ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Visitor

 希望はどこから転げ落ちるか解らない。
 そしてどこに転がってるかも解らない。
 −ISAF空軍教官へのインタビュー・開戦直後のサンサルバシオン防衛戦を振り返って−

サンズ・ローランド
 2010年10月5日早朝ハイエルラーク西住宅街の片隅にある一戸建て住宅にて。

 娘に悟られぬよう郵便受けの中身を物色する。
 その中の一つ、オーシア空軍のマークが入った黒い封筒を抜き出す。
 弔報だ。上の弟、デイズ・ローランドが事故死したという内容の。
 ハイエルラークでのソルの様子を見る限り、それは体の良い詭弁であることは明らかだった。
 弟は死んだのではない……殺されたのだ。
 だが、その憤りを何とか誤魔化そうとする。
 まだこの戦争を穏便に終わらせようとしてくれている誰かの為ではない。
 私の足下で、また伯父さんに会えることを楽しみにしている娘の為だ。
「パパ、今日のお手紙何だったの?」
「ああほら、おばあちゃんのお悔やみばっかりだから、面白いのは無いよ」
 そう言うと、娘と妻の部屋へ足を運ぶ。
 いつもは絵本がぎっしり並ぶ本棚。今はその1/4が旅行鞄の中に引っ越している。
「……マリー、同人誌は置いてけよ」
「えー。妹と約束しちゃったし……だめ?」
 妻がいそいそと何か鞄に詰める近くにあった机には四角い跡がくっきりと残っている。
 彼女が愛用していたノートPCが乗っていた跡。
 そして自分の部屋へ足を向ける。ベッドの下にあった秘蔵のガンコレクションが二番目の趣味。
 思えば上二人の外見を覗けば奇妙なほどに私達兄弟3人の共通項は少ない。
 私は持ち芸であった声真似が転じて女性歌手の歌を歌うのが好き。次男は女性を口説くのが好き。
 末の弟に至っては1に昼寝で3がミリタリーサイトや雑誌を漁ること。
 私達兄弟が銃を握る理由は父にあった。
 まだ航空機に乗れない息子達が当時、バルト・ローランドに近づく唯一の手段がそれだったのだ。
 華美な装飾が施されたデザートイーグルをそっと持ち出す。父の愛用品だったそれ。
 同型の銃をお守りに持つ弟と自分を繋ぐ、それが絆だと自分に言い聞かせて。

エッジ
  2010年10月22日エイカーソンヒル上空

 あれから、穏やかに日々は過ぎていった。彼等の最期は未だ私達の心に影を落としつつも、もうそれに捕らわれることも無い。
「泣くのは一回だけにしておけ。明日前が向けなくならないように」
 珍しく自分から口を開いたブレイズの、そんな言葉によって。
「と、チョッパーに言われた」
 そう言うのは黙っておけばいいのに。
 チョッパーが「何で最初グリムに言うかねえ」と呟いていた。
 その意図は計りかねた。いちいち私に言い直す必要も無い気がするのだけど。

 シンファクシの撃沈からユークの侵攻の手は止まっていた。
 あの時はあまり記憶がない。相手の驚異か、それともひよっこ達の仇を取ろうとしていたからなのか。
 帰って司令官に何を言われるか不安だったが、幸いお咎めも無く、敵潜水空母を撃沈した功績からそれぞれが一階級昇進した。
 私達は中尉、グリムもめでたく空士長だ。
 だが私達に休息が訪れるわけでは無い。
「どこまでも俺達を遊ばせないつもりとは、基地司令のクソ親父め」
「頼りにしてるんですよ。チョッパー”中尉”を。昇進おめでとうございます」
 ここ二週間ほど哨戒任務が続いている。
 チョッパーの言うとおりの意図だったとしても、今目の前で悠々と螺旋を描く隊長に効果は無いようだ。
「今どこにいるの。お二人さん?」
「そっちの200q南だ。そっちこそどうだい、お二人さん?」
 あ、ブレイズがバレルロールやめた。
「もう……」
 一番深く影を落としていただろう彼が平穏なまま地上に降りる度にその影を薄くしているのは誰の目にも解った。
 気が付いたら背面飛行しているのにも、視界の端でクルビットもどきをやろうとしてることにも、目の前でコブラをやろうとして危なくなることにも、もう慣れた。
 周囲をバレルロールで回られるのには未だ閉口するが。
 彼にしてみれば気晴らしを提供して貰ってるようなものだったらしい。
 気持ちよさそうに飛んでいる姿を見ていると、戦時だと言うことを忘れてしまう。
 ここだってAAシステムの為に、識別信号を出さない機は容赦なく撃ち落とされる空だと言うのに。

「あれ?」
「どうしました?」
 一瞬入ってきたノイズ。その答えはすぐに出た。
 AAシステムの影響か、混線した通信にこう入ってきたのだ。
「しまっ……ミサイルだ……レーダーが……」
 レーダーの範囲を広げる。輸送機が一機こっちに向かっている。
「前方を飛行中の友軍機、所属と状況を知らせよ」
「こち……マザーグ……ス1。極秘任務の為…ノースポイントへ航行中」
 無線の出力を抑えているらしい。すぐに輸送機の側に付く。
「極秘任務につき識別信号を発進出来なかったためAAシステムによる攻撃を受けた。すまんがAAシステムを抜けるコースに誘導してくれないか?」
「こちらウォードッグリーダー。了解」
 一瞬「え?」と思ってしまった。こういう事は一番苦手だと思っていただけに。
 ゆっくりとAAシステムを抜けるルートへ誘導していく。
 私は護衛に専念することにしたが……本当に大丈夫だろうか?
「ミサイルに被弾したせいで機体に負荷がかけられない。なるべく直進するルートを頼むよ」
「了解」
 チョッパー達が援護に来ると言う連絡を受けて、私達はAAシステムの隙間を抜けていく。
 自国の領空が恐ろしい物とは思わなかったと彼等は言う。
 その領空内で、数度の戦闘を経験した私達だが、それとはまた違う緊張がある。
「大丈夫。彼の腕は確かですよ」
 その彼も少しぐらい会話をしてもバチは当たらないだろうに。
 地上の様子を思い出してしまうと緊張でガチガチになっている顔しか浮かばない。
「こちらブレイズ。レーダー最大範囲ギリギリに敵機確認」
「ついてないね。大丈夫かい?」
「もうAAシステムを抜けます。このまま真っ直ぐお願いします」
「チョッパー隊がもうすぐ到着するようです」
「了解。俺が迎え撃つ。輸送機を頼むぞ」
 それが戦闘機動に入るとこうも印象が変わるのだから不思議なものだ。
「エッジ了解」
 それからすぐ、敵影が一つレーダーから消えた。

「コイツを落とせば勲章どころか銅像が建つぞ」
「護衛機がいるなんて話は聞いてないぞ」

 敵の通信が混線する。何を言ってるのだろう。
 この輸送機の積み荷が、それほど重要なものということなのか。
「おい聞いたかグリム。守りきれば逆もまたしかりだぜ」
「アーチャー合流します」
 私はそのまま輸送機の護衛を引き継ぐ。レーダーの端での空中戦。
 上手くかいくぐってきたらしい敵機を私が一つ落としたところで、異変が起きた。
「おい……何をしてい……うわっ!」
 輸送機からの通信、最後に聞こえたのは、銃声だ。
「マザーグース1、何がありましたか!?」
 まだ銃声が続く。中で何かが起こっている……ここにいる私ではどうにもならない。
 だけど、それも長くは続かなかった。
「あー……こちらマザーグース1。スパイが紛れ込んでいたようだ」
 不幸中の幸いだったのは、もうこの時点で敵機は撤退を始めていたことだろうか。
「機長が撃たれた。副操縦士もさっきの銃撃で被弾した」
 聞こえてきたのは初老の男性の声……でも、どこかで聞いたことがある。
「今トニーが操縦桿を握っている。ああ、ただの秘書官で、操縦の経験なんて無いんだよ」
 秘書……まさか。
「こちらチョッパー。敵機は追っ払った。にしても一体何運んでんだ?つか、あんた誰?」
「私は、君達の言う所の積荷かな?」
 誰なのか知ったら、このお調子者はきっとオーバーリアクションでひっくり返るでしょうね。
「不時着を試みたいんだがこっちは素人だ、済まないが操縦方法を教えては貰えないだろうか?」
 このまま直進して不時着するほかない。私は彼等に操縦方法を教えて横についた。
「こちらアーチャー。このままだと風車に激突しますよ!」
「じゃあ壊すか」
「ブービー……今朝悪いもんでも食ったか?」
 確かに、このあたり一帯は風力発電の施設になっているようだがそれをさらりと壊すと言えるような人だったろうか?
 それとも彼も積荷に気が付いたのだろうか。他に方法がないのも事実なのだけれど。
「頼れる隊長だね。気に入ったよ」
「マザーグース1、進路をそのままお願いします」
 私も操縦方法を教え終わるとそのまま風車の破壊に参加した。
「了解。素敵な声のお嬢さん達。名前は?」
「ケイ・ナガセ。中尉です」
「俺はチョッパーだ。あんた気に入ったぜ」
「良い名だね。これからどうなるか解らないから先に礼を言っておこう。ありがとう」
 グリムが名前を言い損ねていた。ブレイズは相変わらず喋らない。
 最初の風車は私の機に残っていたミサイルで残りを機銃で仕留めなければならない。
「空から見ると小さいですね」
 二人一組。交互に機銃を浴びせて倒していく。
 そうやって倒れた風車の上をすれすれで越えて、輸送機は無事着地した。
「ありがとう。最高の不時着だったよ」
 とりあえずの危機はやり過ごした。
「積荷さん。一つ聞きたいことがあります」
「何かな?」
 当分はこの場でさらなる危機が来ないように見張るだけ。
「平和のための白い鳥までも、戦争に駆り出さねばならなかったのでしょうか?貴方が宇宙に掛ける、平和の橋が見たかったんです」
 この言葉の意味、私の考えが正しければ、答えをくれるはずだ。
「私の言っている意味が解りますか?」
 どんな形であれ……。
「ああ。鳥のお陰で全てはイーブンに戻った。それを信じて、私はノースポイントに向かっているんだよ」
 第三国で話し合う為に……もうこれ以上の犠牲を出さないために。
「では、信じてもいいんですね」
 希望は、確かにあった。

「こちら8492飛行隊。輸送機の不時着を確認した」
 救助に来たらしい編隊から通信が入った。
 私達の機にはもう燃料がないから、彼等に任せる他無い。
 機首を基地へ向ける。そんなとき、聞き慣れない、はつらつとした声が聞こえた。
「積荷さん!」
 見れば隊長機だけが輸送機の上空で弧を描いている。
「ん、何かな?」
「よろしくお願いします」
 その時、私達全員、キャノピーとバイザーの向こう側では目を丸くしていただろう。
 無口で通っている彼、元々滑舌の良い方だったが、ここまではつらつとした声は始めて聞く。
「ああ、任せておいてくれ。そう言えば隊長、君の名前を聞いてなかったね」
「ソル……あ、ブレイズです!」
「そうか。ブレイズ君、平和の空の下でまた会おう」
 一体何がそうさせたのかは解らない。
 ただ、彼の中で何かが変わったことだけは解った。

 この日を境に、何もかもが変わっていく事には気付きもせずに……。

サンズ・ローランド
 2010年10月6日アピート国際空港にて。

「パパ……すぐに帰れるよね?」
「うん。おじさん達の頑張りしだいだけどね」
 友人と引き離されることに散々駄々をこねた娘もここまで来ると大人しい。
「……あの子達はあんな目に遭わないわよね」

 ユージアで客室乗務員として戦時下の空を飛んだことがある妻が物憂げに滑走路を眺める。
 娘が妻を見上げる、この絶妙な角度に上がった視線の先に見えた機影に、彼女は声を上げた。
「あ、ひーちゃんだ!」
 その機体、最初は逆光で色の判別も付かなかったが高度を下げていくにつれ徐々にそれも明らかになってくる。メタリックシルバーの機体に引かれたメタリックブルーのライン。
 双眼鏡で垂直尾翼を見ると銀色の足に青いリボンを巻いた銀翼の鷹が見えた。
 だがそれをどうして娘は一目で見破ったのだろう?
「なあ、シルバーホークは戦争なったって事でこっちの出張取りやめてなかったっけ?」
「彼、一人で来たみたい。子供の手紙に泣き落とされちゃったんじゃないかしら?」
「じゃ、私がユージア行く時はひーちゃんの複座にでものっけてもらうか」
 ……妻と娘を見送りロビーでその機から降りて来たパイロットと付き添いらしいマネージャー兼女性整備士を見つけると仰々しいまでの礼で迎えた。
 からかう意図を知っているだけに向こうも肩をすくめて大きな溜息をつくばかり。
「アンタのその性格、相変わらずだな」
「セレネちゃんは相変わらず口が悪い」
 口が悪くて気の強い義妹にいつも通りの挨拶を済ませると、困った顔をするパイロットに向き直る。
 もう少し困って貰う意図で。
「ようこそオーシアへ」
 私にはとっくにバレている秘密だというのに、相変わらず律儀な男だ。

「リボン付きさん」