ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Truth

 例え無茶だろうと、見捨ててたまるか。
 −デイズ・ローランド−

ブレイズ

 色々ありすぎたからと言うのは言い訳にすぎない。
 幾度と無く聞いてきたその名前は、その時まで忘却の彼方にあった。
 消えた友軍機の反応。レッドアラート。俺のすぐ横を掠めたミサイル。
 迎えに来た部隊の名前を聞いた時点で怪しむべきだった。

「彼等を撃墜せよ。戦争を終わらせてはならん」

 8492。工科大学の事件の時、俺達を査問送りにしてくれた部隊。
「たしか大統領の護衛の時、僕等と交代に来たのが8492!」
「ええ、確かに!」
 だとしたら大統領は……どうやら、黒幕がいい加減姿を現したということらしい。
 原因不明の戦争、度重なる主力兵器の破損。全て仕組まれていたと言うことだ。

 ……全てが、恐らくは。

「逃げるぞ。相手にしてる暇は無い」
「了解!」
 とは言ったものの、相手は完全な空戦仕様なのに対してこちらは対地編成。
 ましてあの工科大学の時に使われたジャミングを使っているのかレーダーには敵機の群。
 もちろん、それを差し引いてもかなりの数がいるとは思われる。
 そして、なにより腕がいい。
 本当に逃げ切れるかどうかと言われれば、自信が無いというのが正直な所だった。
 俺は全力で飛ぶフリをしながら、徐々にスロットルを下げていく。
「隊長どうしたんですか、速度が……」
「二人はこのまま飛べ」
「ブレイズ、まさか……」
 そのまさか、だ。ナガセには悪いが、今連中から仲間を守れるのは俺しかいない。
「無茶はしないよ」

「コックピットを狙え、生き漏らすな」
 同じオーシア軍機故か、普通に声は聞こえる。
 だが、その言葉よりも声に思うところがあった。

 エアブレーキを限界まで引いた。速度差による慣性の中、敵機が前に出たことに気付いた。
 一つだけ残っていたミサイル。
 ロックをかけたが、発射前に後ろに付かれて撃つことはままならなかった。
 だが、時間を稼ぐには十分。
「私も……!」
「隊長命令だ!行け!!」
 残り1割を切ったバルカンの残弾。ミサイルは一個限り。対空用の特殊兵装は見事に0。
「こんな状態でベルカ空軍を相手にしようなんて思わないさ」
「ベルカって……まさか!?」
 その時だ。8492と名乗った男が答えたのは。
「ほう……察しがいいな」
「ベルカの訛があった」
 攻撃の手が緩くなる気配はない。
 本気でぶつかり合う気がない俺は、どうしたら相手の気を引けるか考えていた。
 二人が離れていく。俺は無線の出力を僅かずつ落としていく。
「Ist es Vergeltung vor 15 jahren?」

『なるほど、その腕前にも納得が行く』
 国の為だなんだ言い出しそうなこの手の連中は、同郷の奴に甘くなる可能性がある。
 その読みは当たった。
 相変わらず後ろに張り付いてきているが、撃墜しようと言う意志は余り感じられない。
 値踏みされているのは気にくわないが、お陰で二人は包囲の遙か先に逃れることができていた。
 さて……俺はどうやって逃れよう。
 オーシア空域に辿り着くまで値踏みを続けてくれればいいのだが。
『しかし、懐かしい声だ』
 父さんの知り合いか、それとも……。
『あの男の身内を二人も葬ることになるとは』
 ああ……やっぱり。しかもどちらも正解ときた。

 ……俺はやっぱりあの時何か壊れたんじゃなかろうか?
 兄の仇、友の仇、数え切れぬ人々の仇を前にして俺の中にあったのは、過去の過ちを繰り返そうとしている者達への呆れだけとは……。
 さて、オーシア空域まで後どれほどだろうか。

ケイ・ナガセ大尉

 不安だった。確かに対地攻撃機では足を引っ張ることは目に見えていたが、それでも行きたかった。
「グリム、私やっぱり……」
「ダメです!今僕等が落ちたら、誰があの人を守るんですか!?」
 その時だ、その声が飛び込んできたのは。
−Kommen sie hier nist?Oder,ist derselbe tod wie ihr gewahlter zwillng?−
−Beide Warden verweigert−
 嫌な記憶が蘇る。あの日逃げられたはずなのに、一人敵陣に飛び込んでいったパイロットの声。
 そう、彼と同じ声をしていたパイロットの……。
 そして思い出した。
 忘れたくても忘れられない、あの初陣での記憶。
−Sterben−
「Nein!!」
 8492が何と言ったのかは解らない。でも、それに対する彼の答えは、明らかな拒絶の意志だった。
 そして……。
「ただいま!」
 彼は無事に帰ってきた。
「よかったぁー……まだ帰って来なかったら反転しちゃおうと思ってたんすよ?」
「……もう、グリムったら」
 良かった。良かったけど……。

「言ったろ。無茶はしないって」
 そう。伝えるべき事がある。でもそれはこの人にも……。
 気を落ち着けて、すっかり夜も更けた基地へ私達は降り立った。
 そこで何が待っているかも知らずに。

ソル・ローランド大尉

「石頭の司令官に離しても無駄。あいつは、平和主義者の大統領を馬鹿にしてた」
「副官のハミルトン大尉ならどうでしょう」
「そうね。私とブレイズはハミルトンに、グリムはジュネットとおやじさんに伝えて」
 ヘルメットを外そうとしたら冷や汗で絆創膏が取れた。髪もシャツもびしょ濡れになっていた。
 常夏のサンド島なのに、12月の冷たい空気が頬を撫でた。
 何故だろう。まだ悪い予感がする。もう敵の手からは逃れたはずなのに。
 背筋にまだ冷たい物が流れている。
 俺はいつも胸ポケットに閉まっていたデザートイーグルを小型拳銃の横に差し込んでから機を降りた。
 機体を振り返ると、いくつもの銃創、焦げ目、とにかく凄い状態だった。
「これ、次ちゃんと飛べるかな……」
「隊長?」
「あ、ああ。急ごう」
 あれに次は無いなんて、この時の俺が気付くはずも無く……。

−家系や父に誇りを感じた事はない。だが−

 基地は静かだった。靴音だけが響く廊下と言うのがなんとも嫌なシチュエーションだ。
「ブレイズ、大丈夫?」
「ああ、目算があってもあれは命がけだったよ」
「もう……」
 時間は深夜を回っていたが、ハミルトン大尉は俺達を待っていたらしい。
 ご丁寧にデスクの前に立って。その手がポケットに入ってるのに気が付いた。
「よく戻ってきた」

−この時俺はバルト・ローランドの息子であることに、父と同じ左利きであることに感謝した−

 そこから抜き出されたものが照明を反射して黒い光を返したのに反応して、俺も銃を抜いた。
 早抜きには自信がある。左手の銃で、ハミルトンの右手にあった拳銃を押さえつける。
 すぐ横でナガセが一瞬たじろいだのが解ったが、そっちに目をやる余裕は無かった。
「まさか全員揃って戻って来るとは思わなかったよ」
 未だ続いていた悪寒が、こんな形で当たるとは思わなかった。
「連中に伝えていなかったのか?転属なんて俺に死ねと言ってるようなものだと」
「ブレイズ……まさか……」

−こっちに来ないか?それとも片割れと同じ末路をたどるか?−
−どっちもお断りだ−

「そのまさかさ。俺もあんな誘いに乗るほど落ちぶれてはいないがな」
 一つ失敗したなと思ったのは、この時向けていたのがデザートイーグルだったってことか。
 この状態で万一撃ったらハミルトンの足吹っ飛ぶんだろうな……。
 それ以前にまだ余裕のあるところを見ると、撃ったらこっちの身がやばそうだ。
「そうか……だが、これがユークとオーシア本来の姿だったはずだ」
 知っている。あの核攻撃のインパクトこそが、本来イデオロギーの違う、それまで冷戦状態だった両国に戦争を留まらせた最も大きな力だったろう。
 あの悲劇を繰り返すまいと両国は武器を捨てた……はずだった。
 その一方ではシンファクシ、アークバードのレーザーモジュール、水面下で何があったか推し量る術が今の俺には僅かしか無い。でも……。
「そんな物は、時間がどうにでもしてくれる」
「なら、何故君は軍人になったんだ?」
 ハミルトンが皮肉った笑みをこっちに向ける。
 俺も似たような笑みを浮かべていたんだと思う。
「……だから軍人になったのさ」
 言う気は無い。それこそコイツに言うぐらいなら死んだ方がマシだ。
 ……何より言うタイミングなんてもう無い。
 瞬きの刹那に響いた鈍い音。
 後にあったのは、デスクの上に突っ伏しているハミルトンと、今まさに渾身の拳を撃ち込みましたと言わんばかりなナガセの後ろ姿だった
「ナ……ナガセ……」
「……でよ」
「?」
 ハミルトンの胸ぐらを持ち上げるナガセ。そして……。
「アンタみたいなのと彼を一緒にしないでよ!!」
 ……今の一撃は文字通り鼻っ柱折れたな。
 案の定俯いたまま鼻血を垂らしているハミルトン。
 拾おうとした銃を踏みつけ、改めて小型拳銃を突き付ける。
 ふと、足下に少佐の階級章が転がっているのに気が付いた。
「一つ聞きたい。あの最初の戦闘と、ノヴェンバーシティの件は知っていたのか?」
 小さく、だが、はっきりと頷いた。
 俺達は、一体どれほどの間騙されていたのだろうか……。
「……残念だよブレイズ」
「お互いにな」
 もはや溜息すら出ない。内側で燻っていた感情は拳に乗せてコイツの後頭部に撃ち込んだ。
 気絶したのを確認して銃を拾うと、それをナガセに手渡した。
 そして聞こえるノックの音。
 基地の守衛は何も知らされていない可能性があるが万一と言うこともあるし……。
 さて……ここは二階。どこから逃げるか。
 今日で二度目の考え事、目に付いたのは窓枠の向こうに見える塀。
 その内側を見ると足場になりそうな段差がある。
 ナガセにこっちに来るよう手で示す。
 ちょうど横に並ぶほどの距離に並んだ所で、窓を開け放ち、ナガセを抱え上げ……

 どうも今日は飛んでもないことばかり思いつくな。

 塀の内側蹴飛ばして僅かな出っ張り蹴って着地、どこかのアクション映画で見たようなシーンだ。
 失敗していたらと思うとぞっとするが。
「ブレイズ……そろそろ下ろしてくれない?」
「え……?」
 今俗に言うお姫様だっこと言う状態で……いや、照れてる場合じゃないんだけど。
 足場の正体だった配電盤のコードを切ったとき、すぐ近くから銃声と司令の罵声が聞こえた。
「どうやら司令もダメだったみたいだな」
「ブレイズ、前」
 自動小銃を持った守衛らしい連中。殆ど反射で引き金を引いたと思う。
 うまい具合に銃だけを撃ち落とすと、あっという間に散って行くがまた足音が聞こえてくる。
「まったく、息付く暇も無いな」
「……ひょっとしてチョッパーに似てきた?」
「そうかも」
 まずはジュネットやグリム達と合流する事を考えないといけないか。
 進行方向からは足音が数人分。
「どうするの?」
 そう聞きつつも、ナガセは既にファイティングポーズを取ってる。
 俺も気付けば両手に小型拳銃とデザートイーグルを構えている。
「強行突破行ってみるか?」
「了解!」

 ハンス・グリム軍曹

 おやじさんがもう間に合わないって言った時も、多分大丈夫だと思っていた。
 倉庫の間で鉢合わせしたとき、ファイティングポーズ取ってるナガセ大尉と二丁拳銃の隊長を見たら、ハミルトンの方が酷い目に遭ったんじゃないのかなって思ったぐらい。
 ……正直俺もかなり恐いと思ったし。
 意外だったのは、ハミルトンの正体を知ったわりに隊長がいつも以上に落ち着いていたことだったんだけど。
「隊長、大丈夫ですか?」
「向こうが及び腰だったお陰でなんとか」
 そりゃあ隊長が銃構えて走ってきたらサンド島の大抵の人はそうだろうなぁ……。
「じゃ、ハンガーの方見てきます」
「俺も……」
 同行しようとした隊長の袖をおやじさんが引っ張っていつもの笑みを浮かべる。
「君は目立つからダメ」
「……はい。頼むぞグリム」
「了解」
 案の定僕等の機体は押さえられていて、おやじさんの提案でC格納庫の練習機を使うことに。
「だったらこっちだ」
 そしてナガセ大尉と隊長が先導して走る先は本当に警備が手薄だった。
「でも、ちょっと薄すぎ無いかい?」
 ジュネットさんがそう言うのも無理もないぐらいに。
 そしたら、隊長とナガセ大尉が顔を見合わせて……。
「ちょっと暴れてきたから……な?」
「う、うん……まあ、ね」
 ハンガーの様子を見に行ったとき、のされた守衛が山と積まれていたのなんて、俺は見てませんから。

ソル・ローランド大尉

 無事C格納庫に辿り着いた俺達を待っていたのは4機の練習機と……。
「ひっ!」
 何故か一人そこに残っていた整備兵だった。
「あ、おやじさん……」
「おやおや、君はそんなところで何をしてるのかね?」
 親父さんと顔見知りだったのか一度銃を下げたが、また上げる。
 照準は俺に、俺だけに合わされている。
 どうやら、また知りたくも無いことを一つ知ってしまうらしい。
「おやじさん俺はあんたを信じてる。けど、その男は……」
 気が付いたらカークが俺を庇うように前にいる。
 おやじさんが歩み寄ってもその整備兵はまだ俺に銃口を向けている。
「その理由なら察しが付く。だから、彼が信頼に足る男だと言うことも知っている」
 その説得に、男はようやく銃口を下ろすと、今度はボロボロと泣き出した。
「でも俺……俺……」
「ハミルトンか?」
 頷いた。
 あの展示飛行の時、きっと全員の脱出装置は作動しなかったんだろう。俺を除いて。
 連中は本気で俺を引き込むつもりでいたらしい。
 それでこんな誤解を受けるハメになるとは、全く腹が立つ。
「やれやれ、君も変なのに好かれるね。ローランド君」
 まったく……あれ?「君も」?「ローランド君」?
 その呼ばれ方に違和感を感じ、おやじさんの方を見るともうジュネットと一緒にコックピットの中。
「急ごう。ここもずっと安全とは限らん」
 いや、今日のおやじさんは何かが違う。
「あ、はい!じゃ、グリム。カークよろしく」
「え、ちょ、隊長!?」
 グリムにカークを押しつけると俺もコックピットに入る。
「君は来ないのか?」
 整備兵は、ただ首を横に振る。
「自殺なんて考えるなよ?」
 ビクリと震えたところを見ると図星か……やれやれ。
「生き延びて、その事実を知らせる機会を待つんだ。いいな!!」
「はい!あ、今度はちゃんと射出装置動きますから!」
「感謝するよ」

 そしてサンド島からの、最後になるだろう離陸。
「空軍全機へ告ぐ。敵性スパイが逃亡した。発見次第撃墜せよ」
 ハミルトンの声が聞こえてきた。かなりくぐもっているのは気のせいじゃ無いだろうな……。
「ハミルトン……ですよね?」
「あれ鼻に入ったからな……」
「ハートブレイク2にしてしまったからかもしれないがね」
「おやじさんまでそう言う事言いますか」
 でも実際、これから何処に行けばいいのだろう。
 ユークに行くわけにもいかない。ユージアというのも考えたが航行距離に無理がある。
「俺達、何処に向かえばいいんでしょう?」
「確かに、私達は帰る家を失った」
 それなのに、不思議と俺は楽観していた。
 少なくとも、もう踊らされる事はないから?
 おやじさんには行く宛があるらしかったから?
 それとも、次に飛ぶとしたら戦う相手は……。

 さあ、これから何処へ行こう。