ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Demons

 ラーズグリーズはやって来る。愚行に手を染めた我らを罰するべく
 −北ベルカ・レジスタンス本部の落書き−

サンズ・ローランド
 2010年11月14日オーシア東海岸沿いの貸しコテージにて

「ただいまー」
「おう。お帰りー」
 あれから、思いの外私達は多忙に日々を過ごしていた。
 ユージアのみならず国際的にも名を馳せる曲芸飛行士と、平和運動と反戦歌での功績を気付いてきたオペラ歌手。
 その組み合わせに目を付けた連中が意外にも多かった為に。
 今だって彼が東の海の上に白い波を立たせながら飛んでいる。
 だが飛んでいるのは彼の愛機ではなくどこにでもあるセスナ機。
 後ろには数名の子供達を乗せて悠々と、でもいつでも降りられる高度で。
 それを今、貸し与えられたコテージから眺めていると言うわけだ。
「エレンの奴拗ねてるだろうな。アイツの後ろに乗るの楽しみにしてたから」
「7番の奴が苦労してんだろーなー。今頃ひーちゃんじゃなきゃやだーって」
 7番とは元エルジア空軍に所属していたというメンバーで、その言葉に訛りがあるのが印象深い男だった。
 お調子者で常に笑みを絶やさない男があの口調で必死に娘をなだめる光景を浮かべる。
 向こうにいるもう一人のマネージャー共々頭を抱えているだろう。
 彼等には悪いが笑ってしまった。
「で、今日は嫌に早いじゃねえの。仕事じゃねえよな」
 そう言ってこっちを見る目がちょっとつり上がっている。
 ここで冗談半分に浮気を匂わせることを言うと沿岸を飛んでいるひーちゃんのセスナまで投げ飛ばされそうな気がするので正直に言う。どうせ困るものでもないし。
「ちょっとした出演依頼を蹴りに行ってたんだよ」
「このご時世に?」
「まったく暢気なものだ。しかも私がやるには、少々縁起の悪い役でね」
 そう言って西の空を仰ぐ。
 その縁起の悪い役柄に興味を持ったようなセレネの視線に気付く事も無く。

ソル・ローランド中尉
 2010年11月14日サンド島

 ここ数日、哨戒任務が続いている。あの時の作戦のお陰か地上軍は順調に進軍を続けていると言う。
 哨戒任務なら静かなものだ。誰も死なない空。そこにいるときだけは、空軍に入って良かったと思える。
 ……開戦前まではそんな実感さえもう忘れてしまっていたというのに。
 平和だ。少なくともこの島は今。
 慌ただしいと思うとこんな日々が数日続く。まあ、基地司令にしてみればあの査問云々以外に特に平和を乱したモノはないと思っているのだろう。
 戦場を飛ぶ俺達の気持ちなんて考えもせずに。
「それ……何書いているんですか?」
「どうしても思い出せないのよこの次の言葉が……」
 ブリーフィングはスタートが遅れている。何でも本国から誰か来たのだという。
 何となく、一週間と続いた平和の中にまた一つあるんだろうなと言う気がした。
 朝が早いこともあるが今日は妙に気持ちの良い陽気で、俺はブリーフィングが始まるまで半分寝ているような状態だった。
 そんな中ナガセはいつもソファで広げている赤い手帳……いや、今日初めて知ったがそれは絵本だった。
「どれ、見せてみろい」
「あ、だめ」
 チョッパーが中を覗き見ようとしてぱしりと弾かれる。
 デイズ兄さんではないが、ああいう女性の秘密には立ち入らないほうが吉なのだとか。
 辛うじて見えた「青」と「姫君」の文字。
「鳩はその日えさをもらえないの。お姫様が病気になったから」
 その内容で思い出せた。タイトルは「姫君の青い鳩」。その話は俺も聞いたことがある。
 内容は殆ど覚えていないのだが、妙に腑に落ちなかったような記憶がある。
「どれどれ……」
 とはいえ、ナガセの手帳の正体が絵本とはね……意外だなと思いつつ、やっぱ女の子かとも思う。
 でもグリムならいいのだろうか?まあ、チョッパーにはまず縁が無さそうな話ではあるが。
「……ラーズグリーズ、それラーズグリーズの悪魔の仕業だろ?」
「知ってるの?」
 そんな思いこみは往々にして裏切られるもの。
「北の海から来る悪魔だ!寝る前にばあ様に聞かされては夜中にトイレに行けなくなってよう」
 余計な一言にナガセが溜息をつく横で、俺は納得していた。
 喧嘩ばかりする悪い子はラーズグリーズに連れて行かれると、俺も兄弟喧嘩の度に母さんによく言われた。
 どうせなら戦争なんて国同士の喧嘩をしている連中をどこかに連れていってくれれば良いのに。
「諸君、静粛に」
 そんな子供じみたことを考えただした頃に肝心のブリーフィングが始まった。
 本土からやって来たのはうちの基地司令に比べれば随分人当たりの良さそうな男だった。
 そしてもう半睡状態から冷めるべきなのだが、その内容に俺は本当に目が覚めてしまった。
 モニターに映し出された場所。ユークの遙か北にある海峡。
 その名を、ラーズグリーズ海峡と言う。
 作戦の内容はかつてハイエルラークのひよっこ達を葬った散弾ミサイル空母、シンファクシの二番艦リムファクシの撃沈。
 あの海峡で補給を済ませるその隙を突いての攻撃だという。
 俺達にお鉢が回ってきたのは、前例があったからなのだろう。
 進軍する地上軍の行く手を阻む散弾ミサイルの元を絶てと言うことだ。

 ただ……あの時、俺はどうしていただろうか。
 怒りに我を忘れてはいなかったか?
 隊長としての努めを果たせていたか?
 一度撃沈したとはいえ、前のままでも無いだろう。
 前例の記憶がとぎれがちな状態で大丈夫だろうか……。

「おい、大丈夫かブービー?」
「ん、ああ。噂をすればなんとやらだなって思ってな」
 顔を見れば解る。俺が違うことを考えていたのはバレバレだ。
「なんだ。お前あの時起きてたのか」
 ブリーフィング前はさすがに……いや、半睡状態だったのは認めるけど。
「まあ、女神様の逆鱗に触れないことを祈るばかりだな」
 そう言って機体に乗り込もうとしたんだが、こっちに視線が集まっているのに気が付いた。
「俺の故郷じゃ女神なんだ。やることは変わらないけどな」
 戦争の中、原因不明の事故が起こったとき人はこう言うのだ。
 ラーズグリーズの仕業だと。
 その住まいにミサイル空母、そして今から戦闘機が飛び込んでくる。
 何が起こっても不思議ではない……か。
 あの後輩達の最期が脳裏を過ぎる。
 文字通り阿鼻叫喚の地獄を、もう二度と聞きたくは無かった。

 そして、それを振り払うために、冗談とも本気ともつかぬ事を俺は考えていた。
 かの女神がヒステリーを起こす前に終わらせようと。

「ウォードッグへ、そのまま低高度を維持し、潜水艦隊へ向けて飛行せよ」
 空中給油を挟んで、俺達は白い氷の海の上を飛んでいた。
 その景色が、綺麗だと思った。
「寒気がする。この北の海から ラーズグリーズの悪魔が来たんだ」
「ラーズグリーズ……」
「へっ、あんな潜水艦が ラーズグリーズのわけがねえ」
「私語を中止せよ。まもなく無線を封止する」
「あとはマイクを切って 独り言にいそしんでやらあ」
 そこでも石頭とお喋りのやりとりは相変わらず。
 それが無くなるとあとは冷たい空気の中をエンジン音が響くだけ。ここまで静かになるんだな。
 少し視線を上げると、オーロラが朝日に掻き消されていく所だった。
 悪魔とも女神ともされる彼女の住まいには相応しいと思った。
 そして、その視界の先に黒い護衛艦の姿が見えた。俺達は速度を上げる。
「こちらは司令部参謀ミッチェル中佐。ピケット潜水艦が敵機発見を報じた」
 それは百も承知。
「バレちまったんだ、喋るぞ!!」
「このまま加速。リムファクシを捉え次第対艦ミサイルを撃ち込むぞ!」
「了解!!」
 探知されてから殆ど間も無く潜水しようとするリムファクシは射程に入った。
 機体の加速が勢いを手伝ってか着弾地点に派手な水柱があがる。
「敵艦の損傷状態、不明!」
「野郎、潜航しやがった!」
 水柱が消えた後にもうその姿は無かったが、あの速度とあの水柱。無傷では無いはず。
 俺達は魚を狙う水鳥のごとくその上を旋回していた。
 心なしか高度を僅かに意識しながら。

「こちら潜水艦隊司令部。我が地上軍前線から緊急通報。敵が大規模攻勢に出た。リムファクシは長距離ミサイルで敵の攻勢勢力を攻撃せよ。至急!目標座標データ送る!」
「こちら、リムファクシ。発射系統を一部損傷した。ミサイルを水中発射できない」
「今撃たなくて何のためのリムファクシか!」

「リムファクシの通信アンテナが水面に出ている。浮上!」
 最初に気付いたのはナガセだ。浮上直後、散弾ミサイルと無人機を放ってくる。
 浮かび上がった艦の上には以前見たときより遙かに大量の対空砲を満載していた。
「行くぞ。まずは対空砲を始末する」
「エッジ、了解」
「チョッパー了解!」
「アーチャー、了解です!!」
 俺達は一斉にリムファクシに襲いかかった。
 撃たれた散弾ミサイルは大陸へ……だがこれ以上撃たせるわけにはいかない。
 真上からSAMへ狙いを定め対艦ミサイルを撃ち込む。
 ほぼ直進してくる俺めがけてAA-GUNが火を噴くが撃つことが解っている弾に当たるほど馬鹿じゃない。
 その間にチョッパーとナガセがAA-GUNとSAMをまた一つ潰していく。
 ミサイルアラート。リムファクシのギリギリで無人機から撃たれたそれを回避する。
 同時に、グリムに狙いを定めていたそれを撃ち落とそうとするがこちらも以前より性能が上がっているのか簡単には行かなかった。
 すぐに見切りを付けたと思ったのだが、その間にリムファクシはもう一発ミサイルを発射するとまた潜水していく。
 次のも大陸行きのものらしい。
 俺の舌打ちよりも早く本土のミッチェル中佐の罵声が入ってきた
「何をしてるか!攻撃せよ!馬鹿者!地上軍を見殺しにするのか!」
「ちぇっ、うちの基地司令より 優しそうな奴だと思ったんだけどなあ」
「高級将校は皆同じです」
 同感だった。俺達が飛ぶのはお前らの為じゃない。
 潜水しているというのならと、その間に無人機の始末にかかる。
 Gを無視した機動とはいえ、緒戦は機械、その隙をついて二個ほど落とした。
「……さっさと上がってこい」
 無人機を追い回しながら、俺達は獲物の浮上を待っていた。
 それこそ空から獲物を伺う猛禽か何かのように。
「リムファクシを沈めれば 散弾ミサイル攻撃もなくなる」
「ええ、そして鉄の雨の脅威がなくなれば、戦争の早期終結も」
「そして俺たちには休暇だ。いいこと尽くめだ!」
 休暇か。終わればエレン達も帰ってこれる。いっそ皆で遊びに行って終戦パーティでもしようか。
 帰る場所がある人達。その命を奪うような期間は、短いに、無いに越したことはない。
「リムファクシのアンテナが見えた。行くぞ!!」
「僕は無人機を追い払います!」
「頼むぜグリム!!おれっちは周りの連中に手ぇ出すなって行ってくらぁ」
 無人機をグリムが、護衛艦をチョッパーが、俺とナガセは、リムファクシに狙いを定める。
 高高度から対艦ミサイルをリムファクシに撃ち込む。ナガセと俺のがほぼ同時に炸裂する。
「アーチャー、マグナム!!」
 そしてまた潜行しようとするリムファクシにさらにもう一発突き刺さった。
 一際派手な水柱が上がり、リムファクシの潜行が止まった。
「グリム、良くやった!!」
 バラストタンクに大当たりしたらしい。だが潜行ができなくなったリムファクシがミサイルを撃ちだしてきた。
「こちらサンダーヘッド、ウォードッグ、君たちを狙っている!」
「上昇する!!」
 螺旋を描きながら高度を上げる。リムファクシから離れるように。
「着弾まであと10秒」
 耳が痛くなるほどの速度で上昇し、高度計が6000を指すのを確認してリムファクシに向き直る。
 レーダーロックの音を確認する。眼下で炸裂する弾頭。
 降り注ぐ鉄の雨、そのまっただ中に最後の対艦ミサイルを撃ち込んだ。
 そんな中、敵艦の通信が混線する。
「くそ、味方まで巻き添えにしちまう!」
 大人しく沈んでほしいものだ。そのまま次のミサイルの前に弾丸を撃ち込むべく急降下する。
「で、それでもミサイルか。勘弁してくれよ!」
 俺が撃ったミサイルは随伴艦がかばう形でぶつかり、巨大な水柱がまた一つ上がった。
 それでも守るべき艦の盾になる……か。敵にこんな感情を抱いて嫌な思いをするのは、もう沢山だ。
 対空砲を何発か撃ってくるだろう。即座に回避行動をとれるよう構えていた。
 だが……それは来なかった。

「おい、来るぞ!AA-GUNを!!」
「ダメです!銃身が凍り付いてる!!」

 そのまま、反撃もままならない艦に俺は機銃を浴びせた。
 続いてナガセ達が抱えていた残りの対艦ミサイルが撃ち込まれる。
 水飛沫はなかった。だが、徐々に傾いていく艦。それが最期を物語っていた。
 もはや敵の通信も聞こえない。

「君らが相手にしているのは"ラーズグリーズ"のようだ」

 ただ、その最期はどこか哀しげに見えた。

 戻ってきた俺達を待っていたのは散弾ミサイルの驚異が無くなったことで地上軍が一大攻勢に出たこと。
 このことを報告する基地司令官の顔には満面の笑みを浮かべているが……いかんせん元が元なので長距離飛行と戦闘とで疲れ切った俺達を更にがっくりさせる結果になった。
 だがその脂ぎった顔から明日はゆっくり休み賜えと言われた時は心の中でガッツポーズを取ったもんだ。
 今日はゆっくり休んで明日は羽を伸ばそうと、思ったのだが……

「おーい。グリムー。生きてるかー?」
 アルコールが解禁されたとあって搭乗員待機室は宴会場へと様変わりしていた。
 整備班数名がチョッパーの持ち込んだラジオから流れる音楽に合わせて歌って……いや、騒いでいる。
 そして俺の横にアルコールを散々に飲まされて見事にノックアウトされたグリムがいる。
 ステレオ運びを手伝わされたり無理に飲まされそうになっていたグリムの酒を引き受けたりで、ゆっくり寝るなんてことはとうてい出来そうになかった。
 少し視線を奥へ向けるとおやじさんとジュネットが何やら話している。
 こっちと目が合うといつも通りの笑みを返す親父さん。
 ふと、ジュネットもこっちを見て穏やかな笑みをと思ったらいそいそと向こうを向いてしまった。
 上から溜息が聞こえる。ナガセのだ。
「お疲れさま」
「隊長も。でも余り飲み過ぎないようにしてくださいね」
 そんなことを言われたものの、ナガセが退場するや否やチョッパーに飲み比べだとか言われて相当に飲まされてしまった。
 向こうはどうやら俺を酔い潰した後で何やら目論んでいたらしい。
 だが俺はそんなに弱い方ではなかった。同席していた整備班にはかなり強い方だと言われた。
 それが災いして、酔いつぶれたチョッパーを部屋まで背負っていくハメになったのは別な話。
「ああ……これほど飲めるとは思わなかったよ。君が」
 見てないで手伝ってくれよおやじさん……。

 2010年11月14日オーシア東海岸沿いの貸しコテージにて

 歴史が大きくかわるとき、『ラーズグリーズ』はその姿を現す。
 はじめには 漆黒の悪魔として
 悪魔は その力をもって 大地に死を降り注ぎ―やがて死ぬ
 しばしの眠りの後、ラーズグリーズは再び現れる……。

 そんな伝承を義兄から聞いた彼女は、セスナを駆る相棒を見上げ、微かに微笑んだ。
「まるで……だな」
 その時何を呟いたのか、何を思ったのか、横で見守る義兄に察することは出来なかった。