ACE COMBAT 5
The Unsung War

…The Unsung War…
……The Unsung Hero……
...The Unsung Dream...

Longday

 真っ白いもんを汚すのは誰だってもったいないと思うさ。
 汚れても汚れても、何度も洗い直せれば、人生どこで方向転換しても困らないだろうよ。
 −ISAF空軍教官へのインタビュー。英雄の行く先を聞かれたときの返事−

 アルベール・ジュネット記者

「盗み聞きとは良い趣味だなブービー」
 散歩中だったのか、何か用があったのか……私と、おやじさんと、バートレット大尉の三人の他に人の気配を察したダヴェンポート少尉の愛犬が向かった先にいたのはローランド少尉……基地内部ではブレイズで通っている男……だった。
 何事かとその現場を覗き込むと、慌てた様子で敬礼をする彼の姿が……もっとも、この隊長の前で綺麗に敬礼したって何か効果があるわけでなく……。
「敬礼すりゃ良いってもんじゃねーっての」
(じたばたじたばた)
 あっさりヘッドロックの餌食となっていた。こうしてみるとずいぶん幼く見える気がする。
「……ほー。随分顔色良くなってるじゃねーか?」
 彼がいた場所は夕日も射し込まない影になっていた場所。それを差し引いても、帰還直後の青ざめた顔よりはいい……だ、そうだ。
「ま、そんだけ立ち直りが早ければどうとでもなるか。じゃ、俺はちょっと用でも済ませて来るか」
 そして、バートレットと入れ替わりに少々咳き込んでいる彼が残ったわけだが……。

「……」
 私も、
「……」
 おやじさんも、
「……」
 元々無口と評される彼も、
「クゥ〜ン?」
 会話が無い。少尉も半ば無理矢理ここに残された感があるせいかもしれないがとにかく会話がない。いや、一番の原因はおそらく私にあるのだろう。
「……お兄さんのことかい?」
 その一言に戸惑いを見せる。聞きたいのは山々だが悪いと顔に書いてある。やれやれ。長いつきあいになりそうだというのにこんな顔で見られ続けるわけにもいかないだろう。

 あの空戦で、ナガセ少尉の反撃によって一命を取り留めたパイロット。それが彼だった。
 彼が死んだと解ったのは、地上に降りた後だった。
「……!……!!」
 多くのパイロット達の断末魔が耳に残る中、彼の最期の言葉を、私は聞き取ることは出来ても、意味を察することは出来なかった。
 その話を、どんな風に彼に伝えたのか、もう思い出すことはない。

「……無茶だろうが、見捨ててたまるか」
 話し終えた後、少尉はそう呟いた。兄の最期の言葉は、彼の故郷……ベルカ語でそう言う意味なのだという。
「相変わらず、だ……」
 そう呟いた少尉の声は穏やかなものだった。
 彼は、全てを承知で、仲間を助けるために飛び、そして仲間と共に墜ちた。そう言うことだったのだろう。だが、そんな表情がすぐに変わり、敬礼を向けられる。
「すいませんでした。わざわざ」
「いや、いいよ」
 彼が欲しかったのは、事務的な返事ではなく、その現場を、兄の最期を、直接見た人間の言葉だったのだろう。ナガセ少尉や隊長では駄目だと判断した結果、こっちにまわってきたということか。

 その日の翌日、あの襲撃の後守衛に取り上げられたカメラをやっと返して貰えると言うことで、その日は妙に目覚めが早かった。このさい、同じ部屋のダヴェンポート少尉のいびきの大きさは関係ない。
 目的もなく基地を歩いていると、射撃訓練所から銃声が聞こえてくるのに気付いた。それに不自然はない。ただ、時間帯を考えると随分早い。
 ドアを開けると、的の前に立っているのはブレイズ一人だった。他にも数名。早起きしたものもいれば一晩中仕事だった者もいる。だがそれは全員ギャラリーだ。
 その姿を確認すると同時に「カチッ」と言う音が響く。どうやら、弾切れのタイミングで訪ねてしまったらしい。
「あなたも来ていたのか。丁度良い。ブレイズ、アレを披露してくれんか?」
 驚いた事にハミルトン大尉までいる。一方、ブレイズ本人は私が来たことはもとより他のギャラリーの存在にさえ気付いていなかったらしいが……。
 一体何を披露するのかと、私も含め皆が彼の一挙一動に注目する。それに応えるべく彼が的の方に振り向くか振り向かないかのタイミングで……響く銃声。一発二発ではなく、それこそ誇張すればマシンガンのようにとでも言うべき連射。人の的の方には規則正しく銃創が並んでいる。
 反動の少ない拳銃であることも確かだがここまで的確な連射をアクション映画以外で目の当たりにするのは初めてだった。
「お見事……」
 そう返すしか無かった私に「ただの趣味ですよ」と淡々と応える彼。まだ銃弾が残っているのを確認して、次の的を出そうと近くにあったスイッチに手を伸ばしたのだが……。
「……あれ?」
 次の的が回ってこない。どうやら何かしら不具合が生じてしまったらしい。
「おいグリム!出番だぞ」
「あ、はい!」
 他の誰かの声と共に立ち上がったのはまだ若い……少年と言っても言い年頃の男だった。
「ちょっと失礼します……機械系統の故障みたいですね……これでよし」
 手際よく作業が進んで、やっと新しい的が回ってくる。
「すまないな」
「いえ、こういうのは得意なんです」
 そう言うと少年は敬礼をかえして元の場所へ戻る。先ほどと同じ要領で残り数発を撃ちきったが、的に開いた穴は一つだけ……彼に銃を握らせたらただでは済みそうにないなと言う声が何処からともなく聞こえてくる。
「そうそう。あなたのカメラだ。夕べやっとあの司令官を言いくるめて取り返したよ。伯父が軍人でなければ、あなたのような職業につきたかった」
 そう言って、カメラを返された。丸一日ぶりに手に乗る重み。
「ありがとうございます」
 さて、そこに被写体に打ってつけの人物がいるとなると……。
「よし。ブレイズもう一度やってくれ」
「え……」
 その言葉に硬直する。
「載せるかどうかは今後しだいだね」
「その緊張しやすいの直さないと、次飛んだとき墜ちるぞー」
 それにむっとした表情を返すと先ほど以上の連射で的を蜂の巣に変える。そして野次を飛ばしたほうを一睨みする。そこだけ空気が縮こまったのがここでも解る。
 なるほど。黙して語らず……いや、この場合表情が全てを雄弁に物語っているわけだ。
「あれが、一度空に出ると化けるんだから不思議なものだ」
 ハミルトン大尉が一目置いている事はすぐに解った。ブレイズに買いかぶりすぎだと言うような視線を向けられると「謙遜するな」と軽く笑ってその場を後にしていった。

ブレイズ

 ……俺がその時の写真を貰ったのは翌日。我ながらよく撮れてる。いや、これは撮影者の腕だろう。
 少し悩んでいた。この写真を、ハイエルラークにいるだろう兄に送るか否か……デイズ兄さんの訃報に添えるつもりはない。ただ、何も知らない、幼い姪の機嫌を取ってやる為に。
 そこまで考えて、結局思いとどまった。俺達からの手紙はいつも二人で読んでいる。別々に送ったら何か勘づかれてしまうと思ったからだ。それに何より……無理にフレーム内に入ろうとする連中がそこかしこに見えてしまうのでは兄がからかう材料を提供してしまうものだ。

 そんな暢気なことを考えていられたのはたった1日だけだった。

 その日、近海へ俺達は飛ぶことになった。また例によって国籍不明の不審線が偵察活動をしているということで。
「と、言うわけで、今日のどん尻決めるぞブービー」
 と、くじを差し出すチョッパー。
 正直たとえ1番機になってもブービーのままならそんなこと正直どうでもよかった……のだが。
 中身を見ないようくじをひったくるとそれを前に突き出す。チョッパーの顔がちょっと引きつった。
「がっはっは。さすがのブービーも二度も同じ手はくわなかったな」
 さすがの使い方間違って……いや、同じ手?
「……あとで射撃訓練所行こうか」
 肩を軽く叩くとチョッパーの顔がますます引きつった。それとも複座に乗せて9Gの世界に招待してやろうか?
 その日そんな暇が無いことなど、まだ知る由も無く……。

「サンダーヘッドよりウォードッグ。情報収集船に戻る無人無人偵察機あり。回収を許すな、全て撃ち落とせ。なお、許可あるまで船舶への発砲は禁ずる」
「聞いたかー野郎共。許可あるまで船には発砲するなとのお達しだ」
「エッジ、了解」
 相手が生身の人間ではない。その事には安堵するばかりだった。それでも、世の中そうトントン拍子に事が進めば苦労はないと自分に言い聞かせて。
「無人機が相手ならまだ楽だな」
「だからといって手抜きの理由にはするなよ?」
「了解」
 まったくだ。もちろん下にいる船舶から攻撃がないとも限らないから、命がけであることに変わりは無いのだろうが……まだ暢気なものだった。
「船は俺が警戒する。お手並み拝見といこうか」
 何より無人であると言うことは無線操作といえどもある程度型にはまった動きしかしない。海面スレスレから宙返りして、機銃だけで撃ち落とす事など造作も無い。
「水柱なんか叩き上げてご機嫌だなブービー撃墜スコアを……って、食い過ぎだぞ!!」
「……♪」
 チョッパーがこんな提案を出す頃には周囲一帯の無人機を落とし尽くしていた。そして、やはり何事もなく終わるはずが無かった。
「国籍不明機の接近を確認」
 タイミングとレーダーにいる位置を考えると……おそらくは有人なのだろう。
「前回と同じ方位か?」
「方位280度。同じだ」
 機影は、かなり多い。こっちはこれ全部を4機で相手にしろと言うのか……。
「ったく、敵さんは国境線に何機揃えてやがる。退避するぞ。それ、こっちだ」
 隊長について退避行動を取る。だが、敵機の方が遙かに早い。既に最後尾……チョッパーに追いつきそうな所まで来ている。
「今日のどん尻はお前かロックンローラー。待ってろ今助けてやる。エッジ、ブービー、お前らも降り掛かる火の粉払っとけ」
 人を殺すのは嫌だ。だが……誰かを見捨てて行くのはさらに御免だ。
「ブレイズ、了解」
「攻撃を確認しました。反撃します」
 またサンダーヘッドが許可がどうこう言っているが……こちとら命がかかっている以上融通と言うのを覚えて貰いたい所だ。
「ブレイズ、エンゲージ」

 ……あの時のように、頭が真っ白になる、と言うことはさすがにもう無かった。
 チョッパーの後ろに張り付いていた敵機を撃ち落とし、し損じた敵機も後ろにナガセがいることを確認してターゲットを変え……。
「隊長の後ろに敵機。撃墜します」
 冷静だった。それが良いか悪いかは……別として、こともなげに全機撃墜に至った。

 まだ不審船から攻撃される危険があると繰り返すサンダーヘッド。だが、俺は少しずつ力が抜けていくのを感じた。それはチョッパーやナガセも同じで、ゆっくりと飛ぶその様が示していた。
「お前ら!敵は下にもいるぞ!!」
 隊長の喝とほぼ同時。不審船が放ったミサイルが真っ直ぐナガセの方へと向かうのに、俺は反応出来なかった。
「ナガセっ!」
 アフターバーナー全開でその軌道を追いかけようとする俺の前を、それを上回る速度で隊長機が横切った。それがミサイルとナガセの間に割り込んで、ミサイルは標的を隊長に切り替え、そして翼に少なからぬダメージを与えて炸裂した。
「隊長!」
「涙声なんか出すんじゃねえ。照れ臭ぇだろうが」
 明らかに致命的な一撃を受けてなお隊長はいつものままだ。
「隊長……」
「おいおいブービー。お前の一言重いんだぞ。マジでやばいみたいじゃないか。ちょっくらベイルアウトするだけだ」
 そう言って、隊長機のコックピットが射出、同時に白いパラシュートが開く。
「機体なんざ消耗品。パイロットが生還すりゃ万々歳だ。救助隊の要請と俺の予備機の手配頼んだぞ」
 だが、敵の情報船は目の前。急ぎで戻る必要がなければ、そこに止まる……はずだった。

「警報!ウォードッグ、至急基地に帰還!」
 至急……このまま立ち去らざるを得ないと言うのか。
「救助ヘリがまだです!」
 ナガセの声。確かに、それも待たずにここから離れるのはあまりに……。
「彼は救助ヘリに任せて君たちは帰還したまえ」
 だが……。
「敵は宣戦布告した」
「……!」

 戦線布告……戦争。嫌なことばかりが浮かぶ単語。そして、自分たちの立場を思い知らされる単語。
「……ナガセ、行こう」
「ブレイズ?」
 ここにいても、何もできない。それを思い知らされる単語。
「帰る場所が無くなったら意味がない……」
 ナガセの疑問の言葉を余所に、機首の向きを変える。
「おう。話は聞いたぜ。そう言うことだ。お前らすぐ戻りな」
 この……いや、あの平和を信じていた。でも、軍人だから、割り切らねばならないことなど山ほどあることは、覚悟していた。
「それとなブービー」
「口説き文句は二人きりになってから言うもんだぜ!」
「!?!?!?」

  でも、その割り切ると言うことが、そもそもの過ちだったのではないのかと気付くのは、もっとずっと後の事だった。長い一日は、まだ始まったばかり。