The
Worst Commander
「昇進おめでとう。思ったよりオジサンだったのね」
艦一つ任されたと言うと、春の名をコールサインにする黒髪の女はそう言った。
相変わらず可愛くないな。
つーか若き艦長って発想は無いんかい。
だが、俺は一回りも年下の彼女に惚れていた。
最初に出会ったのはオーシアとの合同演習の時。
彼女に惚れてしまうことも、戦争になるなんてことも、思っても見なかったあの頃。
<<おー。女性パイロットいんのかー>>
<<何よ、悪い?>>
<<うへーなんかじゃじゃ馬な悪寒>>
<<なんですってぇっ!?>>
<<あー、こちらオーカニェーバ。お二人さん痴話喧嘩なら丘でやってくれ。個人としては面白いけど演習中だ>>
<<何で痴話喧嘩にまで飛躍すんのよこのド音痴!!>>
<<ユーク艦隊、私語を慎め>>
<<おいおーい……ユーク軍一緒くたかよぉ……>>
そういやあのオーシアの管制官なんつったっけ?
ストーンヘンジ……いやこれは別物か。
それからの腐れ縁だったあの気丈な女性パイロットも、相手がラーズグリーズとあっては、さすがに身震いするらしい。
「大丈夫だよ。ラーズグリーズつったって同じ人間だ。落とせないわけじゃない」
それを何とかほぐそうとした俺の言葉に、彼女は頭を振った。
「そう、仲間の死に悲しみ、激昂する同じ人間」
「……へ?」
ますますもってトーンの落ちる口調。どうやら逆効果だったらしい。
「知らないの?その一人が落ちた後の惨状。一人恐慌状態で帰ってきたらしいわ」
あんな任務受ける連中の気が知れないけどと付け加えて、彼女はクルイークへ飛び去っていった。
彼女の後ろ姿を見たのは、それが最後だった。
その話は俺も知っていた。
ノヴェンバーシティ急襲。民間人にも多数の被害者が出るだろうと上層部でも反対が多かった作戦だ。
その時護衛にいたのがラーズグリーズ達。
急襲が功を奏したのか、彼等のうち一機は撃墜された。
その後、急に機動が鋭くなったという3機は、文字通り悪魔のごとき勢いで襲いかかって来たという。
やったと声を上げられたのは一瞬だけ、その後は悲鳴が飛び交ったという。
記録されていた音声を聞いたという奴は青ざめていた。
彼女の言う恐慌状態になっていたパイロットは落ち着きを取り戻すとこう語った。
「悪魔って、わざわざ民間人に被害を出さないよう墜落するものなのかな」
その後退役願いを出すという連絡を最後に、そいつの消息は掴めなくなった。
サンド島侵攻からなんとか生きて帰ってきたのが言ってたっけか。
散弾ミサイル連続発射で12機を落とせた。
勝ちは決まったと思った瞬間、それは、敗北が決まった瞬間だったと。
ラーズグリーズ隊。俺達は彼等をそう呼んでいた。
彼等がリムファクシンを沈めた海峡の名前から取って。
歴戦の強者だったあの熱血艦長がと、元部下達が口を揃えて言ったのをまだ覚えている。
時代が変わるとき、死を降り注ぐ悪魔の名前。
その伝説に詳しい奴が皮肉混じりにこういった。
「そりゃあ戦争起こる度にヒステリー起こす女神様の住まいにあんなの置いたらキレないほうがおかしいさ」
その言葉は、その後恐ろしいほどの現実感を伴うことになるとは、当の本人も思わなかっただろう。
その男は墜落したオーシア兵を捕らえに行ったきり、戻ってこなかった。
−ひょっとしたら、女神の逆鱗に触れたのか?−
クルイークの事は気にかかる。
だが、海軍所属の俺達の仕事はもっぱら洋上。彼女たちの様子など、知る由もなかった。
「なあ?」
「何だ、アリョーシャ?」
すぐ横の艦にいる友人に声をかける。随分久しぶりの再会だが、やつれたように見える。
多分俺もそうなんだと思うが。
「もし、もしだぞ。クルイーク落ちたらどうなるよ」
「そのもしもマジになりそうな勢いだからなあ……あそこ崩されたらそのまま首都攻め込まれて戦争終わったりしてな」
うわー……洒落にならねえことをずばりと。
「勝ち負けなんていい……さっさと終わってくれないと一家離散しちまうよ……」
「へ?」
「この戦争に何の意味があると娘に叱られた」
「……こっちは弟が雲隠れしたよ」
出航の数日前。
久々会いに来てくれた弟と派手に口論を繰り広げた。
向こうで同情してくれているダチと同じ理由だ。
工科大学主席間違い無しの優等生だったのに……今どうしていることやら。
そして、そんな会話から数日後……クルイーク要塞は落ちた。
彼女の安否は解るはずもない。
あの気丈な女は無茶して撃墜されただろうか、それとも捕虜になって収容所で大暴れしてくれているだろうか?
これで戦わずに済むと安堵している姿も思い浮かんだが、妙な念が飛んできそうなのですぐ消した。
「……畜生……」
司令官殿は雄志達に報いるだのなんだの言っているが……もうどうでもよかった。
さっさと終わってくれ。
気が付けば人生の支えを失っていた俺は、引き留めなかったことを後悔した。
そして……せめてその前に思いを伝えなかったことを……もっと後悔していた。
「艦長……大丈夫ですか?」
一番最後にこの艦に配属された新人だった。いや、新人という言い方はおかしいか。
こいつは前に偵察任務に出て捕虜一人取った功績がある。
……もっとも、あまりに生きが良いその捕虜はコイツの顔面に青あざ作って脱走したそうだが。
「全然……」
「ココア……置いときますね」
そっと口を運ぶ。
……少しほろ苦かった。
−殆ど、生きた屍だっただろう−
俺は疲れ切っていた。
何故か首都侵攻にラーズグリーズは姿を見せなかった。
それに加えて何やら事故が相次いだらしく、わりかしあっさりとオーシア軍を押し返してしまった。
その為、戦争に決着は付かず、泥沼の様相を見せ始めている。
いや、俺達の所に届いていないだけで、実はもうそうなのかもしれない。
畜生……やっぱ連中悪魔だよ……。
国家主相も何考えてやがる。今までの融和だなんだ全部嘘だったのかよ。
ただ石頭かつ好戦的な司令官に従う抜け殻の日々。
それに出会ったのは、そんな日々がどのくらい続いた頃だっただろうか。
前方にオーシア艦隊。
よくよく考えたら、俺はこの戦争で殆ど戦線に出ていないような気がしてきた。
その俺の耳に、思いも寄らぬ言葉が響く。
「ユーク艦隊の諸君、私は君たちの政府を代表する国家首相ニカノールだ」
「!?」
だらしなく壁によっかかっていた俺は通信兵からヘッドセットを取り上げていた。
「オーシア空母ケストレルの艦上にいる。我がユークトバニアとオーシアの間に友情を取り戻すためだ」
国家首相が……停戦を呼びかけている。
それは、俺の心に希望をともすのに十分すぎた。
後ろの乗組員のざわめきも、戸惑いではなく希望に満ちたそれ。
彼等と顔を見合わせるべく、俺は振り返ろうとした。
「艦隊各艦に告ぐ。ユークトバニアとオーシアの間には憎悪しか存在しない」
彼等の顔を確認する前に、あの石頭が水を差してきやがった。
希望に満ちていたはずの俺の表情は、一気に落胆の色に染まる。
鏡が無くても解った。いや、鏡なら俺の後ろにいくつもあった。
「元首ニカノールは敵についた。これを敵と認め敵艦もろとも海中へ没セシメヨ」
なんで……そんなことが言える?
疑っていたとしたって普通救出しろとかプロパガンダと否定するのが普通だろうが。
敵についたから沈めろだ……?
はらわたが煮えくりかえったのは、今までの不平不満も含めての事だった。
−俺は、史上最低の艦長だった−
それでもまだ、俺には冷静を装うだけの余裕はあった。
「しかし司令官、仮にも元首のお言葉です」
乗組員達がざわめく。生きた屍がいきなり生き返れば当然だよな。
「我々だって、理不尽な戦いは御免なのです」
俺にそそぎ込まれた生気は、最後の言葉を叫びに変えた。
「戦闘の中止を!!」
そう、解っている。あの石頭がこの程度で止まるものか。
「艦隊の前へ、進路をふさげ」
俺に、200を越える兵が乗った艦を預かる資格など無かった。
俺は大馬鹿者です。
乗組員の1割にも満たない奴の敬礼に誇りを感じています。
この後、俺達がどうなるのか知っています。
それでも俺は嬉しかった。
この艦にいて良かったと思った。
視界が滲む。
次の瞬間、艦が大きく揺れた。
同時に甲板からの通信が聞こえる。
「艦長!救難ボート、用意できています!!」
ははっ……利口で準備の良い奴等だ……あの石頭の行動計算しきってら……。
そしてこんな俺をまだ艦長と呼んでくれる律儀な奴等……。
俺のために、命張ってくれたこいつらに敬礼しようとしたが……
出来なかった。
次の瞬間、凄まじい衝撃が俺の背後から襲いかかってきたから。
大破したかに思われた通信機から声が聞こえた。
「こちら栄えあるユーク海軍、ミサイル駆逐艦『グムラク』同僚の撃沈を命じる艦隊司令官とは行動をともに出来ない」
それは、いつか娘と大喧嘩したというあの男だった。
「我々はニカノール首相を護る。同意する艦は我に従え」
……良かった。アイツなら、絶対上手くやってくれる。
石頭ががなり声を上げているが、どうと言うことはない。
「艦長、しっかりしてください艦長!!」
「無理だ。その人はもう……!」
副官が、俺を救難ボートに乗せるべく引きずっていく。
「見捨てるわけにはいきません!!」
……彼女と同じ年頃の若い娘だ。
何度構うなと振り払っても、頑固に俺を引きずっていく。
不思議なことに、それ以上の揺れはなかった。
薄れゆく意識の中、夜闇のごとき黒の機影が、俺の視界を横切っていった。
−ああ最後に、彼女に会いたかった−
……ここはどこだろうか?
重い瞼を何とか薄く開ける。
白い、清潔感を感じさせる部屋。
頭を横にずらすと、扉が見える。
ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえる。
開いた扉の先にいたのは、俺が会いたいと願ってやまない女だった。
無事だったんだな……後ろにはオーシア軍らしき将校がいる。
彼女の横には雲隠れしていたはずの弟がいる。
「兄さん……意識が!」
何驚いた顔してるよ。恋人との再会を先にさせてくれるぐらい気を使ってほしいもんだね。
でも、彼女に伸ばそうとした手は、思いの外重かった。
いや、先に彼女がその手を取っていたから確認の術もなかったか……。
−ごめんな−
そんな俺の手の上に、弟の手が乗る。
その温もりを確かめると、俺の意識は再び微睡みに沈んでいった。
死んでも泣くまい思っていた彼女の頬を涙が伝った……。
−最期に勇気を振り絞ったその男に、女神は小さな祝福を与えたもうた−
ユーク海軍は漢の宝庫です。
声こそ頼りない部下ですって感じだったけどピトムニクがかなり好き。
最初に言い出すのってもの凄く勇気がいるよなあ……。