ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Booby

 隊長機なんざ一番気を使う貧乏くじだ。
 仲間がそんな俺を守ってくれる。だから俺は仲間を守る。それだけさ。
 −バルト・ローランド−

−色のない、黒一色の世界の中で−

ケイ・ナガセ少尉

 報道班員の辞令を受け取ったジュネットのカメラがこっちに向いてる事に気が付くと、彼はばつが悪そうに別方向にカメラを向けた。
 その先では、あの日、結局寝付けなかったブレイズがその分を取り戻すべく睡魔に身を委ねている。
 彼を隊長に据えたことを、少し後悔していた。
 頼りないからではない。重荷を押しつけてしまった事への罪悪感から。
 ああして睡魔に身を委ねるまで、彼がいつも兄デイズに引っ張れていたことを忘れていたのだ。
 もっとも、その事実を覚えていたとして、2番機を譲るつもりはなかっただろう。
 だから、私は私の一番機を守る。それだけだ。

−誰かが泣いている。小さな子供。歩み寄ろうとしたところで足場が崩れた−

 浅い眠りに沈んでいた彼は、カメラを向けられたその気配だけで目を覚まし、ソファから落ちた。
 その顔からずり落ちた少し古いミリタリー雑誌には、ずっと東の大陸戦争の戦局をたった一人で逆転させたとされるエースのエンブレムが載っている。
 ソル……ソロ……単独。ブレイズ……炎。そしてブービー。
 看板に偽り無しとはよく言ったものだ。

ジュネット

「プレッシャーだよ。何せ……父を超えなきゃいけない」
 差し障りのない会話から入ったつもりが、彼は寝ぼけ眼で本題の、その答えをぽつりと呟いた。
 かつてベルカの、一つの街を守り続けていたという彼の父は、息子の知る限り一機たりとも寮機を落とさせた事はなかったと言う。
 そんな話をしているうちに睡魔が抜けたのか、反対側のソファに陣取っているナガセ少尉に気付く。
 気まずい数秒の間。
 その後それを振り払うようにして若くして隊長の任に就いた男は言う。
「とにかく、今は仲間を守ることだけ考えて飛ぶことにしてる」
 彼に対して、頼もしいと言う印象を抱いたのはこれが初めてだった。
 仲間を守る、その意志こそが、この年若い青年を隊長に据えているのだろう。
 それが、後にうち破られてしまうことなど……まだ誰が知る由も無く。

 日常では、年齢相応の若者らしい仕草を見せるウォードッグ隊の4人。
「だーっ!待て、待てブービー!!お前の複座だけは勘弁してくれーっ!!」
「隊長隊長、大人げないですよ」
 訂正。約2名年齢不相応なのがいる。
 チョッパーに無言でヘッドロックをかけながら複座に引きずり込もうとするブレイズ君。
 それをなだめようとするグリム。大きく溜息をつくナガセ少尉。
 ……なんでも複座に座った教官を失神させたことがあるとか無いとか。
 彼等の訓練飛行を地上から撮影した後、4人の写真を撮ると事前に言ってあったのだが……。
「お前が一歩後ろにいるから悪いんじゃんかよぉー!」
 チョッパーが悪のりでグリムにヘッドロックをかけたさいに隊長の顔が隠れてしまったのだ。
 これだけなら撮り直しで済むのだが……生憎ここでフィルムが切れてしまい、更に売店でも切らしてしまっている始末……。
 まあ、慣れない整髪剤を無理につけられたりしたそうで、後になってこれで良いと言われてしまうのだが。
 ちなみにその髪、整髪剤をはね除けちょっと逆立っている。
 どうやら並大抵のことでは撫で付けられないようだ。

ブレイズ

 あれから三日。俺達はまた空の上にいる。
 反撃勢力構築のため、先日守った空母ケストレルを含む三つの空母がイーグリン海峡に集結する。
 その護衛としてだ。
 最後尾をグリムが飛んでいる。
 あの空襲の被害は悲惨なものだった。結局予備搭乗員は地上で、上空で散っていき、飛べるのがこの4人だけになってしまった。本土も慌ただしいらしく、補充要員の話すら回ってこないのが現状だった。  

順調そのものだった。その時までは。敵攻撃圏を無事に抜け、あとは空中給油を待って帰るだけだった。
 何気なく表示範囲を拡大したレーダーに、白い点が映る。
「おい、なんだこりゃ、レーダーの故障か?」
「こっちもです」
 不調ではない。前方から敵戦闘機4機、編隊を組んでこっちに向かっている。
 ……まて、前方?前方はオーシア領内のはずなのに……?
「前方の編隊から落とす」
 考えている暇はない。狭い海峡でミサイルロックなんかされたら空母はひとたまりもない。
 穏やかだったはずの海が、一転して戦場に変わる。

「グリム、後方に一機、撃墜する」
「落ち着け……実戦は一度経験してるんだ」
 レーダーにはあっというまに大量の敵機が映り始めた。
 誰だよ楽な仕事なんて言った奴は……。
 こっちもありったけの航空兵力を護衛に向けているお陰でてんやわんやという状態ではないが……。
「よく解らないけど何かが変だ。敵襲って、こういうものなんでしょうか?」
「……全てが裏目に出ているとしか思えない」
 まったくもって同感……いや、だからこその奇襲か?考えている暇など与えてくれそうに無い。
「数が増えてきた。散開して応戦する」

 目の前に二機、俺が狙いを付けた一機を撃ち落とすと同時に、もう一機が落ちた。
「発艦した!来るなら来い!!」
「スノー大尉、防空戦闘を任せる」
 ケストレル艦長の声、あの時のパイロット。まだ付近に群がっていた敵機を次々落としてくれている。
 そのケストレルの正面に大きな水柱が立つ。
「対艦ミサイル!」
 前方にいる。この視界じゃどれがそれをぶら下げているのかは解らないが、直線的にしか動けないケストレル。
 それにロックをかけようとしているなら……!
「ブレイズ、FOX1!!」
 更に遠方を飛行する敵機に長距離ミサイルを撃ち込む。
「チョッパー一機撃墜ーっ!!」
 それで、敵戦闘機は最後だった。

 今までに比べれば……味方が多くいた分いくらか楽だった。
「やるじゃないかウォードッグ」
 それでも、この疲労感を誤魔化すには至らず、横を飛んでいたスノー大尉に手信号だけ返す。
「おいおい。えらい無口な奴だな」
「はっはっは。言われちまったな隊長」

 空中給油を待つように言われた俺達は、ケストレルから随分離れた所を飛んでいることに気が付いた。
 遙か彼方では海の女王様方が悠々と内海へ足を踏み入れていく。
「ったく最後の最後でヘビーな仕事だったぜ。帰ったらどうする、ブービー?」
「……寝る」
 訓練飛行ではまずありえないこの疲労感はもうどうしようもないらしい。
 だが、それに身を委ねるのはまだ早い。地上に降りるまで何があるか解らないのだから。
「がっはっは!それでこそブー……」
「弾道ミサイル!接近!」
 それを中断したのは、サンダーヘッドの声……そして、それに爆発音が続く。
「なっ……」
「味方の編隊が……消えた!?」
 窮地を乗り切ったはずの海に、また悲鳴が響きわたる。
 空母ヴァルチャーが直撃を貰ったのか轟沈していく。
 だが、それは戦慄する暇さえ与えてはくれない。
 空母から炎が上がる音、乗組員の悲鳴、生き残った味方が狼狽する声。
「誰か!一体何が……!」
「こちらスノー大尉。わからんが、高度5000フィート以下の者は全滅した!!」
「第二弾飛来!総員高度5000フィート以上に退避しろ!」
 反転しても射程外に逃れられる保証は無い。
「どうするんだブービー!?俺はお前についてく!!」
 チョッパーの言葉と同時、俺はこれでもかと言うほどに操縦桿を引き上げていた。
「信じるしかない……っ!」
 耳がおかしくなるような気圧変化の中、眼下に光が炸裂する。
 レーダーに、まばらながら残っていた味方が消えた。
「こちらケストレル。生き残った各員、連絡せよ」
「こちらスノー大尉……何とか無事だ。ウォードッグ隊も生き残ったようだな」
 一気に呼吸が荒くなった。背後を振り返る……どうやら……こっちは全員無事のようだ。
 恐る恐る、眼下を見下ろす。
 ケストレルを除く空母は傾き沈んでいく所だった。
 不幸中の幸いとでも言うべきか、生き物「だった」ものの姿は確認できなかった。
 だが、跡形も無くなったという事実に気付いて後から恐怖がこみ上げてくる。

「空母が二隻も……あんなにいた味方機が、これしかいない……」
 結局、生き残れた空母はケストレルだけだったようだ。
 この状況で空中給油機を回せるはずも無く、俺達は最寄りの基地へ向かうことになった。
「おい、ブービーやい!!」
「隊長って呼ばなきゃ」
 そして情けない事に……。
「違うんだ。隊長なら隊長らしく、俺達のことをボロクソに言って欲しい」
 チョッパーの言うとおりだった。本当なら、俺が何とか活気づけてやるぐらいのことはすべきなんだろう。
 なのに、仲間に支えられて飛んでいるのがやっとだった。
「あの声がないと寂しくて仕方ないんだ」
 チョッパーが軽口を叩いてくれて、
「今日だって、僕等を無事に連れ帰ってくれたじゃないか。今では、彼が僕等の隊長なんだ」
 グリムがフォローを入れてくれて、
「その通り」
 ナガセが隊長と認めてくれる。
「そして、私は二度と私の一番機を失わない……何処までも援護する」
 だから俺は……仲間を守る。だからこそ、まだ飛べる。
「行こう」
 不安も恐怖も、プレッシャーも、全てを押さえつけて。