ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Lost

 落ちていく仲間を見ているしかできない。
 それが一番辛かった。
 −ユリシーズ戦役の記録、フェイスパーク攻撃に参加したパイロット−

ソル・ローランド大尉

「おいおいブービー、黄昏る向きが逆じゃないかー?」
「……あのな」
 地上に降りるとすぐこれだ。
 敵艦を沈めた後、補給のために降り立ったのはさっき俺達が爆撃した野戦飛行場の滑走路。
 すっかりボロボロになった施設には陸軍達が集まっている。
 俺達全員が歓迎という名目で彼等にもみくちゃにされずに済んでいるのは一人手前に差し出したお陰。
「少し羨ましいと思ってな」
「あー、そっか。悪ぃ悪ぃ」
 その集まった兵士達の中には、グリムの兄もいた。
 感傷に浸って無いと言えば嘘になる。
「いや、うちの兄に爪の垢でも飲ませてやりたいなと」
「お前はお前でグリムの心臓の毛でも分けてもらったらどうだ?」
 ……反論できない自分が哀しい。
 尊敬できる兄と度胸。どっちも何度となく欲しいと思ったものだ。

サンズ・ローランド
 ノヴェンバーシティ第一ホテルの一室

「ぶえっくし!!」
「サンズ、風邪か?」
 その日、私宛に一通の手紙が届けられた。
「ここ最近冷えてきたからね」
 差出人はノヴェンバーシティ市民集会代表。
 中に入っていたのは同市最大のスタジアムのチケットとホテルの予約券。
 イベントの内容は、アップルルース副大統領による平和式典。
「でもなんで主催者じゃなくて市民集会からなんだ?」
「答は簡単。主催は私に来て欲しくないんだよ」
 オーシアの政治に疎い二人が疑問符を浮かべる。
「あの副大統領はね、主戦派……タカ派で有名なんだよ」
「てことはー……平和式典と言いつつ実際とこ戦争煽るだけってか?」
「そう思ってるから私にこんな仕事が来たんだろう」
 ふと、横でやれやれという表情を浮かべるひーちゃんのジャケットが目に付いた。
 ワッペンに描かれた銀翼の鷹。平和の旗手を勤める鷹……なかなかにきつい皮肉だよな。
「そうだ。あいつらに手紙の一通でも送りたいんだけどさ、同じ隊長からも何か一言♪」
「いや、あの時は形だけだったわけで……」
「シルバーホークの隊長さんが何言ってんの」
「そっちかい」

ソル・ローランド大尉

 戻ってきた俺達に与えられた任務は、意外と言えば意外なものだった。
「平和式典の展示飛行ねえ……」
 考え方を変えれば当然とも言えるのだが。
「となるときっちり隊列組んで飛ばねえといけねえよな」
「フォーメーション僕等に丸投げしてきましたからね司令……」
「まあそれは簡単なもので良いとして問題は……」
 そこで何故俺に視線が集中するんすか?
「先頭飛ぶとそのままかっ飛びそうっすよね」
「それにいい加減慣れてもらわないと困るしね」
「と言うわけで、ブービー定位置決定」
 ……どーせ俺はブービーですよ。
「ほらブレイズ、拗ねてないで行くわよ」

 サンズ・ローランド

「でも僕の母国語で良かったんですか?」
 私達はホテルを出た後、あいつら宛てにしたためた手紙をポストに放り込んだ。
「大丈夫、読める子がちゃんと向こうにいるから」
「……ひょっとして最初からそれ目当てですか?」
「そのとーりー」
「あんたも好きだねえ。爆撃されても文句言えねーぞ」
「無理無理。あの子にゃそんな度胸無い」
「見所はローランドさんの……ですね」
 まあ何はともあれ、三者三様に悪戯めいた笑みを浮かべながらスタジアムへ入る。
 そこはもう既に人がごった返していた。
 その内の何人かと目を合わせると、やはり何かしら企んでいる顔をしてくれる。

 季節は12月を控え、時折雪がちらつくことさえあった。
 私もハイエルラークを離れて幾日かぶりにコートを纏う。
 ひーちゃんとセレネも揃いのコートを着ていた。青みがかった白いコート。
 二の腕にはシルバーホークのワッペンが縫いつけられている。
 寒空の下コートを着込む客は大勢いたのだが、その中には知っている顔がちらほらとあった。
 サングラスを掛けていかにもな雰囲気を醸し出している女性。
 なに食わぬ顔で観客に紛れているつもりらしいが周囲では若い娘をざわつかせている男性。
 市民集会の連中はかなりの大物を招き寄せているらしい。
 これでは私の出る幕も無さそうな気がする。

「みーんな腹の底は一緒って感じだよな」
「そりゃそうでしょうねえ」
 指定席のチケットでは無かったはずなのだが、私達に気付いた何人かが席を詰めて三人分の隙間を作ってくれた。
 下手な指定席よりずっとスタジアム全体を見渡せる特等席だった。
「さて……今のうちにひーちゃんはこれ練習しておくかい?」
「そういや氷雨が歌うとこ見たこと無いもんなーカラオケでも聞き専だし」
 と、言うわけで、ひーちゃんに歌詞カードを渡して始まるまでお歌のレッスンのはずだった。
 あまりに声が変わりすぎてキモイとセレネちゃんにいじられまくったりしなければ。
 そんなこんなで式典が始まってしまった。
「どう、歌えそうか?」
「う、うん。何とか」
 ま、男性が歌うにはちっと難しい歌だったが、あれぐらい歌えれば上々だろう。
 司会の言葉なんて端から耳に入れてはいない。
 周りの人間が一斉に上を見上げる。どうやら展示飛行を最初にもってきたらしい。
 綺麗にダイヤモンドの編隊を組んで、スタジアム上空で散開、また元通り隊列を組む。
 そしてドームの周囲を一回りするとそのまま警戒にあたるようだった。
 無難だが綺麗に飛べている。少なくとも私はそう思った。
「一人編隊苦手なのがいるね」
 流石はプロと言うべきか、笑いながらも的確に指摘を入れる。
 実はソルが編隊飛行が苦手なことは話していないのだ。
「それって、先頭の?」
「ううん。最後尾の16番」
 主翼のナンバーまで見ているとは恐れ入った。
「やはり最後尾に回されていたか……」
 先頭に置いたらあんなゆっくり飛ぶわけないとは思っていたがな。

 飛び去っていく彼等への歓声はおしみのないものだった。
 戦争の早期終結の鍵を握る部隊として彼等は認識されつつあった。
 良い記者に恵まれたこともある。
 今や彼等はオーシア将兵達だけで無く、民間人の間にまで希望を持たせている。
 その事を、彼等は自覚しているだろうか?
「オーシア国民の皆さん。どうかこの放送に、耳を傾けてください」
 そしてそれは、お偉方達にも十分に言える事なのではあるが。
「私 オーシア大統領を代理する、副大統領の前にある同胞の歓声を」
 生憎と歓声の行き先は、最前線で命張ってる連中宛。
 悪い癖だ。こういった政府連中の馬鹿面を見るとつい皮肉った笑みを浮かべてしまう。
「彼らはユークトバニアへの怒りに燃え、彼らを屈服させるまで戦いの矛を収めないことを誓っています」
 その笑みは溜息に変わる。ひーちゃんの目も氷雨の名に相応しい冷ややかなものに変わる。
 だが、私やセレネと顔を合わせると、私同様、いや、私よりずっときつそうな皮肉を浮かべる。
「さあ お聞きください、この歓声を!」
 観客を巻き込んだ演出は上級技だ。
 少なくとも、人心も推し量れない素人がやるべきじゃない。
 私達は席を立った。周りの観客達も。
 誰に言われたわけでも無いのに指揮者のように手を振る。曲名は……JOUNEY HOME。
 誰が最初かは知らない。戦場へ飛んだ者達の帰りを待ち望む歌。
「市民の皆さんその歌は……静粛に!」
 知ったことか。もう我々を押さえつけるべきスタジアムの職員さえ歌い出している。
 何年ぶりだろう。政府への皮肉を込めて歌うのは。
 7万人の群衆が政府へのアンチテーゼを高らかに響かせる。

−チョッパーが少し調子を外れだけど歌っている。俺も知らないうちに口ずさんでいた−

 不安があったけどひーちゃんも上手に歌えている。
 コレ聞いて政府の連中が少しでも考え直してくれればいいんだがな。
 期待は薄い。それでも信じるしかないんだけれど。
 歌声は響き続ける。自然と上向きになる視線。
 茜の空に一筋、白い飛行機雲が流れていく。

−歌声の中、敵機襲来の声が響いた−

 まだ歌い続けている中、その異変を彼が最初に察したのは至極当然の事だった。
「あれは……まさか……」
 その異変に、私が気付くのにそうはかからなかった。
 増えている機影。幾筋と描かれる飛行機雲。
 古い記憶が告げる。空襲だと。
 広がっていく戸惑い。見れば貴賓室の方は避難が始まっている。
 副大統領にいたってはもう壇上にいなかった。
「おい、待て。空襲警報は?」
 歌声はまだ聞こえている。その中に、無粋な、しかし大事な警報は聞こえてこない。
「セレ、君は離れた方がいい」
「……馬鹿言え。ここでノコノコ逃げられるか」
 彼と彼女のやりとり。
 ここにいる皆がそうだった。
 彼等を信じている。
 でもそれ以上に、私は逃げられない。
 上であいつらが戦っているというのに、私だけ逃げるわけにはいかない。

−歌声が消えない。逃げるつもりは無いのか−

 不思議と恐怖はなかった。
 激戦を潜り抜けてきた彼等が上にいるからなのか、それとも私が開き直ってしまったのか。
 だから袖口を握られるまで気付いていなかった。
 さらなる激戦を潜り抜けた男が歌うことを止めたのに。
 その瞳に、不安の色が濃く浮かび上がっていたことに。
 私が視線を下ろしたとき、不安の中に苛立ちが混ざっていた。

−逃げられない。逃げるつもりも無い。もう少し、もう少し耐えきれば−

 増えてきた機影。夕暮れの中、援軍と敵軍の区別を素人が付けるのは難しいのだと思っていた。
 たった一機だけ、その位置を確認できたのは、私が必要以上にそれに意識を集中していたからだと。
「おかしい……何故援軍が来ない」
 だが違った。最初から援軍など来ていないのだと彼が告げる。
 不安、苛立ち、周りの誰もが彼等を信じて歌い続ける中ただ一人それを抱いていた。

「まったく良く出来た演習だぜ。演習終了、帰投せよ。」
−その言葉に、一瞬耳を疑った−

 最寄りの飛行場で氷雨が飛んだ事を覚えている。
 そこからここまでに要する飛行時間が解らないほど馬鹿ではない。
 例え彼等が見捨てられたのだとしても、私はここを離れるつもりはない。
 握られていた手を振り解き、私は再び視線を空へ向けた。
 視界から消える瞬間、その表情は不安と呆れがない交ぜになっていた。
 彼女をここから遠ざけようとして殴られたのか鈍い音とくぐもった声が聞こえた。
 それに続いて、私の耳は女性の歌声が加わったことを知る。

「いけね!」
−いつもの調子の声。裏腹に煙を噴く機体。でも、まだ考えもしていなかった−
「下は一面の人家だ。機体を落とせねえ」

 躊躇いがちな歌声が聞こえる。私は上を見上げながら、彼の肩に手を置いた。
 帰る場所が出来てから日が浅い彼は、まだ避難させたがっている。
 だが、無駄だと悟っていたことは、その勧告を我々だけに止めていることが示していた。

「スタジアムだ。あそこの中央へ」
−彼はいつもの調子で喋れていたから、まだ生きていたから−

 ここにいるのなら、君も一緒に歌って欲しい。あなたが歌ってくれるなら、それはなにより心強い。
 それが難しいなら、せめて見守っていてやってほしい。
 それだけでいいと思えるだけの名が君にはある。

「無理だな」
−その言葉に、何かがぽっかりと欠けた感覚を覚える−

 空に、赤い尾を引く機体が見えた。
 もう、敵機と味方機の区別は私には付けられなくなっていた。

−まだ楽観していた−

 それがゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって来る。
 氷雨が腕尽くで私とセレネを庇うように押さえようとした。
 いつもの雰囲気とその細腕からは想像も付かない力でだ。

−ちょっと怪我しつまったぜって言って、また笑って会えると思っていた−

 最初、何が落ちてきたのか解らなかった。
 突然の事に、周囲からの歌声が途絶えた。
 何かを覚悟していたかのように氷雨はずっと目を閉じていたが、その不安は当たらなかった。

−どんなに視界を巡らせたって、パラシュートは見つからなかった−

 そのかわり、別の、もっと前から首をもたげていた不安が現実のものに変わる。
 落ちてきた機体の、辛うじて原型を止めていた垂直尾翼のエンブレムが私を愕然とさせた。

−なあ……嘘だろ?−

 私は馬鹿だと思う。身勝手だと思う。
 主翼のナンバーを見て私は安堵のあまりにへたれこみ、そして更なる不安に駆られる。

−現実を受け止め切れずにいた−

 目の前の現実が、仲間の死が、あいつの心をどれほど深くえぐるのかなど想像も付かない。

−焦点の合わない目で、スタジアムを眺めていた−

 氷雨が私の腕を揺さぶる。力無く見上げた彼の手が、空を指さしていた。
 突然の事に伏せていた観客達の中、直立する銀色のコートを纏った青年。その姿は酷く目立った。
 私に注がれた鋭い視線。再び天を仰いだ彼が指さした先。
 スタジアムのライトに照らされて見えた16のナンバー。

−呆けていた意識はその一瞬で引き戻された−

 彼の腕がが銃の反動でも吸収するかのように跳ねる。
 その機体が急停止でもしたかのように動きを止めると、それを追い越した機体が空中で四散した。

−何かがぷっつり切れて、そして何かが上から押さえつけていた−

 そして、指揮でも執るかのように彼が腕を振る。
 歌声が蘇り始める。一つ、少し調子を外したそれを加えて。

−ナガセとグリムの慟哭が聞こえる中、俺は冷静だった−

 ある者は伏せ、ある者は腰を抜かしていた。
 そんな彼等が、再び立ち上がり歌い始めていた。
 避難を誘導するはずの職員はいつの間にか押さえられ歌の列に引き込まれていた。

−胸の内側に、焼けこげるような冷たいような感覚が湧く−

 逃げてはいけない。
 氷雨を押しのけ、私は先頭に立ち、あらん限りの声を上げて歌い出した。
 何十年ぶりかに、地声で歌う。すぐ横の彼が、歌いやすいように。

−否定したかった−

 聞こえているか?
 この歌は、お前達へ向けられたものだ。

−冷静に指揮を出している自分を−

 お前に向けて、あのメビウス1が歌ってるんだ。

−やり場の無い感情、やり場のない想い−

 だがら、飛んでいてくれ。
 落ちないでくれ。
 それが、どんなに酷な事を強いているかは解っているつもりだ。
 だけど……どうか……!

−その全てを、吐き出すように叫んだ−

 鋭い飛行機雲が流れる。夜闇を、いくつもの爆炎が彩る。
 まるで咆吼するかのように鋭い音が耳に届いた。

−いつの間にか、俺は泣けなくなっていた−

 その音が、どれほどの間続いただろう。
 新たに現れた4機の機影、友軍と敵の区別が、はっきりついた。
 綺麗に隊列を組んでいたその一つが、編隊から離れていく。
 もうあの甲高い音も爆発の音も聞こえなくなっていた。
 3機になった彼等が、ゆっくりとスタジアムを横切って行く。
 それを見送って……私はその場に崩れ落ちた。