ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Captain

 なってみて初めて解る。隊長ってのは、実に割の合わない仕事だってな。
 −とあるベルカ軍パイロットの愚痴−

 補給のために基地へ戻っても、しばらくヘルメットを外すことが出来なかった。
 また飛ばなくてはならない。
 しばらくの間、現実を受け止めきれずにいただけなのかもしれない。
 整備班の連中を見ても、それは何となく解った。
 いつもの訓練飛行と同じように飛び立つのに、その先にあるのは……命のかかった戦場。

 宣戦布告をしてきた敵国……ユークトバニア。
 15年戦争以来の友好国。かつては、オーシアと共にベルカを討った国。
 それが何故?
 考えても出るはずの無い答え。
 俺達はそのままセントヒューレット軍港へ飛んだ。
 空母ケストレルだけは死守しろとの、いつも通りふんぞり返った基地司令官のお達しを受けて。

 時間も何もない。ブリーフィングも空中で済ませ、次の問題は……隊長機。
「サンダーヘッドよりウォードッグ。エッジ、編隊の指揮を執れ」
 二番機が引き継ぐ。それが順当。
 だが……彼女の返答が、俺の今後……ひいては全てを左右してしまう事になる。
「いえ、指揮はブレイズが。私は後ろを守る。もう、一番機を落とさせはしない」
「……!」
 その決意の背景を知っている。まして言い返す術など俺には無い。
 俺が初陣の時どういう状態だったか彼女は知らなかったのだろうか、それとも……俺の一言は重いって言ったあの人の言葉を信じたのか?
 サンダーヘッドのが命令に従うよう促すが、彼女は断固として拒否したまま、俺達は戦闘空域へ突入した。

 それとほぼ同時。
「うろうろしてるな ここは戦場だ!そこらじゅうにいる敵に喰われるぞ!」
 俺達の横をすり抜ける機があった。
「ひぇぇ〜俺はどん尻でいいよ〜」
 チョッパーに一言言ってやりたい気もしたが、それより先にすれ違った機から通信が入る。
「こちら第三艦隊空母ケストレル所属スノー大尉だ。状況は混乱している。すぐに解る」
「……了解、現在ウォードックの指揮を執っているブレイズであります」
 通信が切れる間際に「ふん」て聞こえた……ひよっこだと言うことはバレバレだな……。
 先の二度に渡る出撃の時のように、不安を感じる暇など、無かったのだが。

 レーダーにまばらに、しかし大量に映っている敵機。
 錯綜する通信を聞いていればその混乱の様相は一目瞭然だった。
 今になって「演習ではない」と叫んで「解っている」と言い返す声。
 あげく同士討ちまで……こっちの頭もどうにかしそうだというのが正直な所だ。
「散開して応戦する」
 数が混乱を呼ぶと言うなら、まずそれを潰していくのが順当と判断する。
「エッジ、了解」
「ひゅー。似合ってるじゃねえか」
 真正面に二機。一機をスノー大尉が追う。その追撃から逃れたもう一機に照準を定める。
「ブレイズ、エンゲージ」

 油断しきっていた相手を落とすのは、造作もないことだった。
 敵機の断末魔も港の混乱の声も混ざり合う中、必死だった。
「空中管制官!指示を!あんたの声が必要なんだ」
「駄目だ、数が多すぎる」

「こちらエッジ。ブレイズ、ケストレルを確認できますか?」
「……今視認した。まだ無事だ。引き続き敵機を撃墜する」
「了解」
 冷静に、平静に、周囲の状況を把握しろ。
 目的を達成することを、寮機を生かすことだけ考えろ。
「もう駄目だ!船を捨てる!」
「逃げるな。この臆病者!!」

「くっそー。俺の想像上回るたどういう被害だ」
「増援くるぞ。チョッパー、援護頼む」
「あいよ」
 敵戦闘機を減らして尚残る混乱。
「新人のお前一人で大丈夫か?」
「大丈夫です。みなさんも希望を捨てないでください!」
 最悪の状況下で……死にたくない、その声が響く。

 その中、声が聞こえた。この混乱の坩堝に響く、落ち着き払った声。
「こちらケストレル。我が艦はこれよりセントヒューレット軍港脱出を試みる。本艦の脱出を支援してもらいたい」
 生き残りたければ我が艦に続けと……その声で混乱が収まりつつあった。
 歴戦の古強者……それに感心する間もなく、しつこくやってくる敵増援に銃口を向けた。

 レーダーに……少なくとも軍港周辺に敵機の存在が確認できなくなった。
 何とかなった。
 ……いつだって、予想外のものはそういったタイミングを襲ってくる。
「……っ!」
 ”それ”を目にした瞬間、機体がガクンと揺れたような気がした。
 周りが何も言わなかったら、きっと気のせいだなんて思わなかっただろう。

「おい……ブレイズ……今の、見たか?」
 嘔吐を抑えるのに必死で、チョッパーの問いに、答えるどころではなかった。
 海の上に、油膜があった。船のそれのようにも見えた。
 そうだと思って捨て置けば良かった。なのに……俺はそれを凝視していた。
 一人や二人ではない、何十人という……人……正確には人だったもの。
「何とか言ってくれよ……」
 原形をとどめていないそれを、直視を拒んで前を向いても……つい後ろを振り返ってしまう。
 沈みゆく船の向こうに、同じ光景がどれほど広がっているのだろうか。
 海に広がる油が、背筋に、手の平に、じわりとまとわりつくような気がした。
 ……これから、こんなものを、どんどん見る事になってしまうのだろうか。
 そして……こんな光景を、俺達が作り出して行く事になるのだろうか。

 レーダーに敵機が映る。
 脱出させまいと敵艦隊の張った封鎖戦を崩さなくてはならない。

「俺は前方の艦隊を沈める。チョッパーはケストレルを、エッジは援護を」

 そう。アレを見た矢先に、同じ光景を、作り出していく。
 そうしなければ、俺達に生きる術がないから。
 本の一瞬で、何人の命を葬るとか、考えるほどの余裕は、戦場には無かったから。

「やったみたいだな。ったく、ヘビーなサーフボードだぜ!」
 いつもに増してチョッパーは良く喋る。自分はこうなると溜め込んでしまうのは、悪い癖だ。
 ……またそれが原因で声を無くしたりしないよな。
 彼にならって頭の中に冗談を並べてみるが、ますますもって気が重くなるだけだった。
「1,2,3。1,2,3。何度数えても、俺達3機とも生きてる!帰ったら隊長に自慢してやろうぜ!!」
 その一方、彼には……バートレット隊長の言うとおり漫談の才があった。
「そういやブービー?隊長になった気分ってどうよ?」
 が、相方の俺には溜息ぐらいしか返事が出来ないのが惜しまれる。
「ま、そのうち慣れるさ」
「いや……俺達分遣隊だから……」
 さっさと本土の中佐殿が俺達の上に……いやまて、バートレット隊長を早々に殺したらいかんだろう。
 あのキャノピーの向こう側で、まだチョッパーが笑ってるような気がして、俺は慌てて回避行動を取った。
 サンダーヘッドの奴は作戦さえ終わってしまえば私語もなんもいいらしい。
「……なあ、ナガ……」
「良い指揮だったわ」
 退避したところに、まだ始末し切れていないいつぞやの隕石の欠片が降ってきました。

 そして、冗談混じりに思っていたことが、現実になってしまった。
 バートレット隊長は、本当に戻ってこなかった。
 去っていく敵の情報船が見えたという報告を残して……。

 全ての報告を終えて、本土から人が来るまで、俺が隊長を務めることが正式に決まってしまった。
 でもそれは、一日足らずで終わる。
 明日には中佐殿にそれを返上してまたどん尻を担当するだけ。

 明日になれば……そんな期待と共に、俺はパイロットスーツを脱ぐことも無くベッドに突っ伏して、深い眠りに落ちていった。

 ……この戦いの中で、俺は何度と無くナガセに感謝する事になる。
 隊長というプレッシャーに支えられねば立てなくなる。
 そんな光景を目の当たりにする度に。