ACE
COMBAT 5
The Unsung War
…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...
Knights
生き残ったもん勝ちでしょ。戦争なんざ。
−元エルジア軍パイロット−
ソル・ローランド中尉
ハンガーのすぐ近くに広がっている芝生。
赤道直下のサンド島は11月を迎えてまだ暖かい。
開戦前はよく寝転がっていたしカークとフリスビーに興じる連中の姿もあった。
時折こんな感傷に囚われることがある。
「わんっ」
そのカークが俺の横までやってきた。ご主人様は向こうの整備班と談笑中で暇になってしまったしい。
そういえば、ここ数日で随分懐かれたような気がする。
視線を真上に向けるとおやじさんがこっちを覗き込んでいた。
「随分とお疲れのようだね」
「……そうみえますか?」
「いや、いつものことか」
「はは。そりゃないですよ。ちょっと考えごとを」
普段にこにこしてる癖に結構言うこときついなあ。
なのに嫌な気分にはならない。何を考えているのか読めない人だけど妙に安心する。
年の功と言う奴なんだろうな。
「ほう?」
「このままでいいのかと。自分は、今のままでは、いけないんじゃないかと」
「例えば?」
俺が言葉に詰まったのは、明確な答えが無いからではなかった。
あのおやじさんが、珍しく真剣な顔でこっちを見ていたからだ。
でも、どうありたいのだろう。
俺は父が戦場に立っていた時の顔を知らない。バートレット隊長とはタイプがそもそも違う気がする。
いっそリボン付き……ダメだ。スケールが違いすぎる。
「浮かばないのなら、変わりたいとは思っていないんだよ。必要性を感じているだけでね」
そして、答えあぐねる俺を見るおやじさんがいつもの笑みを浮かべる。
「そんなものでしょうか?」
「昔いたよ。戦果を上げる度に溜息をついていたのが。戦場に立つには優しすぎると誰もが思っていた。私もね」
「おやじさんも?」
「ああ。あの頃は私も随分血の気が多かったからね。だが、彼は戦線を去るまでずっとそうだった」
「ずっと……」
父さんに爪の垢でも飲ませておきたかったような人だな。
途中でリタイヤしてしまったようなあの人に。
「どうかしたかね?」
「えっ、いえ、その……」
何が顔に出たんだろうか。いや、普通に返せばいいだろうに何を焦ってるんだ俺。
まかり間違っても親が自殺したなんて話は出来るはずが無いのだが。
「その人、強かったですか?」
何言ってんだろう俺は……。
「ああ強かったよ。だがね、まだ上があったよ」
何か企んでるような笑い方。
「私が知ってる限り彼はずっと悩んでいたらしい。その答えを探してみるのも一興じゃないかね?」
答えか。どう変わることを必要としているのか……と言うことだろうか?
「まあ、その時が来たら、自然と変わってしまうものだよ。さて……これは一雨来そうだね」
そう言っておやじさんはカークと一緒にまたハンガーへ。
ふと気が付く。あの人が昔話をしたなんてあっただろうかと……。
その日の事だ。進撃中のオーシア軍が捕虜収容所を発見したと言う知らせが入ってきたのは。
「なあ、ブービー寝たか?」
「まだ起きてるよ」
壁一枚向こうから景気の良いロックと一緒にチョッパーの声が聞こえてきた。
お世辞にも防音効果の期待できないここに、プライベートも何もあったものじゃない。
「今日収容所見つかったろ。ひょっとしてひょっとしないか?」
そんなに勿体ぶらなくても言いたいことは解る。
「だろうな。いるといいんだけど」
「いるに決まってるだろ。ぜーったい暴れてるぜ。きっと」
向こうでジュネットが笑う声が聞こえる。
そう言えば、あの人が帰ってきたら俺はどうなるんだろう。
またどん尻?それとも別な場所?どちらにせよ、このままではいられないのだろうか。
「おーい、ブービー?……こりゃ寝ちまったかな?」
翌日、俺達は雨の中出撃する。
向かう先は、吹雪が吹き荒れる捕虜収容所。
海兵隊が既に捕虜達を保護したと言うことであとは迎えのヘリを寄越すための制空権確保が今日の任務だ。
天候は……サンド島も決して良くはなかったがこっちも雪がぱらつく上に雲までかかっている。
「隊長、こちらアーチャー捕虜収容所が見えますか?」
「いや、まだだ」
「しかし、もう少しで見えるはずだ」
隠れ蓑には丁度いいから悪いことではない。もちろん向こうも同じだが。
「あそこに隊長……あ、いえ、前の隊長、バートレット大尉もいるんでしょうか」
「いると思うぜ。他の捕虜の連中に悪態付きまくってよ、仕切まくってよ。なあ、ナガセ、そうだろ?」
「……」
彼女は、複雑な心境だろうな。
「はぁ〜……なあ、まだ気にしてんのかい?」
「別に……」
自分をかばってバートレット隊長は撃墜されてしまったのだから。
そんな経緯から固められた決意に守られている、俺が言うことでも無いのだが。
その時、収容所から通信が入る。視界の角にそれを捉えた。
「戦闘機、爆音が聞こえてきたぜ。ああ、こちらシーゴブリン。南国の海岸が仕事場だと思って海兵隊に志願したんだが……捕虜は無事に確保した。うちのヘリはまだのようだな」
「もう少しだけ連中の面倒を見てやってくれ。レーダーに敵機を捉えちまった」
「了解。君らサンド島の隊だろ。聞いてるぜ、腕前拝見といくよ」
正確には長距離ミサイルの射程に入っただけで目視は出来ていない。
だがマルチロック式の長距離ミサイルはそのまま哨戒中であろう小隊を撃ち落とした。
「ヤノフ……報告は?おい……また昼寝か?」
「どうせまた昼寝だろう。こんな天候の中飛んでくる奴なんているもんか」
いるんだよ。そんな中飛んでくるのが。
「こちらシーゴブリン。なんか視線感じるんだがこっちの進入が敵機に気付かれた様子はあるか?」
「いや、大丈夫だ」
「了解、こっちも敵の連絡手段は潰したんだが、状況が見えないのは不安なもんだな」
と言うより判断が付かない。何せ上も白下も白。
「ついでにオイラの頭も真っ白だ」
「じゃあHUDを見るんだな」
「ブービー最近石頭に似てきたぞ」
「ダヴェンポート中尉、私語は慎め」
「本家の方が切れ味鋭いですね」
敵も味方も至近距離まで詰めなければ見つからない。
何処から現れるか解らない。そんな不安は、俺達にもある。
発見したはいいが角度が悪く一発ミサイルを外したりもした。
だが連絡させる暇は与えていないお陰かほぼ一方的な奇襲で撃ち落としてはいるのだが。
「こんな所に収容所を作るなんて、それ自体虐待だ」
リムファクシの時もそうだが、戦闘機の中にいても十分寒い。
パイロットスーツだって重装備、それでもこれだ。
「後何機だ?」
「残り5機だ。さっさと終わらせようぜ」
丁度HUDにそのうちの3機が映し出されている。丁度真後ろ、まだ俺達に気付いていない。
ミサイルを放ち、撃墜を確認したとき、通信機に銃声が入った。
「何があった?」
「こちらシーゴブリン、収容所内で戦闘発生!制空権確保の目処は立ってるよな!?」
丁度レーダーに二機、ミサイルの射程圏に入っている。
「次で最後だ」
「頼れるな!よし、こっちも一人残さず脱出してみせるぞ!」
最後の編隊がいた場所は収容所の近く、ほぼ一周してきたらしい。
「よし、敵機はあらかた片付けた。タクシー呼んでもOKだぜ」
だが安堵するのも束の間、HUDには大量の対空火器が映し出されていた。
「こちらシーゴブリン、ここの周りに地上火器があって着陸できん。済まないが掃除を頼みたい」
「こちらウォードッグリーダー。了解した。グリム、特殊兵装使用を許可する」
「対地装備しておいて良かったですね」
ヘリの先にあった対空砲はグリムに持たせていた無誘導爆弾でほぼ一掃。
俺達は収容所付近の対空火器を潰していく。
「収容所が見えた。あの中に助けるべき人が……人達があの中に」
「まだいるぞ、気を抜くな!」
「!……了解」
もしかしたら戻ってくるかも知れない。はやる気持ちには同意するけどな。
その分対空機を早く始末してやればいい。
「オーケー、ゴミ掃除終了だ。捕虜を外に出す。そっちからも、連中の元気な顔が見えるかい?」
そして、ヘリが収容所へ降りてくる。さすがに顔までは見えなかったが、まばらに人が出てくるのは解った。
でも、疲れ切っている様子は何となく分かった。
その中にあの人がいれば、一目瞭然だと思ったのだが……それらしいのは見あたらない。
「顔が……あの人達の顔が見えればいいのに」
やはりこの僻地の環境は応えたのか、それとも……。
「ナガセの奴、ホントに見に行きやがっ……て、お前もかい」
俺もナガセの後を追う。さすがに戦闘機の上から確認できるとは思っていないが。
多分、俺が早く会いたいと思う気持ちと、ナガセのそれはまったくの別ものだろうな。
「よし、全員ヘリに乗った。今積み残しがないか確認中」
「シーゴブリン、バートレット大尉はいますか?バートレット大尉の確認を」
だが、期待していた悪態は結局聞こえなかった。
こんな時、それこそ彼等から通信機奪ってでも何か言ってくれそうだと内心思っていたのに。
そして、シーゴブリンからの通信は無情な現実を突き付ける。
「いや、その名の人はいない。そっちはどうだ?」
「こちらにもいない。捕まっていた連中も知らないと言っている」
いないって、パイロット達が主だと聞いていたのに。
「そんなハズは……もう一度確認を!」
狼狽していたのは俺も同じ。
明暗を分けたのは、ほんの数mの差だった。
俺のHUDに、丁度ナガセの真下に反応が映る。トーチカがまだ生きてる。
「ナガセ、馬鹿!」
撃ち出されたミサイル、トーチカに機銃を撃ち込んで俺も後を追いかける。
「隊長が、隊長があんなに言ってくれたのに私……」
その時、彼女の機体ががくんと速度を落としたように見えた。
彼女が二番機に固執したのは何故だった?
馬鹿だ、俺!
被弾、何かか打ち出される音。
眼下で、彼女の機体が四散した。
吹雪は激しさを増していて、墜落した場所がどうなっていたのかさえ解らない。
「私は大丈夫」
その声が聞こえるまで、生きた心地がしなかった。何とか脱出できたらしい。
「やられたのは消耗品の機体だけ」
「良かった……」
本当に僅かの間だったのに、一気に体温が下がった気がした。
「こちらシーゴブリン。ガンシップ、こちらはお客を連れ帰る。彼女の救助はできそうか?」
「了解。天候が悪化する。救助を急ぐ」
「彼女の降下地点、了解。これより回収に向かう」
ガンシップがゆっくり降りていく。
その影はすぐに吹雪で白んでいった。
それが一瞬傾いて……。
「ガンシップが墜ちた!」
「くそっ!天候が悪すぎる!!」
幸い、火の手は上がっていない。だが、もう彼女を救出する手だてが無くなってしまった。
哨戒中のチョッパーの言葉を借りるなら、俺の頭も真っ白になった。