ACE
COMBAT 5
The Unsung War
…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...
Doubt
平和という麻薬に、身を崩したくなることもある。
それも出来ないのが軍人の辛いところさ。
−ISAF情報部大佐、パウル・ハミルトン−
ソル・ローランド中尉
空から見下ろしたオーレッドは平和そのものだった。
遙か彼方では、民間機と思しき機がその存在を主張するように陽光を返しつつ雲を引いている。
地上に降りて、別々の車で連れて行かれる途中にも、戦時中と言う物々しさは欠片もない。
暢気だよなと思いつつも、これで良いんだと思う。
少なくとも、民間人にまで……やめた。これから査問に行く原因を考えると気が沈む。
「思ったより冷静だね」
不意に、運転手が声を掛けてきた。白髪の、長年この仕事してますって感じの人だ。
いや、冷静なのは見た目だけで頭の中は無事で済むのか不安で仕方がないのだが。
「基地司令官に啖呵切ったなんて言うから熱血隊長かと思ってたけど」
この辺で俺は思いきり仰け反ったと思う。少なくとも目に見えるリアクションはしたと思う。
そういや俺シンファクシの時……少なくとも浮上した後どうだったんだろう。
いやあの豚司令にブチキレたのは覚えているんだが他が朧……て、これはやばいんじゃなかろうか。
「はっはっは。君みたいなのがキレると一番怖いか。ま、査問中にキレんでくれよ。君には息子の支援にまた飛んで行ってもらわにゃならんのでね」
「え……」
「手紙でね、凄い部隊だったって、特にアンタの事凄く誉めていたよ、ブレイズ君。自分に有利な物的証拠と相手の嫌味に折れない根性があれば査問なんてどうってことないさ。と、着いたぞ」
その人は去り際に息子の恩人を信じると言ってくれた。
あの人達のためにも、こんな査問なんかで裁かれてたまるか。そう思った。
「あの、ローランド中尉?」
「ん、解ってる」
結局、入り口に控えていた軍曹の案内でみんなの様子を伺う間もなく俺達は別々の部屋へ通された。
鏡と手洗いとベッドと、机があるだけのあまりに簡素な部屋だ。
何日この狭い部屋に押し込まれるのだろうか、考えるだけで気が滅入る。
「いいじゃねえかこのぐらいよぉ〜」
「駄目です。上に振り回されるのには同情しますけど査問にウォークマンだなんて何考えてるんですか!」
どうやら俺の部屋の前が通り道だったらしい。
少なくともチョッパーは早く解放してやらんと禁断症状とか起こりそうだな……。
机の上には制服が綺麗に畳まれている。
どうせ被る必要も無いだろうに軍帽まで付いているというサービスの良さだ。
そういや髪を整える暇も……いや、笑いを提供に行くわけでもあるまいに慣れない整髪剤をつける必要も無いか。
バートレット隊長が堅苦しい物着るんじゃねえとか言ったお陰で最後に袖を通したのはあの人に初めて会って以来。
幸いサイズがどうこうなんて初歩的な問題は無かった。
で、残っているのが軍帽なんだが……はっきり言って相手は間違いなく目上なのに被っていく馬鹿はまずいない。
精々部屋の外で俺の準備が整うのを待っている監視兼世話役の軍曹ぐらいだ。
……でもちょっと被ってみる。
堅い髪に阻まれて上手く頭に収まってくれなかった。
見た感じは我ながら結構似合ってると思っただけに少々悔しい。
少し粘ろうかとも思ったが外で待っている軍曹がそれだと可哀想なので早めに切り上げておく。
「待たせてしまったな」
「いえ、大丈夫です」
童顔のせいか見た感じグリムより年下っぽく見える。
「俺の顔に何か?」
「いえ、普通の人だなと」
一体どんな人間に思われていたのだろうか……あの時ブッツリいったのが偉い拡大している事だけは確かだが。
先ほど見た平和そのもののオーレッドの空気は、ここだけ俺にとってしてみれば戦場だった。
「ウォードッグ隊隊長、ソル・ローランド、これより査問委員会を開催する」
査問と言うがその実裁判に近い。
違うところはと言えば弁護士がいないことぐらいか。
こんな事してんのは15年前のベルカぐらいだと思ってたんだけどなあ……。
「理由は明らかかな?」
委員は揃いも揃って初老のいかにもな高官5人。
高いところから見下ろされるのは余りいい気分がしない。
「……民間施設へ機銃掃射を行った機がいることについての事実を明らかにすることと伺っています」
俺にしてみればこっちに喋らせるというのがかなりきついのだが。
「そう。そしてそこにいたのは君達の部隊だけなのだが?」
「我々の飛行データは空中管制官を通じて届いているはずです。個人の差こそあれ我が隊は5000フィート以下での戦闘は行っておりません」
「ふむ。もっともな回答だ。だがね、短い時間ながらジャミングによって君達の行動を把握できなかった空白の時間がある。その間であれば十分に可能ではないのかね?」
向こうも丸腰で来るほど馬鹿ではなかった。
考えろ。あの時、一体どうなっていた?
「……その前後の飛行記録はごらんになられたでしょうか。我々のいた座標と民間施設からはかなりの距離があったはずです」
少なくとも、被害を受けた場所はその場所から視認出来なかったし、視認できたのは帰投途中だ。
頼むからその辺の座標をしっかり取っててくれよサンダーヘッド。
委員会の連中が飛行機録と睨めっこしている間嫌な沈黙が流れる。
「なるほど。確かに。だがこの空域にいたのが君達だけというのも事実だ。これをどう説明する?」
「通信記録には別の隊のものと思われる通信が入っていたはずです。おそらく彼等ではないかと」
どうもこっちに喋らせてボロを出させたいらしい。
こっちに非はないが油断しているとどこで揚げ足を取られるか解ったものじゃない。
「ふむ……8492……だがね、このような部隊番号の飛行隊は我が軍には存在しないのだよ」
「ならばそのジャミング中の通話記録は何なのでしょうか?」
押し黙ってしまった。
存在しない……か。言い訳にしたってお粗末だな。
ユークのものでも混じったんだろうか?いや、言語がそもそも違うか。
「……とにかく、あくまで、君達は攻撃を行っていないと言うのだね」
「そのような事実は一切ありません」
得体の知れない部隊より、こっちを早く解放して欲しいのが俺の本音だった。
が、ここで休憩が入ってしまった。
ひょっとしたら突然出てきた部隊についての検討でもするのかもしれない。
ドアを開けるとさっきの軍曹ともう一人女性……階級章は見えないけど話しぶりからするに同僚か。
「ローランド中尉、また来ちゃいましたよ呼び出し」
あの一回で終わるとは思わなかったが、まさか二十分と立たずに呼び出されるとは……。
会場まで随分距離があるお陰でこの軍曹がまたよく喋る。
緊張しなくていいなんて迂闊に口を滑らせたからまた。
「なんか集中攻撃の前触れっぽいですね……」
時間からいって二人目……多分ナガセのが終わった頃なんだろう。
そこから3番機に行かずまたも俺と言うことは彼の読みが正しいんだろうな。
「俺はそんなに悪評高いのか?」
「何言ってるんですか。むしろ逆です」
「?」
「痛ましい出来事だったでしょうけど、上に真っ向からかみつける人は必要って教官が。そう言う意味じゃ英雄ですよ」
苦笑するしかなかった。こんな離れたところでそんな事を聞くとは思ってもみなかった。
もっとも、彼がその苦笑をどう受け取ったのかは解らない。
「あ、申し訳ありません……」
ただ、この暢気な軍曹にいくらか救われたのは確かだろう。
そしてどうやら、俺が一番ボロを出しやすいと踏んだらしい。
キレるなよブレイズ。キレたら被害被るのは自分だけじゃない。
「ときに、君の隊の4番は機械いじりが好きなようだね」
「あの機体は前日に配備されたばかりのもの。それを素人に弄らせたりはいたしません」
当人ではなく隊長に聞いてくるとは……。
もはや殆ど聞き流していた。
「前隊長、バートレットがユークに亡命し我々を脅かす存在になっている可能性に付いても議論しているのだが?」
「今回の件とどのような関連が?」
隊長も大変なハートブレイクだよな……恋愛ぐらい自由だろうに。
「そう言えば君はベルカ出身だったか」
「……」
あまりに不毛だ。同時に腹立たしい。
こんな事をしている暇があるなら早く戦争を終わらせる方法でも模索してくれれば良いだろうに。
部屋を出ると俺の世話役だった軍曹が別な女性と話している。やはり同僚だろうか?
随分軍人然としたタイプだ。姿を確認すると敬礼だけ返され、あとは安めの姿勢だ。
ポケットからウォークマンのヘッドフォンが覗いている所を見ると、チョッパーの監視役か。
「さっきの人、結局5分で終わっちゃったみたいですよ」
やはりナガセを陥落させるのは難しいと言うことなのか……少なくとも俺よりは要領は良かったようだな。
「そう言えばさっきといい知り合いなのか?」
「はい。僕等4人同期なものでして、何かとよくつるんでたんですが何故かこういう仕事でも一緒になることが多いんです」
なるほど。仲良し4人組というわけか。
「あ、伝言預かってます。胃に穴開けないようにだそうで……」
俺ほんとにシンファクシの時どうしてしまったんだろうか。
待っている間に向こうから色々と喋ってくれたがどうもバートレット隊長の情報も錯綜しているらしかった。
となると……俺は飛んでもなく反抗精神旺盛な隊長になってるんだろうなあ……。
「ローランド中尉〜また来ましたよ〜」
「……了解」
やはり数分後、同じように呼び出しがかかるのだ。
「大丈夫ですよ。いい加減連中もネタが尽きて来たはずですから」
平和故の怠慢に苦しめられつつも、平和故の暢気さに俺は救われていた。
サンズ・ローランド
アピート国際空港にて。
ちょうど、私は最後に演じた舞台の最終公演を終わらせ、練習飛行に飛んでいるひーちゃん達を連れ戻しに来た所だった。
「のどかだよなあ……」
戦時下を生きたことのある義妹は、空を悠々と舞う相棒を見上げて呟いた。
開戦直後のノースポイントだってもうちょっと緊張していた、だそうだ。
大体が二倍近い距離だから仕方ないと言ってみたが、同じ国内なのにおかしいと呆れられた。
西の端ではいつ落とされても文句の言えぬ空なのに、東の端では曲芸飛行士が悠々と空を舞っている。
いや、彼だったら本当の戦闘になっても生きて帰ってきそうな気がしなくもないが。
所詮他人事でしか無いのだろうか……それとも、この平和こそが彼等の功績なのだろうか。
「氷雨ーそろそろ降りて来ーい」
「どうかしたのか?」
「いやさ、最初に飛んだとき西の方から戦闘機がオーレッドの方に降りてくるのを見たんだと。アイツまた飛ばないかなって探してんだよ」
「ひーちゃーん。いくら何でもそう簡単にニアミスしないぞー」
その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、一度機首を振ると暫くのんびりと空を飛んでいた。
−東の端は未だ、平和の内にある−