ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Hope

 今日は沈むだけ沈んどけ。
 明日は笑って過ごせるようにな。
 −アルヴィン・H・ダヴェンポート−

アルベール・ジュネット記者

 彼等のやっているのはいつ切れるかもしれない綱渡り。
 そんなことを、話したことがあった。
 その不安が、最悪の形を成した。
 いつか起こりうることだった。
 だが、私は未だそれに現実感を感じることが出来ないでいる。
「現実味が湧かない」
 数ヶ月前、ブレイズがそう言った事を思い出す。

−何も無い真っ白な場所だった−

 軍旗のかけられた棺。泣きじゃくるグリム、ただ静かに涙するナガセ大尉。
 そんな中、ブレイズだけは、表情も無く、ただその光景を眺めていた。
 呆けた目。放り出された子供のような目で。

−なあチョッパー、お前、死んだんだぞ?−

 彼等に、いつまでも泣くことが許されるはずも無い。
 命令さえあればそれでも飛ばざるを得ない彼等。

−え、今、何て言った……?−

 心の底でどんなに辛かろうと、平静を勤めようとするナガセ大尉。
 なんとか暗い空気を振り払おうと、無理に冗談を零そうとするグリム軍曹。
 立ち直ろうとする二人。それ故の反動が時折見え隠れする。
 そんな中、彼だけは冷静だった。
 冷静に、冷徹に。淡々と、黙々と。
 悲劇の欠片を微塵も見せまいとする。
 それが、彼の負った傷の深さだった。
 その傷は日を追うごとに悪化の一途をたどっているように見えた。
 やつれてさえいるように見えていた。
 薄い壁の向こうから、ブレイズがうなされている声が聞こえるのは毎晩の事だった。。

−何でそんな……笑っていられるんだよ?−

 あれから数日が過ぎようとしている。
「隊……あー、行っちゃった」
 いつものように一日が終わろうとしていた。
「……俺、どうしたらいいんでしょう?」
 隊長を引き留め損ねていたグリムに声を掛けられた。半分涙目になっている。
 無理もない。正規の訓練もそこそこに、飛べるからと言う理由で戦場に立つことになってしまった彼には、あまりにも酷な状況だった。
「俺、あの時どうしたらいいか解らなかったんすよ……」
 声は震えていた。隊長のあの状態に、業を煮やしていたのは彼だけでは無かった。
「隊長が、後ろだって叫んでくれなかったら、きっと俺、墜ちてたと思うんすよ……」
 真っ先に冷静さを取り戻した隊長。彼の的確な指示があってこそ立ち直れそうだったと。
 だが、きっとそれは大きな無茶だった。
「隊長のお陰で俺はまだ何とか飛べそうなのに……俺じゃ隊長を立ち直らせることができないんすよ……」

−何処に行くんだ?何笑ってんだよ?なあっ!!−

 でも、無理を強いられているのは隊長だけでは決してない。
 そのまま、今日と言う日が終わっていく……。
 おやじさんが言っていた。泣くことが出来たらまだ楽だったかもしれない。
 最終的にどんな答えを出すにしても、自分の中から探し当てるしかないのだとも。

−……アイツどこ指さしてたんだろ?−

「チョッ……っ!」
 翌朝、まどろんでいた私は隊長の叫び声と何かが盛大にぶつかったような金属音で目が覚めた。
 いや、正しくは「叫ぼうとした」か。もういなくなってしまった男の名前を。
「……ブレイズ君?」
 動く気配がない。返事がない。嫌な光景が脳裏を過ぎる。
「あ、あははは……はぁ〜……」
 覇気のない笑い声。また別な不安が頭をもたげる。
「馬鹿だあ……俺」
「ブレイズ君、大丈夫かい?」
「え……あ、切れてる」
 思いの外暢気な答えに私は質問を変えた。
「何を言われたんだい?」
 しばしの沈黙。壁一枚向こうで何かを漁る音が聞こえる。
 絆創膏でも探しているのだろうか?
「ジュネットさん、ちょっと席外して貰えませんか?」
「え?」

−アイツが指さしていたのは……多分俺の後ろ−

 カークを伴って待機室に足を運んでみれば、やや強張った顔のナガセ大尉と部屋を出ようとしているグリムがいた。
 ひょっとしたら、ブレイズも昨日の話を聞いていたのかもしれない。
「ジュネットさん、隊長は?」
「さっき起きたよ」
 もう大丈夫そうだったとは言わない。それは当人の口から語るべき事だ。
「そうですか。じゃあナガセ大尉、後お願いします」

「何をだグリム?」

「そりゃあ今隊長にガツンと言ってやれるのは……あ」
 絶妙のタイミングで入ってきた隊長。多分狙っていたんだと思う。
 今まで見たことも無いような穏やかな顔をしていた。
「心配かけたな」
「……立ち直るの遅いっすよ」
「ところで隊長……その絆創膏どうしたんですか?」
「アイツに世話焼かれた」
 本当に何を言われて来たのだろう。
 空にかかっていた最後の陰りが消えていく。
「じゃ、ナガセ大尉あとよろしく」
「え、ちょ、待ちなさいグリム!あ、ジュネットまでーっ!!」

−結局、行き場に困って二人で基地をうろうろしているうちに海岸についたんだっけ−

 その翌日の事だ。彼等が再び戦場に飛ぶことになったのは。
 彼等の出発に慌てて間に合わせるようにブレイズの兄……サンズ・ローランドからの手紙が届いた。
「相変わらず間が悪いなあ……」
 手紙を胸ポケットにしまって、足下に寄り添っていたカークの頭を撫でる。
「大丈夫。もう、誰も落とさせたりしない」
 コックピットに乗る直前、彼の戦場での顔を見た気がした。

−「どうしたの?」「いや、吹っ切れた途端に色々思い出してきて」−

「皮肉なものだね」
 飛び立っていく彼等を見送りながら、おやじさんが誰にともなく呟いた。
「父親の偉業が頓挫したことで、彼の掴めなかった答えを見つけてしまったんだね」
「え、確か彼の父はベルカ空軍の……」
「あの戦争が始まるずっと昔のことだよ」
 あの陽気なロックンローラーはもういない。
 しかし、彼が残した足跡、思い、記憶、心。それは、確かに息づいている。

AWACS・サンダーヘッド

 殺しても死なない。世の中にはそう評される人間が少なからずいる。
 だが、私の目の前では、そんな連中に限って死んでいく。
 解ってはいる。自分にはどうにもならなかった事は。
 あのお喋りはもう聞こえない。
 ブレイズの私語が若干増えたような気はしていたが、諫めるほどでも無い。
 航行中はまだ色々と言葉が飛び交っていたが、そこに私が口を挟む必要も無かったし、作戦空域が近づけばそれも静かになるだろう。

−「色々?」「うん。あの時、頭の中真っ白になったときに、観客の一人と目があったんだ」−

「……静かだな」
 マイクを手で押さえて、そんなことを呟いた時に、答えるように何か音楽が聞こえてきた。
 これはロックンロールか?聞き覚えがある。チョッパーが時々航行中にかけていた……。
「ブレイズ、その曲……」
「先月借りてそれっきりだった」
「隊長MDもってたんすか」

「いや、兄さんの」
 それをさっ引いても意外だ。
「間もなく作戦空域に入る。各機私語を慎め」

−「しっかり睨んでこっち指さしててさ、あれで気が付いたんだよ。守らないとって」−

 額の絆創膏が気になって顔まで見ていなかったのだが、どうやら吹っ切れたらしい。
 レーダーを通して、それは伝わって来る。要塞攻略が主となる今回の作戦に、ブレイズは一人対空機を選んでいた。
 対地攻撃力が自分には欠けていることの配慮であると同時に、もう誰も落とさせないと言う決意。
 見る間に敵機、敵施設の反応は消えていく。文字通り食らい尽くすかのように。
「恐ろしいほど頼れる支援だ。敵にとっては、まさに悪魔だな」
 まったくだ。吹っ切れるとは、こう言うことを言うのだろうか。

−無理が祟ったかなと、苦笑できるようになっていた−

 結局、難攻不落と言われた要塞はその日半日で落ちた。
 私は元より、他の乗組員もその電光石火の進軍模様に呆けていた。
 それほどまでにあっという間だったのだ。
 要塞に、オーシアの旗が立つ。「ウォードッグ」と連呼する地上部隊。
 撤退していくユーク兵の行く先は市街地だった。
 次はあんな所で戦うのだろうかという不安は無かった。
 彼等なら、きっと何とかしてくれると、そう思わせるのには十分だったから。

−腰に下げていたデザートイーグルを天に向ける−

「任務、ご苦労だった。君達さえいればこの戦争は勝てる。そんな気がしてきた」
 だからこそこんな台詞が言えたのだ。
 もう二度とあんな悲劇を起こさない空を、彼等ならたぐり寄せてくれると。
 彼等は希望だった。
「……そうかな?」
「ああ。君達次第だ。この先の友軍機が空中給油に向かうから、彼等に誘導して貰え」
 AWACSと戦闘機では航行距離が違う。
 私は少し離れた場所で、彼等の給油を待って、一緒に帰るつもりでいた。

−弔砲のつもりはない。吹っ切れたと、その気持ちを形にしておきたかった−

 突然のノイズ。慌ててECCMを機能させるよう言おうとした私の後頭部に、冷たい感触が押し当てられた。
「……どう言うことだ?」
「このまま、最寄りの基地に着陸して貰いましょう」

 そして希望とは、何処から転がり落ちてしまうのか、解らないものだった。