ACE COMBAT 04
shattered skies
リボンを描く飛行機雲

Operation KATINA
駆け抜けるカケラ達
Guardians of Hero

「ツイてねぇな……」
 両手足には枷がはめられ、自由に動かせるもののそこから離れることが出来ない。
 レオン・L・ベルツ少佐は肩に縫いつけられた階級章を憎々しげに眺めながら毒突いた。
 本来黒地に金のラインであるはずのそれだが、彼のは青地に白いライン。
 それこそ青空と飛行機雲を思わせるようなそれは英雄の証。
 メビウス中隊の証であり同時に束縛の証でもあった。戦うことを誓った者の証。
 エルジア兵であった彼等がかの「リボン付き」を連想するのも無理は無かった。
「悪いねバネット中尉」
「いえ、少佐がいなかったらきっと捕らわれる間も無かったと思いますわ」
 哀れにも巻き添えを食った若い女性中尉に声をかける。
 ふと、もう二階級特進したはずの父と同じ階級なんだなと苦笑を零す。
「ハロルド軍曹、そっちはどうだ?」
「思ったより扱いが良くて一安心です。ガノッサ曹長は……残念でした」
 声をかけた若者はかつてその父の部下だったという男。空軍に転属してきたばかりだ。
 ついさきほど少佐をかばって出来た傷には綺麗な包帯が巻かれている。
 もう一人曹長がいたが、彼は傷では済まなかった。
「仕方ねえよ。軍人になるってのはそう言うことだ。ラッキーだったのは連中に彼とやらの教えがある程度浸透してたこ……て、いきなり銃口突き付けるこたあ無ぇんじゃねえの?」
「ISAFの人間に13の事を語られたくないのでね」
 そんな話をしている真後ろでレオンに銃口を構える男。
 胸元には黄色い階級章があった。
「はは。精神は引き継がれてるようで安心安心。敬服に値するよ。だからこっちも、救出を信じてるわけだが」
「お褒めいただき光栄だが少々口が回りすぎやしないか?」
「だって、暇じゃん?」
 それだけ言うと軽く舌打ちをしてその兵士は去っていった。
 映画ならここでケリの一つも入るんだぜと笑って言う。
 今や公式にはテロリストと言われている彼等だが、少なくともレオン少佐は兵士と呼んだ。
 名も知らぬ英雄の好敵手。「まかりなりとも」その子供へのせめてもの礼儀として。
「ま、気長に待とう。絶対向こうは色々揉めてるはずだ」
「それって当分救助は来ないってことですか?」
「メビウス1を出す出さないで大揉め中かねえ」
 終戦から一年、だがその傷跡が完全に癒えたとは言えず、大規模な行動は出来ないだろう。
 もっとも、自由エルジアが大規模な行動を起こせばそれ相応の動きに出るだろうが。
「あれ、確かメビウス1って今行方不明なんじゃ……」
「ああ。メガリスから帰ったらとっくにいなかった」
「やっぱり、ISAFにいたって言うのは嘘だったんですね。ならどうやって連絡を?」
 訝しげに尋ねるハロルド軍曹。
 メビウス1はつい最近までISAFにいた……事になっていた。
 今こんな状態になっているのは、その嘘がばれてしまったからに他ならない。
 まして生死不明の失踪と発表したために彼等は調子づいたのだろう。
「一人で一個航空隊匹敵。ISAFがそんな奴をそう簡単に手放すかよ」
 この言葉に、二人は疑問の言葉も出せずにいた。
 一機で最低でも70機以上の働きはすると言うことである。
 ぐうの音も出なくて当然だろう。
「メビウス1って、どんな人だったんですか?」
「悪いねバネッサ中尉。身バレするような事は言えねえのよ。ま、こんな状況を、黙ってみてる奴じゃないのだけは確かだな」
 レオン少佐は余裕だった。確証があったからである。
 例え自分が殺されようが、彼等の思惑はは瓦解する。
 たった一人が確実に下すだろう決断によって、である。
「さて、問題はあの甘ったれた二番機がどう動くかだな……」
 メビウス1の信奉者であると同時に良き友人でもある男の動きを、彼は気にかけていた。

「さきの旧軍事工廠襲撃で捕らわれたベルツ大尉……いや、少佐とはご友人だそうだね」
「君は情報官としては優秀だ。結論はもう出しているのではないかね?ハミルトン中佐」
「いや、こう呼んだ方がいいかね……メビウス2」
「メビウス3の救出。これ以上の理由も無いと思うがね」
 パウル・ハミルトン中佐は舌打ちしたい気分だった。
 情報という名の至高の宝は、覗き込んだ者に多くを与える。
 彼が得たのは意外なほどの怠慢の実体だった。
 いや、それ自体をどうこうは言わない。平和故の弊害と知っているからだ。
 が、終戦1年も待たずしてこうなるのかと、上役連中の視界から消えるや否や大きく溜息をついた。
 小さな事件はいくつもあった。
 その情報をいち早く察知、統合し、必要最低限の労力で事態を収拾する。
 彼の指揮下において未だ一人の犠牲も出ていない。
 その結果に、上司に刃向かった彼を譴責処分にしようとして返り討ちにあった者達も少なくない。
「人の報告を蹴っておいてよく言うよ……」
 思ったより小心者の多かった上層部は、メビウス1の名をしきりに出した。
 だが彼が首を縦に振るはずはない。
 そんなことに巻き込まぬ為に手を尽くしたと言っても良いのだから。
 しかし、たった1時間遅れた報告の為に事態は深刻化した。
 部下でもある諜報員の一人が駆け込んでくる。
 視察の中止を求めに駆け込んだ自分もそんな感じだったと思う。
「中佐!こんなものが」
「来たか」
 犯行声明文。人質返還の条件は収容所にいる敗残兵の釈放であった。
 指名してきたのは戦争が終わって今なお好戦的な輩と黄色中隊のメンバー。
 意外と言うべきか幸いというべきか、かの黄色中隊だったと言う者に好戦派は皆無だった。
 メビウス1と唯一コンタクトを取れる人物であったパウル中佐。
 彼に対して、かつての黄色中隊は言うのだ。
「隊長の願いを叶えてくれた事に感謝すると伝えて欲しい」
 パウル自身には、エルジアには今一度、平和の中での繁栄をと。
「あの、中佐」
「なんだい?」
「少佐が余裕綽々なのが気になります」
「少尉……気にしたら負けだよこう言うのは」
 その声明文の画像にメンバーにひっぱたかれたり蹴られたりしつつ手を振ったり終始笑顔の少佐の姿があった。
 あげく不安そうな顔してくれないと困ると部下を引っぱり出してみたものの、その部下も上司の図太さに呆れて脅迫材料にはならず脅迫役が画面の端でがっくり項垂れていたとか。
「よく撃たれませんでしたよね……」
「プライドだけは高い連中ってのは、メガリスで証明済みだからね」
 声明文にあった釈放を要請した者達と言うのがメガリスの上空で戦った「自称」黄色中隊の子供達なのである。
 言うまでもなく侮蔑の意味で「自称」とパウル中佐は呼んでいた。
 黄色の13に敬服するが故に、彼等の愚行を許せない。それが彼の意見である。
「中佐、こんな事を言うべきではありませんが……」
「いいよ。言ってごらん」
「私がメビウス1なら、力があるなら、仲間が捕らえられているのを黙ってはいません」
 解っている。おそらくISAFに留まっていれば、誰に言われるまでもなく彼は飛んだだろう。
「少し出かけてくる。整備班に例の機体を出して貰ったら、指定したポイントへ」
「……了解しました!」
 ただし、最後の言葉には首を傾げた。
「それと、AWACSの用意をしておけ。オペレータとパイロットは僕自ら手配する」
「は、はぁ」
 彼は全力を注いでいた。メビウス1を戦場に呼び戻せる唯一男であり続ける事に。
 そして、その必要性の無い方向へ世界を動かす為に。
 だからこそ並ならぬ切り札を持つにも関わらず彼は危険視されることもなく日々すごしているのだ。
 それから1日と経たなかった。
「よく戻ってくれた、メビウス1」
 懐かしい司令官に、穏やかな笑みを浮かべて握手を交わす英雄の姿があった。
 司令官は納得する。なるほど、これでは知り合いも一瞬見ただけでは気付くまいと。
「しかし無茶を言ったものだ。自らAWACSのパイロットをやるとはな」
「大丈夫ですよ司令。これが初めてじゃないですよ。ね、スカイ……と、今は教官だっけ?」
 気にも止めていない。邪気のない笑みを浮かべて手配したオペレーターに会話を振る。
「中佐権限で休暇中の男引きずり出すのはどうかと思うがー?」
 そのやりとりに英雄が軽く笑う。
 相変わらず無口な男。しかし、当時の彼にはあり得なかった明るい笑みがそこにはある。
 だがキャノピーを閉めた時、それとバイザー越しに見えた彼の瞳はやはり冷たい、しかし内に焔を秘める瞳に変わる。
「暴れるだけ暴れてこい。向こうは空軍連中がメインなのは判明している。地上部隊に楽させてやれ」
「……了解。メビウス1、離陸します」

 例の脅迫用テープがISAFに送られて三日。
「しょ、少佐ぁ〜大丈夫なんですかこんな事してぇ〜」
 レオン少佐の足下には気を失った見張りの姿。
 肩、肘、膝と苦痛を与えるのに最も有効と言われる箇所を打ち抜かれたためである。
「構わん。誇りを捨てた連中に遠慮はいらん。元地上部隊ならこのぐらい平気だろ貴様も」
 理由は明白。脅迫という手段に出たのにブチ切れた事に他ならない。
 数日の間だけが彼が冷静であることの証拠であった。
「あうう……父上そっくりですよそう言う所」
 そう言った後、ハロルド軍曹は思わず口に手を当てた。
 だが、失言に怒り心頭と思われた少佐はニヤリと笑って言う。
「当然。俺に戦場のノウハウ教えたのは誰だと思ってやがる。行くぞバネッサ。弾よこしな」
「は、はい!でもいきなり武器庫なんて襲撃していいんですか……?」
「言ったろ。構うもんか」
 失敬したマグナム、デザートイーグルに弾を込めると施設の外壁めがけて発砲……するようハロルド軍曹に命じる。ちなみに今、彼の肩にはロケットランチャーが担がれている。
「ちょっと前までは敬服に値する言ってた癖に」
「構うか。憎悪の制御も出来ねえパトリオット-愛国者-なんざ暴徒と何ら変わらねえ」
「何故こんなに人がいないのでしょう……あまりに不自然だわ」
「良いんじゃね?的確にこっちの位置ばれてんだから。ここなら少人数のが有利だ」
 そして、少佐は呟く。
「それとも、奴が来たかな……」
 銃声にかき消されるような声で。そして叫ぶ。
「行くぞハロルド!向こうは大半が空軍連中だ。陸軍根性見せてやれ!!」
「了解っ!」
 この声に活の入った軍曹のロケットランチャーが彼等の血路を切り開いたのは言うまでも無い。
「……戦争終わって少しは楽出来ると思ったのに」
「ばーか。戦後が一番大変なんだよ。戦中の方が力押しで良い分まだ楽だ」
「ベルツ少佐、それは問題発言ですよ」
「人間楽な方に逃げるなってことだぜ中尉」
 そして彼等もまた、楽な方向に逃げまいと、少なくとも訪れるだろう英雄の足を引っ張らぬ為に脱走を選んだ。
 そして彼等は、吹き飛んだ壁の向こうに広がる樹海へ身を翻して行った。
「……おかしいです。こんな森の中なら人海戦術の方が有効なのは子供にだって解ります」
「てことは、とうとう来たっぽいな」
 その言葉に応えるように、森の切れ目から見えた空に飛行機雲が流れた。
 そして、敵兵から奪い取った通信機の周波数を弄ると掠れた音で声が聞こえた。
「メビウ……1、エン……ジ」
「な?じゃあ俺達も行こうか」
「こんな森を抜けるなんて……メタルギアソリッドみたいですねえ」
「そんなんあったっけ?」
「新作のっすね」
 彼等にとって幸いだったのは武装が充実していたことだろうか。
 上空ではいくつもの火花と光が飛び交う。それらは殆どが空で四散し、欠片がこっちに降り注ぐことすらない。
「凄いっすね……たった一人で」
 ちらほらと脱出パラシュートが見えるが、その大半は脱出もままならなかっただろう。
「死神って呼ばれた理由も解るわね……」
 見ればバネッサ中尉が青ざめている。
 ハロルド軍曹が何か言おうとしたがそれをレオンが制した。
「お前が正しい。だからアイツはISAFを去った」
 今なお空の戦いは続いていく。挑んでは落とされていく色とりどりの光。
 その空に白い尾をたなびかせる漆黒の飛竜。
「俺にとっての第一印象も……今思えば"怖い"だったんだろうな」
 そこに疑問と好奇心に満ちた顔を浮かべる二人の部下。
 周囲に敵兵が殆どいないことを確認すると、見晴らしのいい場所を見つけて腰を下ろした。

 結局、数日の内に自由エルジアは解体され、レオン少佐達も無事救助された。
「少佐大丈夫ー?また酔ったりしてないー?」
「あ、阿呆……俺が酔うのは海だ……うっ」
 パウル中佐にからかわれ、無理矢理な言い訳をするレオン少佐。
「少佐少佐。無理せず吐いた方がいいっすよ」
「うるせー……どっかの飛行馬鹿がヘリの周りでバレルロールかましとるからじゃー……」
「少佐。それは完全に八つ当たりです」
 そんな上司に的確なツッコミを入れる部下二人。
「しっかし突入隊が呆然としてたぜ。中の戦闘部隊殆ど潰してたそうじゃねえか」
 この後、後々まで言われ続けるのだ。
 空のメビウス、大地のイーグルと。
 そのぐらい彼等の暴れぶりは凄まじかったらしい。

「そう言えば、メビウス1はどうするんですか。失踪説貫くんですか?」
「一応自分からやって来て終わったらさっさと帰ったってことにしとく。次の言い訳思いつくまでそれで保留だからみんなに相談しといて」

 空から、大地から、ユージアと、そして一人の英雄を守り続ける者達の一幕。
 ベルツ少佐の奮戦が一人の監督の目に止まり、メビウス1役を決めかねて飛行指導を頼まれた曲芸飛行士が兼任することになるのはまた別な話。
 顔はヘルメットとバイザーに隠されていたものの、真実を知る者達は図らずも本人出演になったことにこっそり笑みを零したのだとか。