ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Brother

 戦争で、真っ先に割を食うのは他ならぬ子供達さ。
 −バルト・ローランド−

 ハイエルラーク。サンド島に来る前、俺達が世話になっていた練習飛行場。
 雪の閉ざされた極寒の地。それに慣れていない訓練生は半ば虐待だろうと愚痴をこぼすことになる。
 だが、唐突にここは何処かと聞かれれば、俺は今でも南ベルカと答えてしまう。
 ノースオーシアと呼ばれるようになってからの方が長いというのにだ。
 ここから更に北、ここより遙かに厳しい冬を迎えたであろう場所には、15年前ベルカが7つの核を起爆させたクレーターの一つが今でも放射線を放っている。
 かつて栄えた街は今、近づくだけで生き物を死に至らしめる死の大地となっている。

 閉ざされたノルト・ベルカへの門の一つ……俺達の、故郷があった場所。

 悪天候の中辿り着いた基地で最初に目にしたのは、あの記者さんが書いた記事だった。
 そして、後輩達が一面を飾った俺達の経験談を聞くべく集まってくる。
 だが俺は……。
「ソルおじさんだ〜っ」
 思わぬ伏兵の相手をしなくてはならなかった。
「おじさん?」
「なんでこんな所に子供が……」
「惜しい。お父さんじゃないのか」
 好き勝手言ってる仲間の声も気にかからぬほどに俺を呆然とさせたのは、まだ5才にも届かぬ女の子。
 名はエレン・ローランド。
 長兄サンズ・ローランドの一人娘がここにいると言うことは……。
「よぉ、ソル。元気か?」
「何故アンタがここにいる……」
 もちろん一人娘を溺愛する父親がいるわけで。ソルと呼ばれるのも随分久しぶりな気がする。
 仮にも戦時下の基地にのこのこやって来るなよ……あ、この悪天候の中追い返すわけにもいかないか。
「デイズおじさんはどうしたの?」
 何も知らない姪っ子……まだ、何も伝えていない事を思い出す。

 後輩達にこれまであったことを、大げさな身振り手振りを加えて話すチョッパー。
 それに相づちを打つグリム。
 その様子を穏やかな目で眺めるナガセ。
 俺達は……いつの間にかもっとも実戦経験の多いパイロットになっていた。
 まだまだひよっこだと、バートレット隊長にどやされていた、俺達が……。

 だがその向こう側で俺は兄と姪っ子の相手。
「デイズおじさんはサンド島の方にいるんだ。一緒に飛んで行くわけにいかないだろ?」
 面と向かって、真実を突き付ける勇気が俺にはなかった。
 もっとも、サンズ兄さんはあの日に連絡を寄越さなかった時点で勘づいていただろう。
 姪に気付かれないよう、ポケットに忍ばせてあったペンダントを兄に渡す。
 あの初陣のあと、カークが拾ってきた……形見のペンダントだ。
「お前が持っておけ。な?」
 それを受け取ると、俺は勤めて深刻な表情でこう返した。
「今は戦時中だ。ここは決して安全じゃないことぐらい解っているはずだ」
 いつ何処で、何があるか解らない。それを痛感してきたばかりだったから尚のことだった。
「ああ。戦時中だから、ユージアの方へ足を伸ばそうと思ってね。しばしの別れを惜しみに来たのさ。いいタイミングだった」
 悪戯っぽく兄が笑って指さした先では、エレン同様俺を待っていてくれていたらしい母親……俺の義姉の姿があった。
 その言い訳に納得は行く。この基地のお偉いさんには、かつて兄の歌う「JOURNEY HOME」を聞きに来てくれた客が大勢いて、よく慰問と称して俺達をからかいにきていたのだから。
 サンド島を希望したのは、何も歴戦の強者に惹かれただけではない。

 そんな俺達の向こう側では、後輩への話が終わったらしいのを良いことにエレンがチョッパーにちょっかいを出している。
 チョッパーの方も随分乗り気で、エレンが肩車して貰っては小柄な父親との格差に賞賛の声をあげる。
「懐かしいな」
 その光景に、兄がふと口を開く。
「お前の後輩達と……あいつだろ?デイズが言ってた気の合うダチってのは。思い出すよ。親父の話、目を輝かせて聞いていたお前らを」
 だんだん調子に乗ってきたエレンがとうとうデイズ兄さんの事を聞き出しそうになったので慌てて引き離した。
「ソルおじさんじゃだめなの?」
 むくれる姪にナガセが声をかける。
「だってソルおじさん格好いいけど一人だとつまんないんだもん」
 一拍の間。周りが爆笑の渦に包まれる。つまんないのはいいが「一人だと」ってどういうことだよなあ……。
 やれやれ……まだ可愛いがそのうち父親に負けず劣らずのくせ者に育ちそうだ。

サンズ・ローランド

 教官のせめてもの心遣いか、それとも自分の威厳を失墜させた元生徒へのささやかな嫌がらせか、私と弟が同じ部屋で一夜を明かすことになった。
 弟……ソルは極度の緊張が解けると途端に寝込んでしまう癖がある。
 多分本人も気付いていない癖。
 だが、幸いにも今の彼にそんな気配は微塵も無かった。
 癖が抜けた……と言うわけではない。私に鉢合わせしたことで、その緊張状態が戻ってきたからだろう。
「デイズは、死んだのか?」
 その原因を突き付ける。それに肯定の意を示すも、詳細を語ろうとしない。
「箝口令か?」
 びくりと体が震える。やれやれ。そんなの無視すりゃいいのに、律儀な奴だ。
「最初の戦闘なんてそれこそ伏せるだろうな」
 こう言ったら目を丸くしてこっち見てやんの。こんなに解り易いんじゃ、何のための箝口令なんだか……。
「私が戦う相手は戦争そのものだからね」
 その言葉に、弟は大きく溜息をつく。相変わらず、無口な奴だ。
「ま、隣人達に恵まれてるようだし、私としては少し安心だがね」
 彼の仲間もそうだが、あの記事を書いた記者もいい腕してる。
 その上で彼等を一人の人間として扱ってくれている。
 肝心の記事には彼の人柄と検閲官との戦いの煽りを受けたせいか弟だけ紹介文が嫌に簡素だが。
 地上での……見てくれはともかく立ち振る舞いからこいつを戦場の勇士にするのは難しい。
 だからといって、空戦になったときこの弟がどんな顔をするのか、地上にいる分には知るよしも……
 あ、戦闘機乗ったらヘルメット被るからどのみちみれないか。
「しかし、お前も相変わらず口下手だよなぁ。エレンもまだ四つだ。あの言い方じゃ、また会えるって思われてしまうんじゃないかな?」
 そこで、弟の目つきが変わった。どんなか確認する間も無く布団に潜り込まれてしまったが。
「子供って言うのは、大人が思うほど鈍くないよ……」
 その続きに何か言おうとしていたが……就寝にはまだ時間がある。
「ところでナガセちゃんとはどういう関係?」
「何でいきなりそう言っ……いでっ!」
 話題を変えたら飛び起きて来よった。しかも上のベッド支えてる留め具に派手に頭をぶつけるというオマケ付き。
「えー。だって美人の二番機に守られるって美味しいじゃないか。親父の二番機なんて年期入ったジジイだったんだぜ?」
「父さんがそんなことなったら困るの俺達じゃないか……」
 この後も、デイズの彼女にしては恋人の弟を見る目じゃないよなと言ったら案の定一方的に軟派してただけだと言うことが発覚したり、お前はどうなんだと聞けば耳まで真っ赤にして首を横に振ったり。
 そこから色々からかっていたらいい加減五月蠅いって係員らしき人にしかられた。
 兄さんのせいだと目で訴えられても、痛くもかゆくも無いんだなこれが。
「いいじゃないの。お隣さんに娯楽提供するぐらい」
 と、言った後「ナガセちゃん」と言ったあたりから隣の部屋で壁に耳つけてた奴の存在を告げるべく軽くノックする。
「ひゃー。やるねえお兄ちゃん」
「ベルカ語の掛け合い漫才楽しんでいただけましたかな?」
 向こうから聞こえてきたのはあの陽気な男の声だ。
「少なくとも前半は盗み聞きしていい内容じゃなかったような……」
「じゃ、この件に関しては箝口令をしくであります。就寝〜」
 いい仲間を持ったな。こいつらと一緒にいる限り、ソルはしっかり飛べるだろう。
 同時に……彼等がいる限り、こいつは戦争から目を背けることは出来ないのだろうが……。

 翌朝、妻が血相変えて部屋に飛び込んできた。
 エレンがいなくなったと聞いてソルを叩き起こそうとしたら……。
「……我が子ながら大胆な」
「あなた。そう言うこと言うもんじゃありません」
 そのソルの布団の中で寝てた。こいつもこいつでよく起きないよなあ……。
 でだ、ソルが起きてからもエレンは暫くしがみついて離そうとしなかった。
 昔デイズに同じ事したら寝相悪さに大泣きしたっていうのに。

 天気は快晴、ウォードッグ隊は後輩達を引き連れサンド島に戻ることになった。
 彼等を西の守りに投入するために。ソルが航法も空中給油もままならいのにこぼしていた……。
 その出発直前。
「私だけオーレッドで一仕事あるから当分オーシアにいるんだ」
「え……?」
「つーわけで、エレンに寂しい思いさせないためにもさっさと終わらせてくれ。終わったら休暇確実だろ?遊び来いや」
 でかい溜息と一緒に戦闘機に乗り込むとそのままテイクオフ。
 基地上空をフライパスするときにに綺麗な飛行機雲を引いて、サンド島へ飛び立っていった。
 それを、肩の上で、千切れんばかりに腕を振って見送る娘。
「戦闘機乗りがほいほい飛行機雲引くなよなあ……」
「駄目なの?ひーちゃんはいっぱい引くよ?」
 娘が言うのは、妻の妹の彼氏。私の義弟になるのもそう遠くない青年の事だ。
「ひーちゃんは曲芸飛行士だからいーの。兵隊さんが飛行機雲引いたら、敵に見つかっちゃうだろ?」
 聞きかじった空戦の小話を娘に話してしまう自分に思わず苦笑する。
「ねえ。ソルおじさんはちゃんと戻って来るよね?」
−子供って言うのは、大人が思うほど鈍くないよ−
 あの言葉が、不意に胸に突き刺さった。
「ああ……デイズおじさんがついてるからな」

 弟が飛んでいった空を見送りながら、私は誰にともなく祈った。
 どうか、これ以上家族を奪わないでくださいと。
「どうしたの?パパ、どこか痛いの?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
 そして、私の娘から、大好きな伯父さんを奪わないでくださいと……。