ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Persona

 人は各の方法で心を戦火にさらさないように守ろうとするんだよ。
 −ISAF情報部大佐−

アルベール・ジュネット記者

「がっはっはっは。そりゃあ災難だったな」
 まったくだ。
 サンド島の4機の記事が好評だったが故につい大胆な行動に出て基地司令官の逆鱗に触れてしまい、私は命辛々搭乗員待機室まで逃げ込んで来ていた。
 窓際のソファでは相変わらずナガセ中尉が本にメモを書いている。
 横にいるグリムがそれを興味深そうに眺めている。
 その反対側ではブレイズ君が相変わらず寝ている。
 顔の上に乗っている雑誌の表紙にはISAFのエンブレムが小さく描かれていた。
「よく寝るよね彼も……」
「あー……隊長になってから書類仕事とか増えたからなあ。開戦前は演習後にベッド直行する程度だったんだが」
 実を言うと、私は彼のことをよく知らない。
 私が取材に来た二日後に彼は母の見舞いに行くために帰郷してしまったからだ。
 結局、私の中でローランドというとあの軟派好きの青年がすぐに浮かぶようになってしまうのである。
 それに隊長の第一印象だけを考えるならブレイズの名がよく似合う。
 そのイメージも、今や盛大な音を立てて崩れ去った後なのだが。
「……、……エレン……、……」
「エレン?」
 その彼だが、時折寝言を呟いている。
 内容は彼の母国語、ベルカ語なので殆ど解らないのが残念なところだが今回辛うじて女性名だけが聞き取れた。
「ああ。ブービーのこれ」
 と言ってチョッパーが小指を立てる。この時、一瞬でも隅に置けないなと納得してしまう自分がいた。
 直後、ソファで寝ていたブレイズ君がチョッパー中尉の後頭部に綺麗なハイキックを決めて見せたのは一瞬のこと。
 すぐ側にいたはずのカークは慣れっこなのか微動だにすらしていない。
 更に倒れ込んだ中尉に逆エビ固めが決まる……色々な意味で戦場が似合う男だと思う。
「そりゃ怒りますよ。エレンちゃんっていうのは隊長の姪なんです。今頃ユージアにいるんでしょうね」
 その実体は、こういった何とも穏やかで心和む青年なのだが。
 詳しく聞いてみればハイエルラークで偶然にも隊長の兄に遭遇したという。
 サンズ・ローランド。この名前には覚えがあった。オペラ俳優にしてJOUNEY HOMEのカバー歌手。
 本来女性が歌っていたその曲を誰よりも忠実に再現する男。
 一度取材をしたことがあったのを思い出した。随分なくせ者だった気がする。
 奇妙な縁もあったものだと隊長の方を見ると今度はチョークスリーパーに移行している。
 その時、私は本能的にカメラを構え、それに気付いて隊長が呆けた所でシャッターを切った。

ソル・ローランド中尉

 ジュネットが珠玉の一枚だという写真は、その翌日に現像、焼き回しを経て俺達の手元に届いた。
 チョークかけられているチョッパー、シャッターに向かって呆けてる俺、ちょっと呆れ顔のグリム。
 後ろのソファからはナガセが絶好のアングルで微笑んでいる。
 ちゃっかりカークが入ってるのもポイントが高い。些細な、しかし大切な日常の一部。
 その日もう一枚焼き増しして欲しいととジュネットに頼もうとしたら既に用意されていた。
 送り先はもちろん姪。と言っても向こうの住所が解らない為サンズ兄さん経由で送る他無いのだが。
 まさかこの写真が一生物の宝になるだなんて、この時誰が予想しただろうか。

 あの時の積荷さん……大統領にブレイズと名乗ったのは、自分が変わりたいと思ったからだ。
 デイズ兄さん達、サンド島の空襲でも死者は何人も出た。
 そして……自分の無力さを思い知らされてしまったハイエルラークのひよっこ達の一件。
 戦争が終わって全てが元通りじゃない。ただこれ以上の悪化が無くなるだけ。
 変わろうと思った。一度挫けてもまた前を向けるよう、無くしたものに引きずられないよう。
 それを実践する前に戦争が収まってくれればそれに越したことはないのだけれど。

 アークバードの補給物資に混じった爆発物によって機動不能になったという知らせを受けても、まだ何とかなるという淡い希望は消えずにいた。
 あの人は信じて良い。そう思っていたから。
 だからこそ、その言葉にダメージを受けずにはいられなかった。
「作戦の目的を伝える。それは、ユークトバニア本土侵攻である!」
 束の間の平和は終わりを告げた。
 あの豚司令官がさも興奮したように言うのを、俺は内心舌打ちして聞いていた。
「俺は信じても良いと思ったんだぜ。大統領のあの言葉を。ったく、口だけの腰抜け野郎だったとはよぉ」
「違う……」
 それは他の面々も同じだったらしく、離陸して真っ先に口を開いたのはチョッパーだ。
 ナガセがすぐにそれを否定する。
 だが、お互い内心では「どうして」という様な気持ちなのだろう。俺だってそうだ。
「どうしてこんな……」
 グリムの方もこれはかなり腹を立てているようだった。
「上手くいかなかったのかな……」
 よく考えたらきっかけになるような事すら思いつかない戦争なんてあっただろうか?
 そんな得体の知れないものに、切り札もなく挑むのは無謀だったということなのだろうか……。
 眼下に揚陸艇が四つ。悪天候の中を進む彼等の上陸支援が今回の任務。
 バストーク半島沿岸部の防御基地を制圧する彼等の援護。

「テリー、お前に話しておくことが」
「悪いなスコット、お喋りは後だ!」
 だが、これは実質的に俺達がやらねば彼等はみすみす死にに行くようなものという実状。
「……クソッタレな戦争だ」
 だから、そんなクソッタレなことで彼等を死なせるわけにはいかない。
「エッジはA中隊、チョッパーはC、アーチャーはD、それぞれ正面のトーチカ群を片づける」
 上陸部隊を蹴散らそうと掃射する機銃を真っ先に破壊する。
 視界の隅に浜辺を駆け抜けていく彼等の姿が見えた。
 そのまま積んできた爆弾を監視塔諸々が集まっている場所に投下する。
 各中隊、無事に上陸できたようだ。だが問題はここから、立ちふさがる防御陣地は地上から攻めるには難しい場所に立っている。
「敵防御陣地からの銃撃!退けーっ!」
 つまり、ここで俺達がやらねばならないということだ。

 地上とのタイミング合わせ……そうなると自然向こうの連中の人となりも解ってくる。
「こちらB中隊、上空の援護に感謝する。防御陣地制圧!!」
 これが俺の受け持っているB中隊。最年長の指揮官が率いているという。
 あの15年前の戦争を生き抜いた猛者だけあって、こっちの支援に的確に応えてくれている。
「前進だー!!行け行けー!」
「この鬼隊長が!弾は前からだけじゃねぇぞ!!」
 さっきから罵声の飛んでいるD中隊……典型的な好戦指揮官らしく、先ほどから突撃しろと言っては部下に反抗されているというやりとりが聞こえてくる。
 おかげさまで、的確な指揮で隊を進めているらしいA中隊と、新任ながら暢気に教本でも見ながら指揮しているらしいC中隊の声が殆ど掻き消されているというのだから……。
「今防御陣地を黙らせます!それに合わせてください!!」
 幸いにも、その典型的な鬼隊長に負けじとグリムが声を上げているのは意外だった。
 思えば一番腹を立てていた分、気合いの入り方も違うのだろうか。
「どうしたグリム、偉い気合いが入ってるじゃねーか」
「どこかに、俺の兄貴がいるんです!」
「何ぃ!?そう言うことは早く言」「ダヴェンポート中尉私語は」「防御陣地からの攻撃再開!!」
「あーいっぺんに言うなーっ!もう息付く暇もねえ!!」
 チョッパーが言っては説得力に欠けるが実際俺達はかなり多忙な状況に置かれていた。
 たった4機で彼等を援護せねばならないのだ。
 防御陣地を黙らせたら次は敵航空機の撃墜。
 あの襲撃と空襲と強襲とで人員不足が深刻なのは解るが一体どういうつもりだと言いたくもなる。
「上空の味方機、ヘリ撃墜に感謝!うちの隊長の引退仕事に花を添えてやってくれ」
「整地なら」
 言うよりさきに防御陣地に持ってきた爆弾を放り込む。
「おっし!肝心の花はこっちで用意だ。進めーっ!」
 合流を妨げていた防御陣地の制圧を確認する。
 下で戦っている彼等のためにも、俺達がヘマをすることは許されない。
 その時は、自分達がやらねば彼等がやられる。それ以上の事は考えないようにしていた。
 それ以上は……。
「連中は馬鹿正直に突っ込むっきゃねえ。これが戦争のやり方だ、だから嫌いなんだ」
 ここで「そうだな」と同意の意志を告げる事は出来なかった。
 その間にも、進軍は続き、気が付けば四つの中隊が合流して二つになってた。
「おーい上空の兄ちゃん。うちの鬼隊長の上ちょっと爆撃してくれねえか!?」
「え?」
「あー、やっぱいいや。おい、次の手を考えるぞ」
 そのやりとりに少し気がほぐれる。
 気が付けば、連帯感を感じている自分がここにいる。
「ただいま最後の地上陣地と交戦中!支援爆撃を頼む!!」
「さっさとここ落として帰ろうぜ。ったくなんて一日だ」
「同感だ」
「帰ったらやっぱ寝る?」
 もう勝負はついていた。敵航空機も数えるほどしかこない。
 地上を3人に任せ、爆弾を撃ち尽くした俺がまばらに飛んでくる敵機を相手にする。
 航空部隊が驚異と見たのか対空機だったから地上にさほど被害は無かった。
 徐々に静けさが戻ってくる。
 最後の一機を撃ち落としたところで陣地陥落の知らせ。
「すごい……もうブレイズには及ばないかもしれない」
「……え?」
 そんなナガセの言葉を確認する間もなく歓声が上がる。
 地上部隊全員が上げる大歓声にチョッパーのひやかした声もすっかり掻き消されていた。
「で、話したい事ってなんだ?おい、スコット!!」
 それが収まって来た当たりで最初に聞こえてきた会話の主の声がした。
「いや、すまん……実はお前のヘソクリ使い込んじまって……」
「へ?」
 ……戦勝ムードが一気に白けた。
 さっきまでヘルメット内部に響いていた歓声が嘘のようだ。
 恐ろしいことにチョッパーすら口を開かない。
「馬鹿野郎ーっ!死亡保険の受取人俺にしてもう一回突撃してこい!!」
 ヘソクリを使い込まれた男(テリーだったか?)の絶叫がバストーク半島に響きわたり、そこからは爆笑の渦。
 よく聞いてるとD中隊でならいつでも突撃させて貰える何て野次まで飛んでいる。
 俺も彼には悪いと思ったが笑ってしまった。
「ブレイズ君、感謝するよ」
 B中隊長の声。それから暫く互いの健闘を称え合う声の響く上をフライパスしてそのまま基地へ帰投した。
「地上に仲間がいるって言うのも悪く無いな」
 その為に飛ぶ。それでいい、それしかない。
「そうだな」
 この歓声の中でも気が付くとネガティブな方向に思考が引きずり込まれそうになる俺は、当分ソルのままなのかもしれない。

 余談だが基地へ帰ったとき、書類仕事をしながらふと思い立ってベッドと敷き布団の間をチェックした。
 まさかと思った。まさかと思ったけど……そりゃあないだろ兄さん……。