊長。
「……なあグリム」
「何ですかスノー大尉?」
「本当に何処すっ飛んでいくかわからんな」
「ですよねぇ……しかもよりによって」
 隊長は隊長で穴があったら入りたいぐらいの勢いでドアの影に。
 それでさらに大統領に手間を掛けさせてる辺り大物だよな。
「はっはっは。私もまだ迷うんだからいいだろう。せっかく衣装替えしたんだから披露してやろうじゃないか」
 ナガセとグリムが疑問符を浮かべる。
 その隊長が大統領に促されて出て来る。

「あら……」
「それ、似合ってますよ隊長。どうしたんすか?」
 今ブレイズが着ているのは黒を基調にしたパイロットスーツ。
「去年退役した奴の置きみやげだったんだが、サイズも合ってるみたいだな」
 倉庫で眠っていたのを誰がいつ引きずり出してきたんだか、隊長に似合いそうじゃないかと格納庫に向かう途中無理に捕まえて来たんだが確かによく似合う。
 ナガセやグリムに誉められてすっかり赤面してしまっている。
 そのお陰で迷子になられてしまうのは予想外だったが。
「さて、今日集まって貰ったのは他でもない。君達は本日0000時をもって第108戦術戦闘航空団の任を解かれることになった。スノー大尉も同様にね。そして、新しい任に付いて貰うことになった」
 大統領がそう言うと、格納庫の扉が開いていく。
 今度は俺達が驚かされる番だった。

ソル・ローランド大尉

 外の光に浮かび上がってきたのは俺達がここに来る前に拿捕したと言う戦闘機達。
 大統領救出に飛んだときには施されていなかったカラーリングがされている。
 真っ黒に染め上げられた機体。垂直尾翼には羽根飾りのついた黒い兜をかぶった女性……ラーズグリーズの横顔。
 ラーズリーズ隊。その名を正式に名乗る事になったのだ。
 並ぶ機体はどれも最新鋭のものばかり。
 これだけでも心強いのだが、いつの間にやって来たのかおやじさんに連れられて隊長機の証である赤いラインの入った機体の前に立った時はもう……。
「おやじさん……」
「どうかね?」
「コックピット、見てもいいですか?」
 その言葉におやじさんが頷いた後の俺は年甲斐も何もかなぐり捨ててたかもしれない。
 タラップを上がり、上から機体を眺め、コックピットに入ってどう周囲が映るのかを眺め、また上から機体を見下ろし、コックピット横に腰掛け格納庫の扉から広がる大海原に視線を向ける事でやっと一カ所に落ち着いた。

「隊長、なんかえらい幸せそうっすね」
「今にも昇天しそうな勢いだな」
「あの機体……何処かで見たことがあるんだけど、何処だったかしら?」

 下でグリムやナガセに呆れられてるのは何となく解ったが、全く気にならなかった。
 何せパソコンの液晶越しに見ていた機体に自分が乗る事になるなんて思わなかったのだから。
 このコックピットから、「その人」は何を思っていたのかに考えが移ったことでその興奮も少し冷めてきた。
 もっとも、単機による偵察任務を行うのが俺に即決してしまう辺り、余韻は十分過ぎる程にあったようだが。

 X-02。またの名をワイバーン。
 ユリシーズ戦役後期、メビウス1が乗っていたと言う機体。

 そして今。俺はベルカ公国領内の鉱山へ向かっている。
 もちろん、乗っている機体は言うまでもなく。
「ブレイズ、機体の調子はどうかね?」
「この反応の良さは特筆物です。扱いを間違えると暴れ馬ではすまなそうですが」
 やがてHUDにレーダー圏を示す円が映り始める。
 森の中を流れる川の上を飛ぶのだが、曇り空のせいか、その景色は酷くもの悲しく感じた
「どうかね、単独飛行の気分は」
「独り言に勤しみたくなりますね」
「確かに。単独飛行は孤独だ。だが、飛ぶと言うのは本来そう言う事だ。さて、作戦の説明に入ろう」
 旧ベルカ時代の鉱山から何かが運び出されている。
 それの偵察が今回の任務なのだが、厳重にレーダーが整備されている場所を飛ぶことになるためもうすぐ無線封止に入る。
 文字通り、孤独な単独飛行が始まるわけだ。

 興奮し過ぎて不審なくらい喋らずに済むと思ったのは最初のうちだけ。
 徐々に首をもたげてくるのは独りの不安。
 思えば俺が飛ぶときは教官、仲間、どんな形であれ誰かが翼を並べていた。
 何故かその中に実の兄がいないのは皮肉な話だが。
 一度空に上がれば、全てを自分で負うしかない。
 それでも、やはり翼を並べる仲間がいないのは寂しい。
 編隊飛行やチームプレイなど自分には縁遠い物だと思っていたのに、いざ独りになるとこんなに寂しい。
 機体の性能故に全く危なげなく飛べているから他に感じるべき不安も無いのだが。

 谷を進むにも等しいレーダー網を順調に抜けていく。
 飛竜の名に違わぬ運動性と引き替えに捨てたはずの航続距離はグランダー社の手によって既に克服されていた。
 代わりに着艦機能を切り捨ててしまったために空母での運用は出来ないが。
 かつてエルジア軍によって計画された飛竜はISAFに渡り、結果として故郷に牙を向けることとなった。
 今も同じ、新たな力を与えた相手にやはりこうして牙を向けている。
「因果なものだよ。俺もお前も」
 俺もまた、かつての故郷に弓を引こうとしているようなものだろうか。
 だんだん思考が暗い方向にずれ込んでいく。
 状況だけなら大統領の乗った輸送機を誘導したときのものに近い。
 後ろを考えなくて良い分あの時より楽なはずだが、やはり独りの重圧は重い。
 音楽でもかけようかと思ったが、あのディスクは機体と一緒にサンド島に置いてきた事を思い出す。
 編隊飛行、チームワーク、それに対する適正など殆ど無いと思っていたのに……。
 陰鬱な景色と沈黙にうんざりしかけた所でレーダー圏が晴れていく。
「どうやら目的地に着いたようだね」
 親父さんからの通信。すっかり人恋しくなっていた俺は胸を撫で下ろした。
「機体のガンカメラとこちらのシステムをリンクした。ほぼリアルタイムで確認出来る。まず鉱山入り口と駐機している二機の輸送機の国籍マークを収めよう。これは貴重な証拠になるからね」
「了解」
 上空をフライパスして一枚目を。他にも数枚、オーシアとユーク国籍の輸送機を何枚か写真に収めていく。
 その中に、数機ほど見覚えのある戦闘機が混じっていた。
 恐らくは8492の。連中がここにいると言うことは……そこまで考えたところでサイレンが響いてくる。
「よし、このぐらい撮影すればOKだ。このまま西へ脱出したまえ。もうレーダー圏を気にしなくていいからね」
 返事を返し、そのまま機首を反転すると、早速その機に乗り込もうとするパイロットの姿が見えた。
 よもやと思った。
 ずっと独りで飛んでいた反動か?何を考えているんだろう、俺。

 ふと思いついた悪巧みに苦笑しつつも証拠として二機の戦闘機を撮影。
 そのまま機首をさげ滑走路ギリギリの所、今まさに乗り込もうとしたパイロットに狙いを定めてもう一枚。
「写真を受け取った。どっちも良く取れてるよ」
 軽く笑いを噛み殺したおやじさんが撮影旅行の終了を告げ、俺はそのまま西の空へと撤退していく。
 さすがにからかわれた事に気づいたのかもう上がってきている。
 このまま追いつくことさえ容易いところまで来れる技術は賞賛に値する。
 だが、こちらも大人しく捕まるつもりは無い。
 スロットル全開にする。急加速に体がシートに沈み込む。
 翼を折りたたんだ飛竜は一筋の鏃となってレーダー圏を駆け抜けていく。
 姿を撮られた直後に離陸していただろう8492の姿も、もはや遙か東の果て。
 前方に3機の友軍機を確認する。
「ブレイズ、迎えに来たわ」
「わざわざ済まないな」
 それを確認してエアブレーキを引いた。翼を広げ、迎えに来てくれたナガセ達の周囲を一回りする。
「隊長、ご機嫌ですね」
「いくら憧れの機体だからって、はしゃぎすぎなんじゃないのか?」
 グリムとスノー大尉にが呆れたように笑っているが、まさか人恋しくなったからだなんて言えないか。

 仲間を守る?守られてきたのは、何時だって俺の方だったじゃないか。

 事実がどうだったかは知らない。
 でも、俺には独りで戦い続ける事なんて出来ないらしい。
 これまでも、そしてこれからも。

ベルカ公国鉱山上空

黒い機影が仲間と共に西の空へ飛び立っていくのを、彼らは歯噛みしながら見送っていた。
 もっとも、その機体の性能を知るが故に早々に追跡を諦めてもいたのだが。
「機体は黒、尾翼は赤か……何者だ?」
「羽兜の……ラーズグリーズのエンブレム、見せ付けるようだったな」
「それよりも、あれでは無いのか、連絡を絶った船の中にあったと言う機体は」
「しかし貴方をからかって去っていくとは、恐れを知らぬと言うか……」
 部下たちが憶測を並べる中、8492リーダー、アシュレイだけは一つの確信を持って西の空を見つめていた。
「あの機体がどういう経緯を辿ったかはわからん。だが……パイロットは間違いなく奴だ」
 間近に迫る戦闘機。あのまま機銃掃射でもされれば命はなかっただろう。
 だがそれをせず不明機は機種を上げ、西の空へと飛び去っていった。
 その時、バイザーとマスクに隠れて見えないはずのパイロットの笑みを見たような気がした。

−よく見ておけ。人が死ぬというのはこう言うことだ−

 15年前、一人の男が死の間際に見せた皮肉った笑みを。

ユージア大陸ファーバンティ西の片田舎。シルバーホークの本拠地

 隊長不在になった途端静かになって久しかった事務所にかかってきた一本の電話。
 それを取ったのは今現在里帰りという名目で居座らせて貰っているマルグレット・ローランドだった。
「はい。こちらシルバーホー……」
『はは。マリー、君が出るのか。相変わらず電話番が安定しないなここは』
 偶然にも、電話の主は彼女の夫。
 彼女の腰掛けたソファでは本来の電話番であったマネージャーが風邪でダウンしている。
 その為に臨時で彼女がそれを引き受けていたのだった。
「エレンだったら7さんと空のお散歩だけど……」
『……だったら、好都合だ。実は……』

 シルバーホークのパイロットの一人、7と呼ばれる男は、そのにこやかな風貌に反して子供が大の苦手だった。
「ねえ、死んじゃった人は何処に行くの?」
 ふとしたとき、大人が一番答えにくい質問をぶつけてくるのが堪らなく嫌だった。
 まして、戦争を経験してしまうと、死に絡んだ問いからは逃げ出したい程に嫌だった。
 だがここは地上2000フィート上空のセスナの中。
 戦争から離れてやって来た小さな少女に、精一杯の返事をせざるを得ない状況下にあった。
「エレンちゃん、急にどうしたヨ?」
「……7さん、戦争行ったことあるんだよね?」
「伯父さん達が心配かイ?」
 小さく頷いた少女の瞳はまだ返答を待っている。
 こんな質問をあの口下手なリーダーが受けたら更に可哀想だろうなと苦笑して、7は精一杯の答えを頭の中で練り合わせていく。
「やっぱこの世界に戻ってくるんじゃないかナ?美味しい物、楽しい物、天国じゃなくてこっちにあるんだしサ」
「じゃあ、また会える?」
「会えるヨ。こっちは気付かないシ、向こうも覚えていないけどネ」
「……寂しいね」
「ウン……だから、生きて帰ってくれるのが一番イイ」
 セスナの窓から西の空を眺める少女は、きっと二人の伯父の一人がもう帰ってこないことを知っているのだろう。

 7は子供が苦手だ。勘の鋭い子供は特に。